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氷の姫
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様々な手続きを経て、翌日の昼ごろ――ダッタンから持ってきた一張羅の緋色の胡服を着て、王子様風に変身した俺は、広大な紫微の城の内部への潜入に成功した。
俺の左右は、城付きの武官がガッチリ固められ、前を歩くのは、昨日やぐらの上で喋ってた、怖そうな顔のワンズー大臣だ。
門をいくつか潜り、石畳でキチンと舗装された、一万人くらい易々と入りそうな規模のだだっ広い謁見広場をひたすら歩かされる。
ここは皇帝の即位や、大勢の兵士の出兵式なんかに使われている広場らしく、今は無人だ。
広場の最奥には傾斜があり、そこに巨大な石の階段が三つかけられている。
皇帝が使うひときわ立派な真ん中の階段には、中央に龍の装飾が彫り込まれていた。
その階段の向こうに、玉座のある大きな平和殿があり、陽光を照り返して輝く瑠璃瓦の屋根が美しい。
頭の上には夏の青空が広がっていて、遮るものもなく、ずっと歩き続けていると汗だくになった。
儀式用の平和殿は横目に通り過ぎ、その脇の、執務用の小さな宮殿に通される。
奥の部屋に、姫がいるのだろうか。
異国の王族、ということになっている俺に、皆、態度だけは恭しいが、空気は張り詰めている。
全員がシンと押し黙っていて、世間話すらしない。
正直、とんでもないプレッシャーでちびりそうだった。
もっとこう、普通の人もいるところで、ライトな感じで謎を解けると思ってたのに……。
まあ、仕方ないよな。
俺が銅鑼を鳴らした途端、仁天門広場はとんでもない大騒ぎになってたし。
俺はブチ切れたピンポンパンに光速で門の中に引き摺り込まれ、説得と身元調査を受け、待合室で待たされてる間、彼らの愚痴を聞かされ続けた。
「お前のようなバカには付き合いきれんから、もうこんな仕事辞めて、故郷に帰りたい」とか、「お前ら挑戦者が来るたびに、毎回葬式と結婚の準備しなきゃいけないの、わしゃもう勘弁じゃ」とか。
いや、俺に言われてもマジで困るんだけど、結局、うん、うんと素直に聞いてあげることしかできなくて。
最後には結構仲良くなっちまって、ここに引き出される直前には、「もしも謎が解けたら、本当にわしらのこと、よろしくな。どうせ無理じゃろうけど」なんて、励ましてくれたんだよな。
憎めない三人にちょっと和まされた後、今、俺は、この舞台に立っている。
主人公でもない俺が、前世で答えを既に分かってはいるとはいえ、無事に謎を解くことが出来るのか。
不安に苛まれながら歩いていると、何本もの柱の並ぶ薄暗く奥深い謁見室に通された。
白い煙とともに、どこからともなく薫る、香炉にくべられた伽羅の香り。
宦官たちが列になって左右に平伏するその間を歩いてゆくと、奥まった場所に置かれた大小の立派な座が二つあり、龍の描かれた黄色い服を身に纏った皇帝と、美しい女性が並んで座っていた。
皇帝は高齢で、病を負っているという噂通り、ひどく顔色が悪い。
隣の女性は老皇帝に比べると、酷く若く、美しかった。
輝くような紫の絹の旗袍、艶やかな髪を飾る、無数の宝石が燦然と揺れる豪奢な大拉翅。
トゥーランドットだ。
俺は即座に跪き、皇帝と大国の公主に敬意を表した。
入り口近くにいた宦官達が去ってゆき、部屋の中は大臣が数人と皇帝と姫、そして俺だけになる。
「……立つがよい」
初めてトゥーランドットの声を聞き、違和感を覚えて、俺はハッと顔を上げた。
その一瞬で、相手と目と、目が合う。
遠目に見ると立派な大人の女性に見えたけれど、間近で対面すると……十七、八くらいの、まだ少女とも言える年齢だろうか。
人形のように整った、ハッキリとした二重で睫毛の長い切長の瞳。
紅を引いた、花びらのような形の官能的な唇。
傷一つない陶磁器のような白い肌。
少しも乱れることなく整えられた艶やかな黒髪。
背は俺よりも少しだけ高い。
女性にしては、結構高身長だと思う。
俺の前世住んでた現代日本とは違って、「高身長」はこの国における美女の絶対条件だ。
昨日よりも間近で見ると、確かに、出会ったこともないような美人と言える。
でも……。
「こ、公主様におかれましては、ご機嫌麗しく……」
必死で平静を装う俺の目の前で、その顔に1ミリの表情も載せず、トゥーランドットが唇を開く。
「……お前は、王子などではない。……何処の馬の骨とも分からぬものが、身分を偽ってここまで来るとはな…… この者に銅鑼を打ち、私に求婚する資格はないはず」
ハッキリと彼女の声を聞いて、俺は死ぬほどショックを受けた。
――なんで。どうして。
しかも、対面してものの数秒で正体を見破られた。
何故、バレたんだ。
ピンポンパンにすら、俺が奴隷だと言うことはバレなかったのに。
あまりの動揺にヒュッと喉が締まって、息ができない。
「公主殿!? それはまことですか!」
トゥーランドット姫のそばで、皇帝の側近の大臣達が大声を上げる。
「出合え、出合え! このものをひっとらえよ。賊であるぞ! 陛下を侮辱した咎により、即刻死刑に処せ!」
ひどい騒ぎになり、トゥーランドット姫はさっさとその場を外し、建物の奥へ去ってしまった。
打ちのめされた俺、そして、俺を取り押さえようとやってきた無数の兵士達が入ってきて……。
四方八方から槍の穂先が向けられて、何が起こっているのか全く分からずに、呆然と立ち尽くす。
だって……。
ここにいた、俺以外の人間も、聞いたはずだ!
姫の声は、明らかに「男」のそれだった。
俺もこの世界で男の「リュウ」として生まれたけれど。
まさか、トゥーランドット姫も男だったなんて。
じゃあ一体、俺の計画はどうなるんだ。
そもそも今まで、姫に恋をして死んでいった男達は、全員、謎を解くため、今日みたいに姫と言葉を交わしたはずだ。
なのに、なぜ……彼らは、あの男のために嬉々として死んで行ったんだ!?
この世界は、「トゥーランドット」の世界だったんじゃないのか。
一体、何が、どうなっているんだ……⁉︎
俺の左右は、城付きの武官がガッチリ固められ、前を歩くのは、昨日やぐらの上で喋ってた、怖そうな顔のワンズー大臣だ。
門をいくつか潜り、石畳でキチンと舗装された、一万人くらい易々と入りそうな規模のだだっ広い謁見広場をひたすら歩かされる。
ここは皇帝の即位や、大勢の兵士の出兵式なんかに使われている広場らしく、今は無人だ。
広場の最奥には傾斜があり、そこに巨大な石の階段が三つかけられている。
皇帝が使うひときわ立派な真ん中の階段には、中央に龍の装飾が彫り込まれていた。
その階段の向こうに、玉座のある大きな平和殿があり、陽光を照り返して輝く瑠璃瓦の屋根が美しい。
頭の上には夏の青空が広がっていて、遮るものもなく、ずっと歩き続けていると汗だくになった。
儀式用の平和殿は横目に通り過ぎ、その脇の、執務用の小さな宮殿に通される。
奥の部屋に、姫がいるのだろうか。
異国の王族、ということになっている俺に、皆、態度だけは恭しいが、空気は張り詰めている。
全員がシンと押し黙っていて、世間話すらしない。
正直、とんでもないプレッシャーでちびりそうだった。
もっとこう、普通の人もいるところで、ライトな感じで謎を解けると思ってたのに……。
まあ、仕方ないよな。
俺が銅鑼を鳴らした途端、仁天門広場はとんでもない大騒ぎになってたし。
俺はブチ切れたピンポンパンに光速で門の中に引き摺り込まれ、説得と身元調査を受け、待合室で待たされてる間、彼らの愚痴を聞かされ続けた。
「お前のようなバカには付き合いきれんから、もうこんな仕事辞めて、故郷に帰りたい」とか、「お前ら挑戦者が来るたびに、毎回葬式と結婚の準備しなきゃいけないの、わしゃもう勘弁じゃ」とか。
いや、俺に言われてもマジで困るんだけど、結局、うん、うんと素直に聞いてあげることしかできなくて。
最後には結構仲良くなっちまって、ここに引き出される直前には、「もしも謎が解けたら、本当にわしらのこと、よろしくな。どうせ無理じゃろうけど」なんて、励ましてくれたんだよな。
憎めない三人にちょっと和まされた後、今、俺は、この舞台に立っている。
主人公でもない俺が、前世で答えを既に分かってはいるとはいえ、無事に謎を解くことが出来るのか。
不安に苛まれながら歩いていると、何本もの柱の並ぶ薄暗く奥深い謁見室に通された。
白い煙とともに、どこからともなく薫る、香炉にくべられた伽羅の香り。
宦官たちが列になって左右に平伏するその間を歩いてゆくと、奥まった場所に置かれた大小の立派な座が二つあり、龍の描かれた黄色い服を身に纏った皇帝と、美しい女性が並んで座っていた。
皇帝は高齢で、病を負っているという噂通り、ひどく顔色が悪い。
隣の女性は老皇帝に比べると、酷く若く、美しかった。
輝くような紫の絹の旗袍、艶やかな髪を飾る、無数の宝石が燦然と揺れる豪奢な大拉翅。
トゥーランドットだ。
俺は即座に跪き、皇帝と大国の公主に敬意を表した。
入り口近くにいた宦官達が去ってゆき、部屋の中は大臣が数人と皇帝と姫、そして俺だけになる。
「……立つがよい」
初めてトゥーランドットの声を聞き、違和感を覚えて、俺はハッと顔を上げた。
その一瞬で、相手と目と、目が合う。
遠目に見ると立派な大人の女性に見えたけれど、間近で対面すると……十七、八くらいの、まだ少女とも言える年齢だろうか。
人形のように整った、ハッキリとした二重で睫毛の長い切長の瞳。
紅を引いた、花びらのような形の官能的な唇。
傷一つない陶磁器のような白い肌。
少しも乱れることなく整えられた艶やかな黒髪。
背は俺よりも少しだけ高い。
女性にしては、結構高身長だと思う。
俺の前世住んでた現代日本とは違って、「高身長」はこの国における美女の絶対条件だ。
昨日よりも間近で見ると、確かに、出会ったこともないような美人と言える。
でも……。
「こ、公主様におかれましては、ご機嫌麗しく……」
必死で平静を装う俺の目の前で、その顔に1ミリの表情も載せず、トゥーランドットが唇を開く。
「……お前は、王子などではない。……何処の馬の骨とも分からぬものが、身分を偽ってここまで来るとはな…… この者に銅鑼を打ち、私に求婚する資格はないはず」
ハッキリと彼女の声を聞いて、俺は死ぬほどショックを受けた。
――なんで。どうして。
しかも、対面してものの数秒で正体を見破られた。
何故、バレたんだ。
ピンポンパンにすら、俺が奴隷だと言うことはバレなかったのに。
あまりの動揺にヒュッと喉が締まって、息ができない。
「公主殿!? それはまことですか!」
トゥーランドット姫のそばで、皇帝の側近の大臣達が大声を上げる。
「出合え、出合え! このものをひっとらえよ。賊であるぞ! 陛下を侮辱した咎により、即刻死刑に処せ!」
ひどい騒ぎになり、トゥーランドット姫はさっさとその場を外し、建物の奥へ去ってしまった。
打ちのめされた俺、そして、俺を取り押さえようとやってきた無数の兵士達が入ってきて……。
四方八方から槍の穂先が向けられて、何が起こっているのか全く分からずに、呆然と立ち尽くす。
だって……。
ここにいた、俺以外の人間も、聞いたはずだ!
姫の声は、明らかに「男」のそれだった。
俺もこの世界で男の「リュウ」として生まれたけれど。
まさか、トゥーランドット姫も男だったなんて。
じゃあ一体、俺の計画はどうなるんだ。
そもそも今まで、姫に恋をして死んでいった男達は、全員、謎を解くため、今日みたいに姫と言葉を交わしたはずだ。
なのに、なぜ……彼らは、あの男のために嬉々として死んで行ったんだ!?
この世界は、「トゥーランドット」の世界だったんじゃないのか。
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