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第九章 ひみつのこころ
6 初めてのときめき
しおりを挟むキッチンで昼食の後片付けをしている呉宇軒の元に、猫猫先輩がやってくる。てっきり手伝いに来たのかと思ったが、彼女はニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべて彼の隣まで来ると、声を潜めて尋ねた。
「ね、ね、軒軒と然然って何かあったの? 恋と友情の狭間で揺れ動く乙女心を察知したんだけど?」
出版サークルで写真撮影を担当しているだけあってか、先輩の勘は鋭かった。昼食の時のぎこちないやり取りを見て、二人の間に何かあったとすぐに気付いたらしい。しかし、『恋』とはまた大袈裟だ。
呉宇軒は勘繰る視線から逃れるように顔を逸らし、彼女の真似をして小声で弁解した。
「別に、恋とかそういうんじゃないですって。あいつが格好いいから、ちょっとドキドキしているだけで……」
昔から李浩然は格好良かったが、最近は大人の色気を漂わせたりと昔以上に男前だ。そのせいで落ち着かないだけで、別に恋しているわけではない。
だが、そう言いながらも、呉宇軒ははっきりと否定しきれないでいる自分に気付いていた。近頃はつい彼を目で追って、見惚れてしまうことが増えたのだ。今までそんなことはなかったのに。
呉宇軒の動揺には気付かず、猫猫先輩はニヤニヤしながら肘で脇腹を突いてきた。
「またまたぁ、百戦錬磨の軒軒に限ってそんなことある?」
「ありますよ! 俺、今まで女の子にドキドキしたことないし」
そう言った後で、しまった!と思う。これでは彼女の言葉に同意したも同然だ。
「ウソッ!? じゃあ、然然が初めてってこと!?」
嬉しそうに目を輝かせ、彼女は叫ぶように言った。あまりにも大きなその声に、仲間たちのいる部屋まで聞こえてしまうのではとぎょっとする。
慌てて静かにとジェスチャーしたが時すでに遅く、名前を呼ばれた李浩然がキッチンに顔を覗かせた。
「何の話だ?」
「軒軒の初めての……」
彼女があらぬことを口走ろうとしたので、呉宇軒は「ああぁぁぁぁぁっ!!」と叫んで邪魔をした。今の話を彼に聞かれるのはかなりまずい。
急に叫び出した幼馴染に、李浩然は怪訝な顔をしたものの、何を思ったか余計なことを言い出した。
「ファーストキスの話か?」
「なになに? 詳しく聞かせて!」
降って湧いた新情報に、猫猫先輩が目を輝かせる。彼女の興味が他に移ってホッとしたものの、これはこれでまずい話題だ。
食いついてきた彼女の勢いと圧に、李浩然は僅かに顔を引き攣らせて後退る。それもそのはずで、人見知りな彼は先輩のようにグイグイ来るタイプが苦手なのだ。
「浩然、交代してくれる? 先輩、俺が話すからそいつは解放してやってくださいね」
彼女に話すと夜にはネット記事にされていそうだが、可愛い幼馴染のためなら背に腹はかえられない。二人の間に割り込み、李浩然に片付けを交代してもらうと、呉宇軒は先輩を連れてキッチンを出た。入れ替わりで呂子星とイーサンが入っていったので、片付けもすぐに終わるだろう。
ファーストキスの話を根掘り葉掘り尋ねられてクタクタになった頃、キッチンの後片付けを終えた李浩然が戻ってくる。猫猫先輩はまだ何か聞きたそうにしていたが、これ以上話を続けてはクッキー作りに差し支えるからと、無理矢理打ち切った。
先ほどのメンバーに呂子星を仲間に加え、調理場のある教室へ戻る。調理組が型抜き作業をするための準備をしている間に、王茗たちは撮影準備に入っていた。
冷蔵庫からクッキーの生地を出した呉宇軒は、全員のクッキーが均等な厚さになるように棒で伸ばす。
「クッキングシート敷いて……型はどこだ?」
肝心の型抜きがなくてキョロキョロ探していると、猫奴がタッパーごと渡してきた。お菓子作りサークルが使っている物のようで、様々な型が入っている。お目当ての猫の型は上の方にあり、開ければすぐ使えるようになっていた。
ところが大きなタッパーの蓋は妙に硬く、呉宇軒はなかなか開けず悪戦苦闘する。すると何を思ったか、李浩然は彼の背後に立ち、抱きすくめるようにして手を伸ばしてきた。
「うわっ」
急にべったりとくっつかれ、呉宇軒は驚きのあまり力み過ぎて、勢いよく蓋が飛んだ。危うく中身をぶち撒けるところだったが、李浩然の手がすんでのところでタッパーを押さえ、二、三個溢れるだけで済んだ。
「気を付けて」
耳元で彼が囁く。その声にすらドキドキして、呉宇軒は恥ずかしさと緊張の入り混じった表情で肩越しに振り返った。
「お前が驚かすからだろ!」
尻でドンと彼を押しやり、猫の顔型のクッキー型を三つ取り出す。型を二人に手渡し、自分の分に取り掛かろうとしたが、李浩然は何故か動こうとせず、自分のクッキーではなく幼馴染のクッキーに型を押そうとしていた。
「ほら、遊んでないでさっさと終わらせるぞ!」
恥ずかしさをぐっと堪えると、呉宇軒は背中に張り付いてぐずぐずする李浩然を足で押しやった。そうでもしないと、彼は本当にこのまま一緒に型抜きを始めそうな勢いだったのだ。
「私はもうちょっとだけ見たいんだけど」
残念そうな猫猫先輩の言葉は、その場の全員から聞こえないふりをされた。
彼女は無視されたことに怒るでもなく、作業が始まると手元の撮影のために小型カメラを構える。出版サークルの撮影係はさすがに切り替えが早い。
三人が黙々と型抜きをする間に、彼らの背後ではオーブンの余熱が始まっていた。お菓子サークルが使っている教室なだけあって、大きなオーブンが二つ並んでいる。
「余熱はしっかりしないと生焼けになるからな。熱し過ぎて焦がしてもダメだけど」
呉宇軒がカメラに向かって解説をしていると、李浩然を挟んだ向こうからイーサンが口を出してくる。
「それくらいなら僕にも分かるぞ。余熱が足りなくて失敗したから」
イーサンのクッキー失敗話を聞きながらも型抜きは進み、あっという間に一枚目の生地が片付く。トレーの上にはたくさんの猫の顔が並び、なんとも可愛らしい。三種類のクッキーのうち、呉宇軒の分だけはイーサンのクッキーと色が似ているので、区別がつくように顔入りになっている。
「よし! 次の生地に移ろうか」
二枚目の生地も冷蔵庫から出し、同じように型抜きする。ただ、先ほどと違って呉宇軒はオーブンを何度か覗き、焦げていないか確認しながらの作業になったので、途中から李浩然が型抜きを交代してくれた。
第一陣のクッキーは綺麗に焼き上がり、入れ替わりで二つ目のトレーを入れる。気を付けなければならないのは温度が上がり切った二回目以降なので、呉宇軒はますますオーブンに張り付いて確認を怠らないようにしていた。
彼が焼き加減を見ている間に、他の仲間たちが使い終わった調理器具を片付けて綺麗にしていく。全てのクッキーが焼き終わる頃には、調理場は来た時よりも綺麗に片付いていた。
「袋詰めまでお願いね!」
透明なラッピング袋を取り出し、猫猫先輩が笑顔で言う。猫の肉球柄の可愛らしい袋だ。
全ての仕事を終えたと気が抜けていたイーサンは、彼女の言葉に驚きの表情を浮かべた。
「ラッピングまで僕たちがやるのか!?」
ぐったりした彼を尻目に、すでに李浩然は袋に冷めたクッキーを黙々と詰め始めている。彼と同じように袋詰めを始めていた呉宇軒は、呆れ顔でイーサンを促した。
「当たり前だろ? 俺たちが作ったってアピールしてるんだから。ほら、手を動かせよ」
今回のバザーでは、調理担当の三人の写真も一緒に飾られるのだ。
イーサンは少しだけ休憩すると、二人から少し遅れてラッピング袋に手を伸ばした。
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