闇属性転移者の冒険録

三日月新

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第2章 謎の声

第5話 勝者の要求

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 クイーンビーの体が完全に消えると、大きな魔核まかくがその場に残った。

『レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが•••』

(うーん。『神言しんごん』って途中で止められないのかな。ずっと聞いてると段々鬱陶うっとうしく思ってくる)

 タケルはやや不機嫌な表情で魔核を拾うとスペースリングにしまった。

カチカチカチカチカチ
ヴヴ

 クイーンビーを失ったことで、キラービーたちは慌てて逃げていった。

(本当に逃げていくんだな。お陰で助か)

 一瞬安堵の表情になったが、予想外の光景にタケルは驚いていた。座っているレンファンの周りには、まだ数体のキラービーがいたのだ。

(何で奴ら逃げないんだよ!)

 距離があるので、タケルは《瞬足しゅんそく》を使おうとした。

「《瞬そ•••」

 発動しようとしたが、体に力が入らなかった。嫌な予感がして、タケルは自分のステータスを確認した。

(クソッ!もう魔力が)

 クイーンビーを倒す為にかなり魔力を使ってしまったので、《瞬足》を発動する余裕はなかった。

(キラービーがあんな所まで)

 キラービーが攻撃範囲まで近付こうとしているのに、なぜかレンファンは動かなかった。

(どうして動かないんだ?このままじゃ)

 歯を食いしばったタケルは、地面にある大量の魔核に視線を向けた。

(ブルーポーションが尽きても魔核があれば)

 タケルは近くの魔核を何個か掴むと、先程のように魔力を吸収した。

(あれほど近付いたら《瞬足》だと逆に危険だ。それなら)

 十分に魔力を回復したタケルは、レンファンの周りのキラービーを睨んだ。

「《威圧いあつ》!」

カチカチカチ!
ヴ!

 残ったキラービーも、タケルのスキルで四方八方へと逃げていった。レンファンの様子が気になるので、急いで彼女の下へと向かった。

「おい!大丈夫か!」
「一応無事よ」

 顔を向けることなくレンファンは応えた。一人で無理をしたので、体中傷だらけだった。

「どうしたんだ?さっきから動かないけど」
「これも勉強だから、私のステータスを確認してみて」

 タケルは言われた通りにレンファンのステータスを確認した。

(《鑑定かんてい》•••)


名前:レンファン(麻痺)
レベル:26


(何だこれは。名前の後ろに?)

「油断したわ。まさか、状態異常の攻撃をする奴がいたなんてね」
「状態異常の攻撃?」

 そんな攻撃初めて聞いたので、タケルは不安な表情でレンファンを見つめた。

「魔物には、通常攻撃しかしないのと、状態異常の攻撃をしてくるのがいるのよ。麻痺の他にも毒や混乱、睡眠などがあるわ」
「ど、どうすればいいんだ?」
「落ち着いて。その為のよ」

 呆れたレンファンは深いため息を吐いた。彼女に言われて、街で買ったことを思い出した。イエローポーションは、状態異常を回復させるポーションの一つだ。

「そうだったな。すっかり忘れてた」
「はぁーこれだから新人は」

 言い終わると、レンファンは緊張した表情でタケルを見た。

「麻痺で体が動かないの。だから、ほしいの」
「•••わかった」

 タケルはスペースリングからイエローポーションを出すとふたを開けた。

「上手くできるかわからないけど、やってみる」
「お願い」

 レンファンはゆっくりと目を閉じてその瞬間を待った。すると、何かが唇に触れた。それはとても•••固かった。

(え?)

 予想外の感触にレンファンは素早く目を開けた。唇に触れているのは、ポーションの容器だった。

「人に飲ませるのは初めてだから、零れたらゴメン」

 目の前には、不安な表情でポーションを飲ませているタケルの顔があった。零れないように、あごの下には手を添えていた。

(わ、私の緊張を返してよぉー‼︎)

「んー!んー!」

 レンファンは何か言おうとしていた。それも、タケルを睨みながらだ。

(あれ?飲ませ方が悪かったかな)

 タケルがゆっくりと唇からポーションの容器を離すと、レンファンは軽く深呼吸をした。

「あとは自分で飲む」

 まだ睨んでいるレンファンは、タケルからポーションを取り上げた。そして、一気に残りを飲み干した。

(何で機嫌が悪いんだろ。やっぱり、一人でキラービーを任せたから?)

 体の麻痺が回復したので、レンファンは立ち上がるとポーションの容器を睨んだ。

「•••もう!」

 レンファンは思いっきり地面にポーションの容器を叩き付けて割った。それを見たタケルは、驚いて一歩下がった。

「どうかしたのか?」
「何でもない。早くタケルも回復しなさいよね。ほらっ!」

 スペースリングからブルーポーションを出したレンファンは、タケルに投げて渡した。

「っと、ありがとう」
「フンッ!」

 礼を言っただけなのに、なぜレンファンが怒っているのかタケルはわからなかった。

(落ち着いたら、さらっと理由を聞いてみるか)

 ブルーポーションを飲み終えたタケルは、先程レンファンが割った容器に視線を向けた。

「なあ、レンファン。ポーションの容器って『魔の巣窟ここ』に捨てても大丈夫なのか?」
「え?ああ、その説明をしてなかったわね」

 レンファンは飲み終えたレッドポーションの容器を落とした。

「ポーションを入れている容器は、ある一定の魔素まそ濃度に置かれると分解されるのよ」
「ある一定の魔素•••『魔の巣窟』か」
「そういうこと。だから、気にせず飲み終わった容器は捨てて良いのよ」

(とてもエコな容器だな。こっちでそう言うかは知らないけど)

 レンファンの説明を聞いたので、タケルも飲み終わった容器を地面に落とした。
 お互いに十分回復したのを確認すると、落ち着いたレンファンが話し掛けてきた。

「さて、それじゃあ魔核を回収するわよ」
「これだけの量だと、相当時間が掛かるな」
「チッチッチッ。それは一般人の考え方よ」

 街でやったのと同じように、レンファンはわざとらしく指を振った。

「冒険者ならではの回収を教えてあげるわ」

 そう言ったレンファンは、左手を前に出すとスペースリングに魔力を込めた。

「やり方は簡単よ。スペースリングに魔力を込めたら、《魔力感知まりょくかんち》を使う。そして、微弱な自分の魔力を感じる」

 言い終わった次の瞬間、大量の魔核のほとんどがレンファンのスペースリングに入っていった。

「魔核には、微弱だけど倒した人の魔力が残るのよ。だから、より大きい魔力に反応して吸い寄せられるって訳」
「凄いな。これなら、回収に時間を取られなくて済む」

 タケルはかなり感動していた。冒険者になるまでは、ずっと手で回収していたからだ。

「ほら、次はタケルの番よ」
「お、おう」

 タケルは、レンファンと同じようにスペースリングに魔力を込めて《魔力感知》を使った。

(確かに、微弱な俺の魔力を感じるな)

 残りの魔核は、タケルのスペースリングへと入っていった。

「魔核を回収したところで、結果発表といきますか」

 楽しそうにレンファンは言っていたが、タケルは何のことかわからない表情をした。

「何よ、その顔は。まさか、勝負を忘れたなんて言わないわよね?」
「勝負?•••あっ」

 すっかり忘れていたタケルは頬を指で掻いた。

「ゴメン、忘れてた」
「別にいいわよ。私が覚えていれば」

 言い終わったレンファンは、スペースリングに触れた。

「これも冒険者の常識。スペースリングに触れれば、収納している物を把握できるわ」
「なるほど」

 タケルもスペースリングに触れると、収納している物の情報が頭に入ってきた。

「収納情報の中からキラービーの魔核を見つければその数がわかる。私は•••八十四個よ」
「えーと、俺は•••七十二個」
「勝ったぁー!」

 レンファンは両手を上げて喜んだ。彼女の攻撃範囲と一人で任せたことを考えれば当然の結果だった。

「じゃあ、私の言うことを聞いてもらうわよ」
「あ、ああ」

 タケルは、これからの生活にどう支障が出るかを考えていた。

「疲れたから街まで運んで」
「わかったよ。毎月店で•••え?」

 予想外の要求だったので、タケルは表情が固まってしまった。

「だから、街まで運んでって」

 槍をスペースリングにしまうと、レンファンは両手を前に出した。

「運ぶって•••?」
「そうよ。他にどう運ぶっていうのよ」
「•••お姫様抱っこ?」

 恥ずかしそうにタケルは言ったが、レンファンの方が恥ずかしかったようだ。彼女は顔を赤くすると下を向いてしまった。

「そ、そんなの絶対に嫌よ!ほら、早く私を背負いなさい」
「わ、わかった」

 本当はおんぶするのもタケルは恥ずかしかった。後ろを向いてしゃがむと、レンファンが両腕を首に回してきた。彼女の太ももを支えると、位置修正の為に少し跳ねた。

「んっ」
「どうした?」

 突然声を出したので、タケルは心配になって聞いた。

「だ、大丈夫よ。ちょっとだけだから」

(擦った?•••あっ)

「ゴメン」

「謝らないでよ。こっちが恥ずかしくなるから。ほら、早く出発して」
「あ、ああ」

 レンファンを背負ったタケルは、街に向けて歩き始めた。背中に当たる柔らかいを考えると、自然と無口になってしまった。

「私寝るから、森を出たら起こしてよね」

 この状況の沈黙が嫌だったレンファンはタケルにそう言った。

「わかったよ」
「絶対だからね。こんな姿、他の冒険者に見られたくないから」
「わかったって」


 歩き始めてからどれくらい経っただろうか。背中からは、レンファンの寝息が聞こえてくる。

(相当疲れてたんだな。街まで魔物と遭遇しなければいいが)

「ん•••」

 背中から声が聞こえたので、タケルは立ち止まった。

(起きたのかな)

「•••タケル」

(俺が夢に出てるのか?)

「•••バーカ」

(•••可愛いくねぇ!)

 少しだけドキドキしてしまった自分を後悔しつつ、タケルは再び歩き出した。
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