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陰謀
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階段を登り、兵士の警備する入り口を出て、眩しい太陽の元へ引き摺り出される。
建物のすぐ目の前に、囚人の護送車なのか、窓のない木の箱のような形をした車のついた、粗末な馬車があった。
逃亡防止用か、黒い布で目隠しをされ、追い立てられるようにしてそれに乗せられた。
粗末なベンチのようなものに座らされて、いずこかへと運ばれてゆく。
そこでもまた、たった一人だ。
罪人の処刑は、見せしめのために街の人々の目につく場所で行われる。
きっと都の、目立つ路地や広場に連れて行かれるに違いない。
もしかしたらそこで、ピンポンパンの無残な姿を見ることになるかも知れない……。
暗澹たる気分で馬車に揺られる内に、目的の広場に着いたのか、馬が止まって外が静かになった。
誰かが箱の錠を開けて、中に入ってくる。
目隠しをされたまま、俺の首輪に付けられた革紐がぐんと引っ張られて、転んでしまった。
罪人なので、文句などは言えない。
どうにか自分で起き上がり、ヨロヨロと引っ張られた方向へと歩く。
顔や髪に、風の涼しさや、陽光の当たる熱が感じられ、外を歩かされていることを知った。
そしてそのうちに、妙だなぁと思い始めた。
街中に引き回されてるにしては静かすぎるし、食べ物や、犬なんかの獣や、汚いものの臭いが全然、しない。
それに、この張り詰めたような清浄な空気は……。
さらに進む内に、建物の中に通されたのか、今度は落ち着いた、香炉の優しい、いい香りが漂ってくる。
俺は、この香りをよく知っていた。
「彼」の衣服や髪に染み付いた、華やかで甘い、高貴な香。
目隠しの下から、涙が一筋溢れた。
夢じゃないのなら、一目、会いたい。
そう願っていると、後ろに人の気配がして、俺を縛っている縄を解き始めた。
ああ、まさか、本当に……。
目隠しが涙でズブズブになった頃、やっと布が外された。
「……あ……」
――目の前にあったのは、俺の旅が始まった場所……トゥーランドット姫の居室だ。
「ああ……」
自分はこのまま死ぬべきだと思っていたはずなのに、心の底から嬉しくて、涙がボロボロ溢れた。
なんて罪深いんだろうと思う。
離れた時から、もうずっと、考えないようにしてたのに。
でも、もう一度会いたかった、本当は……。
埃と脂にまみれて汚れ、紐から飛び出てざんばらになった俺の髪を、後ろから誰かの手が撫でる。
ハッとして振り向くと、宦官と思しき小柄な、可愛い少年が立っていた。
女の子みたいな、綺麗な顔をしている。
「あの、貴方は……?」
話しかけたけれど、首を振られた。
どうやら、話が出来ないらしい。
否応なしの口の固さを見込まれて、インジェンの世話をしている宦官の一人だろう。
少年が、背後を指で差す。
振り返ると、湯気のたつ綺麗な湯をたっぷりと張った、一人分の木桶の風呂が用意されていた。
「あっ……これ……風呂?」
どうしていいのか分からず、前を向いたり後ろを向いたりしている内に、ボロ布のようになった胡服をどんどん脱がされ、髪紐も解かれて、裸にされた。
他人に着替えを手伝われたのは、これで人生二回目だ。
かなり恥ずかしかったけど、仕方なくされるがまま全裸になって、風呂の中に入った。
帰路は、泥まみれになりながら引き摺られるように連れ回されてきた上に、最後は極め付けの地下監獄だ。
全部擦られ洗われた後は、案の定、湯が真っ黒になった。
臭いも相当ヤバかったろうと思うといたたまれないが、堪えて風呂から出た後は、着替えが待っていた。
インジェンと同じ匂いのする、真っ赤な内衣。
その上に、まるで皇族のような、美しい刺繍の入った光沢のある赤い長袍を着せられて、溜息が出た。
この国では、赤は花嫁が初夜で着る色のはずだ。
元々俺が着ていたダッタンの緋色の胡服と似た色で用意してくれたつもりなのかもしれないけど……何考えてるんだ、インジェン。
あんなことの後だから、どう反応していいのか分からない。
元々付けていた緋色の髪紐で自分の髪を結い直させて貰い、その後は――絹の布団の敷かれた寝台の上に座らされ、そこで一人、長い時間を待つことになった。
一刻、ニ刻と、小さな美しい部屋で、衝立に描かれた優雅な魚と花の絵を眺めながら、しずかに待ち続ける。
やがてその衝立の陰から、怖いほどに美しい、切長の瞳を持つ姫君が姿を現した。
華麗な高襟の旗袍と、ひと筋たりとも乱れぬ両把頭に美しく結い上げられた黒髪に、飾り立てられた大拉翅……。
歩くたびに揺れる、見事な宝石の耳飾り。
紅を塗った唇が、真珠のような歯を見せて開く。
「……ああ……! リュウ……!」
氷の姫君の仮面をかなぐり捨て、目を真っ赤にして涙ぐませながら、長い付け爪を付けた白く優雅な手が俺をかき抱いた。
「ああ、間に合って良かったっ……っ、生きていた……!」
その低く甘い声は、一緒に旅した男のそれだ。
嬉しくて嬉しくて、彼の豪奢な着物に顔を押し付け、匂いを嗅いで、俺も泣いてしまった。
「それ、俺の台詞……っ、良かった、インジェン、元気そうで――」
途中まで言いかけて、もうここが都の外ではないことをハッと思い出した。
慌てて身体を離し、床に飛び降りてひれ伏す。
「申し訳ございません……。もう、ご正体を隠している訳ではないのに、とんでもないご無礼を……」
インジェンがハッとしたように表情を曇らせる。
そして自分の立場と、場所に気づいたのか――今度はもう、敬語を止めろとは言わなかった。
それでも、赤い目張りを引いた瞳に慕わしさを溢れさせながら、インジェンが俺を助け起こす。
「良い。……さあ、私の床に座るが良い」
「でも」
「帳を下ろすから」
「はい……」
[[rb:床 > ベッド]]の天蓋についている何層ものカーテンが下されて、狭い空間が出来た。
前に宿でそうしたように、並んで腰を下ろす。
改めてごく近くで相手を見つめると、化粧で誤魔化しきれないほど顔色が悪いことに気付いた。
彼の、命の期限――まだ、呪いが解かれていないのか。
息を飲んで見つめていると、インジェンが暗い顔で話を始めた。
「遅くなってすまない。どうにか、お前とあの三兄弟を釈放して貰えるよう、ずっと父上に掛け合っていたのだ。しかし、三兄弟は既に、いずこかへ……。今、探させているが、恐らくもう……」
「……っ」
ピンポンパンの最後の笑顔を思い出して、涙が出てくる。
気を抜いたら嗚咽しそうで、唇を噛んだ。
「……お前の傷は大丈夫か?」
問われて、俺は顎を上げて見せた。
ちょうど、顎と首の境目に、斜めについた傷跡を見せる。
「なんともありません。浅い傷だったし、乱暴だけど手当はしてもらえたし……ほら、瘡蓋になりかけているでしょう」
俺は平気だったけど、インジェンは痛ましげに眉を顰めた。
自分の首に巻いていた白いスカーフを外し、俺の首元に巻きつけながら、彼は話を続けた。
「……軍機処の中でも、秘密を守れる者達だけに調べさせて、太祖がロウ・リンの副葬品として当時作らせた品々の記録が判明した。都中の古物商に五年前からの売買の帳簿を提出させ、照らし合わせたが、一つのものだけが見つからなかった」
「一つのもの……?」
「……陶磁器で出来た、馬の置物だ。私の一族は昔、草原を馬で駆け、天幕で暮らし、婚姻の時には必ず、家畜を妻の家に送る習慣があった。その名残で、皇帝の一族が代々、結婚の申し込みに贈るものだ」
「それって……! ロウ・リンの呪いを封じ込めていたのは……」
思わず俺はインジェンの腕を掴んでしまった。
「おそらく、グンドの愛を示すもの……その婚姻の証だと、私は踏んでいる。盗掘を行ったのが金儲け目当ての賊ならば、馬だけがどこの記録にも見つからないのは、極めて不自然だ……」
「他の副葬品を売り払った人物はわかったのですか」
「古物商の主人達を締め上げた所、売りに来たのは、高貴な者の使いを名乗る男だったという。もしやと思って、私を狙った刺客の男の顔を絵姿にして見せた所、たしかにこの男だと皆口を揃えたらしい」
「じゃあ、墓荒らしは、あいつ……!?」
キラキラ光る豪奢な髪飾りを揺らし、インジェンが頷く。
「正確には、あの男を雇っていた、都の中で私の正体を知る何者か……私の命を狙った、父の側近の中の誰か、だ」
ごくりと息を呑む。
つまり、この城の中に、今まで起こった呪いと惨劇の原因……真犯人がいるってことじゃないか。
「墓荒らしは、呪いを再び復活させること、そのものが、目的だったってことですね……。そして、それが露呈することを恐れて、そいつは、皇子様が帰ってくる前に殺そうとした……」
俺が首を捻ると、インジェンは長い睫毛を伏せた。
「ロウ・リン公主が我が皇族と七王家を呪って死んだことは、少なくとも、皇族と側近の間では知られていたことだ。五年前までは、単なる、前王朝の逸話に過ぎなかったが」
その話を知った誰かが、ロウ・リン公主の墓を荒らし、呪いの封印を解いた。
「――馬の置物……。あの刺客の雇い主が持っているのでは……」
――言いかけた時、閉じたカーテンの向こうで、誰かが入ってくる気配がした。
「失礼いたします、公主様」
びくりと肩を震わせ、インジェンが美しい横顔を上げる。
「どうした」
「……また新たに、広場で銅鑼を叩く王子が現れましてございます。大臣様がその者を連れて参りますので、どうぞ、ご用意を」
建物のすぐ目の前に、囚人の護送車なのか、窓のない木の箱のような形をした車のついた、粗末な馬車があった。
逃亡防止用か、黒い布で目隠しをされ、追い立てられるようにしてそれに乗せられた。
粗末なベンチのようなものに座らされて、いずこかへと運ばれてゆく。
そこでもまた、たった一人だ。
罪人の処刑は、見せしめのために街の人々の目につく場所で行われる。
きっと都の、目立つ路地や広場に連れて行かれるに違いない。
もしかしたらそこで、ピンポンパンの無残な姿を見ることになるかも知れない……。
暗澹たる気分で馬車に揺られる内に、目的の広場に着いたのか、馬が止まって外が静かになった。
誰かが箱の錠を開けて、中に入ってくる。
目隠しをされたまま、俺の首輪に付けられた革紐がぐんと引っ張られて、転んでしまった。
罪人なので、文句などは言えない。
どうにか自分で起き上がり、ヨロヨロと引っ張られた方向へと歩く。
顔や髪に、風の涼しさや、陽光の当たる熱が感じられ、外を歩かされていることを知った。
そしてそのうちに、妙だなぁと思い始めた。
街中に引き回されてるにしては静かすぎるし、食べ物や、犬なんかの獣や、汚いものの臭いが全然、しない。
それに、この張り詰めたような清浄な空気は……。
さらに進む内に、建物の中に通されたのか、今度は落ち着いた、香炉の優しい、いい香りが漂ってくる。
俺は、この香りをよく知っていた。
「彼」の衣服や髪に染み付いた、華やかで甘い、高貴な香。
目隠しの下から、涙が一筋溢れた。
夢じゃないのなら、一目、会いたい。
そう願っていると、後ろに人の気配がして、俺を縛っている縄を解き始めた。
ああ、まさか、本当に……。
目隠しが涙でズブズブになった頃、やっと布が外された。
「……あ……」
――目の前にあったのは、俺の旅が始まった場所……トゥーランドット姫の居室だ。
「ああ……」
自分はこのまま死ぬべきだと思っていたはずなのに、心の底から嬉しくて、涙がボロボロ溢れた。
なんて罪深いんだろうと思う。
離れた時から、もうずっと、考えないようにしてたのに。
でも、もう一度会いたかった、本当は……。
埃と脂にまみれて汚れ、紐から飛び出てざんばらになった俺の髪を、後ろから誰かの手が撫でる。
ハッとして振り向くと、宦官と思しき小柄な、可愛い少年が立っていた。
女の子みたいな、綺麗な顔をしている。
「あの、貴方は……?」
話しかけたけれど、首を振られた。
どうやら、話が出来ないらしい。
否応なしの口の固さを見込まれて、インジェンの世話をしている宦官の一人だろう。
少年が、背後を指で差す。
振り返ると、湯気のたつ綺麗な湯をたっぷりと張った、一人分の木桶の風呂が用意されていた。
「あっ……これ……風呂?」
どうしていいのか分からず、前を向いたり後ろを向いたりしている内に、ボロ布のようになった胡服をどんどん脱がされ、髪紐も解かれて、裸にされた。
他人に着替えを手伝われたのは、これで人生二回目だ。
かなり恥ずかしかったけど、仕方なくされるがまま全裸になって、風呂の中に入った。
帰路は、泥まみれになりながら引き摺られるように連れ回されてきた上に、最後は極め付けの地下監獄だ。
全部擦られ洗われた後は、案の定、湯が真っ黒になった。
臭いも相当ヤバかったろうと思うといたたまれないが、堪えて風呂から出た後は、着替えが待っていた。
インジェンと同じ匂いのする、真っ赤な内衣。
その上に、まるで皇族のような、美しい刺繍の入った光沢のある赤い長袍を着せられて、溜息が出た。
この国では、赤は花嫁が初夜で着る色のはずだ。
元々俺が着ていたダッタンの緋色の胡服と似た色で用意してくれたつもりなのかもしれないけど……何考えてるんだ、インジェン。
あんなことの後だから、どう反応していいのか分からない。
元々付けていた緋色の髪紐で自分の髪を結い直させて貰い、その後は――絹の布団の敷かれた寝台の上に座らされ、そこで一人、長い時間を待つことになった。
一刻、ニ刻と、小さな美しい部屋で、衝立に描かれた優雅な魚と花の絵を眺めながら、しずかに待ち続ける。
やがてその衝立の陰から、怖いほどに美しい、切長の瞳を持つ姫君が姿を現した。
華麗な高襟の旗袍と、ひと筋たりとも乱れぬ両把頭に美しく結い上げられた黒髪に、飾り立てられた大拉翅……。
歩くたびに揺れる、見事な宝石の耳飾り。
紅を塗った唇が、真珠のような歯を見せて開く。
「……ああ……! リュウ……!」
氷の姫君の仮面をかなぐり捨て、目を真っ赤にして涙ぐませながら、長い付け爪を付けた白く優雅な手が俺をかき抱いた。
「ああ、間に合って良かったっ……っ、生きていた……!」
その低く甘い声は、一緒に旅した男のそれだ。
嬉しくて嬉しくて、彼の豪奢な着物に顔を押し付け、匂いを嗅いで、俺も泣いてしまった。
「それ、俺の台詞……っ、良かった、インジェン、元気そうで――」
途中まで言いかけて、もうここが都の外ではないことをハッと思い出した。
慌てて身体を離し、床に飛び降りてひれ伏す。
「申し訳ございません……。もう、ご正体を隠している訳ではないのに、とんでもないご無礼を……」
インジェンがハッとしたように表情を曇らせる。
そして自分の立場と、場所に気づいたのか――今度はもう、敬語を止めろとは言わなかった。
それでも、赤い目張りを引いた瞳に慕わしさを溢れさせながら、インジェンが俺を助け起こす。
「良い。……さあ、私の床に座るが良い」
「でも」
「帳を下ろすから」
「はい……」
[[rb:床 > ベッド]]の天蓋についている何層ものカーテンが下されて、狭い空間が出来た。
前に宿でそうしたように、並んで腰を下ろす。
改めてごく近くで相手を見つめると、化粧で誤魔化しきれないほど顔色が悪いことに気付いた。
彼の、命の期限――まだ、呪いが解かれていないのか。
息を飲んで見つめていると、インジェンが暗い顔で話を始めた。
「遅くなってすまない。どうにか、お前とあの三兄弟を釈放して貰えるよう、ずっと父上に掛け合っていたのだ。しかし、三兄弟は既に、いずこかへ……。今、探させているが、恐らくもう……」
「……っ」
ピンポンパンの最後の笑顔を思い出して、涙が出てくる。
気を抜いたら嗚咽しそうで、唇を噛んだ。
「……お前の傷は大丈夫か?」
問われて、俺は顎を上げて見せた。
ちょうど、顎と首の境目に、斜めについた傷跡を見せる。
「なんともありません。浅い傷だったし、乱暴だけど手当はしてもらえたし……ほら、瘡蓋になりかけているでしょう」
俺は平気だったけど、インジェンは痛ましげに眉を顰めた。
自分の首に巻いていた白いスカーフを外し、俺の首元に巻きつけながら、彼は話を続けた。
「……軍機処の中でも、秘密を守れる者達だけに調べさせて、太祖がロウ・リンの副葬品として当時作らせた品々の記録が判明した。都中の古物商に五年前からの売買の帳簿を提出させ、照らし合わせたが、一つのものだけが見つからなかった」
「一つのもの……?」
「……陶磁器で出来た、馬の置物だ。私の一族は昔、草原を馬で駆け、天幕で暮らし、婚姻の時には必ず、家畜を妻の家に送る習慣があった。その名残で、皇帝の一族が代々、結婚の申し込みに贈るものだ」
「それって……! ロウ・リンの呪いを封じ込めていたのは……」
思わず俺はインジェンの腕を掴んでしまった。
「おそらく、グンドの愛を示すもの……その婚姻の証だと、私は踏んでいる。盗掘を行ったのが金儲け目当ての賊ならば、馬だけがどこの記録にも見つからないのは、極めて不自然だ……」
「他の副葬品を売り払った人物はわかったのですか」
「古物商の主人達を締め上げた所、売りに来たのは、高貴な者の使いを名乗る男だったという。もしやと思って、私を狙った刺客の男の顔を絵姿にして見せた所、たしかにこの男だと皆口を揃えたらしい」
「じゃあ、墓荒らしは、あいつ……!?」
キラキラ光る豪奢な髪飾りを揺らし、インジェンが頷く。
「正確には、あの男を雇っていた、都の中で私の正体を知る何者か……私の命を狙った、父の側近の中の誰か、だ」
ごくりと息を呑む。
つまり、この城の中に、今まで起こった呪いと惨劇の原因……真犯人がいるってことじゃないか。
「墓荒らしは、呪いを再び復活させること、そのものが、目的だったってことですね……。そして、それが露呈することを恐れて、そいつは、皇子様が帰ってくる前に殺そうとした……」
俺が首を捻ると、インジェンは長い睫毛を伏せた。
「ロウ・リン公主が我が皇族と七王家を呪って死んだことは、少なくとも、皇族と側近の間では知られていたことだ。五年前までは、単なる、前王朝の逸話に過ぎなかったが」
その話を知った誰かが、ロウ・リン公主の墓を荒らし、呪いの封印を解いた。
「――馬の置物……。あの刺客の雇い主が持っているのでは……」
――言いかけた時、閉じたカーテンの向こうで、誰かが入ってくる気配がした。
「失礼いたします、公主様」
びくりと肩を震わせ、インジェンが美しい横顔を上げる。
「どうした」
「……また新たに、広場で銅鑼を叩く王子が現れましてございます。大臣様がその者を連れて参りますので、どうぞ、ご用意を」
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