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 恋愛して、結婚して、子供を産む。
 ――世の中には、それが「普通」だと思われている「順序」ってやつがある。
 どれかが入れ替わったりすると「不安」に思う人もいる「順序」。
 ちなみに、オメガとアルファの場合だと、みんなが安心する順序はこうだ――恋愛して、結婚して、めでたくつがいになって、子供を産む。
 でも、俺の家は親世代からしてそれがメチャクチャだった。
 犬獣人のアルファの父と、人間のオメガの父。
 そして、そんな二人の血を受け継いだ俺も、大学一年生にして既に「順序」が危うい人生を歩みつつある。
 いや順序どころか、未来がさっぱり見えない。
 何しろ、世界一、何を考えているのか分かりにくい種族の相手とつがいになってしまったからだ……。


 俺はこの春から、渋谷にキャンパスを構える私立大学の立山学院大学に通い出した。
 付属高校からの内部進学もあるミッション系だけど、俺は都立から普通に大学受験で進学している。
 専攻は政経学部だ。
 進路を決めたのは高校三年生の時。
 特に誰にも相談せずに決めたはずだったが、入学前に判明した誤算が二つあった。
 一つは、特に打ち合わせた訳でもないのに、つがいの相手も同じ大学に入ってたこと(ギリギリまで教えてくれなかった――そういう性格の奴なんだ)。
 それからもう一つは、双子の弟の犬塚(いぬづか)航(わたる)まで、なぜか俺と同じ大学に進学を決めていたことだった。


「ワン、ワンッ!」
 二人分のリュックを持たされてる俺の前を、巨大なゴールデン・レトリバーが疾走していく。
 都会のど真ん中に位置する大学ながら、銀杏並木の新緑も瑞々しく、自然が豊かに広がる敷地。
 構内にはプロテスタント式の簡素な礼拝堂やレトロな学び舎が並び建ち、舗装された道には眩しい朝の光が差し込んでいる。
 そんな大学の構内を、さっきから大喜びで走り回っているのは、俺の飼い犬……じゃなくて双子の弟の航(わたる)だ。
 航は犬になって運動するのが大好きで、今朝も登校するなり変身し、もうすでに一時間近く学内をグルグル駆け巡っている。
 大変なのは他の人間に不審に思われないよう飼主役をやらされる俺の方だ。
 航は楽しいだろうけど、二人分の荷物を持ってその後を追いかける方はたまったものじゃない。
「おーい航っ。そろそろ人間に戻ってくれよ。航は二限目からかもしれないけど、俺は一限からなんだから。これ以上は付き合えない」
 後ろから呼びかけると、ちゃんと聞こえてはいるのか、ふわふわの長い金毛に包まれた後ろ姿がくるりと振り返った。
「きゅーん……」
 悲しそうな顔で尾を垂らされても困る。
 洋服と分厚い教科書の入ったリュックは死ぬほど重いし、いい加減にして欲しい。
「ほら、早く! 誰かに見られる前に」
 急かすと、航はしゅんと頭を下げながら、校舎のうちの一棟に向かって歩き始めた。
 二人で入り口の重いガラス扉を潜り、廊下の一番奥にある男子トイレに航を入らせる。
 荷物を便器の蓋の上に置き、ドアを閉めて待つこと十分。
「――ありがとう、岬(みさき)」
 爽やかな声と共に戸を開けて出て来たのは、Vネックのニットにデニムを穿いた、ウルフカットの金髪美青年だった。
 髪の毛の中には小さな耳が垂れていて、それで彼が犬獣人だということがかろうじてわかる。
 190センチ近い長身に、いかにも好青年という感じの人好きのするイケメン――人間の姿の航だ。
 その姿は上から下まで、双子の兄の俺とは全く似ていない。
 俺はごく一部に金髪のメッシュの入った黒髪で、背も低くはないけれど航ほど高くはない。
 体格も、居合をやっているから貧相ではないが、弟には劣る。
 俺の顔は……美人だと言ってくる男が身内二人と他に約一名いるけど、世間的には並だと思う。
 犬耳もついてないし、完全に普通の平凡な人間、それが俺――兄の犬塚岬。
 つまり、航は俺と他人レベルに容姿が違う。
「……ほら、行くぞ」
 ――リュックを背負っている航を残し、俺は先にトイレを出た。
 ところが航は追いついてきて、ひと懐っこく俺の肩に腕を回してくる。
「俺、教室まで岬を送るよ」
「何でだよ。お前は図書館にでも行くか、どっかでお茶でもしてりゃいいだろ」
 迷う余地もなく断った。
 あまりにも似てないせいか、最近人間の航と歩いていると、カップルに誤解されることも多い。
 普通の兄弟にしては、航はやたら距離が近いというか、すごくベタベタしてくるし。
 その上、俺はオメガで、相手はアルファだから……まあ、恋人同士に見えるよな……。
 通りすがりの人間ならまだしも、同じ専攻の人間にまで誤解されるのは何となく気まずい。
「でも、岬の学部の人たちに挨拶したいし」
 更に食い下がってくる相手に、俺はきっぱりと首を振った。
「人間はわざわざそんなことはしないんだ。ここは人間の大学なんだから、俺の言うことを聞いて欲しい」
 少しきつめに言い聞かせると、航は金髪の中に埋もれている小さな犬耳を伏せ、しょんぼりと肩を落とした。
 ちょっと可哀想かな……。
 でも、仕方がないよな。
 航はただでさえ目立つし、挨拶になんか来たらすぐには帰らないだろうし……結果的に授業妨害になりかねない。
 普通の都立高から進学した俺と違って、航は大学以前の学校を全て、獣人だけが通う学校で過ごして来ている。だから、人間の常識にもちょっと疎い所があるんだよな。
 その分、俺がちゃんと教えないと。
「俺はもう行くから。お前は自分で時間潰せよ」
 しっかり言い聞かせて、航の厚い胸を押して離れた。
 視界に入った腕時計を見ると、一限の開始までもうあと五分しかない。
「やばっ。じゃあ、またな!」
 道端に置いてかれた犬みたいにしょげてる航を残し、俺は小走りで建物から走り出た。
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