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第3章 動き出した暗殺者
第7話 王国の影
しおりを挟むタケルは、カレンの姿が見えなくなってもしばらく顔を動かさなかった。
「ほら、タケル。早くポーションを飲んで」
「え?あ、ああ」
ミラの声を聞いて、やっとタケルはレッドポーションを飲んだ。右頬の傷が癒えると、残った血をハンカチで拭いた。
「ホントにもう~。カレンさんの意地悪!」
目に少し涙を浮かべながらミラは頬を膨らませた。
「いつから、カレンさんが俺を試すのを知ってたんだ?」
「《鑑定》を終えたカレンさんが離れた時よ。《念話》で、タケルを試したいって言ってきたの」
(試す•••か。確かに攻撃は手加減していた。流石はレベル62ってか)
「ぜ~ったい、レンちゃんと二人でランチを奢ってもらうんだから」
タケルが怪我したことを相当怒っているミラはテーブルを思いっきり叩いた。
(そういえば、レンファンは帰ってきたかな)
「レンちゃんなら、明日にならないと帰ってこないよ」
「え?」
まさかミラに考えていることを読まれるとは思ってなかったタケルは、驚いた表情で後退りした。
「どうしてわかったんだ?」
「女の勘よ」
ウインクして答えたミラは人差し指を立てた。
(一瞬、スキルを使ったのかと思った。女の勘は怖いな)
「それで、レンファンはどんな用事なんだ?」
「え?あっ、それは•••」
タケルは気になってミラに聞いたが、なぜか彼女は言いにくいそうな表情で顔を下に向けた。
「両親の命日だ」
受付カウンターの奥からゆっくりと歩きながらレオンはそう言った。
「レオンさん」
レオンが現れると、ミラはすぐに顔を上げた。
「ミラ、遅くまでご苦労さん。タケルは災難だったな」
「ホントにヤバかったです。攻撃は躱したのに、急に剣身が伸びるなんて」
タケルは、カレンの最初の攻撃を思い出しながら話した。
「まっ、今のタケルでは、カレンの攻撃は見切れないだろうな。だが、ヒントは出してやる。カレンは水属性だ」
「どういうことですか?」
ヒントを出されてもわからなかったタケルは首を傾げた。
「仕方ないな。もう少しだけ教えるか。お前とやり方は似てるんだよ」
「え?」
追加のヒントを聞いたタケルは、改めてあの時の一撃を思い出した。
(動きは速かったけど、対応できる攻撃だった。だから、躱せる所まで上体を反らした。なのに、カレンさんの細剣が急に伸びた•••水属性?)
「そうか。細剣が伸びたんじゃなく、切先に水を集めて伸ばしたのか」
「よく気付いたな。まっ、あれだけヒントを出せば、わかる奴にはわかるか。ははは!」
言い終わったレオンは大声で笑った。そして、落ち着いた彼は真剣な表情でタケルに聞いた。
「で、どうだった?副ギルドマスターの力は」
「•••強いです。レベルの差だけではなく、経験の差があまりにも大きい」
「ああ。カレンは元Bランク冒険者で、このジルバにある二大クランの一つ、『剣姫』の元マスターでもあった」
初めて聞く単語があったので、タケルは瞬きをしてレオンを見た。
「あのー、クランって何ですか?」
「え?あっ、そうか。タケルは知らないんだったな。まあ、ランクを上げていけばいつかはわかるさ」
(今は教えてくれないんだ)
タケルが不満の表情をしていたので、レオンは彼の背中を叩いた。
「そんな顔をするな。タケルなら、あっという間にBランクになれるからよ」
(確かに、このまま冒険者を続けていけば自ずと知識は身に付くか。•••それにしても、何でレンファンは両親の命日のことを言わなかったんだ?)
昨夜レンファンが言わなかった理由をタケルが考えていると、急にレオンが頭を撫でてきた。
「誰にでも、人に言えない秘密の一つや二つはあるもんだぞ」
レオンにそう言われたタケルは、冒険者になった日のことを思い出していた。ここジルバは『アバン帝国』に近い為、様々な事情を抱えている人がいる。
「まっ、明日には帰ってくるんだ。そんな寂しそうな顔をするな」
「し、してませんよ!」
自分が今どんな顔なのかわからなかったが、一応タケルはレオンから離れた。
「そういえば、レオンさん。カレンさんはもう帰ったんですか?」
姿を見せたのがレオンだけだったので、ミラはずっと気になっていたことを聞いた。
「ん?ああ、カレンな。あいつは、報告だけして裏口からさっさと帰ったよ」
「裏口があるんですか?」
ギルドに裏口があることをタケルは初めて知った。
「当たり前だろ。でなきゃ、その正面口が冒険者と職員で混むだろうが」
レオンは呆れた表情で言うと頭を掻いた。
(あっ、言われてみればそうだよな)
「さっ、そろそろギルドを閉めるからタケルも帰れ」
「あ、はい。お疲れ様でした」
レオンに頭を下げて言うと、タケルは急いでギルドを出ていった。
「ったく•••そうだ、ミラ」
「はい」
「ちゃんと今の時間までの残業代は付けてやるから、ミラも帰っていいぞ」
レオンは掛け時計を見ながらミラに言った。
「でも、まだ片付けが残ってますから」
「そのくらいは俺がやっておくさ。だから、早く着替えてこい。裏口でカレンが待ってるぞ」
「カレンさんが?」
全く想像もしていなかったので、ミラは不思議そうな表情で首を傾げた。
「ああ。今日はあいつがミラを送るってよ」
「そうなんですね。わかりました。このまま上がらせてもらいます。お疲れ様でした」
「おう、お疲れさん」
ミラが駆け足で去っていくと、レオンは彼女が残した作業を済ませた。その後、正面口を施錠すると一階の灯りを全て消した。
「俺もそろそろ帰ろうかね」
そう言いながら二階に上がったレオンは自室に入っていった。窓際にある机に移動すると、少し悲しい表情で額縁を持ち上げた。
「今年は、どんな花を供えようかな」
レオンが持っている額縁には、ポニーテールをした二十代の女性の絵が入っていた。
軽く夕食を済ませたタケルは、宿の女将から部屋の鍵を受け取った。その際、レンファンはまだ帰っていないことを言われた。ミラとレオンの言う通りのようだ。
「疲れた~」
部屋に入って早々、タケルはベッドに倒れ込んだ。しばらくそのままでいると、無意識にレンファンの部屋に顔を向けた。
(人には言えない秘密•••か)
『魔の巣窟』で出会ってからずっと共に行動していたが、タケルはレンファンのことをよく知らなかった。
(まっ、いつかは話してくれるか)
重い体を起こすと、タケルはシャワーを浴びて汚れを落とした。予想外の戦闘に疲れたので、浴室から出るとすぐに就寝した。
◇◆◇◆◇
夜が更ける王都エデンの酒場は、単身でファイアドラゴンを倒したEランク冒険者の話で持ち切りだった。
「ジルバには凄ぇ新人がいるもんだな」
「ホントにそいつが一人で倒したかは怪しいがな」
「いやいや、事実のようだぜ。ギルドマスターの承認もあるんだとよ。噂では、その新人の属性が•••」
王都エデンの中央にある大神殿には、数人の魔導師が密談をしていた。内容は、酒場と同じでファイアドラゴンを倒したEランク冒険者(タケル)のことである。
「Eランク冒険者が一人でファイアドラゴンを倒すなど前代未聞ですぞ」
「そんな凄い冒険者なら、一刻も早く王都に来てもらわねば」
「確かに。早急に使者を送り、お連れせねばな」
大神殿に集まった魔導師たちは、各々の意見を述べていた。すると、一人の若い男性の下級魔導師が恐る恐る属性について話し出した。
「し、しかし、ファイアドラゴンを倒した冒険者は闇属性という噂ですが」
その一言で、熱を帯びた会話は一気に冷めてしまった。前代未聞の偉業に、みんな興奮していただけであった。
「それは•••流石に問題ですな」
「そういえば、その闇属性の冒険者は黒髪で二十代の男性だったと」
「名前は•••そうだ。名前はタケルだ」
思い出した魔導師がタケルの名前を言うと、誰かが杖を打ち付けた。全員音がした方へ顔を向けると、青ざめたシリウスがそこにいた。
「タケル•••だと」
独断でタケルに【強制転移】を使った時のことを思い出してしまったシリウスの体は震え始めた。
(馬鹿な•••生きているなどあり得ない。何もわからないまま追い出したのだぞ!それも、武器を持たずにだ!)
「シ、シリウス様?」
自分の名前が呼ばれて、ようやくシリウスは我に返った。
「このガルラド王国で、闇属性の者を野放しにはできぬ」
シリウスの言葉に、魔導師たちは頷きながら賛同した。
「•••早急に手を打たねばな」
顎髭を触りながらシリウスは言うと、杖を三回打ち付けた。すると、黒ずくめをした三十代の男性が音もなく柱の影から出てきた。
「な、何者だ、貴様は!」
「騒ぐな。私が呼んだのだ」
謎の人物に一人の魔導師が叫んだが、それをシリウスは制した。
「サージスよ、仕事だ。ジルバにいる冒険者•••タケルを殺せ!」
その場にいた魔導師たちは、驚いた表情を一斉にシリウスへ向けた。
「仰せのままに•••シリウス様」
サージスは静かに応えると、出てきた時と同じように音もなく影へと消えた。
「シリウス様、彼は何者なのですか?」
「知らない方が身の為よ」
聞いてきた魔導師に睨みながらシリウスは答えた。
「今夜のことは他言無用だ」
「「「はっ!」」」
集まった魔導師に口止めをすると、シリウスは去っていった。
静かになった大神殿の最上階まで来た若い男性魔導師は、マグナの部屋に着くとドアをノックした。
「私でございます」
「うむ、入れ」
「失礼します」
中からマグナの声が聞こえると、若い男性魔導師は部屋へと入っていった。その姿をシリウスは、目を細めて陰から見ていたのだった。
◇◆◇◆◇
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