上 下
21 / 52

21

しおりを挟む
「ミーシャ……!」
 名前を呼ぶと、彼は一瞬で我に返り、ハッとしたようにいつもの彼の表情に戻った。
「あ……っ、ごめん……」
 大きな身体がパッと俺の上から離れ、ギリギリと締め上げられていた腕が解放される。
 でも、ひどい痛みは中々消えず、身体の震えが止まらなかった。
 キスされたことよりも、予期せぬ格闘と、見たことのないミーシャの表情がショックで、起き上がることが出来ない。
「……マコト、怒ってるのか……?」
 ミーシャが不安がって俺の顔を覗き込んだ。
 それを気遣ってあげる余裕もなくて俺がボンヤリしていたら、泣きそうな声でもう一度名前を呼ばれた。
「マコト!?」
 ハッとしてミーシャと目線を合わせる。
「……ご、ごめん……びっくりしただけだから……っ」
 動揺しながら上半身を起こすと、ベッドの上でがばりと身体を抱き締められた。
「っ、ご、ごめん、骨、折れなかったか」
 俺以上に相手が動揺しているのが身体の震えで伝わる。
「大丈夫だよ、折れたりなんかしてない。先に乱暴した俺が悪かったんだ――」
「良かっ……」
 絶句したままなので、少し身体を離してミーシャの顔を見つめた。
 頬に涙が溢れている。
 泣いてる……。
 本当にいつもの彼なんだと確信して、俺はなるべく優しく言い含めた。
「でもね、ミーシャ……友達には唇にキスはしない……そうだろ……」
 ミーシャが濡れた睫毛を伏せ、小さく首を振る。
「俺は……友達にならなくちゃ、一緒にいられないのか……」
 背中に回る彼の腕が、逃さないようにするみたいに強くなった。
 驚いて、訊き返す。
「……それって、どういう意味……」
 すると、ミーシャは俺の腕の中で俯き、吐き出すように話し始めた。
「……マコトに会ってから、胸のあたりがずっと変なんだよ……一緒にいると凄く安心するのに、マコトの顔を見てると……なぜか凄く、変な気持ちになる……ずっと前からマコトを知っていて、そばにいて、何かをしなくちゃいけないような……変な気持ちに。――それって、俺が前からマコトを好きだったってことだと思うんだ」
 俺の中で、絶望が降り積もってゆく。
 ……ミーシャ、それは、君が思うような、好意じゃない。
 だって、俺と大人の君は会ったことすらないのだから。
 その気持ちの正体は、殺意だ……。
「観覧車の中でマコトをハグして、確信した。俺がこうなる前からも……俺はきっと、マコトのことが、好……」
「……それ以上言わないで……聞きたくない」
 ミーシャの言葉を遮って、俺はベッドを降り、窓を向いて床に座り込んだ。
 ――胸がぐちゃぐちゃに潰されたみたいに苦しい。
 ……もしも、本当にミーシャが俺の友達で、好きだと言われたら……俺は嬉しかったと思う。
 男同士だけど、でも、きっと凄く嬉しかった……そんな風に言われるのが初めてだったから。
 だからかもしれない、こんなに悲しいのは……。
「……もしかして、マコトも俺のことを好きなんじゃないかと思ってた。だから、キスしたんだ、俺は」
 震えるような声が背後で呻く。
「……でも、違ったんだな……マコトは好きな人としかこういうことはしたくないって言ってたのに……悪かった……ごめん」
 その言葉が、あまりに純粋で、幼くて哀れで……。
 今すぐ立ち上がって振り向いて、そうじゃないんだと否定して叫びたかった。
 ミーシャが嫌いな訳じゃない。
 むしろ、好きだから辛いんだと。
 好きだから……。
 一緒に過ごす内に、俺もミーシャのことを、とても好きになってしまってたんだ。
 恋とか友情とか、家族愛とか、名前を付けられるような感じではとても無いけれど……このままで、ずっと一緒にいたいと心のどこかで願う程には。
 だからさっき、キスされても嫌じゃなかった。
 むしろ……。
(こんなことになったらもう、一緒にいるのはダメだ……)
 俺は初めて本気で、ミーシャと離れなければいけないと思った。
 一緒にいるのは、彼にとっても俺にとっても良くない事なんだと、ようやく自覚した。
 だって、もしミーシャが記憶を取り戻したら……あの冷たい目をした彼が本当の彼だったとしたら、俺なんかに好きだって言ったり、キスしたりした自分の失態を許せるだろうか?
 殺意を好意と勘違いして、殺そうと思った男なんかにキスをしたなんて知ったら。
 気分が悪いどころか、俺を殺しても足りないと思うだろう。
「もう、寝よう、ミーシャ。俺、明日忙しいから、家に帰らずに出かけるから」
 それだけ言って立ち上がり、俺は黙って歩いて反対側のベッドに移った。
 豪華な羽毛の布団をめくり、柔らかいベッドに横たわる。
 家の床に男二人で転がるよりもずっと快適なはずなのに……その夜は悪夢ばかり見て、何度も目が覚めてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

伴侶設定(♂×♂)は無理なので別れてくれますか?

月歌(ツキウタ)
BL
歩道を歩いていた幼馴染の俺たちの前に、トラックが突っ込んできた。二人とも即死したはずが、目覚めれば俺たちは馴染みあるゲーム世界のアバターに転生していた。ゲーム世界では、伴侶(♂×♂)として活動していたが、現実には流石に無理なので俺たちは別れた方が良くない? 男性妊娠ありの世界

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...