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第八章 芽生え
14 教えて先生
しおりを挟む「こういうのって、本来恋人同士でやるものだろ? しっかり予習したいって気持ちはよく分かるけど、やっぱりちゃんと付き合った相手とするべきだと思う!」
どうにも気まずくて、呉宇軒はしどろもどろになりながらもつい早口になる。それから自分の発言を振り返り、これでは彼を突き放しているかのようだとハッとして、慌てて付け加えた。
「もちろん、お前がやり方分かんなくて練習したいって言うなら、俺は好きなだけ付き合うけど?」
今まで浮いた話など一切しなかった李浩然は、彼自身の話を聞く限り、長年片想いを拗らせてきた超が付くほど奥手な恋愛初心者だ。呉宇軒は未だにその衝撃的な事実を信じ切れずにいたが、そんな幼馴染をこのまま放置するのはさすがに心苦しかった。
それに何より、彼は自分から李浩然に恋愛指南を持ちかけたのだ。助けると言いながら、途中で放り投げるなんて無責任にも程がある。
「……うん、付き合ってくれると嬉しい」
妙な間が気になったものの、呉宇軒は彼の返事にほっとすると、この話はこれで終わりと言って打ち切ろうとした。ところが李浩然は片手に買い物袋をまとめ持ち、もう片方の手を玄関の扉に着けて幼馴染を挟み込んだ。
いつの間に端の方へ追い込まれていたのだろう。気付いた時には背中にごつごつした玄関扉の装飾を感じ、呉宇軒は顔を引き攣らせる。
李浩然のしていることはいわゆる『壁ドン』というもので、女子からすると堪らなく嬉しいシチュエーションだ。ただ、呉宇軒は何故男の自分がそんな目に遭っているか分からず、困惑して幼馴染を見た。
「何してんだ? 入らないのか?」
妙に既視感のある光景に、ふと前に壁際に追い込まれた時のことを思い出す。その時も呉宇軒は今と同じように壁と幼馴染の間に挟まれ、身動きが取れなくなったのだ。その後に李浩然がしたことと言えば、思い返すのも語るのも恥ずかしい。また何か仕掛けてくるのではと思い、呉宇軒は途端に警戒の色を強める。
身構えている彼を見ても気にする素振りもなく、李浩然は静かに口を開いた。
「……さっきは急でよく分からなかったから、もう一回してくれないか?」
口調自体は控えめで遠慮がちだったが、その言葉も体勢も呉宇軒を絶対に逃すまいと言わんばかりだ。囚われの身になっている彼は驚きのあまり声が出ず、大きく息を吸ってからようやく言葉を口にした。
「……わ、からなかった?」
「うん……駄目だった?」
悲しそうな表情で李浩然が首を傾げると、さらりと前髪が流れてなんとも言えない色気を醸し出す。自分の魅力を最大限に使ったおねだりに、呉宇軒の胸は不覚にもきゅんとときめいてしまい、危うく頷きそうになった。
「そ、そんなに俺とキスしたいのかよ!」
冗談めかしてからかったのに、李浩然は空気を変えまいとするように真剣な眼差しを返す。そしてほんの少しだけ前のめりになり、鼓膜を溶かすような甘ったるい声で囁いた。
「君が教えてくれると言ったから」
その囁きはまるで甘い蜜のようで、呉宇軒はすっかり魅了され、今にも口づけてしまいたい衝動に駆られる。彼は幼馴染が『付き合った相手とするべき』という言葉を都合よく無かったことにしたと気付いたが、自分の中に芽生えたよからぬ感情に振り回されて指摘するどころではなくなっていた。
「小然、ダメだって……」
射抜くような眼差しから目を逸らし、呉宇軒はため息のような声を漏らす。あまりにも動揺しすぎて、彼は自分の口調がどこか熱っぽく甘えたようになっていることにも気付かず、幼馴染の胸をそっと押した。
細やかな抵抗をしたものの、彼の手は緊張のせいか震えてしまい、全く力が入らない。そのせいで押し退けるつもりがただ触れているだけになり、呉宇軒は手のひらに感じる逞しい胸板にたちまち頬を赤く染めた。
吐息が肌を撫でる感触がくすぐったくて、背筋がゾクゾクする。膠着状態に耐えられなくなった呉宇軒は、ドキドキと高鳴る胸からどうにか気を逸らし、思い切って顔を上げた。それから勢いをつけて一歩を踏み出すと、間近に迫っていた幼馴染の頬に押し付けるような口づけを落とす。
「これで許して?」
恥ずかしさはとっくに限界を超えていて、これ以上のことはできそうにない。心底困った顔で許しを乞うと、李浩然は僅かに目を見開いた後、穏やかに微笑みながら彼の頬に手を伸ばし、愛しむようにそっと撫でた。
それで許されたとほっとしたのも束の間で、緩く弧を描いた唇が言葉を紡ごうとしたその瞬間、不意にガチャリとドアノブを回す音が聞こえてくる。呉宇軒が振り返る間もなく、背後で開くはずのない扉が開いた。
「痛っ!」
ゴンっと重い音がして、無遠慮に開いた扉が後頭部を強打する。そのせいで呉宇軒は勢いよくつんのめり、幼馴染の胸に飛び込むようにしてぶつかってしまった。
「阿軒、大丈夫か?」
予想外のことにも関わらず、李浩然が驚いたのは一瞬で、彼はすぐさま悲劇に見舞われた幼馴染の後頭部をさする。呉宇軒はあまりの衝撃にクラクラと眩暈がして、めそめそしながら幼馴染に擦り寄った。
「痛いよぉ……俺の頭、ちゃんと付いてる?」
「大丈夫、ちゃんと付いてる」
冗談だというのに、李浩然は撫でる手はそのままに、真面目な顔をして幼馴染の頭を確認する。その様子が可笑しくて呉宇軒が思わず笑いそうになっていると、開いた扉の奥から呆れた声が聞こえてきた。
「ちょっと、なんでそんなとこに居るわけ?」
不機嫌顔をした李若汐が、扉の隙間から顔を覗かせる。車が無かったのでてっきり全員が出払っていると思っていたのに、彼女は留守番をしていたらしい。
「若汐! 開けるなら、扉の前に人が居ないか確認してからにしろよな!」
被害者の呉宇軒は、優しい幼馴染に目一杯甘えながら文句を言う。すると彼女は目を吊り上げ、ここぞとばかりに従兄弟から甘やかされている彼を睨みつけた。
「何よ! 二人がいつまで経っても入ってこないから、こうして様子を見に来てあげたんじゃないっ」
李若汐の言葉に、呉宇軒は心の中でほっとする。もし後少しでも彼女が早くやって来ていたら、かなり気まずい事態になるところだった。
勘のいい彼女に動揺を悟られないように平静を装うと、呉宇軒はやれやれとため息を吐き、持っていた白い箱を見せつけた。その中には彼が偶然見つけたケーキ屋で買ったお土産が入っている。
「そんなにカリカリするなよな。せっかくお土産にケーキ買って来てやったのに、お前にはあげないぞ?」
箱に書かれた店の名前にさっと目を走らせると、李若汐はコロっと態度を変えて笑顔になった。
「ごめんごめん、次から気を付けるから!」
そう言うと呉宇軒の手から素早く箱を奪い取り、鼻歌混じりに家の中へ戻っていく。全く現金なものだ。
手のひらを返した彼女が扉の向こうに消えていくのを見送ると、二人は顔を見合わせてどちらともなく呆れた笑みを浮かべた。
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