175 / 362
第八章 芽生え
22 やましい気持ち
しおりを挟む幼馴染と二人きりになるのが気まずくて、呉宇軒は寝る時間ギリギリまでリビングで粘っていたが、彼の心は一向に落ち着かず、就寝時間が刻一刻と迫ってきていた。ところが、時計を見て焦りを募らせる彼の横で、李浩然はいつものように平然と座って参考書を読んでいる。先ほどキッチンで起きた出来事は何だったのか、呉宇軒だけが気が気じゃなくソワソワしていた。
彼はどうにかして今夜の同衾を阻止したくて、ファッション誌を読んでいた李若汐に目をつけた。彼女が読んでいる雑誌の表紙には先輩モデルのLunaが写っていて、見られているようで何とも居心地が悪い。
「若汐、今日は久しぶりに三人で寝ないか?」
小さい頃はよく、子どもたち全員で一つのベッドを占拠して一緒に寝ていたのだ。藁にも縋る思いでそう提案したが、李若汐は眉間に深いシワを寄せ、心底嫌そうな顔をする。
「バッカじゃないの? いくつになったと思ってんのよ! 大人しく然兄と二人で寝てよね」
彼女に断られ、呉宇軒はさすがに駄目かとがっくりと肩を落とす。それから李浩然の方をちらりと窺い見て、彼がまだいつもと違う髪型だったことを思い出し、声をかけた。
「浩然、寝る前にシャワー浴びてこいよ」
そう言ったあとで、彼は自分の発言が少々不適切だったことに気付いた。夕飯前に李若汐との会話で、「抱かれてもいい!」と宣言してしまっていたのだ。あの時、後から入って来た李浩然が聞いていたかは分からないが、もし聞かれていたとしたら今の発言は誤解を生みかねない。
「へ、変な意味じゃなくて! ほら、今日は外を歩き回っただろ?」
慌てて取り繕うと、向かいに座っている李若汐が、ニヤニヤしながら「軒兄やらしい!」とからかってくる。彼はたちまち真っ赤になって、「誤解だって!」と幼馴染へ必死に訴えた。
従姉妹の野次を無視した李浩然は、柔らかな笑みを浮かべて彼を見た。
「どちらが先に入る?」
そう尋ねられ、呉宇軒はどうして自分も入る前提になっているのかと驚いた。しかし、考えてみると二人で一緒に外出したのだから、そう聞かれるのも当然だ。
「……俺が先に入る!」
湯上がりの色っぽい姿を見たら、また動悸が止まらなくなるかもしれない。だったら先に入って、さっさと寝てしまおう。
呉宇軒は完璧な作戦だと心の中で頷き、ソファからぴょんと飛び降りると、着替えを持ってシャワーを浴びに行った。
勝手知ったる李家の風呂場でシャワーを浴びた呉宇軒は、少しだけ頭がスッキリして気分も落ち着き、意気揚々と脱衣所に出た。すると、着替えを持ってきた李浩然が椅子に座って勉強しているではないか。
「然然、こんな場所でまで勉強しなくてもいいだろ?」
彼は絵に描いたような優等生だが、シャワー前の僅かな時間にまで勉強するなんて真面目にも程がある。
呉宇軒は彼の背中に飛びつき、肩越しに参考書を覗き込んだ。使い込まれたその参考書には、カラフルなペンで色々と書き込みがされている。少し丸みを帯びた綺麗な字を見た呉宇軒は、それが幼馴染の兄のものだとすぐに気が付いた。
「阿軒、先に髪を乾かしなさい」
鏡越しに呉宇軒を見ると、李浩然は心配そうにそう言って、彼の濡れた髪にそっと触れた。しばらく切っていないので、タオルから溢れ出た髪は肩よりも下まで伸びている。
「はいはい、次はお前な」
そう言って身を離すと、彼はドライヤーをしに向かった。参考書を閉じると、李浩然は幼馴染と入れ替わりでガラス扉の向こうへ消えていった。
呉宇軒はシャワー中の幼馴染に悪戯しようかと企んでいたが、彼より先に寝ようとしていたことを思い出し、慌てて寝る支度を整えた。
どうにか李浩然が出てくる前に準備を終えた呉宇軒は、ガラス扉越しに先に部屋へ行っていると呼びかけ、急いで二階の部屋へ向かった。しかし、ベッドの中に飛び込んで寝ようと思っても、なかなか眠気がやってこない。
彼は何度も寝返りを打って熟睡できる体制を探していたが、目が冴えてしまって寝付けず、そのうち階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
部屋の扉がそっと開き、足を忍ばせた李浩然が入ってくる気配がする。呉宇軒はスヤスヤと寝息を立てて寝たふりをしていたが、彼が慎重にベッドの中へ入ってきた瞬間、我慢できずにバッと布団を捲って飛び出した。
「わっ!」
真っ暗な部屋の中でも、先に部屋で待っていた呉宇軒には彼の顔がぼんやりと見えている。李浩然が何の反応もしないので、彼はおや?と首を傾げて尋ねた。
「……びっくりした?」
「うん。眠れないのか?」
彼の返事があまりにもいつもと変わらなかったので、本当に驚いていたかは疑問が残る。李浩然は彼が起きていると分かって気遣うのをやめ、普段通りベッドの中に入ってくる。
「なんか寝付けなくて……お前が一緒じゃなかったせいかな?」
最近、寝る時はいつも二人一緒だったため、一人で冷えたベッドに寝ていると違和感が凄かった。ただ、彼の言葉は冗談半分で、本当にそうだと思っていたわけではない。だというのに、李浩然が彼の体を抱き寄せてすっぽりと腕の中に収めた途端、あれだけ姿もなかった眠気が押し寄せてくるではないか。
どうして今になって急に眠くなってきたんだ?と驚いていると、ふと李浩然の低い声が耳元で響く。
「阿軒、若汐と部屋で何の話を?」
唐突に例の事件の話を振られ、うとうとしていた呉宇軒は一気に目が覚め、ぎくりとして身を固める。逃げられないこのタイミングでそれを聞くなんて、絶対に狙ってやっているに違いない。
「な、何の話?」
彼はどうにかして言わずに済む方法が無いか考えたが、すっとぼける以外に思い付かず、無理矢理押し通そうとした。しかし、李浩然は抱きしめる腕に力を込めると、枕元にあった照明の灯りをそっと点けた。
橙色の仄かな灯りが二人の顔を照らし出す。眠気を邪魔するほどではない控えめな光だが、相手の顔を見るには十分だ。
真剣な顔をしたまま、李浩然は真っ直ぐに幼馴染を見つめて口を開いた。
「抱かれてもいいとは?」
やはりあの時の会話を聞かれていたのだ。突き刺さるような視線を浴びて、呉宇軒はしどろもどろになる。
「え……と……それは……」
口を開くも歯切れ悪く、言葉が出てこない。なんと返すべきか考えるも、すでに誤魔化しようが無いところまで来ている気がする。
呉宇軒は彼が言い合いの全てを聞いていた可能性が高いと踏んで、観念すると洗いざらい白状した。
「若汐があまりにもしつこく食い下がってくるから、勢いで言っちゃったんだよ。お前になら抱かれてもいいって……べ、別に本気じゃないからな!」
「違うのか?」
訝しむように尋ねられ、呉宇軒は心の中に降って湧いたいけない気持ちを押し隠すように、幼馴染からさっと目を逸らした。そして慌てて否定の言葉を口にしたが、焦るあまり余計に怪しくなってしまう。
「あ、当たり前だろ! だって……お前が俺を抱くわけないし!」
すると李浩然は不思議そうな顔をして彼を見つめた。
「今抱いているが?」
思わぬ言葉に、呉宇軒は驚いて彼を見た。本気で言っているのか冗談なのか、その表情からは窺い知れないが、彼は急に面白くなって思わず笑みを漏らす。確かにこの体制は「抱いている」と言ってもいい。
「確かにそうだな。ごめんな、変なこと言っちゃって。お前に対して、やましい気持ちは一切ないから!」
その言葉には僅かに嘘が混じっていた。李浩然は素晴らしく魅力的な色男で、彼に迫られたら何もかも許してしまう予感があった。しかし、それを素直に伝えてしまったら、こうして一緒に寝ることは二度とできないだろう。
彼に顔を見られたくなくて、呉宇軒は手を伸ばしてベッドサイドの電気を消した。たちまち辺りが闇に包まれ、何もかもが見えなくなる。
もう寝ようと促すと、李浩然はより一層彼を抱きしめ、しばらくしてからおやすみと囁く。その妙な間が気になったものの、呉宇軒は眠気に負けて早々に眠りに落ちてしまった。
16
あなたにおすすめの小説
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
書き殴り状態なので少しずつ修正するつもりですです…。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる