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「ミーシャ……!」
名前を呼ぶと、彼は一瞬で我に返り、ハッとしたようにいつもの彼の表情に戻った。
「あ……っ、ごめん……」
大きな身体がパッと俺の上から離れ、ギリギリと締め上げられていた腕が解放される。
でも、ひどい痛みは中々消えず、身体の震えが止まらなかった。
キスされたことよりも、予期せぬ格闘と、見たことのないミーシャの表情がショックで、起き上がることが出来ない。
「……マコト、怒ってるのか……?」
ミーシャが不安がって俺の顔を覗き込んだ。
それを気遣ってあげる余裕もなくて俺がボンヤリしていたら、泣きそうな声でもう一度名前を呼ばれた。
「マコト!?」
ハッとしてミーシャと目線を合わせる。
「……ご、ごめん……びっくりしただけだから……っ」
動揺しながら上半身を起こすと、ベッドの上でがばりと身体を抱き締められた。
「っ、ご、ごめん、骨、折れなかったか」
俺以上に相手が動揺しているのが身体の震えで伝わる。
「大丈夫だよ、折れたりなんかしてない。先に乱暴した俺が悪かったんだ――」
「良かっ……」
絶句したままなので、少し身体を離してミーシャの顔を見つめた。
頬に涙が溢れている。
泣いてる……。
本当にいつもの彼なんだと確信して、俺はなるべく優しく言い含めた。
「でもね、ミーシャ……友達には唇にキスはしない……そうだろ……」
ミーシャが濡れた睫毛を伏せ、小さく首を振る。
「俺は……友達にならなくちゃ、一緒にいられないのか……」
背中に回る彼の腕が、逃さないようにするみたいに強くなった。
驚いて、訊き返す。
「……それって、どういう意味……」
すると、ミーシャは俺の腕の中で俯き、吐き出すように話し始めた。
「……マコトに会ってから、胸のあたりがずっと変なんだよ……一緒にいると凄く安心するのに、マコトの顔を見てると……なぜか凄く、変な気持ちになる……ずっと前からマコトを知っていて、そばにいて、何かをしなくちゃいけないような……変な気持ちに。――それって、俺が前からマコトを好きだったってことだと思うんだ」
俺の中で、絶望が降り積もってゆく。
……ミーシャ、それは、君が思うような、好意じゃない。
だって、俺と大人の君は会ったことすらないのだから。
その気持ちの正体は、殺意だ……。
「観覧車の中でマコトをハグして、確信した。俺がこうなる前からも……俺はきっと、マコトのことが、好……」
「……それ以上言わないで……聞きたくない」
ミーシャの言葉を遮って、俺はベッドを降り、窓を向いて床に座り込んだ。
――胸がぐちゃぐちゃに潰されたみたいに苦しい。
……もしも、本当にミーシャが俺の友達で、好きだと言われたら……俺は嬉しかったと思う。
男同士だけど、でも、きっと凄く嬉しかった……そんな風に言われるのが初めてだったから。
だからかもしれない、こんなに悲しいのは……。
「……もしかして、マコトも俺のことを好きなんじゃないかと思ってた。だから、キスしたんだ、俺は」
震えるような声が背後で呻く。
「……でも、違ったんだな……マコトは好きな人としかこういうことはしたくないって言ってたのに……悪かった……ごめん」
その言葉が、あまりに純粋で、幼くて哀れで……。
今すぐ立ち上がって振り向いて、そうじゃないんだと否定して叫びたかった。
ミーシャが嫌いな訳じゃない。
むしろ、好きだから辛いんだと。
好きだから……。
一緒に過ごす内に、俺もミーシャのことを、とても好きになってしまってたんだ。
恋とか友情とか、家族愛とか、名前を付けられるような感じではとても無いけれど……このままで、ずっと一緒にいたいと心のどこかで願う程には。
だからさっき、キスされても嫌じゃなかった。
むしろ……。
(こんなことになったらもう、一緒にいるのはダメだ……)
俺は初めて本気で、ミーシャと離れなければいけないと思った。
一緒にいるのは、彼にとっても俺にとっても良くない事なんだと、ようやく自覚した。
だって、もしミーシャが記憶を取り戻したら……あの冷たい目をした彼が本当の彼だったとしたら、俺なんかに好きだって言ったり、キスしたりした自分の失態を許せるだろうか?
殺意を好意と勘違いして、殺そうと思った男なんかにキスをしたなんて知ったら。
気分が悪いどころか、俺を殺しても足りないと思うだろう。
「もう、寝よう、ミーシャ。俺、明日忙しいから、家に帰らずに出かけるから」
それだけ言って立ち上がり、俺は黙って歩いて反対側のベッドに移った。
豪華な羽毛の布団をめくり、柔らかいベッドに横たわる。
家の床に男二人で転がるよりもずっと快適なはずなのに……その夜は悪夢ばかり見て、何度も目が覚めてしまった。
名前を呼ぶと、彼は一瞬で我に返り、ハッとしたようにいつもの彼の表情に戻った。
「あ……っ、ごめん……」
大きな身体がパッと俺の上から離れ、ギリギリと締め上げられていた腕が解放される。
でも、ひどい痛みは中々消えず、身体の震えが止まらなかった。
キスされたことよりも、予期せぬ格闘と、見たことのないミーシャの表情がショックで、起き上がることが出来ない。
「……マコト、怒ってるのか……?」
ミーシャが不安がって俺の顔を覗き込んだ。
それを気遣ってあげる余裕もなくて俺がボンヤリしていたら、泣きそうな声でもう一度名前を呼ばれた。
「マコト!?」
ハッとしてミーシャと目線を合わせる。
「……ご、ごめん……びっくりしただけだから……っ」
動揺しながら上半身を起こすと、ベッドの上でがばりと身体を抱き締められた。
「っ、ご、ごめん、骨、折れなかったか」
俺以上に相手が動揺しているのが身体の震えで伝わる。
「大丈夫だよ、折れたりなんかしてない。先に乱暴した俺が悪かったんだ――」
「良かっ……」
絶句したままなので、少し身体を離してミーシャの顔を見つめた。
頬に涙が溢れている。
泣いてる……。
本当にいつもの彼なんだと確信して、俺はなるべく優しく言い含めた。
「でもね、ミーシャ……友達には唇にキスはしない……そうだろ……」
ミーシャが濡れた睫毛を伏せ、小さく首を振る。
「俺は……友達にならなくちゃ、一緒にいられないのか……」
背中に回る彼の腕が、逃さないようにするみたいに強くなった。
驚いて、訊き返す。
「……それって、どういう意味……」
すると、ミーシャは俺の腕の中で俯き、吐き出すように話し始めた。
「……マコトに会ってから、胸のあたりがずっと変なんだよ……一緒にいると凄く安心するのに、マコトの顔を見てると……なぜか凄く、変な気持ちになる……ずっと前からマコトを知っていて、そばにいて、何かをしなくちゃいけないような……変な気持ちに。――それって、俺が前からマコトを好きだったってことだと思うんだ」
俺の中で、絶望が降り積もってゆく。
……ミーシャ、それは、君が思うような、好意じゃない。
だって、俺と大人の君は会ったことすらないのだから。
その気持ちの正体は、殺意だ……。
「観覧車の中でマコトをハグして、確信した。俺がこうなる前からも……俺はきっと、マコトのことが、好……」
「……それ以上言わないで……聞きたくない」
ミーシャの言葉を遮って、俺はベッドを降り、窓を向いて床に座り込んだ。
――胸がぐちゃぐちゃに潰されたみたいに苦しい。
……もしも、本当にミーシャが俺の友達で、好きだと言われたら……俺は嬉しかったと思う。
男同士だけど、でも、きっと凄く嬉しかった……そんな風に言われるのが初めてだったから。
だからかもしれない、こんなに悲しいのは……。
「……もしかして、マコトも俺のことを好きなんじゃないかと思ってた。だから、キスしたんだ、俺は」
震えるような声が背後で呻く。
「……でも、違ったんだな……マコトは好きな人としかこういうことはしたくないって言ってたのに……悪かった……ごめん」
その言葉が、あまりに純粋で、幼くて哀れで……。
今すぐ立ち上がって振り向いて、そうじゃないんだと否定して叫びたかった。
ミーシャが嫌いな訳じゃない。
むしろ、好きだから辛いんだと。
好きだから……。
一緒に過ごす内に、俺もミーシャのことを、とても好きになってしまってたんだ。
恋とか友情とか、家族愛とか、名前を付けられるような感じではとても無いけれど……このままで、ずっと一緒にいたいと心のどこかで願う程には。
だからさっき、キスされても嫌じゃなかった。
むしろ……。
(こんなことになったらもう、一緒にいるのはダメだ……)
俺は初めて本気で、ミーシャと離れなければいけないと思った。
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だって、もしミーシャが記憶を取り戻したら……あの冷たい目をした彼が本当の彼だったとしたら、俺なんかに好きだって言ったり、キスしたりした自分の失態を許せるだろうか?
殺意を好意と勘違いして、殺そうと思った男なんかにキスをしたなんて知ったら。
気分が悪いどころか、俺を殺しても足りないと思うだろう。
「もう、寝よう、ミーシャ。俺、明日忙しいから、家に帰らずに出かけるから」
それだけ言って立ち上がり、俺は黙って歩いて反対側のベッドに移った。
豪華な羽毛の布団をめくり、柔らかいベッドに横たわる。
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