35 / 52
35
しおりを挟む
男がジャンパーのポケットから素早く何かを取り出し、俺の眉間に突き付けた。
それが小型のピストルだと気づき、ゾッと全身から血の気が引いていく。
「安心しろ、俺はお前らを追ってた中国人みたいに、命までは取らねえよ。……そもそも、俺の雇い主は別の連中だしな」
「……!? どういうことですか……。それに、あなたは一体……」
「俺が誰かなんてことは、あんたにとっちゃどうでもいい話だろ。俺はここで依頼主と落ち合って、あんたを生きたまま引き渡せば報酬が貰える、それだけさ。まあ、もし暴れたりしたら、手とか足には風穴が開くかもなぁ」
物憂げにそう言った男に、俺は驚愕した。
それってまさか、ヤンミンの組織以外にも俺を狙ってる人達がいる、ってこと……?
「い、依頼主って誰なんです……!? 何で、こんなただの大学生の俺のことなんかっ……」
男がニットキャップを無造作に外して膝に落とし、短い黒髪を擦る。
「さあなあ。俺は金で雇われただけの人間だから、そんなことは知ったこっちゃない。守秘義務もあるしな。まあ、あんた、相当ヤバいのに目を付けられてるってことだろ」
彼は物憂げにそう言うと、後部座席の方を顎で差した。
「ところで、一つ素朴な疑問なんだが……後ろのコイツ、何でお前と一緒にいた? 随分怪我して弱ってるみたいだけどなぁ、珍しく……」
ゴクッと唾を飲み込む。
この人はミーシャのことを知っているらしい。
恐怖でガチガチになりながら辛うじて疑問を口にする。
「あなたは、ミーシャのことを知ってるんですか……?」
これだけはどうしても言わなければと、銃口に怯える気持ちを必死で捩じ伏せ、付け加える。
「……俺のっ、大事な……大事な友達なんです。何でも言うことは聞きますから、もしあなたが彼の知り合いならっ、彼のことだけは助けてあげて下さい……」
男が濃い眉毛を片方上げて、驚いたような顔をした。
「はは……お前が、こいつの友達……? 一体何の冗談だ」
男は腹を抱えて笑い出した。
「こいつは冷酷な殺人マシーンだぜ。感情なんか何一つ持ち合わせてないし、殺せと命令されれば顔色ひとつ変えずに何百人でも殺す男だ。何でも、子供の頃に頭打って、良心がイカレちまったんだって話だからなぁ。そんな奴が友達……あんた、絶対騙されてるぜ」
ゲラゲラと笑いながら男が言った言葉に、俺は怖いのも忘れ、大きく首を振った。
「ミーシャはそんな人じゃない……! 今までずっと命がけで俺のことを守ってくれたんだっ……」
「『血の大天使』が? お前を守った、だって?」
銃を持ったまま、信じられない、というジェスチャーをして、男は嘲笑った。
「一体どんな行き違いがありゃそうなるんだ。そいつは本物の悪魔だぞ。ロシア対外情報庁じゃ一番腕のいい諜報局員(スパイ)だったんだからな」
「ちょ、諜報局……!?」
「……俺はこいつの元同僚で、別々の孤児院から政府に目を付けられて拾われたのさ。お互い亡命して、こいつは殺し屋稼業を始めたが、俺の方はもう、殺しはウンザリでなぁ。運び屋とか、情報屋とか、チンピラの使いっ走りみたいな仕事ばかりだ。コイツみたいに向いてねぇんだよな、暗~い仕事が」
「元、スパイの、殺し屋……ミーシャが……」
俺の頭の中で全てが繋がった気がした。
ミーシャが俺を殺しにきた男だってことは薄々分かってたけど――。
何人も殺してる、冷酷な暗殺者……?
本来なら、俺のことなんかターゲットの一人でしかなく、ましてや好きになるはずがない人間。
なのにこうなってしまったのは、偶然が重なった結果で……。
今から拉致されて殺されるかもしれないのに、俺の心はミーシャのことでいっぱいだった。
俺が好きになったミーシャは、殺し屋で元スパイで、人を殺すのを何とも思わない男、なんかじゃない。
……もしかしてそうだったとしても、それでも、俺が好きになった『彼』を、守らずにはいられない――。
「それでも……ミーシャは俺の大事な人なんです……、だから」
言葉を続けようとすると、後部座席から目にも留まらない速さで太い腕がバッと飛び出してきた。
「っ!?」
驚く俺の目の前で、運転席の座席越しに二本の腕が男の首を締め上げ始める。
「うぐうぅ……っ!!」
頚動脈を止められた男が白眼を剥き、口からヨダレを垂らした。
首を絞めているのは恐ろしい形相を浮かべたミーシャだ。
いつのまに起きていたんだろう――。
「やめて、ミーシャ、死んじゃうよ!?」
制止する俺の前で、男の体がどさりと力を失い、ダッシュボードに寄りかかるようにして倒れた。
銃が座席の間にごとりと落ちて、ひいっと鳥肌が立つ。
「……殺してない。銃持ってたから、頚動脈塞いで気絶させただけだ……あいててて」
ミーシャが額を痛そうに押さえ、言葉を続けた。
「マコト、そいつが誰なのかはともかく、外に捨てて、この車で逃げよう。イタリアも危険だから、そうだな――もう一つ国境を越えるか……。ミラノよりも先へ」
「えっ、でもこんな雪だらけの山奥に置いてったら凍死しちゃわない!?」
「大丈夫だ。携帯だけ置いてってやれば目が覚めたとき自分で勝手に助け呼ぶだろ……本当に甘いな、マコトは。――そんなとこも好きだけどな」
そう言ってニヤッと笑った彼はボロボロだけどいつものミーシャで、俺は思わず座席の間から手を伸ばし、彼の身体をギュウッと強く抱き締めた。
「ミーシャ……っ。俺も好きだよ、大好きだ、無事で良かった、ミーシャ!」
「痛っ、こら、マコト……いきなり積極的になってないか? 俺が寝てる間に一体何があったんだ……」
「何もない。――何にもないよ、」
首筋に齧り付くみたいにして思い切り力を込めてから、腕を離した。
――彼は、俺と、この運び屋とのさっきの会話は聞かなかったんだ。
それなら、余計な心配をさせるようなことは言わない方がいい。
俺を狙ってる人間が、ヤンミン達のほかにもいるらしい、なんてことは……。
でも、ミーシャの過去の事は……どう話したらいいんだろう……。
それが小型のピストルだと気づき、ゾッと全身から血の気が引いていく。
「安心しろ、俺はお前らを追ってた中国人みたいに、命までは取らねえよ。……そもそも、俺の雇い主は別の連中だしな」
「……!? どういうことですか……。それに、あなたは一体……」
「俺が誰かなんてことは、あんたにとっちゃどうでもいい話だろ。俺はここで依頼主と落ち合って、あんたを生きたまま引き渡せば報酬が貰える、それだけさ。まあ、もし暴れたりしたら、手とか足には風穴が開くかもなぁ」
物憂げにそう言った男に、俺は驚愕した。
それってまさか、ヤンミンの組織以外にも俺を狙ってる人達がいる、ってこと……?
「い、依頼主って誰なんです……!? 何で、こんなただの大学生の俺のことなんかっ……」
男がニットキャップを無造作に外して膝に落とし、短い黒髪を擦る。
「さあなあ。俺は金で雇われただけの人間だから、そんなことは知ったこっちゃない。守秘義務もあるしな。まあ、あんた、相当ヤバいのに目を付けられてるってことだろ」
彼は物憂げにそう言うと、後部座席の方を顎で差した。
「ところで、一つ素朴な疑問なんだが……後ろのコイツ、何でお前と一緒にいた? 随分怪我して弱ってるみたいだけどなぁ、珍しく……」
ゴクッと唾を飲み込む。
この人はミーシャのことを知っているらしい。
恐怖でガチガチになりながら辛うじて疑問を口にする。
「あなたは、ミーシャのことを知ってるんですか……?」
これだけはどうしても言わなければと、銃口に怯える気持ちを必死で捩じ伏せ、付け加える。
「……俺のっ、大事な……大事な友達なんです。何でも言うことは聞きますから、もしあなたが彼の知り合いならっ、彼のことだけは助けてあげて下さい……」
男が濃い眉毛を片方上げて、驚いたような顔をした。
「はは……お前が、こいつの友達……? 一体何の冗談だ」
男は腹を抱えて笑い出した。
「こいつは冷酷な殺人マシーンだぜ。感情なんか何一つ持ち合わせてないし、殺せと命令されれば顔色ひとつ変えずに何百人でも殺す男だ。何でも、子供の頃に頭打って、良心がイカレちまったんだって話だからなぁ。そんな奴が友達……あんた、絶対騙されてるぜ」
ゲラゲラと笑いながら男が言った言葉に、俺は怖いのも忘れ、大きく首を振った。
「ミーシャはそんな人じゃない……! 今までずっと命がけで俺のことを守ってくれたんだっ……」
「『血の大天使』が? お前を守った、だって?」
銃を持ったまま、信じられない、というジェスチャーをして、男は嘲笑った。
「一体どんな行き違いがありゃそうなるんだ。そいつは本物の悪魔だぞ。ロシア対外情報庁じゃ一番腕のいい諜報局員(スパイ)だったんだからな」
「ちょ、諜報局……!?」
「……俺はこいつの元同僚で、別々の孤児院から政府に目を付けられて拾われたのさ。お互い亡命して、こいつは殺し屋稼業を始めたが、俺の方はもう、殺しはウンザリでなぁ。運び屋とか、情報屋とか、チンピラの使いっ走りみたいな仕事ばかりだ。コイツみたいに向いてねぇんだよな、暗~い仕事が」
「元、スパイの、殺し屋……ミーシャが……」
俺の頭の中で全てが繋がった気がした。
ミーシャが俺を殺しにきた男だってことは薄々分かってたけど――。
何人も殺してる、冷酷な暗殺者……?
本来なら、俺のことなんかターゲットの一人でしかなく、ましてや好きになるはずがない人間。
なのにこうなってしまったのは、偶然が重なった結果で……。
今から拉致されて殺されるかもしれないのに、俺の心はミーシャのことでいっぱいだった。
俺が好きになったミーシャは、殺し屋で元スパイで、人を殺すのを何とも思わない男、なんかじゃない。
……もしかしてそうだったとしても、それでも、俺が好きになった『彼』を、守らずにはいられない――。
「それでも……ミーシャは俺の大事な人なんです……、だから」
言葉を続けようとすると、後部座席から目にも留まらない速さで太い腕がバッと飛び出してきた。
「っ!?」
驚く俺の目の前で、運転席の座席越しに二本の腕が男の首を締め上げ始める。
「うぐうぅ……っ!!」
頚動脈を止められた男が白眼を剥き、口からヨダレを垂らした。
首を絞めているのは恐ろしい形相を浮かべたミーシャだ。
いつのまに起きていたんだろう――。
「やめて、ミーシャ、死んじゃうよ!?」
制止する俺の前で、男の体がどさりと力を失い、ダッシュボードに寄りかかるようにして倒れた。
銃が座席の間にごとりと落ちて、ひいっと鳥肌が立つ。
「……殺してない。銃持ってたから、頚動脈塞いで気絶させただけだ……あいててて」
ミーシャが額を痛そうに押さえ、言葉を続けた。
「マコト、そいつが誰なのかはともかく、外に捨てて、この車で逃げよう。イタリアも危険だから、そうだな――もう一つ国境を越えるか……。ミラノよりも先へ」
「えっ、でもこんな雪だらけの山奥に置いてったら凍死しちゃわない!?」
「大丈夫だ。携帯だけ置いてってやれば目が覚めたとき自分で勝手に助け呼ぶだろ……本当に甘いな、マコトは。――そんなとこも好きだけどな」
そう言ってニヤッと笑った彼はボロボロだけどいつものミーシャで、俺は思わず座席の間から手を伸ばし、彼の身体をギュウッと強く抱き締めた。
「ミーシャ……っ。俺も好きだよ、大好きだ、無事で良かった、ミーシャ!」
「痛っ、こら、マコト……いきなり積極的になってないか? 俺が寝てる間に一体何があったんだ……」
「何もない。――何にもないよ、」
首筋に齧り付くみたいにして思い切り力を込めてから、腕を離した。
――彼は、俺と、この運び屋とのさっきの会話は聞かなかったんだ。
それなら、余計な心配をさせるようなことは言わない方がいい。
俺を狙ってる人間が、ヤンミン達のほかにもいるらしい、なんてことは……。
でも、ミーシャの過去の事は……どう話したらいいんだろう……。
10
お気に入りに追加
241
あなたにおすすめの小説
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
※誤字脱字があったらすみません
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる