今夜は全員徹夜しろ!――異世界奴隷転生した俺の玉の輿戦記

かすがみずほ@理想の結婚コミカライズ中

文字の大きさ
上 下
21 / 49

二人の秘密

しおりを挟む
 元御殿医の治療のお陰で意識を取り戻したインジェンの答えは――やっぱりノーだった。
「――絶対に嫌だ! なぜあんなどこの馬の骨か分からぬ男まで一緒についてくることになるのだ」
 彼が裸で浸かっている木桶風呂のそばで、俺はガクリと肩を落とした。
 ……髪も身体も泥まみれだったインジェンは、意識を取り戻した瞬間からすこぶる不機嫌だったんだ。
 布でふくぐらいじゃダメで、仕方なく村人にいくばくかのお金を渡し、人が入れるくらいの大きな木桶の湯船に湯を沸かして貰ったのだった……。
 一応、誰にも見られないよう、湯を用意したのは医者の先生のほったて小屋の中。
 お姫様の玉の肌を誰かに見られるわけにはいかないので、中は今、世話係の俺と、俺に背中を向けて風呂に入ってるインジェンの二人きりだ。
「いや……あの彼……ハリル様は、七王家の遠縁の、ダッタンの貴族の方でっ」
「なおさら悪い! 私を襲ってきたらどうする!?」
「いや、実は、新しいことが分かったんだよ。都の外ならば、七王家の人間でも、恋に落ちるようなことはないみたいなんだ。ロウ・リン公主の呪いにも限界はある。ハリル様がその証拠――」
「……。どうせ、高貴な血を引いているなどというのはハッタリに決まっている。そもそもあの男、お前とは一体どういう関係だ」
「前のご主人様の息子なんだよ。優しくて、男らしくて、剣も、ものすごく強い。本当に頼りになるんだ」
 必死に説明していると、パシャリと水音をたててインジェンが俺の方を振り向いた。
 何故かは分からないけれど、ものすごい顔で睨まれている。
「あの男と、お前は、どういう関係だ……?」
 ――はい?
 何で、同じ質問を2回もした?
 インジェン、やっぱりまだ熱が下がっていないんだなあ。
「だから、前のご主人様の息子だって。そもそも、インジェンを医者の所に案内してくれたのも、ならず者たちから守ってくれたのも、ハリルなんだってば……」
 ため息混じりに髪にこびりついた泥を洗い落とす。
 手に取った髪の毛はツヤツヤであまりにも綺麗で、シャンプーとリンスが無いことが残念だ。
 今俺の手にあるのは、サイカチっていうマメ科の植物の、サヤから揉み出した天然石鹸。
 地球には優しそうだけどなぁ。
 それにしても、普段からいいものを食べ、更に鍛えてるだけあって、細身の割には筋肉がしっかり付いてる。
 この身体をお姫様抱っこできちゃうんだもんなぁ、カラフは。
 ――インジェンはまたいつどこで倒れるかわからないし、カラフの助けは絶対必要だ。
「……。あの男も、お前が妖魔の国からきたことを知ってるのか」
 インジェンはまだ機嫌が治らない様子でぶっきらぼうに聞いてきた。
「いや、それはインジェンにしか明かしたことがないよ。……だから、秘密にしておいてくれ」
 俺が頼むと、相手は何故か、見たことがないような満面の笑みを浮かべた。
「そうか。……それは私とお前だけの秘密なのだな」
 不機嫌からのその笑顔が、余りにも艶やかで可愛くて美しくて、ボーっと見惚れていたら、肩に垂らしていた髪の毛の先をギュッと引っ張られ、俺は顔ごと湯の中に突っ込んでしまった。
「ガボッ! ボボボ、ぷはあっ! インジェンっ、何すんだ!!」
「ははは。お前の顔も薄汚れていたから、洗ってやったのだ。感謝しろ!」
「もうっ、そんなの頼んでないし! まだ汚れてるんだから、ちゃんと大人しくしろ!」
 何なんだもう。元気になった途端に俺への子供っぽいイジメが再開しちまったじゃねぇか!
 でも、倒れる前の彼に戻ったみたいで凄く安心した。
「……元気になって、良かったな、インジェン。でもな、医者から聞いたと思うけど……」
 白い顔から美しい笑顔が消えていく。
「ああ。分かってる……。昨日までの私の状態は……ロウ・リン公主が初めて現れた時と同じだ」
 びしょびしょに濡れた顔を手でぬぐいながら、俺は頷いた。
 彼女の言うことに従わねば、皇子を殺すと言った、ロウ・リン公主の最初の呪いは――まだ生きている。
 俺は、湯で濡れた両手を握りしめ、湯船のそばに跪いた。
 敢えて、立場をわきまえた言葉で嘆願する。
「お願いでございます。私はあなた様に命を長らえて頂きたいのです。その為ハリル様の助力を得ることを、どうか拒まないでください」
 顔を上げると、湯にのぼせたのか、インジェンがほんのりと頬を赤くしながら、首を捻った。
「……お前がそこまで言うのなら、仕方ない……好きにしろ」
「有難うございます……!」
「――だが、言っておく。今のお前の主人は、あくまでもこの私だからな」
 ハッキリと言われて、ズキリと胸が痛んだ。
 主人、か。
 そうだよな。友達ごっこしてたけど……所詮、俺はインジェンの奴隷なんだよな。
 改めて言われると、キツいな……。
「わきまえております……」
 何故だか涙が出そうになったのを、無理矢理飲み込んで、深く頭を下げた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...