真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第八章 芽生え

12 好きなものを好きなだけ

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 年配のご婦人を家まで送り届けた二人は、ぜひお礼をという家族の申し出を丁重に断って元来た道を戻り始めた。大型スーパーの看板はまだ遠いが、穏やかな日差しに体はぽかぽかとして心地良く、散歩をするにはちょうどいい。
 肩を並べて歩きながら、呉宇軒ウーユーシュェンは先ほど有耶無耶になった件を思い出して、李浩然リーハオランをこっそりと盗み見た。彼がまたキスをねだってくるのではと警戒していたが、不思議なことにそれっきり何か言う気配はない。

「さっきのおばあちゃん、危なっかしかったよな。俺たちが近くにいて良かったよ」

 自分たちが居なければ転んで骨でも折っていそうだった。その言葉に李浩然リーハオランは小さく頷き、彼の手にそっと指を絡めて口を開いた。

「何事もなくて良かった」

 それっきり会話が途切れ、二人の間に静寂が降りる。呉宇軒ウーユーシュェンは緩く繋いだ手になんとなく意識を集中させながら、何を話そうか考え込んだ。
 迂闊な発言をするとまた口づけをねだられるのではと思い、話をしようにも慎重にならざるを得ない。そんな風に警戒していると何も言えなくなって、結局話題に困ってしまう。
 考え込んでいる呉宇軒ウーユーシュェンをよそに、李浩然リーハオランは普段と変わらない平然とした態度でのんびりと散歩を楽しんでいた。彼は民家の庭先にある赤々と染まった紅葉を眺めていて、その見目麗しい横顔に鮮やかな赤がよく映える。端正な横顔に見惚れていた呉宇軒ウーユーシュェンは、彼がこちらを向いたので大慌てで口を開いた。

「そ、そういえば、もうすぐ学園祭だな!」

 自然と話を切り出すはずが、緊張のあまりぎこちない言い方になる。急に目が合ってしまったので心臓がバクバクして、今にも弾け飛んでしまいそうだ。
 心の中で「やっちまった!」と頭を抱えつつ、呉宇軒ウーユーシュェンはこうなったら変に止めてしまうより強行した方がいいと思い、しれっとした態度で言葉を続けた。

「空き時間は一緒に見て回ってくれる?」

 彼は美男美女コンテストの参加者なので行事の間は出ずっぱりになるが、空いた時間は自由に過ごせる。大学の学園祭は規模が大きくて見どころたっぷりなため、せっかくなので二人であちこち見て回りたかった。
 李浩然リーハオランは引き攣った笑みを浮かべる幼馴染を見て小さく笑みを漏らし、彼が変に緊張していることには触れずに、優しげに目を細めた。

「うん、一緒に見て回ろう。行きたい所はある?」

 彼が話に乗ってくれたので、呉宇軒ウーユーシュェンは嬉しくなって目を輝かせる。そして、前もって調べていたイベントについてワクワクしながら話し始めた。

「出店を回って食べ歩きするのは絶対やりたい! 師匠の店からも出店するみたいなんだ。それから演劇サークルの劇とか、Lunaルナ姉が服を売るって言うから冷やかしに行こう!」

 学園祭といったら、なんといっても出店巡りは欠かせない。それに先輩モデルのLunaや同学年の高進ガオジンが通っている服飾科は、毎年学園祭で学生の作った服を売っているという。服飾科の生徒の大半は、学園祭後半に行われる仮装大会にも参加しているので大忙しだ。
 呉宇軒ウーユーシュェンが学園祭の予定を楽しそうに話している間、李浩然リーハオランは微笑ましげに見つめ、相槌を打ちながら口を挟むこともなく聞き役に徹してくれていた。



 道中大きな事件もなく、この辺りで一番大きなスーパーへ到着した。先ほどまで幼馴染にドキドキして落ち着かないでいた呉宇軒ウーユーシュェンは、膨大な数の食品に目を奪われ、気恥ずかしい気持ちも忘れてすっかり夢中になる。

「いつ見ても圧巻だな! お買い得品はあるかな?」

 大型連休が始まるので、店内では家族向けにお菓子の詰め合わせなどが大々的に売り出されていて、人々が殺到していた。そんな彼らを尻目に大きなカートを押しながら、呉宇軒ウーユーシュェンはキョロキョロと周りを見渡す。
 前に来た時とは一部のラインナップが変わっているので、珍しいものがあるのではと思ったのだ。ご機嫌で進む彼の少し後ろを歩きながら、李浩然リーハオランは幼馴染がどこかにカートをぶつけたりしないか注意深く見守っていた。
 前回はあまり時間がなくてゆっくり見て回れなかったが、今日は余裕を持ってのんびりと回れる。そのせいでつい余計な買い物をしてしまいそうになり、呉宇軒ウーユーシュェンは振り返って幼馴染にお願いした。

「俺が無駄遣いしそうになったら、お前がしっかり止めてくれよな」

 彼の言うことなら大人しく従うので、ストッパー役には適任なはずだった。それなのに、李浩然リーハオランはきょとんとした顔で呉宇軒ウーユーシュェンを見つめ返す。

「気にすることはない。好きなものを好きなだけ買うといい」

 なんと刃物専門店に引き続き、彼はここでも値段の際限もなく好きなだけ買っていいと言うのだ。もしも彼に甘えて言う通りにしたら、たちまちカゴはいっぱいになり恐ろしいことになってしまう。

「ダメだよ! 買いすぎないようにってお願いしてるだろ? はぁ……これじゃあ、じいちゃんのこと笑ってられないな」

 ハルビンで祖父母とスーパーに行った時のことを思い出し、呉宇軒ウーユーシュェンは自嘲気味に笑った。
 あの時、祖父は可愛い孫が来たことに浮かれてあれもこれもと余計な物をカゴに放り込み、祖母にしこたま叱られていたのだ。今の呉宇軒ウーユーシュェンはあの時の祖父と同じように浮かれていて、余計な買い物をしかねない危うい状態だった。
 ところが、李浩然リーハオランは幼馴染を徹底的に甘やかすと決めたらしい。呉宇軒ウーユーシュェンが手に取って悩んでいると、横から手を出して両方カゴに入れようとしてくる。
 全て買っていては大変なことになるのに、幼馴染が値段も気にせずぽんぽんカゴに入れようとしてくるので、彼はかえって冷静になって自制することができた。そのお陰か、カゴの中身は思った以上に少なく済んでいる。

「なんでも買ってちゃダメだぞ? 使いきれなくて腐らせたら勿体ないだろ?」

 少し前まで浮かれてあちこち目移りしていたのに、彼は偉そうに胸を張って、暴走する李浩然リーハオランに説教をした。その様子はいつもとは逆で、なんだか可笑しくなってくる。
 反省した顔でお説教を聞いていた彼も同じように思ったらしい。二人は顔を見合わせて笑い、先へ進むことにした。



 人で賑わうメイン通りから外れて、輸入食品の一角に差し掛かる。呉宇軒ウーユーシュェンは何気なく棚を眺めていたが、ふと見たことのある料理の写真が載ったパッケージが目に入り、おや?と足を止めた。そのパッケージには日本語で味噌モツ煮込みと書かれていて、彼は目をキラキラさせて幼馴染にそれを手渡した。

然然ランラン、見て! これってハルビンで食べたモツ煮にそっくりじゃない?」

 ハルビンで食べた甘辛く煮込まれたモツの味は絶品だったので、この商品の味も同じなのか気になって仕方がない。そんな彼の心情を察してか、李浩然リーハオランは笑って提案した。

「買って今晩食べてみる?」

 願ってもない申し出に、呉宇軒ウーユーシュェンは大喜びで頷く。口の中はすっかりモツ煮込みの気分だ。

「いいね! 味を確かめてみよう」

 他にもいくつか面白そうなタレなどをカゴに入れ、従姉妹や祖父母たちと一緒に食べ比べをしてみようと話し合う。そうなると夕飯の献立と重ならないか心配になるが、李浩然リーハオランはこうなることを予想していたようで、前もって叔母に夕飯の準備はしなくていいと伝えてくれていた。

「今日のことって前もって計画してたんだろ? お前って本当にすごいやつだな!」

 至れり尽くせりな上に先を見越して準備しているなんて、李浩然リーハオランの優秀さは止まることを知らない。惚れ惚れして幼馴染を見ていると、彼は悪戯に目を輝かせて口を開いた。

「惚れ直した?」

「もう骨抜きだよ!」

 幼馴染の冗談に呉宇軒ウーユーシュェンは笑って返し、拳を作って彼の胸を軽く叩く。そうしてひとしきり笑い合った後、二人は食品でいっぱいのカートを押してレジへ向かった。
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