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【番外】世羅の憂鬱

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 切ない吐息。
 甘く掠れた声。
 ――触れると指に吸い付くような、しっとりと湿ったきめの細かい肌。
『世羅、まだ動かないで……っ、いま、出たり入ったりされると……感じすぎるから』
 俺の膝の上で向かい合った裸の晶が、のけぞって息を乱す。
 とんなグラビアアイドルも叶わない、しっかりとした質量のある豊かな尻を掴むと、どこまでも指が沈んだ。
 腰周りは絞って細くなってるから、なおのことエロい。
 動けない代わりに、揉むように尻たぶを愛撫すると、晶は艶やかに眉を寄せ、イヤイヤをするように首を振る。
 色素の薄い前髪のかかった、子犬みたいな潤んだ目。
『お尻……、だめ……っ』
 睨んだつもりで、可愛くトロンと蕩けた視線。
 力の抜けた晶の背中を支えると、ぽってり尖った乳首が眼前で震えていたので……引き寄せられるように、それに吸い付いた。
『うっン……っ!』
 ちゅう、っと強く引っ張るように吸い上げてから離すと、細かく晶の身体が震え、俺の暴発寸前のモノを包み込む肉壁が、うねりながら俺を優しく締め上げてくる。
『はーっ、それだめっ、おっぱい……っ、はあっ、ジンジンしてる……っ』
 もう一方の乳首も、軽く噛むように吸ってやってから、淫らに涎を垂らしたその唇に、唇を重ねる。
 舌を濃厚に絡めつつ、俺の唾液で濡れた乳首を指先で何度も細かく弾くと、ピストンを拒んでいたはずの晶のエロい尻は踊るように前後に揺れ、俺のペニスに自ら感じやすい場所を明け渡し、擦り付け出した。
『はあン……っ、おっぱいも、お尻もっ、すっごくきもちぃぃ……っ、我慢できないぃ……っ、すぐイッちゃ……あっイくッ、イく……ッ、イってるぅ……っ』
 カクカク腰を揺らして、絶頂を求めひたすら快感に耽る晶の姿も、いやらしく絡みついてくる淫猥な穴も、俺の我慢の限界を煽ってくる。
「俺もイクっ……晶、ナカに出すぞ……っ!」
 尻たぶをいっぱいに開くように掴んで、痙攣する柔らかな肉の奥の閉じた場所を押し開き、俺も欲望を吐き散らす……。
 ……あれ、おかしい。
 気持ち良すぎる……ま、まさか、ゴムがログアウトしてる……?
 なんてことだ、俺は……うっかりゴムを忘れたのかっ!!
 これから晶が漫画家デビューするという大事な時期にっ、俺は何ということを!?
 前世の失敗をまたも繰り返してしまうとは!!
 脳裏に、あのムカつく編集野郎が戦斧《バトルアックス》を片手に登場し、ニヤリと微笑む姿が浮かぶ。
「晶っ……!! ごめん、責任は取るっ、俺を許してくれ……っ!!」
 ガバッと晶を抱きしめた――つもりだったのに、俺が抱いていたのは枕だった。
 見慣れた暗い寝室の天井が見える。
 なんだ……夢か……。
 いや、何だじゃねぇ。
 パンツの中が死ぬほど気持ち悪いことになってる。
 やっちまった……この年で夢精……。
 げんなりしながら時計を見た。
 ……今日は大学に行く曜日か。
 休みてぇ……。でも、ゼミがある……。
 明正の法学部は卒論がないのが取り柄だが、出席には厳しいからな。
 俺は仕方なくベッドを出て、洗面所兼脱衣所へと向かった。
 洗面台の水栓をひねる。
 水音の中で、しばらくぼんやり物思いにふける。
 ……うっかり夢精もするはずだ。
 年が明けてから、晶に全く会えていない。
 商業誌に載せるという漫画の準備が忙しい上に、卒論の提出期限も迫っていて、かなりてんてこ舞いらしい。
 漫画の方も編集だというアイツが結構な無茶振りをしてくるらしいし、卒論は卒論で、別の大学の図書館までわざわざ史料を取りに行ったり、しかも中国語で書いてあるそれを翻訳しなきゃならんわで、夜もおちおち寝てられねぇような生活をしているとか……。
 手伝えるものなら手伝いたいが、悲しいことに俺の絵心はゼロだ。
 晶の方も、俺を頼ってくれる気なんてさらさら無く、代わりに、晶の同人誌の後書きでよく名前を見かける、「エレクチオン玉置」とかいう卑猥なペンネームを名乗る謎の同人作家に、しょっちゅう相談のlimeをしているらしい。
 俺は、なるべく晶を邪魔しないように、電話もlimeもこっちからはしないように我慢してるってのに。
 正直、心配すぎてイライラする。
 だって苗字が「勃起」の男だぞ。
 いや違う。苗字は玉置でエレクチオンが名前だったか。
 ……いやそんなことはどうでもいい!
 とにかく堂々と勃起を名乗る年上の男が俺の恋人と頻繁にlimeをしている、大問題だ。
 だが晶は、社会人で同人作家の先輩でもあるこの勃起のことをかなり信頼しているらしい。
 ちょくちょく原稿を手伝ってもらったりもしているらしいから、俺としては何も言えない。
 ――下洗いしたパンツを洗濯機に放り込む。
 嫉妬と自己嫌悪とで悶々としながら、俺は寝巻きがわりの黒Tシャツを脱いだ。
 

 ◇ ◇ ◇

 ゼミに顔を出した後、俺はすぐ帰るつもりでタワー校舎の下行きエレベーターに乗った。
 一階につくのを待っている間に、スマホにlimeが入る。
 画面を見ると、目を閉じた白フクロウのアイコンが目に飛び込んできた。
 晶だ!
 間髪入れずにメッセージを開く。
『世羅、今日大学だよね? ごめん、いまちょっと会えるかな』
 会えます、俺の方は365日、24時間、いつでもどこでも会えますとも!!
 おっと……またうっかりアスワドの意識に戻ってしまった。
 それでも無い尻尾をちぎれそうに振りながら、スマホを打つ。
 みっともないので、せめてlimeは冷静を装わねば……。
「別に、俺は暇だけど。今、エレベーターに乗ってるところだ」
『じゃあ、一階のエレベーター前で待ってるね』
 な……そんなにすぐに!?
 待ってくれ俺の心の準備ができていない。
 そもそも今日は会えないと思っていたし。
 髪型は大丈夫か!? 服装は、香水は!?
 心の中だけでアタフタしているうちに、エレベーターの扉が開いてしまった。
 業間でごった返しているエレベーター前のホールで、晶の姿を必死に探す。
 やがて、俺はついに恋人の姿を見つけた。
 人混みの中で、輝くみたいに見える色白の顔。
 少し伸びた、細くて茶色いさらさらの髪。
 小さな鼻にぱっちりした目、ぷくっとした唇の、可憐な童顔。
 あざとい茶色のダッフルコートに、柔らかいコーデュロイ素材の深緑のパンツ……。
 せっかく戻ってた体重が、多忙でやつれてまた落ちてしまったのか、また少し華奢になってしまった肩幅……。
 可愛い抱きしめたい嗅ぎたい触りたい……!!
「世羅、久しぶり!」
 ぱあっと天使の笑顔になって、晶が俺に手を振る。
 晶は相変わらず俺のことを名前で呼ばず、苗字で呼んでくる……ベッドの中以外では。
 本当は普段から名前で呼んでほしい。
 お陰で、うっかり公共の場で下の名前で呼ばれると勃起しかねない体に躾けられつつある。
「ああ。卒論、大丈夫か」
 俺は軽く手を上げて、晶のそばに寄り――そして気づいた。
 晶が、怪しいスーツの男を後ろに連れていることに。
「……」
「卒論はね、今提出してきた所だから、なんとか間に合って大丈夫だったんだ。あっ、あと……改めて紹介するね。僕の担当編集さんの上原さんだよ」
 俺と同じくらいの背格好をした、どっちかいうとアイドル事務所のマネージャーでもやっていそうな感じのチャラい茶髪の男が、ニヤつきながら手を伸ばしてきた。
「改めて、お会いできて嬉しいです、お父様! お母様……いえ築山先生のことは私にお任せくださいね!」
 お父様……だと……!?
 俺は反射的に身構え、威嚇の体勢に入った。
「晶はお前などにはやらんし、お前のことも息子とは認めん……!!」
「いや、周りに誤解されるから、二人とも前世のことは抜きにして話してくれる!?」
 晶に突っ込まれて、ハッとした。
 クソッ、そういえばこいつは晶の漫画家生命の生殺与奪を握ってる男だった。
 仕方ない……。
「晶をよろしくお願いします……」
 張り付いた笑顔で握手しながら、握力に思いを込める。
 ――晶にちょっとでも変なことしてみろ。法廷で争ってやるからな。
「アイタタタ」
 ふん、早々に離しやがった。根性のない奴だ。
「それで上原さん、今日はどうして大学まで?」
 睨みつけながら尋問する。
 正当な理由のない大学敷地内への侵入なら、建造物侵入罪で通報してやるぞ。
 だが敵もさるもの……上原はヘラヘラと受け流してきた。
「いや、実は、奇遇なんですけどー、この大学は私の母校なんですよ。築山先生と打ち合わせがてら、久々に覗いてみたいと思いまして。いやあ、ここに記念館があったころが懐かしいなー」
 このビル型校舎が出来る前のOBか……って、見た目は若いけど、この男、明らかに40過ぎじゃねぇか。
 そんな中年男が俺たちの前世の子供を名乗るとか、怪しさしかない。
 晶はこいつの話を信じてるみたいだが、俺はどうにも胡散臭いと前から疑っていた。
「懐かしみたいなら、晶を巻き込まずに一人でくればいいじゃないですか」
「そんなぁ。私も青春時代に戻って、二人に挟まれて大学生気分、味わいたいなー」
「何言ってんだ。あんた、勤務中だろ」
「いえいえ、私の勤務時間は午後1時から午後10時なので、実は午前中の今は勤務時間外なんですよね~」
「出版社の勤務時間とんでもねぇな……」
「それほどでもありませんよー」
 褒めてねぇ、とつっこもうとしたら、晶が俺のそばに寄ってきた。
 久々の晶は、相変わらず瞳が純粋で、ほっぺたの曲線が天使画のそれみたいで、最高に可愛い……人前だろうが、今すぐ押し倒したい……クソ、堪えろ、俺の理性!
 晶はそんな俺の葛藤をよそに、眉をハの字に寄せて両手を合わせ、俺を見た。
「世羅、ごめんね、急に呼び出して……。実はね、本当に申し訳ないんだけど、一つお願いしたくて……僕らのサークルの『漫画・ボードゲーム研究会』に、入会希望者が結構来ちゃっててね……」
「は……?」
 あの、実質俺たち二人のサークルに、入会希望……?
「いいですねぇ、漫画とボードゲーム!」
 上原が訳のわからん茶々を入れてくる。
「だけど僕、うっかりしてて、今日の午後から上原さんと打ち合わせの約束があるの、今朝まで忘れてて……っ、なので、ほんっとうにごめん! 世羅、僕の代わりに希望者の入会受付、してあげてくれないかな!?」
「……」
 絶句した。
 もちろん、晶の頼みにノーとは言えねぇ。
 でも、上原と一緒に去る晶をここで、このタイミングで見送るなんて。
「いい……けど……」
 言葉では承諾したが、顔の筋肉が引き攣る。
「ほんと!? ごめんね、有難う! 活動用に空き教室は借りてあるから、そこに入会希望の子達が集まってるはずなんだ……。そこで、所定の用紙に所属の学部と学年と名前、書いてもらって、で、limeのグループ作ったから、そこに入ってもらって……お願いします!」
 ……死ぬほど忙しかったのに、そんな奴らの相手までしてたのか。
 晶、真面目すぎるだろ……。
 いや、晶のそんな生真面目なところを俺は前世から愛してる訳なんだが……。
「じゃっ、お父様……そう言うわけで、失礼しまーす」
 ……そう言って晶の肩を抱いて去る上原の顔を殴らなかった俺は、褒められていいと思う。
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