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第1章 冒険者への道
第11話 【冥月斬】
しおりを挟む木刀で防いだので致命傷は免れたが、胸の傷口からの出血は止まらなかった。
(くっ•••止まらねぇ)
タケルは傷口に手を当てて止血していた。そうしている間にも、ブラックウルフとの距離は縮まっていた。
(手負いの獲物はじっくり狩ろうってか。良い趣味してるな)
ブラックウルフとの距離は、もう数メートルしか離れていなかった。しばらく睨んでいたが、ため息を吐くとタケルは目を閉じた。
(もう•••疲れたな)
止血の為に当てていた手を地面に置き、タケルは全身の力を抜いた。
(無駄な足掻きは止そう。無駄な足掻きは•••)
すでにタケルの目の前まで来たブラックウルフは、その口をゆっくりと開けた。
一方、水を飲もうと部屋を出たエリザは、タケルの木刀がないことに気付いた。
「あの、馬鹿!外に出たんじゃないでしょうね」
部屋着のまま、エリザは両手剣を持って家を飛び出した。
(《魔力感知》)
エリザはスキルを使って周囲の魔力を探った。すると、近くに二つの反応があった。その内の一つはとても低かった。
(ブルーゾーンでこれほど低い魔力はゴブリンくらいね。しかし、夜に出歩くなんてあり得ない)
低い魔力はタケルだと確信したエリザは急いで向かった。
(無事でいて•••タケル!)
反応があった場所に近付くと、二つの姿が確認できた。一つはブラックウルフで、もう一つは地面に座っているタケルだった。
「タケル!」
両手剣の柄を掴むと、エリザは走り出そうとした。
目を閉じて死を覚悟したタケルの意識は、暗い闇の中にあった。ゆっくりと沈んでいくので、不思議と恐怖は感じなかった。
(短いと言えば、短い異世界生活だったな。でも、割と充実してた)
タケルは、異世界に召喚されてからのことを思い出していた。辛く、苦しい思い出の方が多かったが、エリザと生活していた時間は本当に楽しかった。
『ごめんなさい』
(え?)
久しぶりに聞いたので、初めは誰かわからなかった。しばらくすると、暗い表情をしているメリージュの姿が現れた。
(そういえば、牢に入っていた時に言われたんだったな。会ったばっかりの俺に、そんな言葉を掛けてた)
当時のことを思い出していると、別の声が聞こえてきた。
『恥ずかしいとは思わないで、今は思いっきり泣きなさい』
この声は忘れもしない。初めてまともな食事した時に泣いて、エリザが抱き締めてくれたのだ。
(この時初めて、こっちの世界で暖かみを感じたんだっけ)
二人のことを想うと、沈んでいた体はゆっくりと止まった。
ブラックウルフの牙が届きそうなった時、タケルは木刀を持つ右手に力を込めた。
「ふざけるな‼︎」
突然の大声に、エリザは足を止めてしまった。そして、タケルを噛もうとしていたブラックウルフは大きく後方へ飛んだ。
『条件を達成した為、スキル《威圧》を獲得しました』
(誰の声だ?スキル?いや、そんなことはどうでもいい)
「何•••諦めてんだよ」
体中が痛いのは変わらなかった。それでも、タケルは痛みに耐えながら立ち上がった。
グルルル•••
今まで一度も唸らなかったブラックウルフは唸った。格下だと思っていたタケルに恐怖を感じたからだ。
「行動で示すって•••約束しただろうが」
立っているのがやっとだったが、タケルは不思議とブラックウルフに恐怖を感じなかった。木刀の柄を強く握ると、折れた先から闇が溢れ出た。
(何よ。あの量•••最初からあんなに出せる人なんて見たことないわ)
助けるつもりでいたエリザは、タケルの異変に立ち尽くすだけだった。
今度は柄を両手で握ると、タケルは上段に構え始めた。闇は、さらにその量を増していった。
グォォォ!
タケルを敵と認めたブラックウルフは、再び【ダークネスクロー】で襲ってきた。
(何で闇が出たのかはわからない。ただ、今何をするかはわかる)
タケルは、今までエリザがしてきたように思いっきり木刀を振った。溢れ出た闇は、巨大な斬撃となり、ブラックウルフの体を真っ二つにした。その体は塵となり、最後には魔核しか残らなかった。
(•••勝った)
『レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが•••』
またあの声が聞こえてきたが、タケルの体力は限界で気にする余裕はなかった。いつの間にか闇は消えており、一気に体から力が抜けるとその場に倒れた。
「タケル‼︎」
エリザは急いでタケルの下に向かった。ゆっくりと彼を起き上がらせると、怪我の具合を診た。
「出血は酷いけど、まだ息があるわね」
タケルの状態を確認したエリザは、彼を抱えて家に戻ろうとした。すると、森の奥から複数の鳴き声が聞こえてきた。
シャーーー!
グォォォ!
あれだけ大きな音を出せば、他の魔物が寄ってきても不思議ではない。だがエリザは、動きを止めずに視線だけを魔物たちに向けた。
「•••消えなさい」
エリザがたった一言そう言うと、魔物たちは森の奥へと逃げていった。
重い瞼を開けたタケルは、見慣れた天井に気付くまでそれほど時間は掛からなかった。
「•••どうやって帰ったんだ?」
驚いた表情で言うと、タケルはゆっくりと起き上がった。まだ頭がすっきりしないので、額に手を当てて思い出そうとした。
(自主練しようと外に出たら魔物に襲われて、それから•••)
あることを思い出したタケルは、慌てて胸に手を当てた。
(痛くない•••傷が治っている?)
部屋のドアが開いたので、タケルは顔をそちらに向けた。入ってきたエリザと目が合うと、頭が真っ白になった。
「あの、エリザさん。すみませんで」
言い終わる前に、タケルは頬に痛みを感じた。エリザが平手打ちをしたからだ。
「どうして勝手に家を出たの!外がどれだけ危険か教えたでしょ!」
正しい言葉は見つからなかったが、タケルはとにかく謝りたかった。
「本当に、すみませんで」
今度の衝撃は頬ではなく、胸にやって来た。エリザが勢いよく抱き付いたのだ。
「本当に•••心配したんだからね」
そう言うエリザの体は震えていた。彼女が泣いているのは顔を見なくてもわかった。
「勝手に出て、すみませんでした」
ようやくタケルはエリザに謝ることができた。二度も大切な人を失った彼女にとって、自分はどういう存在なのだろうか。
「けど•••」
ゆっくりと離れたエリザは指で涙を拭いた。そして、真っ直ぐタケルを見つめてきた。
「ちゃんと属性を出せるようになったわね」
「まあ、無意識というか何というか」
上手く説明できないタケルに、エリザは首を横に振った。
「一度出せれば、体が覚えているわ。それより明日•••いえ、もう今日ね」
掛け時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。
「今日は最後の模擬戦よ」
「え?」
理由を聞きたかったが、エリザは足早にドアへと向かっていた。そして、完全に閉める前にタケルの顔を見た。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
ドアを閉めたエリザは自分の部屋に戻っていった。色々なことがあり過ぎて寝れるかどうか不安だったが、タケルは一応目を閉じた。
翌朝、あまり言葉を交わさず朝食を終えると、エリザはタケルに新しい木刀を渡した。そして、二人は外に出るといつもの場所に立った。
「昨日のおさらいよ。あの一撃を私に撃ってきなさい」
「え?」
戸惑うタケルを無視して、エリザは木刀を上段に構えた。いつもは感じられない闘気を放っていたので、体中に緊張が走った。
「ほら、タケルも構えなさい。そして、昨日見せた闇を出しなさい」
「そうは言ってもあれは」
「大丈夫。きっと出せるわ」
タケルの言葉を遮って、エリザはそう言った。闘気は変わらずだが、とても優しい口調だった。
(あの時の状況•••感情は)
死にかけたのであまり思い出したくはなかったが、タケルは当時を振り返った。すると、木刀から闇が溢れてきた。
「•••出た」
無事に木刀から闇が出たのを確認すると、エリザの木刀が徐々に光り始めた。
「一度、帝国の冒険者と戦ったことがあったわ。同じ両手剣を使う闇属性で、私の【光波斬】と互角だった。彼が撃った技は、【冥月斬】と言うそうよ」
「【冥月斬】」
昨日撃った技の名を知ると、タケルも木刀を上段に構えた。
「今のタケルに合わせて技を撃つわ。だから、思いっきりやりなさい!」
エリザの木刀を纏っている光がさらに強くなった。彼女は本気なのだと改めて理解したタケルは、木刀にありったけの闇を込めた。
しばらく向かい合ったまま動かなかったが、その沈黙は突然破られた。一羽の鳥が枝から飛び立つと同時に、二人は木刀を振り下ろした。
「【光波斬】!」
「【冥月斬】!」
光と闇の斬撃は、互いを意識したかのように吸い寄せられ衝突した。二つの斬撃は拮抗しているように思えたが、僅かに【冥月斬】の方が押されていた。
(•••押し負けている)
タケルは歯を食いしばって、飛ばされないように耐えた。しかし、徐々に後方へ押されていった。
(同じ斬撃のはずなのに、こうも差があるのかよ。それに)
エリザの【光波斬】が、少しずつ【冥月斬】を切っていた。
(このままじゃ、切り裂かれて俺に来ちまう)
殺気ではないにしろ、闘気が込められたこの斬撃は止まらないだろう。迫り来る死に、タケルは恐怖で震え出した。
(どうする•••どうすればいい)
死を覚悟した訳ではないが、タケルは目を閉じてしまった。
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