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田中の迷い
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すごすごと自宅の学生マンションに帰った僕は、PCを立ち上げる気にもなれないまま、玉置さんにlimeした。
「全然、接点が作れないです。授業は小規模の法学部オンリーのやつばっかりだし、サークルも、四月しか募集してないし、僕の見た目じゃ無理だって暗に言われて……。三年はもう就職活動の時期だし、もうこのまんま、離れ離れになるしかないのかも……」
すると、また玉置さんはすぐに返信を返してくれた。
「ずいぶンがンばりましたね、築山さん。もう分かったでしょう。我々は、常に未来を、次のイベントを見据えて生きるべきです。前世も売れ残った同人誌も、過ぎ去った過去のことは全て水に流し、次の春コミに向かって原稿に邁進するべき時なのでは?」
就職活動しろよ、もうすぐ四年だろとは言わないのが玉置さんのいい所だ。
「……そうした方がいいってことは分かるんですけど……。僕、話を作ろうとすると、どうしても頭の中に、前世のボーイズラブなシーンしか浮かばなくなってしまって。『トリ娘』が、描けないんです」
「なるほど。それはもう、むしろ築山先生の新境地とするべきですな。そいつをオリジナルボーイズラブ同人誌として出しては?」
「えっ。僕の固定ファン、みんな男なのに!? そんなもの書いたら、今まで本を買ってくれていたみんながどう思うか……っ」
頭の隅に、チラリと「マシュマロらぶ」さんの長文メッセージが浮かぶ。
『築山もちもちさんの新刊、今回も激萌え最高でした!! 繊細な筆致で描く、トリ娘と飼い主との禁断の恋……初夜を迎え、愛し合ってる二人の喜びと興奮がひしひしと伝わってきて、最後は普通考えつかないようなドエロいアングルでの挿入、何千回でもヌケ過ぎてヤバいです!! まず驚かされたのが最初のページの二人の会話シーンです。まさか彼女があんな大胆な行動に出るなんて……』
もしも僕がボーイズラブに転向したら、あの人はもう、あんなにも熱い長文感想をくれなくなるかもしれない。
それは寂しいし、あの人なしで僕のモチベーションが持つかどうか……。
思い悩んでいたら、玉置さんから電話がかかってきた。
驚いて通話ボタンを押すと、いつもの彼の、畳み掛けるような早口が耳に飛び込んでくる。
「日和っちゃダメですよ、築山さん! プロでもない我々が、日頃、一体何のために睡眠時間も命も削って創作をしていると思うンです」
ドキリと心臓が跳ねた。
「――そもそも我々は、自分の性癖を漫画小説という媒体に落とし込み、時に他人様のキャラクターや創作物を借りるという禁忌を犯してまでそれを表現し、世間様に向かって大公開している、その時点で、一般社会に於いては狂人なンですよ。今更、何を恐れることがあると言うンです? ただただ、己に性癖に対し正直であれ。もちろん他人に見せる以上、読者を置いてきぼりにしちゃあいけませンがね、本気で楽しんで描いた性癖で殴れば、読者は必ず付いてくる! それが同人作家じゃありませンか」
そう思いたいけど、でも僕は、そこまでは強くなれない……。
「いや、玉置さんは画力も個性もあるオンリーワンの作家さんだから、そんなことが言えますけど。僕なんて、ジャンルと世間ウケする絵の力でたまたま売れてただけだし……」
「世間ウケする絵をきちんと描けるという時点で、築山さんには計り知れないほどの才能と可能性があるンですよ。その宝石を、あなたが今描きたくないものに無理やり使えば、取り返しのつかないスランプに陥いる可能性もある。それこそ、熱心な読者は気付きますよ。あなたが心から楽しンで描いてない、ってことを」
胸をグサリと刺されたようなショックがあった。
そうか……。
そうだよな。
楽しんで描けないものを無理矢理描くなんて、推しジャンルそのものにも失礼だし、公式キャラを愛する読者の人にとっても、それは同じことで……。
「有難うございます、玉置さん。これから描くジャンルのこと、もうちょっと考えてみます。ジャンル活動してた『トリ娘』の『白夜雪子』は今だって推しキャラだし、大好きだけど、僕にはもう彼女の漫画は描けそうにないし。……玉置さんも、毎回僕の新刊買ってくれてたのに、ほんとすみません……」
「なあに、私は元々、こうして友人になる前は築山もちもちの1ファンですからね。BLにも理解はあるつもりですし、どンな性癖の本でも、バッチ来いというもンです。じゃ、私は『子連れ忍者』二次創作本の原稿があるので、この辺で」
「すみません、忙しい時に有難うございました」
挨拶をして電話を切って、僕は心の中で玉置さんに深く頭を下げた。
……そうだよな。
うだうだ悩んでても、何も始まらない。
スマホを取り出し、メモ帳を開いた。
そこには、今まで出した同人誌のストーリーを考える時に、文章で書き綴ったメモがまとめられている。
僕は新しいメモ帳を開いて、前世の僕――セフィードと、アスワドのボーイズラブのプロット※を打ち込み始めた。
ストーリーは、こんな感じだ。
『大国に挟まれるようにして存在する、森と湖の美しい国、アルスバーン。
その王国の後継者は、神代からの血統を誇り、その美しさで大陸中の妙齢の女性たちに名を知られる若き王子、銀髪のセフィードだった。
彼は幼い頃から、隣の大国、ラズワルツ帝国の末の姫と結婚することが決まっていた。
しかしセフィード王子は、自分の乳兄弟にして片腕のような存在である騎士、アスワドを、物心ついた時から愛していた――。
アスワドはセフィードの好意を知りながらも、わざと無視し続けていた。
彼もまた王子を誰よりも愛していたが、身分と立場をわきまえていたのだ。
王子を大切に思うが故だったが、そのことはセフィードを長年苦しめていた。
18歳の成人目前となった時、セフィード王子は、許嫁の姫のいる隣国、帝国ラズワルツへと旅立つことになった。
花嫁を迎え、アルスバーンに連れて帰り、婚姻の儀式を行うためである。
その旅に出る日の前夜、セフィードは騎士アスワドを自らの私室に呼び出した――』
-------------------------
※ プロット 漫画の筋書きのこと
「全然、接点が作れないです。授業は小規模の法学部オンリーのやつばっかりだし、サークルも、四月しか募集してないし、僕の見た目じゃ無理だって暗に言われて……。三年はもう就職活動の時期だし、もうこのまんま、離れ離れになるしかないのかも……」
すると、また玉置さんはすぐに返信を返してくれた。
「ずいぶンがンばりましたね、築山さん。もう分かったでしょう。我々は、常に未来を、次のイベントを見据えて生きるべきです。前世も売れ残った同人誌も、過ぎ去った過去のことは全て水に流し、次の春コミに向かって原稿に邁進するべき時なのでは?」
就職活動しろよ、もうすぐ四年だろとは言わないのが玉置さんのいい所だ。
「……そうした方がいいってことは分かるんですけど……。僕、話を作ろうとすると、どうしても頭の中に、前世のボーイズラブなシーンしか浮かばなくなってしまって。『トリ娘』が、描けないんです」
「なるほど。それはもう、むしろ築山先生の新境地とするべきですな。そいつをオリジナルボーイズラブ同人誌として出しては?」
「えっ。僕の固定ファン、みんな男なのに!? そんなもの書いたら、今まで本を買ってくれていたみんながどう思うか……っ」
頭の隅に、チラリと「マシュマロらぶ」さんの長文メッセージが浮かぶ。
『築山もちもちさんの新刊、今回も激萌え最高でした!! 繊細な筆致で描く、トリ娘と飼い主との禁断の恋……初夜を迎え、愛し合ってる二人の喜びと興奮がひしひしと伝わってきて、最後は普通考えつかないようなドエロいアングルでの挿入、何千回でもヌケ過ぎてヤバいです!! まず驚かされたのが最初のページの二人の会話シーンです。まさか彼女があんな大胆な行動に出るなんて……』
もしも僕がボーイズラブに転向したら、あの人はもう、あんなにも熱い長文感想をくれなくなるかもしれない。
それは寂しいし、あの人なしで僕のモチベーションが持つかどうか……。
思い悩んでいたら、玉置さんから電話がかかってきた。
驚いて通話ボタンを押すと、いつもの彼の、畳み掛けるような早口が耳に飛び込んでくる。
「日和っちゃダメですよ、築山さん! プロでもない我々が、日頃、一体何のために睡眠時間も命も削って創作をしていると思うンです」
ドキリと心臓が跳ねた。
「――そもそも我々は、自分の性癖を漫画小説という媒体に落とし込み、時に他人様のキャラクターや創作物を借りるという禁忌を犯してまでそれを表現し、世間様に向かって大公開している、その時点で、一般社会に於いては狂人なンですよ。今更、何を恐れることがあると言うンです? ただただ、己に性癖に対し正直であれ。もちろん他人に見せる以上、読者を置いてきぼりにしちゃあいけませンがね、本気で楽しんで描いた性癖で殴れば、読者は必ず付いてくる! それが同人作家じゃありませンか」
そう思いたいけど、でも僕は、そこまでは強くなれない……。
「いや、玉置さんは画力も個性もあるオンリーワンの作家さんだから、そんなことが言えますけど。僕なんて、ジャンルと世間ウケする絵の力でたまたま売れてただけだし……」
「世間ウケする絵をきちんと描けるという時点で、築山さんには計り知れないほどの才能と可能性があるンですよ。その宝石を、あなたが今描きたくないものに無理やり使えば、取り返しのつかないスランプに陥いる可能性もある。それこそ、熱心な読者は気付きますよ。あなたが心から楽しンで描いてない、ってことを」
胸をグサリと刺されたようなショックがあった。
そうか……。
そうだよな。
楽しんで描けないものを無理矢理描くなんて、推しジャンルそのものにも失礼だし、公式キャラを愛する読者の人にとっても、それは同じことで……。
「有難うございます、玉置さん。これから描くジャンルのこと、もうちょっと考えてみます。ジャンル活動してた『トリ娘』の『白夜雪子』は今だって推しキャラだし、大好きだけど、僕にはもう彼女の漫画は描けそうにないし。……玉置さんも、毎回僕の新刊買ってくれてたのに、ほんとすみません……」
「なあに、私は元々、こうして友人になる前は築山もちもちの1ファンですからね。BLにも理解はあるつもりですし、どンな性癖の本でも、バッチ来いというもンです。じゃ、私は『子連れ忍者』二次創作本の原稿があるので、この辺で」
「すみません、忙しい時に有難うございました」
挨拶をして電話を切って、僕は心の中で玉置さんに深く頭を下げた。
……そうだよな。
うだうだ悩んでても、何も始まらない。
スマホを取り出し、メモ帳を開いた。
そこには、今まで出した同人誌のストーリーを考える時に、文章で書き綴ったメモがまとめられている。
僕は新しいメモ帳を開いて、前世の僕――セフィードと、アスワドのボーイズラブのプロット※を打ち込み始めた。
ストーリーは、こんな感じだ。
『大国に挟まれるようにして存在する、森と湖の美しい国、アルスバーン。
その王国の後継者は、神代からの血統を誇り、その美しさで大陸中の妙齢の女性たちに名を知られる若き王子、銀髪のセフィードだった。
彼は幼い頃から、隣の大国、ラズワルツ帝国の末の姫と結婚することが決まっていた。
しかしセフィード王子は、自分の乳兄弟にして片腕のような存在である騎士、アスワドを、物心ついた時から愛していた――。
アスワドはセフィードの好意を知りながらも、わざと無視し続けていた。
彼もまた王子を誰よりも愛していたが、身分と立場をわきまえていたのだ。
王子を大切に思うが故だったが、そのことはセフィードを長年苦しめていた。
18歳の成人目前となった時、セフィード王子は、許嫁の姫のいる隣国、帝国ラズワルツへと旅立つことになった。
花嫁を迎え、アルスバーンに連れて帰り、婚姻の儀式を行うためである。
その旅に出る日の前夜、セフィードは騎士アスワドを自らの私室に呼び出した――』
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※ プロット 漫画の筋書きのこと
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