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世羅の後悔

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 やっぱり俺は、田中晶に近付くべきじゃなかった。
 渋谷のど真ん中で一体、なんてことしたんだ俺は……!?
 よりにもよって、あんなタイミングで無理矢理キスを……、しかも言い訳がきかねぇディープなやつを……今世では、ただ見守るだけのはずだったのに……っ。
 あれだけの悲劇を起こしたのに、俺は全く成長できていなかった。
 衝動のままキスするなんて。
『世羅が、ずーっと女の子と話してたから、嫉妬しただけ……』
 田中のあの言葉は、冷静に考えれば、「世羅が女の子と話せて羨ましい」という意味だったのに違いない。
 それなのに俺はなぜか、一瞬で彼の言葉を自分の都合のいいように解釈していた。
 俺が女と喋っていたから、俺に構ってほしくて女に嫉妬したんだと……。
 心のどこかで田中を恋人のように思い、そう扱っていたから。
 嫉妬されるようなことは前世では無かったから、それもあって、嬉しすぎて理性がぶちキレてしまったのだ。
 後からじっくり考えると、とんでもない勘違い野郎で冷や汗しか出ない。
 ああ、そもそも、思い起こせば、待ち合わせの時から既に俺はおかしかったのだ。
 待ち合わせ場所に来たセフィード様……田中晶は、余りにも余りにも、可愛らしかった。
 白い頬を薔薇色に染めて、オフホワイトのVネックニットから覗く鎖骨……この人生で初めて見たセフィード様の鎖骨……ふくよかなのも最高だが、今まで誰も見たことのないであろうそれをチラ見する興奮たるや。
 しかも萌え袖、なぜに萌え袖……!
 その上、ダイエット後もエロい曲線を残したお尻の形の引き立つスキニーとのコンボという、かつてウニクロのアニメコラボTシャツがワードローブの八割だったセフィード様の考えたコーディネイトとは思えないあざとさ。
 余りにも似合いすぎていて、純真な魅力が爆発しすぎていた。
 その上……今までは基本、田中晶の存在を朝から晩まで気にしまくっているのは俺だけで、相手は全く俺に関心がないというのがデフォルトだったのに、今の彼は俺の隣を並んで歩き、俺の存在を意識して、俺の行動や言葉で笑顔になり、色んな可愛い反応を返してくれて……。
 さらには大好きなキャラメル味のポップコーンを嬉しそうに頬張る、ジャンガリアンハムスターのような愛らしさ。
 ふっくらされていた時と変わらない、ツヤのある、色っぽく肉感的なピンク色の唇で、俺の舐めたストローを咥えたのを見た瞬間、公共の場にも関わらず一気に下半身に血が集まって、脳貧血を起こしそうになった。
 必死に映画に集中して田中の存在を忘れようとしていたら、胸焼けがするほどポップコーンを食べすぎていた。
 免疫のない俺は、彼の一挙手一投足で冷静でいられなくなる。
 そんな俺の動揺の結末が、あのとんでもない醜態だ。
 俺は、いきいきと絵を描いて、楽しそうに同人活動をするセフィード様が好きだったのに。
 セフィード様には今度こそ、彼に似つかわしい女と幸せになってもらいたかったのに……俺の浅ましい欲で全てが台無しに……。
 絶望しながらベッドにうつ伏せに倒れていると、隣のPC机の上でスマホが震えている音がする。
 さっきからずっと鳴っている……セフィード様だ。
 無視し続けるのには限界がある。
 無理やりキスをするなんて酷いことをしたのは俺だし、そもそも、俺が、自分から彼と友達になりたいと言い出した。
 あのキスは、うっかりした事故で、勘違いで、何かの間違いだったと……言わなきゃならない。
 俺は手を伸ばしてスマホを取り、仰向けになりながら通話ボタンを押して、目を閉じた。
「……何」
 わざとそっけなく電話に出る。
 電話の向こうで、優しくて穏やかな、セフィード様の……田中の声が聞こえ出した。
『アッ、出てくれて有難う……その、あのっ、今日。本当にごめんね』
 ……なぜ、この人が謝るんだろう。
 常識から外れたことをしたのは俺なのに。
 小さな時からそうだ。
 この人は余りにも優しすぎる……。
 涙が溢れた。
 だから、ずっと放っておけなかった。
 誰かに傷つけられたり、騙されたり利用されたりするのを、黙っていられなかった。
 離れなきゃいけないのに、誰よりもそばに居たかった……。
「……。こっちこそ、悪かった。あれはウッカリやっちまっただけだから、気にすんな」
 本当はこんな無礼な感じでなく、ファーストキス(多分)を奪ったことを土下座と切腹と反省文一万字で詫びたい気持ちだったが、俺の築いてきたキャラがあるので、それはできない……。
 俺の謝罪に、田中は黙り込んでしまった。
 なんだろう、この沈黙。
 焦りがどんどん募る。
「おい……黙ってんなら、切るからな」
 俺が言うと、思い詰めたように、田中は早口で言った。
『ま、待って! あのね。突然変な話してごめんなんだけど。……ねぇ、世羅、生まれ変わりって信じる?』
 ……なんで突然そんな話……。
 まさか。
 驚愕。
 後悔。
 全ての入り混じった感情が俺を支配する。
『今日、世羅に、キスされて嬉しかった……本当にね、嬉しかったんだ』
「は……?」
 俺の脳裏に、目まぐるしく前世の絶望の記憶の映像がフラッシュバックする。
 俺のせいで、未来を失った悲劇の王子。
 予期せぬ望まない妊娠をした上に、その身体を外国の輩に検分される屈辱を受けた。
 強国の姫を娶り、後ろ盾を得るはずが、叶わなかった。
 政敵の叔父に王位継承権を奪われ、失意のどん底に突き落とされた……。
 あの時、俺はどんなに自分を呪っただろう。
 自分の愚かさに絶望したことか。
『笑わないで欲しいんだけど……僕、実は前世の記憶があって……そこで僕、世羅にね、会ってる気がするんだ。それでね……』
 認めたらおしまいだ。
 絶対に言えない。
 認めたら、またーー。
「はあ!? 何、訳わかんねぇこと言ってんだ。妄想かよ。信じるわけねぇだろ!」
 恐怖に駆られて、電話口に向かって鋭く叫ぶ。
「これだから……オタクと付き合うのは嫌なんだよ! ちょっと優しくしたらつけあがりやがって……」
『せ、ら……』
「キスだって、ちょっとからかっただけだろ。嬉しいとか、前世とか言い出して、マジでこえーよ。お前、頭大丈夫か!?」
 まるで自分自身に怒りをぶちまけるかのように、俺は田中を責めた。
 ――思いつく限りの、酷い言葉で。
『せ、せら、ご、ごめ……ゆる、して』
 ああ。
 ごめんなさい。
 セフィード様。
 あなたの囚われている塔から見える、あの場所で、俺は斧で首を切られ、人生を終えた。
 それは俺が自ら望んだこと。
 俺が自らに課した罰。
 前世の俺は、あなたに地獄の苦しみを味わわせ、あなたを死に至らしめただけの人生だった。
 そんな人間に、またあなたを抱きしめる権利なんて……あるはずがないでしょう。
 あなたは新しい世界で、必ず幸せにならなきゃいけない。
 好きな絵を描いて、好きな女の子と結ばれて、前世なんか関係ない、俺の居ないあたらしい世界で。
 それを、俺は邪魔してはいけないんだ、決して。
「お前の妄想にまで、付き合えねぇよ。ボドゲサークルも辞める。もともとつまんなかったし。……じゃあな、キモオタ」
 ――電話が、切れた。
 完全に終わった。
 出来てしまいかけていた細い繋がりを、自分で握りつぶした。
 俺はこの一生も、死ぬ瞬間まで懺悔しながら生きるのかもしれない。
 それでいいんだ。
 あなたの才能を、輝きを胸に抱いて、あなたの幸せを遠くから祈るのが、俺の役目なんだから。
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