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田中の初デート

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 僕の灰色だった大学生活は、四月からずっと薔薇色だ。
 こうなったきっかけは、前世を思い出したこともあるけど、コンプレックスに感じていた見た目を変えたことも大きい。
 あのテニスサークルのことは誤算だったけど……今までだったら「どうせ僕なんか」って思って諦めてたことにも、積極的にチャレンジ出来るようになった。
 人付き合いも、オタクの友達以外と会話なんて無理、何話していいのか分からない……って思ってたけど、ヘイザップの専属トレーナーさんと仲良くなってから、そういう思い込みもだいぶ減ったように思う。
 そして何より、世羅に自分から声をかけられたこと。
 その結果として、僕と仲良くなってもいいって……あの、世羅が、言ってくれて……夢みたいだ。
 でもそれは、僕が痩せたせい……とかじゃあ、ない気がするんだよな。
 もしかして、もしかすると、前世の僕のことを、少しずつ思い出し始めてるのかも……!?
 同じサークルに入ってくれたことだけでも、奇跡が起こったって思ったのに。
 嬉しくて嬉しくて、家に帰っても思い出し笑いしちゃうぐらいで、楽しくて仕方ない。
 世羅が前に女の子と付き合ってたらしいのはちょっとだけショックだったけど……。
 今も彼女いるのか、それだけは心配だ。
 もしも居たら……そうだな、その時は、諦めるかもしれない。
 前世のことも、思い出さない方がいいだろうし。
 過去のことは忘れて、新しい人生を選んだ方が世羅の幸せなら仕方ない。誰かを悲しませたりはしたくないから。
 お風呂に入って、ベッドに寝転がりながら、limeの世羅とのトーク画面を眺める。
 そっけないやりとりだけど、見ているだけで嬉しい。
 そういえば最近、全然漫画描いてない……。
 夜中に漫画描いてるとお腹空いてつい食べちゃうから、避けてたけど……。
 今なら楽しい漫画、描けそうな気がするなぁ。
 夏コミまで、あっという間だけど……どうしようかな。
 悩んでたら、limeの画面にポン、と新しいメッセージが入った。
 なんと、相手は世羅だ。
 目の覚めるような嬉しさと共に、一気に緊張が走る。
『お前さ、今日あんなこと言ってたけど。女と付き合ったことあるの』
 ドキッとした。
 むしろ、俺の方がそれを世羅に聞きたかったんだけど?
 かなり悩んでから、返信を打つ。
『ないよ。誰ともない。デートとかもしたことないから。世羅は? 今、付き合ってる人とかいる?』
 大胆にも、微妙に質問の主旨をずらして、僕の聞きたいことを聞いてしまった。
 しばらく返事が来ない。
 ドキドキしてたら、やがてメッセージが飛んできた。
『何人か付き合ってたけど、今はいない』
 思わず、ベッドの上で飛び跳ねて、ガッツポーズをした。
『いいなー。デートとかしてみたいんだけど』
 いそいそと俺が返すと、しばらく無言。
 しばらくして、そっけない言葉がポンと送られてくる。
『さっさと告白すれば』
『無理だよ! でも、デートの練習はしたいから、世羅、遊びに行くの付き合って』
 えへへ、図々しく誘ってしまった……大丈夫かな!?
 思い出してくれるまでは告白なんか、とてもできないし。
 その為にも、一緒の時間が作れたら。
 ドッキドキしながら待ってたら、すぐに返事が返ってきた。
『別にいいけど』
『本当に!? 嬉しい! ありがとう!! 世羅大好き!』
 うっかり心の叫びをそのまんま返信してしまった。
 いや、だって、嬉しいよ!!
 前世でも両思いになってから、デートとかしたことなかったし!
 でも、なんで、「頭を抱えて倒れてる人」のスタンプが返ってきたんだろ……?
 押し間違いかなあ。

◇ ◇ ◇

 その週の日曜日。
 僕はミキちゃんマキちゃんに選んでもらったオフホワイトの春用ニットに、生まれて初めて買ったスキニージーンズで、ドキドキしながら渋谷駅に向かった。
 渋谷なんて、正直アニ○イトとまん○らけぐらいしか行ったことがない。
 映画見ようかって話を僕がして、じゃあ、ここの映画館にしようって世羅に言われちゃったから、渋谷になってしまったのだ……。
 かの有名な交差点が目前の人だかりの中、戦々恐々としながら約束の時間の20分前に待ち合わせのハチ公の前に行ったら、なぜかもう世羅がスマホ見ながら待っていて、度肝を抜かれた。
 一瞬、待ち合わせ時間を間違えたのかとlimeを見返したが、そういうわけじゃないし。
 あんなそっけない感じだったのに、なんでそんなに早く来てるんだ……?
 前世は別にそうでもなかったけど、今世のアスワドはものすごくせっかちな性格なのかもしれない……次は30分前に行こう。
 それにしても、やっぱり世羅はこの人混みの中でもすぐ分かるくらいかっこいいなぁ……。
 周りから頭ひとつ分背が高い上に顔が小さくて、少女漫画の主人公みたいだ。
 服は相変わらず上から下まで真っ黒だけど。
 恐る恐る近付くと、世羅は僕に気付いて、すぐ目を逸らした。
 な、なんで知らんぷりした……?
「せ、世羅?」
 声を掛けると、微妙にチラチラ僕の方を見ながら、「お、おう」とかどもった返事をしてくる。
 そ、そんなに僕の服が変……!?
 ちょっとショックを受けたけど、もうここまで来たら着替えられないし……仕方ない。
「映画館、どこか分かる?」
「あー……あっち……」
 世羅はさっきから単語でしか喋らない。
 もしかしてだけど……緊張してる?
 いや、僕相手に、そんなこと有り得ないよな……。
 一緒に大交差点を渡り始めたら、斜めになった横断歩道の向こう岸から、スケート靴を履いた人がすごい勢いで滑ってきた。
「わっ!」
 危うくぶつかりそうになった瞬間――。
「危ない……!」
 世羅が僕の肩をギュッと抱いて、自分の方に引き寄せる。
 その時の険しい顔が、前世でセフィードの護衛をしていた時の、警戒を露わにした表情にそっくりで……そして、抱き寄せられて密着した体温が、あまりにも温かくて……涙が溢れそうになった。
「あ、ありがとう……」
「……。すぐ赤になるから、ぼんやりしてないで急ぐぞ」
「ウン」
 ――何でだろう。
 もうずっと長い間、あの腕に守られていたような……そんな不思議な気持ちになった。
 そんなこと、ないはずなのにな……。
 一緒に歩くうちに、どんどん、前世の記憶が蘇ってゆく。
 まだ二人とも、12、3歳の頃だろうか。
 馬を並べて、日が暮れるまで一緒に遠乗りしたことがあった。
 アスワドは馬の扱いがすごく上手で、僕が馬から落ちそうになった時、さっきみたいに助けてくれたりして。
 僕のせいで森の中でうっかり道に迷って、仕方なく一緒に野営したんだ。
 マントに包まって焚き火を囲みながら、初めて、僕はアスワドに本音を話した。
『隣国の許嫁のことを、好きになれるか自信がない』と……。
 アスワドは無表情のまま、僕に答えた。
『何の心配もございません。あなた様は良き夫、良き父、良き王となられます』
『私には無理だ。私は王になどなりたくない。本当は……。このまま、森で暮らしたいぐらいだ……』
 僕が泣き言を漏らすと、アスワドは困ったように首を振った。
『殿下は絵の才能だけでなく、あらゆる武芸と学問においで秀でられており、あなた様以上に王に相応しい人物は考えられないと、民も大臣も常日頃申しております……』
『皆、私のことをかいかぶってるだけだ……!』
 アスワドが口をつぐむ。
 僕は彼のそばに近付き、そっと彼の手を取った。
『けれど……アスワド、お前が終生、私に忠誠を誓い、そばにいて助けてくれるなら……私は、どうにか我慢して、頑張れるかもしれない……』
 その時……アスワドが耳まで真っ赤になって、黙り込んだのをよく覚えている。
 その時、僕は、僕の片思いが一方的なものではないことを、密かに悟ったのだ……。
「田中。映画館、ついたぞ」
 不意に声をかけられて、前世の白昼夢から覚める。
「あ、うん」
 一緒にエスカレーターをのぼりながら、必死で、意識を「今」に戻した。
 危ない、危ない……。
 チケットは僕がもう買ってある。
 僕の好きな「トリ娘コレクション」の映画アニメ……が、見たかったけど、それは流石に一般人の世羅にはキツいだろうから、ミッション・アンポッシブルの新作にしてみた。
「ポップコーン、食うか?」
 入り口近くの売店前で聞かれて、首を横に振る。
 ほんとはキャラメル味のやつがバケツいっぱい食べたいけど、糖質……!!
「う、ううん。今、お腹いっぱい」
「俺は買うけど、腹が空いたら食いたいだけ適当に食っていいぞ」
「う、うん……!」
 え、優しい……。
 それにポップコーン、何ヶ月ぶりだろう。
 見えない尻尾を振って待ってたら、売店に行って帰って来た世羅が、僕の手に「持て」とばかり、飲み物とポップコーンの一番でっかい円筒型の箱を渡して来た。
「世羅もポップコーン、好きなんだ!?」
 ポップコーンをかかえて、はしゃぎながら一緒にスクリーンに向かう。
「いや、そういう訳じゃ……」
 世羅がボソッと呟いた。
「『トリむすめコレクション』の映画じゃなくて、良かったのか?」
「えっ」
 心臓が止まりそうになって、ポップコーンを落とすところだった。
 だって、リア充の世羅の口から推しゲームのタイトルが出てくるなんて思わない。
「な、なんで、『トリむすめ』知ってるの、世羅」
 動揺を隠せずに問い返すと、世羅が慌てたように横を向く。
「べっ、別に知らねぇけど、お、お前がっ、アニメとか好きそうな顔してるから……っ」
 え、ど、どんな顔……!?
「あは、うん、実はアニメ好きなんだ……っ」
 世羅がチケットをQRコードリーダーに通して、すぐ近くのスクリーンに一緒に入った。
 早めに来ちゃったせいか、まだスクリーンは開いたばかりで、ほとんど人が居ない。
 広い空間にほぼ二人きりで、一緒に並んで席に座る。
 ポップコーンと飲み物を挟んでるとはいえ、思ったよりも距離が近くなって、ドキドキが止まらなくなった。
 世羅が、飲み物を一口だけ飲んでから、俺に渡してくる。
「……こっちも好きなだけ飲んでいい……」
「えっ、ありがと……」
 か……。
 間接キスになっちゃうけど、いいの……!?
 俺とだよ!?
 あーもう、映画がはじまっても、絶対内容が入ってこないなこれは……。
 ドキドキしてたら、座席が暗くなって、目の前で前売り宣伝映像が流れ始めた。
 暗くなったのに乗じて、遠慮がちにこっそりカップを取り、ストローに口を付ける。
 茶色いから、アイスコーヒーか、烏龍茶かな、と思ったら、思いっきり甘いコーラだった。
 長いこと無縁だったその甘みに頭を殴られ、涙が溢れでそうになる。
 コーラって……コーラって、なんて美味しいんだろう……!?
 麻薬でも入ってる……!?
 しかも、世羅が横でポップコーンの蓋を開けたら、中身が全部キャラメル味のポップコーンだった。
「わあ……! キャラメル味だ! 世羅も好きなの?」
「……まあ、な……。好きなら、好きなだけ食え……」
「う、うん」
 ちょっと遠慮しつつも、ついパクパク食べ始めたけど……全然、世羅はポップコーン、食べようとしない。
 え、僕ばっかり食べさせられたら、それはそれで困る……!
「せ、世羅」
「……何だよ?」
 こっちを向いた世羅の薄くて形のいい口に、僕はポップコーンを差し出した。
「あーんして」
 薄暗い照明の下でもはっきり分かるくらい、世羅の顔が赤くなった。
 やばい、男同士でアーンはちょっと、恥ずかしかったか……!?
 引っ込めようかどうしようから迷ってたら、次の瞬間、指ごとパクっとポップコーンを食べられた!
「わっ……!」
 すぐに離してもらえたけど……指先に、唇の柔らかい粘膜が触れた感触が、いつまでも指に残ってて。
 ドキドキして胸がいっぱいになりすぎて、その後の映画の内容はサッパリ頭に入らなかったし、ポップコーンもそれ以上食べられなくなった……。
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