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 ――翌日、ひさびさに一日中俺のスケジュールが空いたので、二人で買い物に行くことにした。
 服とか下着とか、ずっと俺のを貸していたから、ちゃんとミーシャの服を買いに。
 一緒に洋服屋の店先を回りながら、いろんな服を見たけど、ミーシャが買ったのは黒い服ばかりだった。
 スタイルが凄くいいし、何を着ても似合いそうなのに、黒ばかりなのはすこし勿体無い。
 ……そういえば、俺の家の床で倒れていた時も真っ黒の服だったっけ。
 もしかして、返り血がついても目立たないように……?
 賑やかな昼の街中を一緒に歩きながら怖いことを考えてしまっていると、突然ミーシャが足を止めた。
「? ど、どうしたの」
 訊くと、ミーシャが雑踏の中に立つ、てっぺんが玉ねぎの形になった深緑色の背の高い広告塔を指差した。
「なぁ、マコト。俺、これ行きたい」
 見ると、円筒状の広告面にネズミーランド・パリのポスターが貼られていて、ピンク色のお城を背景にネズミの着ぐるみキャラクターが描かれている。
 ああ、遊園地に心を惹かれちゃったのかあ……。
 子供らしい一面にホッとしつつ、情けない気持ちで俺は首を振った。
「……ごめん、俺、あんまりお金なくて無理かも……ラーメン屋もあるし……」
「金なら俺が出す。仕事なんか辞めちゃえばいいだろ」
「そんな訳にはいかないよ。あれは君のお金で、俺のじゃない」
 俯くとサラサラ顔に落ちる金色の前髪の下で、ミーシャがすごく悲しそうな顔をした。
「でも、俺、マコトと行きたい……」
 ううっ、そんな顔されるとすごく弱い……。
「じゃあ、ネズミーランドじゃなくて、チュイルリー公園に行かない? クリスマスマーケットと、あと移動遊園地の観覧車が来てる」
「……カンランシャ?」
「楽しいよ、夜になるとキラキラしてるし。きっと気にいるから」
 そう言った俺の言葉に、ミーシャの表情が輝くような笑顔になった。


 チュイルリー公園は、オペラ座から南西にある、東西700メートル、南北300メートルの細長い形をした庭園だ。
 昔、革命の時にマリーアントワネットや王様の一家がベルサイユ宮殿を追い出されて、パリの「チュイルリー宮殿」に住んだ、というのが有名だけど、今はその宮殿がなくなり、単に庭だけが残ってるらしい。
 クリスマス前の今は、その広大な庭に、可愛い家の形をした沢山の出店が立ち並び、クリスマスの靴下やオーナメントはもちろん、焼き栗やマカロン、ワイン、クレープが売られている。
 他にも、移動遊園地の回転する空中ブランコや、巨大な観覧車が立って、子供でなくても何となくワクワクしてしまう雰囲気だ。
 買い物を済ませ、一旦家に荷物を置いた俺とミーシャがチュイルリーの駅に着いた時には、既に日没過ぎだった。
 出店やアトラクションが、電飾のピンクや青や紫の光に包まれているのが外からも見える。
 庭園自体の美しさもあり、まるでレトロな夢の世界に入り込んだように思える幻想的な景色は、クリスマスだけの魔法の世界で、テーマパークみたいにいつ行っても同じ場所にあるものじゃない。
 儚い、クリスマスが終わるまでの夢だ。
(昔、母さんと来た時はどんなだったかなぁ……)
 以前の、一人じゃなかったクリスマスを思い出す。
 RER(郊外列車)に乗って、母さんと手を繋いでパリに遊びに来た時の楽しい思い出を。
 急に切なくなり、公園の入り口を潜るのを躊躇していると、ミーシャの大きな手が俺の肩をぐっと抱いて押した。
「行かないのか?」
 キラキラした星の渦のような背景に、まるで御伽噺の王子様が居るみたいで、思わず微笑んだ。
 俺、今、夢みてるのかもしれないな。
 あんまり寂し過ぎたから。
 出てくるのがお姫様じゃなく、金髪碧眼の王子様。
 ミーシャは元々着ていたトレンチに、カルトブルーで買ったカシミアの黒いセーター、ブラックデニムを穿いている。
 黒ずくめに繊細な色の金髪が余りにも美しく映えて、まるで危ない世界に人を誘う悪魔みたいな魅力があった。
 実際のところは、遊園地にただワクワクしている子供だけど。
「あ、なあ、俺あれ食べたい……」
 ミーシャが指差したのは、ソーセージホットドッグを売っている混み合った店だった。
「いいよ、俺が二人分買ってくるから待ってて」
 そう言って、列に並ぶために彼から離れる。
 人混みの中に一人にするのはちょっと心配だけど、大の男二人で列に並ぶのは気が引けた。
 昼間に服を買っていた時も、女性の店員さんから「デートですか?」って言われたし。
 服屋がゲイタウンのあるマレ地区の店だったからかもしれないけど、全く容姿の違う男が二人で親密そうに歩いていたらそう見えるよね……。
 思い出してちょっと恥ずかしくなっていたら、
「マコト!」
 無邪気な笑顔をして、白い息を吐き、ミーシャが走り寄ってきた。
「なに、どうかした?」
 ちょっと驚いていると、黒い革手袋をした彼の手が、俺に紙コップに入った赤ワインを渡してくる。
「ホットワインの店で買った。温まるってさ。二人分買ったから、やる」
 受け取ると熱いくらいで、冷たい空気でかじかんだ両手がよく温まった。
「ありがとう……」
 真っ赤な液体を喉に流し込むと、胃に沁みて、身体の芯からポカポカと温まる。
 結局二人でひっついて並びながら、恋人かと思われても、まあいいかって気分になってきた。
 俺ちょっとの量ですぐ酔うから普段あんまり飲まないけど、寒い外で飲むあったかいワインは凄く、美味しいなぁ……。
 ホンワリしているうちに順番が来ていて、慌てて店の軒下に入り、店員の女性に注文した。
「ボンソワール、マダム。あの、ホットドッグ二つ下さい」
「12ユーロですよ」
 小銭と引き換えに紙皿からはみ出そうなホットドッグを二つ受け取り、すぐ後ろでワクワク待っていたミーシャに差し出した。
「ほら、どうぞ」
「メルシー、マコト」
 お礼を言ったが早いか、ホットドッグはふた口ぐらいでミーシャの大きな口の中に消えてしまった。
「ちょ、早いから……!」
「次はあれ行こう、アレ」
 急かされながらワインを一気飲みして、ホットドッグを口にくわえ、ゴミを集積所の巨大なゴミ箱に捨てて後を追う。
 一気にアルコールを摂取してしまい、ちょっと頭がクラっとした。
 でも、気持ちは弾むみたいに楽しくなってゆく。
「ちょ、まって、」
 思わず笑みが溢れる俺の目の前で、突然ミーシャが立ち止まって、広い背中にドスンとぶつかった。
「うわっと! ごめん……!」
 革手袋をした彼の長い指が、極彩色の電飾で輝く大きな観覧車を差す。
「マコト、あれ乗ろう。きっとパリの夜景が全部見える」
 一瞬、母と一緒に昼間のパリの観覧車に乗った時の記憶が蘇って、心がチクンと痛んだ。
『誠、見て! モンマルトルの丘の方まで、よく見える』
 生きていた時の、母の笑顔が脳裏に蘇る。
 ――あれから、一度も誰かと観覧車に乗ったことがない。
 でも今日は……。
「いいよ、ミーシャ」
 俺は大きく頷き、光をキラキラ映す夜空色の瞳に微笑みかけた。
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