上 下
6 / 29

田中の迷い

しおりを挟む
 すごすごと自宅の学生マンションに帰った僕は、PCを立ち上げる気にもなれないまま、玉置さんにlimeした。
「全然、接点が作れないです。授業は小規模の法学部オンリーのやつばっかりだし、サークルも、四月しか募集してないし、僕の見た目じゃ無理だって暗に言われて……。三年はもう就職活動の時期だし、もうこのまんま、離れ離れになるしかないのかも……」
 すると、また玉置さんはすぐに返信を返してくれた。
「ずいぶンがンばりましたね、築山さん。もう分かったでしょう。我々は、常に未来を、次のイベントを見据えて生きるべきです。前世も売れ残った同人誌も、過ぎ去った過去のことは全て水に流し、次の春コミに向かって原稿に邁進するべき時なのでは?」
 就職活動しろよ、もうすぐ四年だろとは言わないのが玉置さんのいい所だ。
「……そうした方がいいってことは分かるんですけど……。僕、話を作ろうとすると、どうしても頭の中に、前世のボーイズラブなシーンしか浮かばなくなってしまって。『トリ娘』が、描けないんです」
「なるほど。それはもう、むしろ築山先生の新境地とするべきですな。そいつをオリジナルボーイズラブ同人誌として出しては?」
「えっ。僕の固定ファン、みんな男なのに!? そんなもの書いたら、今まで本を買ってくれていたみんながどう思うか……っ」
 頭の隅に、チラリと「マシュマロらぶ」さんの長文メッセージが浮かぶ。
『築山もちもちさんの新刊、今回も激萌え最高でした!! 繊細な筆致で描く、トリ娘と飼い主との禁断の恋……初夜を迎え、愛し合ってる二人の喜びと興奮がひしひしと伝わってきて、最後は普通考えつかないようなドエロいアングルでの挿入、何千回でもヌケ過ぎてヤバいです!! まず驚かされたのが最初のページの二人の会話シーンです。まさか彼女があんな大胆な行動に出るなんて……』
 もしも僕がボーイズラブに転向したら、あの人はもう、あんなにも熱い長文感想をくれなくなるかもしれない。
 それは寂しいし、あの人なしで僕のモチベーションが持つかどうか……。
 思い悩んでいたら、玉置さんから電話がかかってきた。
 驚いて通話ボタンを押すと、いつもの彼の、畳み掛けるような早口が耳に飛び込んでくる。
「日和っちゃダメですよ、築山さん! プロでもない我々が、日頃、一体何のために睡眠時間も命も削って創作をしていると思うンです」
 ドキリと心臓が跳ねた。
「――そもそも我々は、自分の性癖を漫画小説という媒体に落とし込み、時に他人様のキャラクターや創作物を借りるという禁忌を犯してまでそれを表現し、世間様に向かって大公開している、その時点で、一般社会に於いては狂人なンですよ。今更、何を恐れることがあると言うンです? ただただ、己に性癖に対し正直であれ。もちろん他人に見せる以上、読者を置いてきぼりにしちゃあいけませンがね、本気で楽しんで描いた性癖で殴れば、読者は必ず付いてくる! それが同人作家じゃありませンか」
 そう思いたいけど、でも僕は、そこまでは強くなれない……。
「いや、玉置さんは画力も個性もあるオンリーワンの作家さんだから、そんなことが言えますけど。僕なんて、ジャンルと世間ウケする絵の力でたまたま売れてただけだし……」
「世間ウケする絵をきちんと描けるという時点で、築山さんには計り知れないほどの才能と可能性があるンですよ。その宝石を、あなたが今描きたくないものに無理やり使えば、取り返しのつかないスランプに陥いる可能性もある。それこそ、熱心な読者は気付きますよ。あなたが心から楽しンで描いてない、ってことを」
 胸をグサリと刺されたようなショックがあった。
 そうか……。
 そうだよな。
 楽しんで描けないものを無理矢理描くなんて、推しジャンルそのものにも失礼だし、公式キャラを愛する読者の人にとっても、それは同じことで……。
「有難うございます、玉置さん。これから描くジャンルのこと、もうちょっと考えてみます。ジャンル活動してた『トリ娘』の『白夜雪子』は今だって推しキャラだし、大好きだけど、僕にはもう彼女の漫画は描けそうにないし。……玉置さんも、毎回僕の新刊買ってくれてたのに、ほんとすみません……」
「なあに、私は元々、こうして友人になる前は築山もちもちの1ファンですからね。BLにも理解はあるつもりですし、どンな性癖の本でも、バッチ来いというもンです。じゃ、私は『子連れ忍者』二次創作本の原稿があるので、この辺で」
「すみません、忙しい時に有難うございました」
 挨拶をして電話を切って、僕は心の中で玉置さんに深く頭を下げた。
 ……そうだよな。
 うだうだ悩んでても、何も始まらない。
 スマホを取り出し、メモ帳を開いた。
 そこには、今まで出した同人誌のストーリーを考える時に、文章で書き綴ったメモがまとめられている。
 僕は新しいメモ帳を開いて、前世の僕――セフィードと、アスワドのボーイズラブのプロット※を打ち込み始めた。
 ストーリーは、こんな感じだ。

『大国に挟まれるようにして存在する、森と湖の美しい国、アルスバーン。
 その王国の後継者は、神代からの血統を誇り、その美しさで大陸中の妙齢の女性たちに名を知られる若き王子、銀髪のセフィードだった。
 彼は幼い頃から、隣の大国、ラズワルツ帝国の末の姫と結婚することが決まっていた。
 しかしセフィード王子は、自分の乳兄弟にして片腕のような存在である騎士、アスワドを、物心ついた時から愛していた――。
 アスワドはセフィードの好意を知りながらも、わざと無視し続けていた。
 彼もまた王子を誰よりも愛していたが、身分と立場をわきまえていたのだ。
 王子を大切に思うが故だったが、そのことはセフィードを長年苦しめていた。
 18歳の成人目前となった時、セフィード王子は、許嫁の姫のいる隣国、帝国ラズワルツへと旅立つことになった。
 花嫁を迎え、アルスバーンに連れて帰り、婚姻の儀式を行うためである。
 その旅に出る日の前夜、セフィードは騎士アスワドを自らの私室に呼び出した――』

-------------------------
※ プロット 漫画の筋書きのこと
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

処理中です...