47 / 52
47
しおりを挟む
――ロシアで起こった列車脱線事故は、世間的には殆ど報道される事がなかった。
というのも直後に、俺の父さんの国に対して、テロ主導と大量破壊兵器保持を理由とする多国籍軍侵攻の機運が高まって、世界中のニュースがそれ一色になったからだ。
けれど結局、大きな戦争は起きなかった。
中国がここまでの事態を招いたあの国の政府を見限り、「自国民の保護と人道的支援」を表向きの理由に軍隊を派遣して、一時的に半島の北側を占拠してしまったからだ。
俺の叔父に当たると思われる最高指導者は国外逃亡の末、東南アジアで謎の死を遂げた。
そして政治的な空白はまもなく、中国の支援する政権によって埋められた。
もちろん他の大国は一斉に抗議したけれど、そんな事で何がどうなるはずもなく……。
新たな主導者は、先代の最高指導者の血を引く正当な後継者という触れ込みで、ついに歴史が動くかと思われた半島は結局、あっという間に元の木阿弥になった。
後継者の名前は、李誠。
「長い間中国に秘密裏に保護されていた、先代の最高指導者の孫」だ。
つまりまさかの、俺の偽物だった。
本物か、偽物かなんてことは、結局世界のリーダー達にとってはどうでもいいことだったらしい。
大国同士のバランスを崩さない為には緩衝地帯が必要で、その為なら幾らでも新しい憎まれ役が連れて来られる――そんなカラクリだったみたいだ。
でも皮肉な事に、そのお陰で、俺は命を狙われる生活から解放されることになった。
最高指導者の血を引く「李誠」は、今、自分の父親の祖国に居るはずで、さらに言うと、日仏両国籍の「岡野誠」も、あのロシアの列車事故で死んだ事になったからだ。
日本に逃げる必要もなくなり、ロシア国内で暫く潜伏して過ごしていた俺とミーシャは、一週間程度かけてパリへと帰国した。
ミーシャは――あの列車事故の直後に知った事だけど――術後、奇跡的に12歳までの記憶と、それ以後の記憶、それに俺と一緒に過ごした時間のことも、全てを思い出したらしい。
イタリアでの手術後に、彼は病院からロシアに送還された。
その輸送役に雇われたのはまさかの、イタリアで出会った運び屋で(名前はイタリア風にマリオというらしい。偽名だろうけど)、ミーシャは逆に彼を買収して俺の行き先を吐かせ、かえってスムーズにロシアに入国したらしい。
そして、二人で昔の仲間やネットワークを利用して、俺の居場所を突き止めてくれた。
マリオさんは雪原でヘリコプターに乗って俺たちを迎えに来てくれて、何も知らなかった俺は死ぬほどビックリした。
吊り梯子で中に乗り込んだ後、彼は肩を竦めながら笑っていて――。
「この悪魔が俺に頭下げて人助けなんかしたいって言うから、面白すぎて思わず助けちまったじゃねぇか。二度とこんな暗くて寒い国になんか、戻りたくなかったのによ」
それを聞いて、この人たちもしかして、案外昔から仲が良かったのかも? なんて思った。
俺の勘違いかもしれないけどね。
そして、俺を助けに来てくれたミーシャは、殺し屋としての記憶も持ち、そして俺との生活の記憶も持つ、新しい大人の彼。
それを知った時は、正直戸惑った。
何故、わざわざそんなに危ない橋を渡ってまで、俺を助けてくれたのかなって……。
だって、12歳のミーシャが俺を好きになってくれたのは殆ど思い込みみたいなものだったと思うし。
実際、助けてくれてからロシアの田舎に1ヶ月ほど滞在してる間も、ミーシャはずーっと「怒ってる?」って感じの仏頂面をして、言葉数もとにかく少ないし、やっぱり12歳の彼とは全然違ってた。
勿論、エッチなことどころかキスもハグも全然なく……寝起きする部屋も完全に別々で、一日中顔を見ることもない日もあるくらいだった。
そりゃそうだよね……大人に戻ったミーシャが俺なんかを恋人にするはずがなくて……。
そんなだから、パリに帰った後も当然、もう二度と会わない感じでサヨナラするのかなぁ、なんて思ってたんだ。
でも、また何かあるといけないからって言われて、俺がミーシャの家にルームシェアみたいな感じでお世話になる事がいつのまにか決まっていた。
オカノマコトは死んだはずだから、今の俺の名前は、マコト・マルタン。
どんな手段だか分からないけど、新しい身分証とフランス国籍はマリオが用意してくれた。
しかも、ミーシャの偽名と同じ姓とか……。完全に面白がってるとしか思えない。
ミーシャは嫌がってるんじゃないかとビクビクしてたけど、大人の彼は寡黙過ぎて、何を考えてるのかサッパリ分からなかった。
俺たちの関係って、一体何なんだろう……?
未だによく分からないままなんだよね……。
「ただいまー」
夏の訪れも近い、爽やかな五月のある日――。
入り直した大学の授業から帰り、俺は16区にある高級アパルトマンの年代物のエレベーターで我が家にたどり着いた。
扉を開けると、黒デニムに黒ニットのミーシャが玄関先に立っている(黒い服が元々、好きらしい)。
腕を組んだまま、彼は相変わらずの無表情で俺をじろっと見下ろし、尋ねてきた。
「……誰にも尾行されていなかっただろうな?」
「ウン」
「声を掛けられたりは?」
「しないよ! 心配してくれなくても、もう大丈夫だから……」
このやり取りを、実は一緒に暮らしてから毎日、帰宅のたびにしている。
大人のミーシャも、随分心配性な性格だったらしい。
というのも直後に、俺の父さんの国に対して、テロ主導と大量破壊兵器保持を理由とする多国籍軍侵攻の機運が高まって、世界中のニュースがそれ一色になったからだ。
けれど結局、大きな戦争は起きなかった。
中国がここまでの事態を招いたあの国の政府を見限り、「自国民の保護と人道的支援」を表向きの理由に軍隊を派遣して、一時的に半島の北側を占拠してしまったからだ。
俺の叔父に当たると思われる最高指導者は国外逃亡の末、東南アジアで謎の死を遂げた。
そして政治的な空白はまもなく、中国の支援する政権によって埋められた。
もちろん他の大国は一斉に抗議したけれど、そんな事で何がどうなるはずもなく……。
新たな主導者は、先代の最高指導者の血を引く正当な後継者という触れ込みで、ついに歴史が動くかと思われた半島は結局、あっという間に元の木阿弥になった。
後継者の名前は、李誠。
「長い間中国に秘密裏に保護されていた、先代の最高指導者の孫」だ。
つまりまさかの、俺の偽物だった。
本物か、偽物かなんてことは、結局世界のリーダー達にとってはどうでもいいことだったらしい。
大国同士のバランスを崩さない為には緩衝地帯が必要で、その為なら幾らでも新しい憎まれ役が連れて来られる――そんなカラクリだったみたいだ。
でも皮肉な事に、そのお陰で、俺は命を狙われる生活から解放されることになった。
最高指導者の血を引く「李誠」は、今、自分の父親の祖国に居るはずで、さらに言うと、日仏両国籍の「岡野誠」も、あのロシアの列車事故で死んだ事になったからだ。
日本に逃げる必要もなくなり、ロシア国内で暫く潜伏して過ごしていた俺とミーシャは、一週間程度かけてパリへと帰国した。
ミーシャは――あの列車事故の直後に知った事だけど――術後、奇跡的に12歳までの記憶と、それ以後の記憶、それに俺と一緒に過ごした時間のことも、全てを思い出したらしい。
イタリアでの手術後に、彼は病院からロシアに送還された。
その輸送役に雇われたのはまさかの、イタリアで出会った運び屋で(名前はイタリア風にマリオというらしい。偽名だろうけど)、ミーシャは逆に彼を買収して俺の行き先を吐かせ、かえってスムーズにロシアに入国したらしい。
そして、二人で昔の仲間やネットワークを利用して、俺の居場所を突き止めてくれた。
マリオさんは雪原でヘリコプターに乗って俺たちを迎えに来てくれて、何も知らなかった俺は死ぬほどビックリした。
吊り梯子で中に乗り込んだ後、彼は肩を竦めながら笑っていて――。
「この悪魔が俺に頭下げて人助けなんかしたいって言うから、面白すぎて思わず助けちまったじゃねぇか。二度とこんな暗くて寒い国になんか、戻りたくなかったのによ」
それを聞いて、この人たちもしかして、案外昔から仲が良かったのかも? なんて思った。
俺の勘違いかもしれないけどね。
そして、俺を助けに来てくれたミーシャは、殺し屋としての記憶も持ち、そして俺との生活の記憶も持つ、新しい大人の彼。
それを知った時は、正直戸惑った。
何故、わざわざそんなに危ない橋を渡ってまで、俺を助けてくれたのかなって……。
だって、12歳のミーシャが俺を好きになってくれたのは殆ど思い込みみたいなものだったと思うし。
実際、助けてくれてからロシアの田舎に1ヶ月ほど滞在してる間も、ミーシャはずーっと「怒ってる?」って感じの仏頂面をして、言葉数もとにかく少ないし、やっぱり12歳の彼とは全然違ってた。
勿論、エッチなことどころかキスもハグも全然なく……寝起きする部屋も完全に別々で、一日中顔を見ることもない日もあるくらいだった。
そりゃそうだよね……大人に戻ったミーシャが俺なんかを恋人にするはずがなくて……。
そんなだから、パリに帰った後も当然、もう二度と会わない感じでサヨナラするのかなぁ、なんて思ってたんだ。
でも、また何かあるといけないからって言われて、俺がミーシャの家にルームシェアみたいな感じでお世話になる事がいつのまにか決まっていた。
オカノマコトは死んだはずだから、今の俺の名前は、マコト・マルタン。
どんな手段だか分からないけど、新しい身分証とフランス国籍はマリオが用意してくれた。
しかも、ミーシャの偽名と同じ姓とか……。完全に面白がってるとしか思えない。
ミーシャは嫌がってるんじゃないかとビクビクしてたけど、大人の彼は寡黙過ぎて、何を考えてるのかサッパリ分からなかった。
俺たちの関係って、一体何なんだろう……?
未だによく分からないままなんだよね……。
「ただいまー」
夏の訪れも近い、爽やかな五月のある日――。
入り直した大学の授業から帰り、俺は16区にある高級アパルトマンの年代物のエレベーターで我が家にたどり着いた。
扉を開けると、黒デニムに黒ニットのミーシャが玄関先に立っている(黒い服が元々、好きらしい)。
腕を組んだまま、彼は相変わらずの無表情で俺をじろっと見下ろし、尋ねてきた。
「……誰にも尾行されていなかっただろうな?」
「ウン」
「声を掛けられたりは?」
「しないよ! 心配してくれなくても、もう大丈夫だから……」
このやり取りを、実は一緒に暮らしてから毎日、帰宅のたびにしている。
大人のミーシャも、随分心配性な性格だったらしい。
8
お気に入りに追加
241
あなたにおすすめの小説
運命の番が解体業者のおっさんだった僕の話
いんげん
BL
僕の運命の番は一見もっさりしたガテンのおっさんだった。嘘でしょ!?……でも好きになっちゃったから仕方ない。僕がおっさんを幸せにする! 実はスパダリだったけど…。
おっさんα✕お馬鹿主人公Ω
おふざけラブコメBL小説です。
話が進むほどふざけてます。
ゆりりこ様の番外編漫画が公開されていますので、ぜひご覧ください♡
ムーンライトノベルさんでも公開してます。
SODOM7日間─異世界性奴隷快楽調教─
槇木 五泉(Maki Izumi)
BL
冴えないサラリーマンが、異世界最高の愛玩奴隷として幸せを掴む話。
第11回BL小説大賞51位を頂きました!!
お礼の「番外編」スタートいたしました。今しばらくお付き合いくださいませ。(本編シナリオは完結済みです)
上司に無視され、後輩たちにいじめられながら、毎日終電までのブラック労働に明け暮れる気弱な会社員・真治32歳。とある寒い夜、思い余ってプラットホームから回送電車に飛び込んだ真治は、大昔に人間界から切り離された堕落と退廃の街、ソドムへと転送されてしまう。
魔族が支配し、全ての人間は魔族に管理される奴隷であるというソドムの街で偶然にも真治を拾ったのは、絶世の美貌を持つ淫魔の青年・ザラキアだった。
異世界からの貴重な迷い人(ワンダラー)である真治は、最高位性奴隷調教師のザラキアに淫乱の素質を見出され、ソドム最高の『最高級愛玩奴隷・シンジ』になるため、調教されることになる。
7日間で性感帯の全てを開発され、立派な性奴隷(セクシズ)として生まれ変わることになった冴えないサラリーマンは、果たしてこの退廃した異世界で、最高の地位と愛と幸福を掴めるのか…?
美貌攻め×平凡受け。調教・異種姦・前立腺責め・尿道責め・ドライオーガズム多イキ等で最後は溺愛イチャラブ含むハピエン。(ラストにほんの軽度の流血描写あり。)
【キャラ設定】
●シンジ 165/56/32
人間。お人好しで出世コースから外れ、童顔と気弱な性格から、後輩からも「新人さん」と陰口を叩かれている。押し付けられた仕事を断れないせいで社畜労働に明け暮れ、思い余って回送電車に身を投げたところソドムに異世界転移した。彼女ナシ童貞。
●ザラキア 195/80/外見年齢25才程度
淫魔。褐色肌で、横に突き出た15センチ位の長い耳と、山羊のようゆるくにカーブした象牙色の角を持ち、藍色の眼に藍色の長髪を後ろで一つに縛っている。絶世の美貌の持ち主。ソドムの街で一番の奴隷調教師。飴と鞭を使い分ける、陽気な性格。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる