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もう一つの呪い
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墓の前でインジェンを殺そうとした、あの覆面の男……!?
俺は身体を捻り、男の様子を伺った。
背後にいるからよく見えないけど、着ている服は黒ずくめの作務衣のような服で、明るい場所ではかえって目立っている。
「……お前は一体何者だ。何用があって私たちをここまで追ってきた?」
インジェンが睨み付けると、俺の背後にいる男はくぐもった笑い声を漏らした。
「質問している場合ですか? トゥーランドット公主様」
慇懃無礼なその言葉に、俺もインジェンも驚愕した。
今は男の姿のインジェンを、トゥーランドットと呼ぶなんて。
氷の姫の素顔を知るものは、城の中のごく一部の人間だけのはずなのに――。
男は更に、下卑た笑いを含んだ声で言い放った。
「先程、森で貴方様がこの男と口付けを交わすところを見せて貰いました。どうやら、この男は貴方様にとってよほど大切なお気に入りのようですな。この者の命を惜しむならば、貴方様の持っている剣を捨てて貰いましょうか。――なに、貴方様の命を奪うなどということは致しませぬ。この国には、皇帝になるべき者の命を奪った者には、天罰が下るという噂がありますからな……」
男の言葉を遮り、俺は必死で叫んだ。
「インジェン、こいつの言っていることは出鱈目だ……! こいつはインジェンが剣の手練れだってことも知ってて、武器を捨てさせてから殺そうとしてるだけだ!」
「人質の分際で、余計なことを喋るんじゃねぇ!」
俺の首に突きつけられた刃が、ぷつりと音を立てて皮膚を切る。
焼けるような痛みがそこから伝わり、インジェンの顔が蒼白になった。
「動くな、リュウ。――今剣を捨てる。リュウに手を出すな……!」
駄目だ!
剣を捨てたりしたら、この男は俺の首を一瞬で掻き切って、その次に、インジェンに襲いかかるに決まっている!
――もう、迷ってる暇はない!!
俺は咄嗟に、首の下にある刃を持つ男の手首を握りしめ、逆に自分の喉の方へ、もっと刃を食い込ませるようにグッと力を込めた。
「な!? お前、何をっ」
動揺した男が慌てて刃物を引き、その刃先が俺の首の太い血管からスレスレの顎に近い場所を切り裂く。
俺の自殺行為に男が驚愕したその隙に、相手の顎に頭突きを食らわせ、身を翻した。
「インジェン! 逃げろ!」
血まみれになりながら、男に掴みかかる。
刺客は激昂し、俺の血で濡れた刃物を振り上げた。
「お前、狂っているのか!? 命が惜しくねぇのかっ。そんなに死に急ぐというなら、今すぐ殺してやる!
男の強靭な腕が俺の身体を草の上に押し倒す。
血塗れの刃を引かれ、俺に向かって振り下ろされようとしたその刹那――ブツ、という鈍い音がごく近くで上がり、俺を押さえつけていた相手の体から突然力が抜けた。
「……?」
俺の身体に、力の抜けた肉体が覆い被さる。
カッと見開いた瞳が至近距離に迫ってきて驚き、思わず顔を背けた。
――薄目で様子を見ると、相手は首を矢に貫かれ、血を流して死んでいる。
「ヒッ……!」
今さっきまで喋っていたのに……!
男の身体はピクピクと痙攣し、顔を隠す布の隙間から血の泡が溢れていた。
這うようにして死体の下から脱すると、駆け寄ってきたインジェンが地面に跪き、俺の身体を強く抱き寄せる。
「リュウ、動くな、出血が酷い……!」
「……イン、ジェン……俺は、大丈夫だ」
胸に身体を預けながら見上げると、彼は泣きながら酷く怒っていた。
「またお前はあんなことを……!! あのようなこと、普通は出来ないぞ!! 何故だ……っ、お前こそ、呪われている……!!」
言い放ったインジェンと俺の近くで、いつの間にか、沢山の蹄の音が聞こえ始めていた。
「インジェン……誰か、来る……逃げないと」
「お前を置いていける訳がない……!!」
蹄の音はどんどん近づいて来て、やがて俺たちは、鎧を身につけた兵達に囲まれていた。
その鎧は、墓の警備兵が付けていたような簡易なものではなく、重厚な、宮中を守るトゥーランの近衛兵のそれだ。
中の一人が、大きな弓を手にしたまま一歩前に出て、インジェンに対し跪いた。
「インジェン様」
名を呼んだのは、白い髭を蓄えた、大柄で高齢の武人だった。
「チャンリン将軍……引退して屋敷で静養していたのでは」
驚いたように目を見張り、インジェンがひそっと俺に話しかけた。
「安心して良い。父の腹心の者で、私の幼い頃からの剣の師匠だ」
――どうやら、味方らしい……と分かって、身体中から力が抜けた。
と同時に、顎の傷の痛みが酷くなる。
「――城を無断で抜け出されたと聞いては、私が参るほかございません。陛下が大変なお怒りですぞ」
チャンリン将軍の厳しい声音に、血の気が引いた。
バレてしまったのだ……ピンポンパンを身代わりにして、城を抜け出したことが。
三兄弟、無事だろうか。
まさかもう殺されてるんじゃ……。
心配する俺の手を握り締めながら、インジェンが口を開く。
「外に出ることについては、今までも何度も許しを請うている。何度言っても聞き入れられなかったから、このようにしたのだ……!」
「陛下が貴方様の身を案じてのことです。――外に出なければ、先ほどのようにならず者に襲われることもなかったのですぞ。さあ、我らと共に戻りましょう」
「待ってくれ。お前が殺した男……ただのならず者ではない。私のことを知る、何者かが送った刺客だったのだ。顔を剥いて調べて欲しい」
「都に帰ってからそう致しましょう。――お前達、死体を運べ。それから、殿下を拐かしたそこの重罪人を捕らえよ」
「待て……触るな、このリュウは私の……!」
ぎゅうと強く抱き寄せられて、伸びてくる沢山の手から庇われる。
俺もインジェンにしがみついたけど――無駄なことだと、薄々分かっていた。
老将軍が長く伸びた白い眉を顰め、俺を睨みつける。
「……おいたわしや、インジェン様。若い男などに心が動かれるのは、ロウ・リン公主の呪いで貴方様が女人のような女々しいお心になられているからです。それも、どこの馬の骨とも分からぬ異国の男に騙されるとは」
将軍の部下に無理矢理に首根っこを掴まれて、俺の身体がインジェンから引き離される。
インジェンも大勢の他の近衛兵に取り押さえられ、俺たちは無理矢理に離れ離れにさせられた。
「違う、リュウを辱めるでない! その者は私の命を何度も守ったのだぞ。その血も私のために流したものだ……! リュウを返せ、リュウ……! リュウ……!」
激しく叫んだまま、インジェンが引きずられてゆく。
彼は兵たちの後ろに用意された立派な籠に無理矢理乗せられ、扉を閉めて閉じ込められた。
顎から血を流したままの俺の方は、乱暴に地面に放り出される。
おそらく、この場で切り捨てられて殺されるのだ。
観念すると共に、頭を地面に擦り付けて、将軍に懇願した。
「……申し開きは致しません。どんな罰でもお受けいたします。――ただ、お聞きください……殿下は、呪いを解かねば、あともって七日ほどの命と医者に言われております……っ」
わずかな望みにすがり、地面を額に擦り付たまま、呻くように訴える。
だって、小さな頃からのインジェンを知るこの人ならば、きっとインジェンの味方になってくれるはずだから。
俺の命なんてどうなってもいいが、これだけは!
「ロウ・リン公主の呪いを解く方法を、殿下はもうすでにご存知です! どうか、ご協力を……! 殿下の命をお救いください……!」
老将軍が深い溜息をつき、兵士達に目配せした後、低く冷徹な声で呟いた。
「……殿下から何を聞いたかは知らぬが、戯言はそこまでにして口を閉じよ。いずれにせよ、秘密を知ったお前は生かしてはおけぬ」
……だよな。
結局俺は、自分のために生きることも、好きな人のために生きることも許されない人生だったのだ。
愛する人の為に死ぬ……この物語で俺が負った、強力な呪い。
でも、こうなってしまえば、案外……悪く無い。
俺は平伏したまま、ゆっくりと目を閉じた。
俺は身体を捻り、男の様子を伺った。
背後にいるからよく見えないけど、着ている服は黒ずくめの作務衣のような服で、明るい場所ではかえって目立っている。
「……お前は一体何者だ。何用があって私たちをここまで追ってきた?」
インジェンが睨み付けると、俺の背後にいる男はくぐもった笑い声を漏らした。
「質問している場合ですか? トゥーランドット公主様」
慇懃無礼なその言葉に、俺もインジェンも驚愕した。
今は男の姿のインジェンを、トゥーランドットと呼ぶなんて。
氷の姫の素顔を知るものは、城の中のごく一部の人間だけのはずなのに――。
男は更に、下卑た笑いを含んだ声で言い放った。
「先程、森で貴方様がこの男と口付けを交わすところを見せて貰いました。どうやら、この男は貴方様にとってよほど大切なお気に入りのようですな。この者の命を惜しむならば、貴方様の持っている剣を捨てて貰いましょうか。――なに、貴方様の命を奪うなどということは致しませぬ。この国には、皇帝になるべき者の命を奪った者には、天罰が下るという噂がありますからな……」
男の言葉を遮り、俺は必死で叫んだ。
「インジェン、こいつの言っていることは出鱈目だ……! こいつはインジェンが剣の手練れだってことも知ってて、武器を捨てさせてから殺そうとしてるだけだ!」
「人質の分際で、余計なことを喋るんじゃねぇ!」
俺の首に突きつけられた刃が、ぷつりと音を立てて皮膚を切る。
焼けるような痛みがそこから伝わり、インジェンの顔が蒼白になった。
「動くな、リュウ。――今剣を捨てる。リュウに手を出すな……!」
駄目だ!
剣を捨てたりしたら、この男は俺の首を一瞬で掻き切って、その次に、インジェンに襲いかかるに決まっている!
――もう、迷ってる暇はない!!
俺は咄嗟に、首の下にある刃を持つ男の手首を握りしめ、逆に自分の喉の方へ、もっと刃を食い込ませるようにグッと力を込めた。
「な!? お前、何をっ」
動揺した男が慌てて刃物を引き、その刃先が俺の首の太い血管からスレスレの顎に近い場所を切り裂く。
俺の自殺行為に男が驚愕したその隙に、相手の顎に頭突きを食らわせ、身を翻した。
「インジェン! 逃げろ!」
血まみれになりながら、男に掴みかかる。
刺客は激昂し、俺の血で濡れた刃物を振り上げた。
「お前、狂っているのか!? 命が惜しくねぇのかっ。そんなに死に急ぐというなら、今すぐ殺してやる!
男の強靭な腕が俺の身体を草の上に押し倒す。
血塗れの刃を引かれ、俺に向かって振り下ろされようとしたその刹那――ブツ、という鈍い音がごく近くで上がり、俺を押さえつけていた相手の体から突然力が抜けた。
「……?」
俺の身体に、力の抜けた肉体が覆い被さる。
カッと見開いた瞳が至近距離に迫ってきて驚き、思わず顔を背けた。
――薄目で様子を見ると、相手は首を矢に貫かれ、血を流して死んでいる。
「ヒッ……!」
今さっきまで喋っていたのに……!
男の身体はピクピクと痙攣し、顔を隠す布の隙間から血の泡が溢れていた。
這うようにして死体の下から脱すると、駆け寄ってきたインジェンが地面に跪き、俺の身体を強く抱き寄せる。
「リュウ、動くな、出血が酷い……!」
「……イン、ジェン……俺は、大丈夫だ」
胸に身体を預けながら見上げると、彼は泣きながら酷く怒っていた。
「またお前はあんなことを……!! あのようなこと、普通は出来ないぞ!! 何故だ……っ、お前こそ、呪われている……!!」
言い放ったインジェンと俺の近くで、いつの間にか、沢山の蹄の音が聞こえ始めていた。
「インジェン……誰か、来る……逃げないと」
「お前を置いていける訳がない……!!」
蹄の音はどんどん近づいて来て、やがて俺たちは、鎧を身につけた兵達に囲まれていた。
その鎧は、墓の警備兵が付けていたような簡易なものではなく、重厚な、宮中を守るトゥーランの近衛兵のそれだ。
中の一人が、大きな弓を手にしたまま一歩前に出て、インジェンに対し跪いた。
「インジェン様」
名を呼んだのは、白い髭を蓄えた、大柄で高齢の武人だった。
「チャンリン将軍……引退して屋敷で静養していたのでは」
驚いたように目を見張り、インジェンがひそっと俺に話しかけた。
「安心して良い。父の腹心の者で、私の幼い頃からの剣の師匠だ」
――どうやら、味方らしい……と分かって、身体中から力が抜けた。
と同時に、顎の傷の痛みが酷くなる。
「――城を無断で抜け出されたと聞いては、私が参るほかございません。陛下が大変なお怒りですぞ」
チャンリン将軍の厳しい声音に、血の気が引いた。
バレてしまったのだ……ピンポンパンを身代わりにして、城を抜け出したことが。
三兄弟、無事だろうか。
まさかもう殺されてるんじゃ……。
心配する俺の手を握り締めながら、インジェンが口を開く。
「外に出ることについては、今までも何度も許しを請うている。何度言っても聞き入れられなかったから、このようにしたのだ……!」
「陛下が貴方様の身を案じてのことです。――外に出なければ、先ほどのようにならず者に襲われることもなかったのですぞ。さあ、我らと共に戻りましょう」
「待ってくれ。お前が殺した男……ただのならず者ではない。私のことを知る、何者かが送った刺客だったのだ。顔を剥いて調べて欲しい」
「都に帰ってからそう致しましょう。――お前達、死体を運べ。それから、殿下を拐かしたそこの重罪人を捕らえよ」
「待て……触るな、このリュウは私の……!」
ぎゅうと強く抱き寄せられて、伸びてくる沢山の手から庇われる。
俺もインジェンにしがみついたけど――無駄なことだと、薄々分かっていた。
老将軍が長く伸びた白い眉を顰め、俺を睨みつける。
「……おいたわしや、インジェン様。若い男などに心が動かれるのは、ロウ・リン公主の呪いで貴方様が女人のような女々しいお心になられているからです。それも、どこの馬の骨とも分からぬ異国の男に騙されるとは」
将軍の部下に無理矢理に首根っこを掴まれて、俺の身体がインジェンから引き離される。
インジェンも大勢の他の近衛兵に取り押さえられ、俺たちは無理矢理に離れ離れにさせられた。
「違う、リュウを辱めるでない! その者は私の命を何度も守ったのだぞ。その血も私のために流したものだ……! リュウを返せ、リュウ……! リュウ……!」
激しく叫んだまま、インジェンが引きずられてゆく。
彼は兵たちの後ろに用意された立派な籠に無理矢理乗せられ、扉を閉めて閉じ込められた。
顎から血を流したままの俺の方は、乱暴に地面に放り出される。
おそらく、この場で切り捨てられて殺されるのだ。
観念すると共に、頭を地面に擦り付けて、将軍に懇願した。
「……申し開きは致しません。どんな罰でもお受けいたします。――ただ、お聞きください……殿下は、呪いを解かねば、あともって七日ほどの命と医者に言われております……っ」
わずかな望みにすがり、地面を額に擦り付たまま、呻くように訴える。
だって、小さな頃からのインジェンを知るこの人ならば、きっとインジェンの味方になってくれるはずだから。
俺の命なんてどうなってもいいが、これだけは!
「ロウ・リン公主の呪いを解く方法を、殿下はもうすでにご存知です! どうか、ご協力を……! 殿下の命をお救いください……!」
老将軍が深い溜息をつき、兵士達に目配せした後、低く冷徹な声で呟いた。
「……殿下から何を聞いたかは知らぬが、戯言はそこまでにして口を閉じよ。いずれにせよ、秘密を知ったお前は生かしてはおけぬ」
……だよな。
結局俺は、自分のために生きることも、好きな人のために生きることも許されない人生だったのだ。
愛する人の為に死ぬ……この物語で俺が負った、強力な呪い。
でも、こうなってしまえば、案外……悪く無い。
俺は平伏したまま、ゆっくりと目を閉じた。
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