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田中の嫉妬

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 映画館を出ても、僕はすっかりボンヤリした感じになってしまって、連れられるがまんま、世羅について歩いた。
 渋谷って賑やかなんだけど、一本裏道に入ると、意外と住宅街っぽいと言うか、閑静な感じの街並みになるんだな。
 そういえば、ラブホテル街もあるって聞いたことがあるけど……。
 まさかそんなとこには行くわけないよな……まだ世羅は、前世の記憶思い出してないし。
 なんて思ってたら、結構怪しい看板がチラチラ見え出して、ドキドキしてきた。
 ま、まさか……そんな……。
 普段エッチな漫画を描いてるくせにと思われるだろうけど、この世では童貞なので動揺が激しい。
 エロ漫画じゃあるまいし、いきなりそんなデートの練習、あるわけないだろ、妄想激しすぎる僕のバカ!!
 緊張しまくりながら一緒に歩くうちに、ある店の前で世羅が立ち止まった。
「ここでいいか?」
 彼が指さしたのは、ラブホテルの入り口――ではなく、オシャレな外観のカフェだった。
 路地に面したファサードが、白い木枠とガラス張りのサンルームみたいになっていて、その奥がカフェになっている。
 しかも、そこはただのカフェじゃあなくて――中には、大きなフクロウやミミズクが、何匹も放し飼いにされて、店内のあちこちに留まっていた。
「フクロウカフェ……!?」
 心底びっくりした。
 だって、フクロウは、「トリ娘これくしょん」の中でも色んな種類が擬人化されてて……僕が一番推しにしてるトリ娘、「白夜雪子」の元ネタは、シロフクロウなんだ。
「嬉しい、フクロウカフェ、一回行ってみたかったんだ……! 何で!? 世羅も鳥、好きなの!?」
「まあな……。入ろうぜ」
 世羅が先に、レトロなドアを開けて入っていく。
 BGMのかかっていない、シンと静かな店内で、素朴な麻のエプロンを付けた、清楚で美人な女性店員さんが僕たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! ご予約はされてらっしゃいますかー?」
「はい。世羅です」
 わ、わざわざ予約まで……!?
 ポップコーンとコーラもだけど、僕の心、読まれてるんじゃ……いや、そんなはずはないよな……。
 アワアワしてると、店員さんが明るく説明を始めた。
「ご利用初めてでいらっしゃいますので、ご説明しますねー! まずは感染症予防のため、そちらのディスペンサーで消毒をお願いしまーす」
 言われるがまま、二人順番に手を消毒する。
 他にも時間制とか、ワンドリンク制とか説明を受けて、コーヒーを二つ頼んだ。
「……お写真を撮る場合は、フクロウさんの目を痛めてしまうので、フラッシュは厳禁でーす。それから、フクロウさんは野生動物なので、手に届かないところに逃げてしまうこともありますが、そういった場合は無理に追いかけたり触ろうとしないでくださいねー。撫でる時は、手で撫でるのではなく、人差し指を丸めて、その外側で撫でまーす」
 早速、ソファの背に留まっていた小柄なメンフクロウにそっと近づいて、なでなでしてみた。
 意外とモフモフしてて、すっごく可愛い……!
 顔も猫っぽくて愛嬌がある。
 フクロウ、飼いたくなるなぁ。
 店内を自由に飛び回るフクロウを夢中になって追いかけてたら、テーブルに蓋付きの飲み物が置かれた。
「飲み物は必ず蓋をしてくださいねー。フンやおしっこが入ってしまう場合がありますのでー」
 なるほど、野生動物だしなー、なんて思いながら、店の壁際の止まり木が集まったところに近づいた。
 そこには僕の推しのシロフクロウがいて、眠そうに目を細めている。
 近距離でまじまじと見つめると、あまりの可愛さに動けなくなった。
 某魔法学校の映画にもよく出演してたけど、フクロウの中でも、ダントツに可愛い……!
 恐る恐る指を近付けると、ちゃんと逃げないでナデナデさせてくれて、感激した。
「うわぁ、可愛い……!」
 本当に生きてて、動いてて、ちゃんとあったかい……。
 目が大きくて、美人だなぁ。
 そうだ、今はお休みしてるけど、いつか描くかもしれないから、漫画の資料にするために写真撮らなくちゃ!
 夢中になって、色んな角度からスマホの写真を撮りまくる。
 そうやってついつい、目の前のことに過集中してしまうのが、オタクの悪い癖で……。
 気づいたら、すっかり僕に放置される形になってた世羅は、いつのまにかフクロウカフェの美人な店員さんといい雰囲気になっていた。
「餌って、どうしてるんですか」
「冷凍ウズラを解体してあげてるんですよー」
「結構ハードル高いっすね……」
「慣れたらそんなことないですよー」
 ……いや、会話の内容は結構グロいな……いい雰囲気と思っちゃったのは、僕の目が曇ってるだけかも……。
「私、この店の宣伝動画も担当してるので……是非、ツイッターやインスタをフォローしてくださーい」
 あっ、名刺渡されてる……!
 いや、お店のだろうけど――なんで、世羅だけ?
 いや、世羅をほっといて推しのフクロウに夢中だった僕のせいなんだけど。
「せ、世羅」
 思わず、二人を邪魔するみたいに声を掛けてしまった。
 世羅はちゃんと気付いてくれて、視線をこっちになげてくる。
「ん? どうした」
「僕っ、その……お腹すいちゃったから……なんか、食べに行きたいかも……! もう、時間も結構経ったし」
 言ってから、すぐに後悔した。
 そういえば、世羅は僕が残した大量のポップコーン、一人でほとんど食べてくれてたから、全然お腹空いてないはず……なのに、すごい自分勝手なこと言ってしまった……!
 ところが、世羅はこともなげに頷いてくれて。
「ふうん。じゃあ、出るか?」
 って、店員さんの横を離れて、僕のそばまできてくれた。
「あ……えっと……うん、ありがとう……」
 罪悪感を感じながらも、世羅と一緒にレジまで進む。
「ごめん。まだ時間ちょっと早いし、世羅はお腹空いてない、よな……?」
「いや、別に。写真とか結構撮れたから、まあいいかなって」
 うう、世羅、優しい……。
 それに引き換え、僕は勝手に嫉妬してみたり、本当に自分勝手だ。
 前世でもやらかしたけど、恋愛すると、人はつい自分勝手になっちゃうんだろうか……。
 次の店では、推しのことは忘れて、ちゃんと世羅と話したいな……。
 なんて、思いながら外に出たんだけどーー、街歩きを再開したとたん、また思いがけない事件が起きた。
 いや、僕にとっての、だけど。
 昼ごはん食べる場所を探すために、センター街に出て歩いてた時だ。
「あのー! 去年の明正大ミスターの世羅君ですよね!? 私たち、世羅くんのファンなんですー! 写真いいですか!?」
 知らない若い女の子二人がいきなり、世羅に声を掛けてきた。
 僕の方はビックリだ。
 世羅、いつのまにそんな芸能人みたいなヒトになってたの!?
 やっと距離が近づいたと思ったら、オリンピック選手並みの速力で一気に引き離された気分だ。
 とにかくビックリしてると、世羅は立ち止まったものの、無表情であっさり首を横に振った。
「あー……今は、友達といるんで」
「いや、僕のことはほっといていいから……!!」
 慌てて高速で後ろ歩きして、路地の脇の、シャッターが閉まってる店の前に逃げて待つ。
 世羅は写真は断ったみたいだけど、SNSのアカウントを書いた紙を女の子から渡されてるみたいだった。
 世羅は流石にそれは断らず、ボディバッグのポケットの中に突っ込んでて。
 なんだか、心が痛い。
 前世で、こんな気持ちになったことはなかった。
 そもそも、前世でアスワドはこんなにモテてたっけ……?
 僕が知らなかっただけで、きっとモテてたんだろうな。
 男らしくて、武芸も一級で、彼は僕の知る限り最高の騎士だったと思う。
 僕とあんなことにならなければ、彼はもしかしたら、普通の女性と別の人生があったのかも……。
 そんな不穏なことを考えてしまって、気付いてしまった。
 何で僕、この世界で女の子に生まれ変わらなかったんだろ……?
 もし僕が女の子なら、こうして彼女たちが声を掛けてくることもなかっただろうし、もっと話も早かったと思う。
 でも……この世界の僕は、平凡な男の同人作家兼大学生で、見た目を多少頑張ったところで、結婚もできないし、前の世界みたいに、赤ちゃん産んだりも出来ない。
 しかも、世羅は僕のことを思い出さなくて……。
 世羅が前世を思い出したとしても、僕に、本当に世羅を幸せにできるのかな?
 アスワドがもし、死ぬ瞬間、僕と結ばれたことを後悔していたとしたら?
 ……記憶が戻らないのは、アスワドの意志だったとしたら……。
 その場に凍りついてしまった僕に、女の子たちと別れた世羅が戻ってくる。
「……? 田中、どうした? すげぇ顔色悪いけど……」
「ごめん……あのね……あの……」
 何を言ったらいいのか、分からなくなる。
 結ばれたのは、たった一度だけ。
 その後はもう、最後まで……お互いが死ぬ時も、会えなかった。
 抱き合った時はお互いに「愛してる」って言い合ったけど、その後は気持ちを確かめることも出来なかった……。
 ――アスワド、お前は死ぬ瞬間、『私』をどう思っていた?
 『私』はもう、お前のそばにいる資格はないんだろうか。
 ダメだ、ダメだ、何考えてる。
 こんなこと、まだ思い出してもいない世羅に聞くなんて変態だ……。
 頭の中が、田中晶の意識と、セフィードの記憶でゴチャゴチャになる。
 どっからどこまでが僕の意志なのかよく分からないまま、僕は答えていた。
「世羅が、ずーっと女の子と話してたから、嫉妬しただけ……」
 言ってしまって、しまったと口を両手で押さえた。
 僕、この世界じゃ、世羅の恋人でもなんでもないのに、何言い出した!?
「あっ、ごめ……今の冗談――」
 慌てて言い直そうとした瞬間。
 世羅が僕を、背後のシャッターにがしゃんと押し付けるみたいにして、腕の間に閉じ込めてきて――。
 あ、これ、壁ドンだ。
 やられてるのが自分だとスケッチできないの残念だな……って頭のどっかで思ったのと同時に、唇にキス、されていた。
「……!!!!!!」
 何が起こってるのかさっぱり分からない。
 えっ、ほんとに何が……?
 唇が柔らかい、まつ毛長い、世羅がつけてる香水いい匂い、いや待ってここ渋谷、人めっちゃ見てる、僕初めてなのにハードモードすぎんか、って、ちょっ舌入ってきた、あっすごいエロい、舌の感触エロすぎる……ああああダメ情報量が多くて頭がパンクする……!!
「んむ、っンッ、ん……!!」
 頭が爆発して放心してるのをいいことに、噛んだり、腫れそうなぐらい強く吸ったり、好き放題に貪られて……前世でアスワドと初めてキスした時のこと、思い出した。
 アスワドは普段は忠実な騎士の顔を崩さなかったくせに、キスもセックスも、暴君みたいというか、僕の感覚全部が彼に向かないと許さないってぐらいの、獰猛に支配されてしまうみたいな感じだったことを。
『ああ、アスワド、許してくれ、もう……!』
 何度もイかされて、どんなに音を上げても、彼は僕を押さえつけて、奥まで欲望を突き立てた。
『許さない……! 私がどれだけ堪えてきたのか、あなたたに分からせてやる……セフィード、狂おしいほど愛している……!』
 膝から力が抜けて、ズルズル……とシャッターを背中でこすりながら座り込む。
 世羅のキスは、間違いなく、アスワドのキスだった。
 無意識の中ではちゃんと、セフィードを覚えてた……。
 嬉しくて嬉しくて、座り込んだまんま、ぶわーっと涙が出る。
 ボロボロに涙をこぼしながら世羅を見上げた途端、彼は真っ青になった。
 ものすごい大失敗をした、って感じの表情で……。
「……っ、田中、悪い、俺……帰る……」
「え……!?」
 びっくりして聞き返したけど、止める間もなく、相手は踵を返す。
「ま、待って……!」
 叫んだのに、世羅の背中は走り出して、あっという間に渋谷の雑踏の中に紛れてしまって……。
「……いま、キスしてたの、キレイな顔してるけど男同士だったよね……?」
「ゲイカップルの痴話喧嘩かな……?」
 ヒソヒソ話す通行人の視線が痛い。
 どうして……なんで世羅は急に行っちゃったんだろう。
 僕が変なこと言ったから?
 もしかして……前世の記憶をちょっとだけ思い出した、とか……!?
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