闇属性転移者の冒険録

三日月新

文字の大きさ
上 下
11 / 61
第1章 冒険者への道

第11話 【冥月斬】

しおりを挟む

 木刀で防いだので致命傷は免れたが、胸の傷口からの出血は止まらなかった。

(くっ•••止まらねぇ)

 タケルは傷口に手を当てて止血していた。そうしている間にも、ブラックウルフとの距離は縮まっていた。

(手負いの獲物はじっくり狩ろうってか。良い趣味してるな)

 ブラックウルフとの距離は、もう数メートルしか離れていなかった。しばらく睨んでいたが、ため息を吐くとタケルは目を閉じた。

(もう•••疲れたな)

 止血の為に当てていた手を地面に置き、タケルは全身の力を抜いた。

(無駄な足掻きは止そう。無駄な足掻きは•••)

 すでにタケルの目の前まで来たブラックウルフは、その口をゆっくりと開けた。

 一方、水を飲もうと部屋を出たエリザは、タケルの木刀がないことに気付いた。

「あの、馬鹿!外に出たんじゃないでしょうね」

 部屋着のまま、エリザは両手剣を持って家を飛び出した。

(《魔力感知まりょくかんち》)

 エリザはスキルを使って周囲の魔力を探った。すると、近くに二つの反応があった。その内の一つはとても低かった。

(ブルーゾーンでこれほど低い魔力はゴブリンくらいね。しかし、夜に出歩くなんてあり得ない)

 低い魔力はタケルだと確信したエリザは急いで向かった。

(無事でいて•••タケル!)

 反応があった場所に近付くと、二つの姿が確認できた。一つはブラックウルフで、もう一つは地面に座っているタケルだった。

「タケル!」

 両手剣のつかを掴むと、エリザは走り出そうとした。

 目を閉じて死を覚悟したタケルの意識は、暗い闇の中にあった。ゆっくりと沈んでいくので、不思議と恐怖は感じなかった。

(短いと言えば、短い異世界生活だったな。でも、割と充実してた)

 タケルは、異世界に召喚されてからのことを思い出していた。辛く、苦しい思い出の方が多かったが、エリザと生活していた時間は本当に楽しかった。

『ごめんなさい』

(え?)

 久しぶりに聞いたので、初めは誰かわからなかった。しばらくすると、暗い表情をしているメリージュの姿が現れた。

(そういえば、牢に入っていた時に言われたんだったな。会ったばっかりの俺に、そんな言葉を掛けてた)

 当時のことを思い出していると、別の声が聞こえてきた。

『恥ずかしいとは思わないで、今は思いっきり泣きなさい』

 この声は忘れもしない。初めてまともな食事した時に泣いて、エリザが抱き締めてくれたのだ。

(この時初めて、こっちの世界で暖かみを感じたんだっけ)

 二人のことを想うと、沈んでいた体はゆっくりと止まった。

 ブラックウルフの牙が届きそうなった時、タケルは木刀を持つ右手に力を込めた。

「ふざけるな‼︎」

 突然の大声に、エリザは足を止めてしまった。そして、タケルを噛もうとしていたブラックウルフは大きく後方へ飛んだ。

『条件を達成した為、スキル《威圧いあつ》を獲得しました』

(誰の声だ?スキル?いや、そんなことはどうでもいい)

「何•••諦めてんだよ」

 体中が痛いのは変わらなかった。それでも、タケルは痛みに耐えながら立ち上がった。

グルルル•••

 今まで一度も唸らなかったブラックウルフは唸った。格下だと思っていたタケルに恐怖を感じたからだ。

「行動で示すって•••約束しただろうが」

 立っているのがやっとだったが、タケルは不思議とブラックウルフに恐怖を感じなかった。木刀の柄を強く握ると、折れた先から闇が溢れ出た。

(何よ。あの量•••最初からあんなに出せる人なんて見たことないわ)

 助けるつもりでいたエリザは、タケルの異変に立ち尽くすだけだった。
 今度は柄を両手で握ると、タケルは上段に構え始めた。闇は、さらにその量を増していった。

グォォォ!

 タケルを敵と認めたブラックウルフは、再び【ダークネスクロー】で襲ってきた。

(何で闇が出たのかはわからない。ただ、今何をするかはわかる)

 タケルは、今までエリザがしてきたように思いっきり木刀を振った。溢れ出た闇は、巨大な斬撃となり、ブラックウルフの体を真っ二つにした。その体はちりとなり、最後には魔核まかくしか残らなかった。

(•••勝った)

『レベルが上がりました。レベルが上がりました。レベルが•••』

 またあの声が聞こえてきたが、タケルの体力は限界で気にする余裕はなかった。いつの間にか闇は消えており、一気に体から力が抜けるとその場に倒れた。

「タケル‼︎」

 エリザは急いでタケルの下に向かった。ゆっくりと彼を起き上がらせると、怪我の具合を診た。

「出血は酷いけど、まだ息があるわね」

 タケルの状態を確認したエリザは、彼を抱えて家に戻ろうとした。すると、森の奥から複数の鳴き声が聞こえてきた。

シャーーー!

グォォォ!

 あれだけ大きな音を出せば、他の魔物が寄ってきても不思議ではない。だがエリザは、動きを止めずに視線だけを魔物たちに向けた。

「•••消えなさい」

 エリザがたった一言そう言うと、魔物たちは森の奥へと逃げていった。

 重いまぶたを開けたタケルは、見慣れた天井に気付くまでそれほど時間は掛からなかった。

「•••どうやって帰ったんだ?」

 驚いた表情で言うと、タケルはゆっくりと起き上がった。まだ頭がすっきりしないので、額に手を当てて思い出そうとした。

(自主練しようと外に出たら魔物に襲われて、それから•••)

 あることを思い出したタケルは、慌てて胸に手を当てた。

(痛くない•••傷が治っている?)

 部屋のドアが開いたので、タケルは顔をそちらに向けた。入ってきたエリザと目が合うと、頭が真っ白になった。

「あの、エリザさん。すみませんで」

 言い終わる前に、タケルは頬に痛みを感じた。エリザが平手打ちをしたからだ。

「どうして勝手に家を出たの!外がどれだけ危険か教えたでしょ!」

 正しい言葉は見つからなかったが、タケルはとにかく謝りたかった。

「本当に、すみませんで」

 今度の衝撃は頬ではなく、胸にやって来た。エリザが勢いよく抱き付いたのだ。

「本当に•••心配したんだからね」

 そう言うエリザの体は震えていた。彼女が泣いているのは顔を見なくてもわかった。

「勝手に出て、すみませんでした」

 ようやくタケルはエリザに謝ることができた。二度も大切な人を失った彼女にとって、自分はどういう存在なのだろうか。

「けど•••」

 ゆっくりと離れたエリザは指で涙を拭いた。そして、真っ直ぐタケルを見つめてきた。

「ちゃんと属性を出せるようになったわね」

「まあ、無意識というか何というか」

 上手く説明できないタケルに、エリザは首を横に振った。

「一度出せれば、体が覚えているわ。それより明日•••いえ、もう今日ね」

 掛け時計を見ると、とっくに日付は変わっていた。

「今日は最後の模擬戦よ」

「え?」

 理由を聞きたかったが、エリザは足早にドアへと向かっていた。そして、完全に閉める前にタケルの顔を見た。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 ドアを閉めたエリザは自分の部屋に戻っていった。色々なことがあり過ぎて寝れるかどうか不安だったが、タケルは一応目を閉じた。


 翌朝、あまり言葉を交わさず朝食を終えると、エリザはタケルに新しい木刀を渡した。そして、二人は外に出るといつもの場所に立った。

「昨日のおさらいよ。あの一撃を私に撃ってきなさい」

「え?」

 戸惑うタケルを無視して、エリザは木刀を上段に構えた。いつもは感じられない闘気を放っていたので、体中に緊張が走った。

「ほら、タケルも構えなさい。そして、昨日見せた闇を出しなさい」

「そうは言ってもあれは」

「大丈夫。きっと出せるわ」

 タケルの言葉をさえぎって、エリザはそう言った。闘気は変わらずだが、とても優しい口調だった。

(あの時の状況•••感情は)

 死にかけたのであまり思い出したくはなかったが、タケルは当時を振り返った。すると、木刀から闇が溢れてきた。

「•••出た」

 無事に木刀から闇が出たのを確認すると、エリザの木刀が徐々に光り始めた。

「一度、帝国の冒険者と戦ったことがあったわ。同じ両手剣を使う闇属性で、私の【光波斬こうはざん】と互角だった。彼が撃った技は、【冥月斬めいげつざん】と言うそうよ」

「【冥月斬】」

 昨日撃った技の名を知ると、タケルも木刀を上段に構えた。

「今のタケルに合わせて技を撃つわ。だから、思いっきりやりなさい!」

 エリザの木刀をまとっている光がさらに強くなった。彼女は本気なのだと改めて理解したタケルは、木刀にありったけの闇を込めた。
 しばらく向かい合ったまま動かなかったが、その沈黙は突然破られた。一羽の鳥が枝から飛び立つと同時に、二人は木刀を振り下ろした。

「【光波斬】!」
「【冥月斬】!」

 光と闇の斬撃は、互いを意識したかのように吸い寄せられ衝突した。二つの斬撃は拮抗しているように思えたが、わずかに【冥月斬】の方が押されていた。

(•••押し負けている)

 タケルは歯を食いしばって、飛ばされないように耐えた。しかし、徐々に後方へ押されていった。

(同じ斬撃のはずなのに、こうも差があるのかよ。それに)

 エリザの【光波斬】が、少しずつ【冥月斬】を切っていた。

(このままじゃ、切り裂かれて俺に来ちまう)

 殺気ではないにしろ、闘気が込められたこの斬撃は止まらないだろう。迫り来る死に、タケルは恐怖で震え出した。

(どうする•••どうすればいい)

 死を覚悟した訳ではないが、タケルは目を閉じてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界の剣聖女子

みくもっち
ファンタジー
 (時代劇マニアということを除き)ごく普通の女子高生、羽鳴由佳は登校中、異世界に飛ばされる。  その世界に飛ばされた人間【願望者】は、現実世界での願望どうりの姿や能力を発揮させることができた。  ただし万能というわけではない。 心の奥で『こんなことあるわけない』という想いの力も同時に働くために、無限や無敵、不死身といったスキルは発動できない。  また、力を使いこなすにはその世界の住人に広く【認識】される必要がある。  異世界で他の【願望者】や魔物との戦いに巻き込まれながら由佳は剣をふるう。  時代劇の見よう見まね技と認識の力を駆使して。  バトル多め。ギャグあり、シリアスあり、パロディーもりだくさん。  テンポの早い、非テンプレ異世界ファンタジー! *素敵な表紙イラストは、朱シオさんからです。@akasiosio

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...