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第3章
第13話 《縮地》
しおりを挟む膝を突いているタイラントベアを遠くから見ているタケルは《念話》でカバルに話し掛けた。
((おい!あんなに速く動けるなら初めからやれよ))
((阿呆なこと言ってんじゃねぇ!雷光《瞬足》はまだ練習中だったんだよ。魔力は大量に消費するし、脚はボロボロになるし))
((脚?大丈夫なのか?))
大分距離がある為、タケルは今カバルがどういう状態はわからなかった。
((ああ。レッドポーション二つ飲んだから大丈夫だ。まだグリーンポーションもあるしな))
((そうか。俺もレッドポーションを飲んで何とか血は止まったよ))
言い終わったタケルは血だらけのシャツに視線を向けた。タイラントベアの爪で切り裂かれた胸の傷は、見ているだけで痛々しい。
((タケルはそこで大人しくしてろ。俺が雷光《瞬足》を使って倒すからよ))
そう言ったカバルは徐々に脚を雷で纏い始めた。完全に治った訳ではないので、痛みに堪えながら纏っていった。
止めても聞かないだろうとタケルは思ったので、カバルに討伐を任せることにした。
(タイラントベアは虫の息だ。もう一回、雷光《瞬足》を使えば必ず•••あ?)
ふと、カバルは異変を感じて思考を停止した。膝を突いて虫の息であるタイラントベアの体毛が徐々に赤くなっていったのだ。
(何だ?赤く光るんじゃなく、体が赤くなっていきやがる。それに)
タイラントベアの異変は体毛の色だけではなかった。その体からは、なぜか陽炎が立っていたのだ。
(あの野郎、何か仕掛けるつもりだな。だったら、俺が先に切り刻めば良いだけだ!)
「雷光《瞬足》!」
再びカバルは雷光となってタイラントベアに突進した。膝を突いているので、ちょうど良い高さに首があった。
(これで終わりだ!)
動かないタイラントベアの首に短剣が届くかと思ったが、急に体が炎を纏い始めたのだ。
(なん•••)
次の瞬間、タイラントベアは体を纏っていた炎を一気に周囲に放出した。その炎は、軽く数メートルを包み込んでしまったのだ。
「カ、カバル⁉︎」
予想外の反撃を見たタケルの思考は一瞬だけ停止した。そして、至近距離にいたカバルの名前を叫んだ。しかし、彼から返事はなかった。最悪の状況に顔を下に向けると、普段通りの声が《念話》から聞こえてきた。
((し、心配すんなって。俺は一応無事だからよ))
((そうか。•••一応?))
気になったタケルからそう聞かれると、木に寄り掛かりながらカバルは視線を左半身に向けた。彼の左腕と脚は、酷い火傷を負っていたのだ。
((ちっと、避け損ねちまった))
((大丈夫なのかよ!))
((ああ。グリーンポーションがまだ残ってるからな))
両手が塞がってるので、カバルは右手の短剣を木に刺してスペースリングからグリーンポーションを取り出した。歯を使って蓋を開けると、すぐに飲もうと口に近付けた。
(待ってろよ。回復したらすぐに止めを•••⁉︎)
攻撃によって砂煙が舞っている方を見ていたカバルは、殺気を感じてグリーンポーションから手を離した。それから素早く木に刺していた短剣を引き抜いて向かってきた【ファイアボール】を弾いた。
グルルル•••
砂煙が晴れると、こちらを向いているタイラントベアと目が合った。体毛は、元の茶色に戻っていた。
「チッ!•••まだ攻撃してくるのかよ。あっ!」
何かを思い出したカバルは、恐る恐る顔を下へ向けた。視線の先には、容器が割れて中身が地面に染み込んでいるグリーンポーションがあった。
(最後のグリーンポーションを•••落としちまった)
カバルは絶望的な表情で落ちて割れたグリーンポーションを見つめていた。そんな彼に、タイラントベアは睨みながらゆっくりと立ち上がり始めた。
(あんな技、《鑑定》した時にはなかったぞ!それよりも、カバルは大丈夫なのかよ。最後のグリーンポーションは落とし•••⁉︎)
タケルの表情は一気に強張った。立ち上がったタイラントベアが、カバルに近付いていったからだ。向こうもダメージがあるので、ゆっくりではあったが確実に距離は縮んでいた。
((おい、カバル!早くそこから逃げろ。タイラントベアが近付いてるぞ!))
((•••無理だ))
《念話》によるカバルの返答は、とても弱々しい声だった。
((二度の雷光《瞬足》で、脚がもうボロボロだ。•••動けねぇんだよ))
聞こえてくるカバルの声は僅かに震えていた。彼自身も、逃げれるならとっくに逃げていたのだ。
グォォォ!
ある程度近付くと、タイラントベアは右手の爪に炎を纏わせた。どうやら、カバルを【ファイアクロー】で止めを刺すようだ。
(クソッ!)
まだ全身に力が入らないが、タケルは歯を食いしばって一歩踏み出した。その一歩にかなり力を込めた為、折角塞いだ傷が開いてしまった。胸の傷口からは新しい血が流れたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。ついにタイラントベアが攻撃の間合いまで来ると腕を上げたのだ。
(ぐっ•••動けよ、俺の体!カバルには帰る家も•••待ってる家族もいるんだよ‼︎)
もう一度歯を食いしばると、タケルは一歩を踏み出すと同時にスキルを発動した。
「《瞬足》!」
『条件を達成した為、スキル《瞬足》が進化しました。上位スキル《縮地》を獲得しました』
(《瞬足》が•••進化した?なら当然、こっちの方が速い!)
『神言』で上位スキルに進化したことを知ったタケルは、刹那のような時間で深呼吸をした。
「•••《縮地》」
タケルが新たなスキルを発動したと同時に、タイラントベアはカバルに向けて腕を振った。その凄まじい衝撃で、辺りはまた砂煙が舞った。
•••グォ⁉︎
タイラントベアは目を疑った。確かに自分は動けない人間に攻撃を当てたはずだった。それなのに、どこにも肉片が見当たらないのだ。
「間一髪だったな」
声がした方を振り向いたタイラントベアはかなり驚いていた。数メートル離れた先に、今さっき仕留めようとした人間と自分が遠くへ吹き飛ばした人間がいたからだ。
「タ、タケル?」
カバルもタイラントベアと同じくらい驚いた表情だった。ほんの一瞬まで避けられない距離にいたからだ。それが今は、タケルと一緒に離れた所に倒れていた。
「は、早く退いてくれると有り難いんだが」
予想外の速度で移動したので、タケルはカバルを掴むとそのままバランスを崩して一緒に倒れてしまったのだ。無意識に守ろうとしたので、自分が下になっていた。
「あ、ああ。悪い」
グォォォォォン!
対象を仕留め損ねたことに苛立ったタイラントベアは空に向かって吠えた。
「あいつ、相当苛立ってるな。•••ん?」
ゆっくりと起き上がったカバルは、自分の手に何か付いていると思ったので確認した。その手には、タケルの血がべったりと付いていたのだ。視線を彼の胸に向けると、傷口から血が流れていた。
「タケル!」
「うっさいなぁー。大声で言わなくても聞こえてるって」
そう応えたタケルは、ゆっくりと起き上がった。そのまま立ち上がろうとしたが、口に溜まった何かを吐き出した。
「ゴハッ!」
タケルの口から吐き出された血は、地面に落ちて赤黒く染めた。
「おい!大丈夫なのかよ!」
心配になったカバルはタケルの肩を強く掴んだ。助けられた時に短剣を二本とも落としていたのだ。
「ああ、今のところな」
無理に作った笑顔で言ったタケルは口元の血を手の甲で拭った。そして、近くの木で体を支えながら何とか立ち上がった。
「さっきのタイラントベアの技は何だったんだ?」
「一度しか見てなかったから忘れてたぜ。あれは【オーバーヒート】だ」
カバルも木で体を支えながら立ち上がると、タイラントベアの技について説明した。
「自分を中心に周りを炎で包み込む技だ。最初に《鑑定》した時になかったから、俺たちと戦ってる間に獲得したんだろうな」
「なるほど。おっと、そうだ」
納得したタケルは刀を地面に刺すと、スペースリングからグリーンポーションを取り出してカバルに差し出した。
「ほらよ」
「はあ⁉︎今必要なのはお前だろ!」
そう怒鳴りながら言ったカバルの視線はタケルの胸に向けられていた。こうしている間も、傷口からは血が流れている。
「あいつを倒したらしばらく動けなくなるからな。その時は、俺を守ってくれよ」
「倒すって•••タイラントベアを倒せるのか?」
カバルは信じられないといった表情で聞くと、タケルからグリーンポーションを受け取った。
「ああ。恐らく、最初から使っていればここまで苦戦はしなかったと思う」
タケルは話しながらゆっくりとタイラントベアの方へ向くと近付いていった。
「見せるのはカバルで二人目だ。•••《狂化》」
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