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西に向かうにつれ、草原だった景色はだんだんと地形に起伏が多くなり、アップダウンが激しくなってきた。
皇帝の陵墓は西に連なる峰々の麓にあるという話だから、目的地はそろそろ近いのだろう。
同時に、気温が少しずつ肌寒くなってきていた。
心配だったけど、インジェンの体調はまだ安定している。
カラフが合流してからは、二日が経った。
彼の主人公パワーは凄まじいもので、俺たちの旅路からは、明らかに障害が減っていた。
カラフは剣の他にも弓が上手くて、鳥や小動物を獲ってきてくれるし、それらを捌いたり、料理するのもお手のものだ。
戦争を身をもって経験しているし、命からがら亡命して大陸を彷徨ったこともあるから、王子とは言え、苦労が磨いた逞しさがあった。
その上、豪放磊落で壁を作らないタイプの性格のせいで、あちこちに友達や知り合いがいて、初めての場所でも知らない人間とすぐ仲良くなってしまう。
インジェンとも最近は、『ある意味』で打ち解けてきているというか――頼もしい存在だった。
「おいハリル。貴様、何を考えている。もう時間がないと言うのに、寄り道が多すぎだ! さっきの村でも、勝手に下賤のものに混じって酒を飲んで。この任務が重要なものだという自覚はあるのか!?」
「私はリュウに同行しているだけで、それ以上でも以下でもない。酒は飲んだが、そのおかげでこの山を抜ける近道を教えてもらえたのだから、よいではないか」
「こんな怪しげな道、本当に大丈夫なのかわかったものではない!」
崖の間の狭い道を一列になって進みながら、前で皇子と王子が言い争っている……。
ここ二日、ずーっと俺が見させられている光景だ。
一周回ってこれ、仲がいいって言える……よな?
お互いに身分を隠したまま仲良くなるとか、恋愛ドラマみたいだけど、男同士だからなぁ。
身分も釣り合ってるし、いい友達ができて良かった。ちょっと俺は寂しいけど。
「もしも目的の場所に辿り着かなかったら、責任はお前に取って貰うぞ」
「私は案内人ではない。――おや、待て……あんな所で子供がうずくまっているぞ」
カラフが馬から飛び降り、狭い道を半ば塞いでいる巨大な岩石の陰に腰をおろした。
「また寄り道か」
インジェンが馬上で頭を抱える。
俺も馬を降り、カラフのそばまで寄っていくと、確かにそこにはボロボロの服を着て、痩せ細った十歳前後の男の子が倒れていた。
意識はあるようだが、身体中擦り傷と血だらけで痛々しい。
しかもかなり飢え、渇いているのか、ボンヤリとしている。
「お前、親は。住まいはどこだ」
カラフが話しかけると、小さな蚊の鳴くような声で彼は答えた。
「チン……ファ……」
「分かった、チンファの村か。ずいぶんと遠くまで来たものだな。私の馬に乗せて、送ってやる」
カラフが片腕でその子供を肩に抱き上げたまま馬に乗る。
その様子を見て、流石にインジェンも何も言えなくなった。
再び馬上に戻り、俺は地図を取り出した。
「チンファ村は、この抜け道の出口から南にそれた場所にあるようです」
「子供一人の足で来れる距離ではないな……」
カラフの表情からは、いつもの穏やかな笑みが消えている。
「――何か事情があるのかもしれない。この子はチンファまで送っていく。まずはもう少しひらけた場所に出てから食べさせて休ませ、話を聞こう」
「……だから、なぜお前が勝手に決めるのだ!?」
インジェンが後ろで怒り出したが、思い立ったが行動する直情型のカラフはさっぱり聞いておらず、馬でどんどん先へ行ってしまう。
「トゥーランドット」でもカラフのペースにお姫様がどんどん巻き込まれる感じだったから、この二人に関しては、こうなることが運命なんだろう、としか言いようがない。
俺は馬上に戻り、インジェンを後ろから宥めた。
「ハリル様は子供を放っておけるような方ではないんだ」
とたん、インジェンが激しい剣幕で綺麗な顔を歪ませ、振り向く。
「リュウ。あの男の肩を持つ気か……!」
「違う。でも、あの男の子は、インジェンにとっても大切なトゥーランの民だろ」
「……」
インジェンは急に勢いを失い、ぷいとこちらに背中を向けた。
二人でしばらく無言でハリルの後を追っていると、隣でぽつりと呟きが漏れる。
「……リュウ。お前は、あの男……ハリルをどう思う……」
その言葉を不可解に感じながらも、俺は答えた。
「……男らしくて、正義感に溢れる、まっすぐな方だと思う。昔から、誰からも慕われる立派な若様だったと思うし」
「……。私は……あんなふうには、なれない……」
「……え?」
よく聞き取れずに聞き返したけれど、それきり、インジェンは黙り込んでしまった。
皇帝の陵墓は西に連なる峰々の麓にあるという話だから、目的地はそろそろ近いのだろう。
同時に、気温が少しずつ肌寒くなってきていた。
心配だったけど、インジェンの体調はまだ安定している。
カラフが合流してからは、二日が経った。
彼の主人公パワーは凄まじいもので、俺たちの旅路からは、明らかに障害が減っていた。
カラフは剣の他にも弓が上手くて、鳥や小動物を獲ってきてくれるし、それらを捌いたり、料理するのもお手のものだ。
戦争を身をもって経験しているし、命からがら亡命して大陸を彷徨ったこともあるから、王子とは言え、苦労が磨いた逞しさがあった。
その上、豪放磊落で壁を作らないタイプの性格のせいで、あちこちに友達や知り合いがいて、初めての場所でも知らない人間とすぐ仲良くなってしまう。
インジェンとも最近は、『ある意味』で打ち解けてきているというか――頼もしい存在だった。
「おいハリル。貴様、何を考えている。もう時間がないと言うのに、寄り道が多すぎだ! さっきの村でも、勝手に下賤のものに混じって酒を飲んで。この任務が重要なものだという自覚はあるのか!?」
「私はリュウに同行しているだけで、それ以上でも以下でもない。酒は飲んだが、そのおかげでこの山を抜ける近道を教えてもらえたのだから、よいではないか」
「こんな怪しげな道、本当に大丈夫なのかわかったものではない!」
崖の間の狭い道を一列になって進みながら、前で皇子と王子が言い争っている……。
ここ二日、ずーっと俺が見させられている光景だ。
一周回ってこれ、仲がいいって言える……よな?
お互いに身分を隠したまま仲良くなるとか、恋愛ドラマみたいだけど、男同士だからなぁ。
身分も釣り合ってるし、いい友達ができて良かった。ちょっと俺は寂しいけど。
「もしも目的の場所に辿り着かなかったら、責任はお前に取って貰うぞ」
「私は案内人ではない。――おや、待て……あんな所で子供がうずくまっているぞ」
カラフが馬から飛び降り、狭い道を半ば塞いでいる巨大な岩石の陰に腰をおろした。
「また寄り道か」
インジェンが馬上で頭を抱える。
俺も馬を降り、カラフのそばまで寄っていくと、確かにそこにはボロボロの服を着て、痩せ細った十歳前後の男の子が倒れていた。
意識はあるようだが、身体中擦り傷と血だらけで痛々しい。
しかもかなり飢え、渇いているのか、ボンヤリとしている。
「お前、親は。住まいはどこだ」
カラフが話しかけると、小さな蚊の鳴くような声で彼は答えた。
「チン……ファ……」
「分かった、チンファの村か。ずいぶんと遠くまで来たものだな。私の馬に乗せて、送ってやる」
カラフが片腕でその子供を肩に抱き上げたまま馬に乗る。
その様子を見て、流石にインジェンも何も言えなくなった。
再び馬上に戻り、俺は地図を取り出した。
「チンファ村は、この抜け道の出口から南にそれた場所にあるようです」
「子供一人の足で来れる距離ではないな……」
カラフの表情からは、いつもの穏やかな笑みが消えている。
「――何か事情があるのかもしれない。この子はチンファまで送っていく。まずはもう少しひらけた場所に出てから食べさせて休ませ、話を聞こう」
「……だから、なぜお前が勝手に決めるのだ!?」
インジェンが後ろで怒り出したが、思い立ったが行動する直情型のカラフはさっぱり聞いておらず、馬でどんどん先へ行ってしまう。
「トゥーランドット」でもカラフのペースにお姫様がどんどん巻き込まれる感じだったから、この二人に関しては、こうなることが運命なんだろう、としか言いようがない。
俺は馬上に戻り、インジェンを後ろから宥めた。
「ハリル様は子供を放っておけるような方ではないんだ」
とたん、インジェンが激しい剣幕で綺麗な顔を歪ませ、振り向く。
「リュウ。あの男の肩を持つ気か……!」
「違う。でも、あの男の子は、インジェンにとっても大切なトゥーランの民だろ」
「……」
インジェンは急に勢いを失い、ぷいとこちらに背中を向けた。
二人でしばらく無言でハリルの後を追っていると、隣でぽつりと呟きが漏れる。
「……リュウ。お前は、あの男……ハリルをどう思う……」
その言葉を不可解に感じながらも、俺は答えた。
「……男らしくて、正義感に溢れる、まっすぐな方だと思う。昔から、誰からも慕われる立派な若様だったと思うし」
「……。私は……あんなふうには、なれない……」
「……え?」
よく聞き取れずに聞き返したけれど、それきり、インジェンは黙り込んでしまった。
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