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マシュマロのひとりごと
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まずい。
本当に、まずいことになったぞ……。
一体俺はどうしたらいい。
今までずっと距離を置いて、遠くから見守っていたのに。
あのセフィード様から、ボードゲームサークルに誘われてしまった……!!
しかも、limeの交換まで……。
一体何が起きているんだ。
食堂で話しかけられた時は驚いたが、それまであんなふうに話しかけられたことなんか一度も無かったのに。
どちらかといえば、蛇蝎《だかつ》のように嫌われていたはずだ。
これからも俺は影のような存在でいるはずが……本当に困った。
やっぱりあの時、きっぱりと断るべきだったんだろうか。
でも、ボードゲームのサークル員が少なくてお困りになっていたみたいだし……それよりなにより、久しぶりに近距離で見つめ合ったあの方が、あまりにもお可愛らしかったので、正常な判断などできるはずもなかった。
もしかすると俺は、世羅公英としてこの世界に転生して以来の、最大の失敗をしてしまったのかも知れない――。
俺が前世の記憶を思い出した日。
あれは幼い頃……小学校の入学式で、あまりにも愛らしく初々しい、この世界でのセフィード様のランドセル姿を一目見た瞬間だった。
幼い自分にとって、その記憶は余りにも酷なものだった。
俺はショックの余りに入学早々高熱で倒れ、そのまま熱が下がらず入院、一週間、原因不明の生死の境を彷徨った。
うなされながら、次々と蘇ってくる、愛しい人の記憶。
あの世界で初めて出会った幼いセフィード様を、少女だと思い込んで一目惚れしたこと。
美しく成長したセフィード様が、自ら衣を脱ぎ捨てて、俺に身を任せて下さった夢のような夜のこと。
俺が処刑される日の前日……俺のせいで死ぬよりも辛い目に遭われているというのに、それでも愛していると……死後の世界で再会しようと、誓ってくださった手紙の事。
けれど……目が覚めた時。
もう二度と、過去と同じ間違いを起こしたくはない――という思いが、強く俺の中に残っていることに気付いた。
前世でセフィード様の死を招いたのは、俺の過ちだ。
そもそも俺が身の程知らずにもセフィード様に懸想したのが全ての間違い。
そんな俺の気持ちがお優しいセフィード様の知るところとなってしまい、あのようなことが起きてしまった。
せめて、あの時俺がセフィード様との適切な距離をとり、酒も固辞し、あくまで臣下の節度を保ってさえいれば、セフィード様は立派な王となり、お子様にも恵まれ、幸せな人生を送っていたに違いないのだ。
俺は彼を不幸にすることしか出来なかった不忠な人間。
そんな俺が、セフィード様の優しさに甘え、前世の約束を持ち出すことなど出来るはずがない。
そもそも、俺もセフィード様も、今生でも同じ男同士として生まれてしまった。
しかも、記憶を取り戻したのは俺一人。
セフィード様は、俺を見ても全く記憶を取り戻さなかった。
無邪気な、小学校生活を心から楽しみにしている普通の少年のまま……。
それはまるで、前世の罪による、俺への重い罰のように思えた。
同時に、きっと彼は、今度こそ幸せになるために、辛い過去を思い出したくなど無いのだとも。
だから俺は、この世界では……あの方が幸せになれるように、ただ、遠くから見守ることを決意した。
もし彼が近くに来ても、わざとじゃけんに扱い、遠ざけた。
きっと傷つけてしまったと思うが、今生の彼を守る為には、仕方がないことだ。
万が一記憶が戻ったら、セフィード様はお優しく律儀な方だ、自らの意志に反してでも必ず約束を守ろうとするだろうから……。
俺は徹底的にセフィード様を避けた。
だがその代わり、セフィード様の体型のことをからかう人間がいれば、後で体育館裏に呼び出してシメたし、体育の時間に彼の足が遅いことで文句を言う奴がいれば、そいつの足を思い切り踏んでやった。
そんなことは全く知らないセフィード様こと田中晶は、心の優しい、穏やかな少年へと、すくすくと育たれた。
見守る内に少しずつ分かってきたのは、セフィード様が、今生でも絵を描くのがとてもお好きだと言うことだ。
授業中、ニコニコしながら自由帳に可愛らしい動物の絵を描いていらっしゃるのを初めて見た時は、涙が溢れるかと思った。
あの方は確かにセフィード様だと確信していたけれど、その証拠はなかったから……。
前世の彼との共通点を見つけて、胸が締め付けられるようだった。
王子でなければ画家になりたいとおっしゃっていた、セフィード様の描かれた美しい絵画は、今でも目に焼きついている。
あれはまるで、天上の世界そのものだった。
その信じ難い神の領域の才能を含めて、俺はセフィード様に夢中だったのだ。
彼の夢を応援したい。
今度こそ、セフィード様には思いを遂げて頂き、夢を叶え、幸せになって頂かなければ……!
ますます、万が一でも俺のことを思い出させないようにしなければと思えた。
余計なことを思い出させて、せっかくの才能に陰りが差してしまうことが恐ろしい……。
かと言って、完全に離れてしまうのもダメだ。
セフィード様を傷つける人間がいるかも知れないと思うと、心配で仕方ない。
結論、同じ学校には通っておきたい……。
微妙に遠巻きにしながら、俺は本人に気付かれないよう、隠密のようにセフィード様の影のボディガードとなった。
あの方を呼び出してカツアゲをしようとした先輩は、闇討ちして病院送りにしたし、萌え絵を描いているのをバカにした同級生も体育倉庫でシメた。
そんな俺の密かな努力の甲斐があったのならばとても嬉しいのだが、セフィード様は成長なさるにつれて、どんどん、アートや漫画の世界にのめり込んで行ったようだ。
高校生になると、彼はSNSでイラストを発表するようになり、当然のことながら、破竹の勢いでフォロワーを増やしていった。
俺もセフィード様を見守るため、その頃からSNSを密かにフォローするようになった。
色々な偽名を使ったが、今のZでの主な名前は、「マシュマロらぶ」。
今のマシュマロのような体型のセフィード様への愛を込めたハンドルネームだ。
心から応援し続けていたのに、高校三年生の時、ご両親の教育の方針で、美大に進まれるのを諦めたと知った時には、俺も血の涙を流したものだ。
まさかそんなことがあっていいのかと……。
だが、セフィード様は、そんなことで絵の道を諦めはしなかった。
独学でますますデッサンやツールの使い方をよく勉強されて、さらに、それまで描いていなかった漫画を描かれ始めたことで、セフィード様の人気は不動のものとなった。
SNSのフォロワーなど、今や2万人もいるのだ。
本当に誇らしかった。
セフィード様は漫画の才能も素晴らしい。
彼の描く人物は、美しいのにまるで生きているかのように表情豊かで、心を奪われずにはいられないのだ。
美少女ゲームのキャラクターを描かれた漫画などは、バズりにバズって、ついにセフィード様はコミケデビューを果たされた。
そしてここで、一つ俺の中で誤算が起きた。
なんと、大学生になったセフィード様が、あの純粋で純朴に見えたセフィード様が……エッチな本ばかり作られるようになられたことだ!!
しかもその内容が、無意識なのか、前世で俺とセフィード様が交わした会話や、やりとりとどことなく似ていて……。
幼馴染ものが多く、最後はかならず少女が淫らに挿入をねだる……そのセリフが、かつてのセフィード様そのものなのだ。
もちろん、メチャクチャに抜けた。罪悪感にまみれながらだが……。
そして俺は、セフィード様がどのジャンルに移動されても、必ずその原作を即座に履修し、背景を理解した上でセフィード様の漫画を読み、熱い感想を送り続けた。
一番最近の『トリ娘これくしょん』は、野鳥を少女に擬人化したゲームだが、セフィード様は手に入れるのが難しいレアなトリ娘ではなく、より身近な、初期キャラの『トリ娘』を題材に描かれており、このジャンルで多くの人に受け入れられている。
どんな形でも、絵で世の中の人々に喜ばれるという、前世の夢を叶えられたことには違いない。
そんなセフィード様を、俺は力の限り祝福し、応援していた。
ただし、出来る限り匿名のまま。
現実世界では、大学まで同じとなると流石に警戒されそうだったので、セフィード様が最も嫌われている「チャラ男」を演じるため、テニサーに入り、さらに文化祭でミスター明正大学に立候補するなどして、煙幕を厚めに張った。
それが功を奏してか、セフィード様は前世の約束などというものに煩わされることなく、すこぶる楽しく創作活動を続けられてきた、はずだったのだが……。
最近、突如として異変が起きた。
セフィード様の様子が突然おかしくなったのだ。
本当に、まずいことになったぞ……。
一体俺はどうしたらいい。
今までずっと距離を置いて、遠くから見守っていたのに。
あのセフィード様から、ボードゲームサークルに誘われてしまった……!!
しかも、limeの交換まで……。
一体何が起きているんだ。
食堂で話しかけられた時は驚いたが、それまであんなふうに話しかけられたことなんか一度も無かったのに。
どちらかといえば、蛇蝎《だかつ》のように嫌われていたはずだ。
これからも俺は影のような存在でいるはずが……本当に困った。
やっぱりあの時、きっぱりと断るべきだったんだろうか。
でも、ボードゲームのサークル員が少なくてお困りになっていたみたいだし……それよりなにより、久しぶりに近距離で見つめ合ったあの方が、あまりにもお可愛らしかったので、正常な判断などできるはずもなかった。
もしかすると俺は、世羅公英としてこの世界に転生して以来の、最大の失敗をしてしまったのかも知れない――。
俺が前世の記憶を思い出した日。
あれは幼い頃……小学校の入学式で、あまりにも愛らしく初々しい、この世界でのセフィード様のランドセル姿を一目見た瞬間だった。
幼い自分にとって、その記憶は余りにも酷なものだった。
俺はショックの余りに入学早々高熱で倒れ、そのまま熱が下がらず入院、一週間、原因不明の生死の境を彷徨った。
うなされながら、次々と蘇ってくる、愛しい人の記憶。
あの世界で初めて出会った幼いセフィード様を、少女だと思い込んで一目惚れしたこと。
美しく成長したセフィード様が、自ら衣を脱ぎ捨てて、俺に身を任せて下さった夢のような夜のこと。
俺が処刑される日の前日……俺のせいで死ぬよりも辛い目に遭われているというのに、それでも愛していると……死後の世界で再会しようと、誓ってくださった手紙の事。
けれど……目が覚めた時。
もう二度と、過去と同じ間違いを起こしたくはない――という思いが、強く俺の中に残っていることに気付いた。
前世でセフィード様の死を招いたのは、俺の過ちだ。
そもそも俺が身の程知らずにもセフィード様に懸想したのが全ての間違い。
そんな俺の気持ちがお優しいセフィード様の知るところとなってしまい、あのようなことが起きてしまった。
せめて、あの時俺がセフィード様との適切な距離をとり、酒も固辞し、あくまで臣下の節度を保ってさえいれば、セフィード様は立派な王となり、お子様にも恵まれ、幸せな人生を送っていたに違いないのだ。
俺は彼を不幸にすることしか出来なかった不忠な人間。
そんな俺が、セフィード様の優しさに甘え、前世の約束を持ち出すことなど出来るはずがない。
そもそも、俺もセフィード様も、今生でも同じ男同士として生まれてしまった。
しかも、記憶を取り戻したのは俺一人。
セフィード様は、俺を見ても全く記憶を取り戻さなかった。
無邪気な、小学校生活を心から楽しみにしている普通の少年のまま……。
それはまるで、前世の罪による、俺への重い罰のように思えた。
同時に、きっと彼は、今度こそ幸せになるために、辛い過去を思い出したくなど無いのだとも。
だから俺は、この世界では……あの方が幸せになれるように、ただ、遠くから見守ることを決意した。
もし彼が近くに来ても、わざとじゃけんに扱い、遠ざけた。
きっと傷つけてしまったと思うが、今生の彼を守る為には、仕方がないことだ。
万が一記憶が戻ったら、セフィード様はお優しく律儀な方だ、自らの意志に反してでも必ず約束を守ろうとするだろうから……。
俺は徹底的にセフィード様を避けた。
だがその代わり、セフィード様の体型のことをからかう人間がいれば、後で体育館裏に呼び出してシメたし、体育の時間に彼の足が遅いことで文句を言う奴がいれば、そいつの足を思い切り踏んでやった。
そんなことは全く知らないセフィード様こと田中晶は、心の優しい、穏やかな少年へと、すくすくと育たれた。
見守る内に少しずつ分かってきたのは、セフィード様が、今生でも絵を描くのがとてもお好きだと言うことだ。
授業中、ニコニコしながら自由帳に可愛らしい動物の絵を描いていらっしゃるのを初めて見た時は、涙が溢れるかと思った。
あの方は確かにセフィード様だと確信していたけれど、その証拠はなかったから……。
前世の彼との共通点を見つけて、胸が締め付けられるようだった。
王子でなければ画家になりたいとおっしゃっていた、セフィード様の描かれた美しい絵画は、今でも目に焼きついている。
あれはまるで、天上の世界そのものだった。
その信じ難い神の領域の才能を含めて、俺はセフィード様に夢中だったのだ。
彼の夢を応援したい。
今度こそ、セフィード様には思いを遂げて頂き、夢を叶え、幸せになって頂かなければ……!
ますます、万が一でも俺のことを思い出させないようにしなければと思えた。
余計なことを思い出させて、せっかくの才能に陰りが差してしまうことが恐ろしい……。
かと言って、完全に離れてしまうのもダメだ。
セフィード様を傷つける人間がいるかも知れないと思うと、心配で仕方ない。
結論、同じ学校には通っておきたい……。
微妙に遠巻きにしながら、俺は本人に気付かれないよう、隠密のようにセフィード様の影のボディガードとなった。
あの方を呼び出してカツアゲをしようとした先輩は、闇討ちして病院送りにしたし、萌え絵を描いているのをバカにした同級生も体育倉庫でシメた。
そんな俺の密かな努力の甲斐があったのならばとても嬉しいのだが、セフィード様は成長なさるにつれて、どんどん、アートや漫画の世界にのめり込んで行ったようだ。
高校生になると、彼はSNSでイラストを発表するようになり、当然のことながら、破竹の勢いでフォロワーを増やしていった。
俺もセフィード様を見守るため、その頃からSNSを密かにフォローするようになった。
色々な偽名を使ったが、今のZでの主な名前は、「マシュマロらぶ」。
今のマシュマロのような体型のセフィード様への愛を込めたハンドルネームだ。
心から応援し続けていたのに、高校三年生の時、ご両親の教育の方針で、美大に進まれるのを諦めたと知った時には、俺も血の涙を流したものだ。
まさかそんなことがあっていいのかと……。
だが、セフィード様は、そんなことで絵の道を諦めはしなかった。
独学でますますデッサンやツールの使い方をよく勉強されて、さらに、それまで描いていなかった漫画を描かれ始めたことで、セフィード様の人気は不動のものとなった。
SNSのフォロワーなど、今や2万人もいるのだ。
本当に誇らしかった。
セフィード様は漫画の才能も素晴らしい。
彼の描く人物は、美しいのにまるで生きているかのように表情豊かで、心を奪われずにはいられないのだ。
美少女ゲームのキャラクターを描かれた漫画などは、バズりにバズって、ついにセフィード様はコミケデビューを果たされた。
そしてここで、一つ俺の中で誤算が起きた。
なんと、大学生になったセフィード様が、あの純粋で純朴に見えたセフィード様が……エッチな本ばかり作られるようになられたことだ!!
しかもその内容が、無意識なのか、前世で俺とセフィード様が交わした会話や、やりとりとどことなく似ていて……。
幼馴染ものが多く、最後はかならず少女が淫らに挿入をねだる……そのセリフが、かつてのセフィード様そのものなのだ。
もちろん、メチャクチャに抜けた。罪悪感にまみれながらだが……。
そして俺は、セフィード様がどのジャンルに移動されても、必ずその原作を即座に履修し、背景を理解した上でセフィード様の漫画を読み、熱い感想を送り続けた。
一番最近の『トリ娘これくしょん』は、野鳥を少女に擬人化したゲームだが、セフィード様は手に入れるのが難しいレアなトリ娘ではなく、より身近な、初期キャラの『トリ娘』を題材に描かれており、このジャンルで多くの人に受け入れられている。
どんな形でも、絵で世の中の人々に喜ばれるという、前世の夢を叶えられたことには違いない。
そんなセフィード様を、俺は力の限り祝福し、応援していた。
ただし、出来る限り匿名のまま。
現実世界では、大学まで同じとなると流石に警戒されそうだったので、セフィード様が最も嫌われている「チャラ男」を演じるため、テニサーに入り、さらに文化祭でミスター明正大学に立候補するなどして、煙幕を厚めに張った。
それが功を奏してか、セフィード様は前世の約束などというものに煩わされることなく、すこぶる楽しく創作活動を続けられてきた、はずだったのだが……。
最近、突如として異変が起きた。
セフィード様の様子が突然おかしくなったのだ。
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