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しおりを挟む俺たちはサービスエリアのカフェでクロワッサンと熱いショコラを頼み、オープンテラスの席に座った。
12月下旬の店先は身が切れるほど寒いけど、店の中で誰かに会話を聞かれる方が危ないので、苦肉の選択だ。
外側はパリパリで、中はしっとりバターの風味の香るパンに齧りつきながら、俺はヤンミンの事をミーシャに話した。
「……すごくいい友達だと思ってたんだ。語学学校を終えた後、学部の授業に編入してきて……。教授の早口の授業が聞き取れないってよく嘆いていて、俺がノートを貸してあげたりしてた。まさか、マフィアだったなんて……思わなかった」
「手が込んでるな……。あいつは何で、マコトの命を狙ったんだ?」
「……分からない。ただ、気になることはあるんだ。俺の母さんが死ぬ前に、俺に言ってたんだけど……。18歳になったらフランスを出ろって。俺の父さんも、俺が生まれてすぐに殺されたから、俺も殺されるかもって、そう言ったんだ。その時は本気にしなかったけど……」
「マコトの父親を殺したやつがいるんだな? そいつが誰かは分からないのか?」
「分からない。それどころか、父さんの顔も名前も、何も知らないから」
「……」
ミーシャは思案するように一呼吸置き、熱いショコラを一口飲んでから口を開いた。
「マコトの父親のことはよく分からないけど、さっきのやつと、あいつの組織のやつらは多分、誰かから金で依頼されてるだけだ。本当の依頼主はきっと、もっと別にいると思う」
「すごいね、なんで分かるの……?」
「ああいう奴らはただの一般人を狙ってわざわざ殺したりしない。よっぽどメンツを潰されたとか、恨みの筋じゃなけりゃ、金で雇われたとしか思えない」
な、なるほど……。
ミーシャって12歳なのに頭いいな。
いや、それとも――彼が、戻りつつあるんだろうか。
大人の彼に。
一瞬ゾクッと背筋が凍ったのを、俺は悟られまいと、何でもないフリをして話を聞き続けた。
「他に、何か気付いたこととかはある……?」
「そうだな……気になるのは、あの男がまるで俺のことを知ってるみたいな口利いてきた事だな。俺はマコトの顔は前から知ってた気がするけど、あいつのことはサッパリなのに」
心臓が痛いほど跳ねて、アワアワしながら俺はミーシャを見た。
「そ、そのことだけど……その……」
いよいよ打ち明けなければならないだろうか。
多分君も、俺を殺しにきた、殺し屋かも……しれないんだってこと……。
「――俺がマコトの事を好きで前からそばを付きまとってたから、仲間か何かと勘違いしたのかもしれないな。監視役とかなんとか言ってたし」
「えっ、あー……っ、うん……?」
仲間か何かって……本当に仲間だとは考えないのか……ミーシャの頭の中どうなってるんだ!?
なんていうか……俺を以前から好き、っていう思い込みが強すぎて、そこ自体を疑うって考えが一ミリも湧かないみたいだ。
凄くありがたいような、困るような……銃のことを打ち明けるタイミング、どうしたらいいんだ……。
「まあ、あんな奴らに勘違いされたのはともかく、肝心なのはこれからだ。マコトの母さんの言う通り、マコトはこの国を出た方がいいかもな。――日本に行くんだ、マコト」
話題の切り替えの早さと、全く考えたことのなかった選択肢の提示に、目が点になった。
「に、日本に……!?」
「だってマコト、日本人だろ。日本語は?」
ミーシャは平然と俺の瞳を見つめた。
「話せる……店長には馬鹿丁寧で不自然だって言われるけど……。でも俺、一回も日本に行ったことがないよ……!? 母は日本で生まれた日本人だったけど、留学中に俺を産んで、家族から勘当されたって言ってたし」
「でも、殺されるよりいいだろう。もしかしたら、マコトのじいさんやばあさんは、マコトの父親のことも知ってるかもしれないし」
ごくっ、と息を飲んだ。
母の形見の中には日本からの手紙がある。
その住所を辿れば、母の日本で暮らした家ももしかしたら分かるかもしれない……。
「このままあの場所にいたら危ないんだ。分かってるのか?」
「……う、ぅ……分かった……でも、マフィアから逃げるなんて……そんなこと、俺に出来るのかな……」
「俺がついてる、マコト。俺が絶対にマコトを守るから……さっき言っただろ」
決然と言った目の前の男に、俺は言葉を失い、俯いた。
「マコト?」
怪訝そうにミーシャが俺の顔を覗き込む。
俺は意を決して口を開いた。
「ミーシャがそう言ってくれるのは有り難いけど、俺、一人で行く」
「……!? なんで」
「だって、ミーシャは全然関係ないのに、巻き込めない。俺は君に、守ってもらう資格なんてないし……」
「何でそんなことを言うんだ? 俺が守りたいって思うから守るんだ、資格なんていらない」
「ミーシャ……っ」
涙声になりながら、俺は首を横に振った。
「だって、君は記憶もないし、それを取り戻すためには、俺の事に構ってる場合じゃないと思う……っ」
「俺の過去よりも、今のマコトの命の方が大事だって言ったら?」
迷いもなくそう言い放った相手に絶句する。
「……っ」
「今朝、ホテルの宿帳に書いてあった俺の住所に行ったんだ。置いてあったのは洋服ぐらいで、家族も、生活の跡すら何もない、空っぽの部屋だった。……」
必死な瞳が俺を射すくめ、綺麗な睫毛が伏せた。
「探す過去なんか、俺にはなかったんだ。マコトと一緒に暮らしてからが俺の人生だ……だから……」
そのどこかすがるような口調に我慢できなくなり、俺は人目も憚らず叫んでしまった。
「――俺たち、ずっと一緒にいるなんて無理だ! だって、君は本当は」
あいつの仲間で、俺を殺しにきた男なんだ――そう言おうとした瞬間、唇の真ん中を長い指でギュッと押され、シッと言葉を制止された。
「それ以上聞きたくない」
いつか俺が言った言葉を、言い返せない口調で放って、ミーシャが小さなカフェのテーブル越しに、秀でた額を俺の額にくっつけてくる。
「俺は俺の意志で動く。マコトには悪いけど、もう、離してやれないからな……」
その口調が余りにも大人びていて、恐ろしくなり、それ以上何も言えなくなってしまった。
俺の目の前にいるのは誰なんだろう。
子供か、大人か――俺の守護天使なのか、それとも、……俺をどこまでも追いかけて最後に殺す、悪魔なのか。
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