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第六章 千灯夜に願いを乗せて
26 水も滴るいい男
しおりを挟む前々から、呉宇軒は幼馴染の前髪は野暮ったく、今ひとつ垢抜けないと思っていた。ところが、無造作に髪を上げた今の彼の印象は全く違って見える。
普段の彼が切り出されたばかりの宝石の原石だとしたら、今は腕のいい職人が丁寧に磨き上げた玉のようだ。このままだと一緒に来ている女子だけでなく、他の女性客の心までがっちり掴みかねない。
「浩然、ちょっといい?」
人見知りの彼が知らない人たちに囲まれて可哀想な目に遭わないように、そして動揺する気持ちを一刻も早く鎮めるために、呉宇軒は彼の髪を手でぐしゃぐしゃに掻き乱してやった。李浩然は幼馴染のすることならなんでも受け入れるので、彼が急に髪の毛を乱しても文句ひとつ言わず、終わるまでじっとしている。
これでよし、と思ったのも束の間で、出来栄えを確認した呉宇軒はぎょっとした。
濡れた髪はボリュームが無くなってぺたんとするので、いつもよりも髪が長くなったように見える。それが頬にかかると影ができ、なんとも儚げでミステリアスな雰囲気を醸し出しているのだ。
「どっちも甲乙付け難……じゃなかった、駄目だ駄目だ! こんな姿で出て行ったら女子たちが全員骨抜きになっちゃうよ!」
前髪を上げると男らしさと色気が増し、下げると今度は謎めいた美男子になってしまう。どう頑張っても注目の的になるのは避けられない。
完全にお手上げ状態になった呉宇軒は、頭を抱えて「どうしてお前はそんなに格好いいんだ!」と文句を言った。
「阿軒、俺は君の方が格好いいと思う」
濡れて艶が増した髪が切れ長の瞳にかかり、濃い影を落とす。その姿はどこか艶めかしく、呉宇軒は思わずごくりと生唾を飲む。
度々雑誌の撮影で顔に霧吹きをかけられ、どうしてこんな事をするのかと不満に思っていたが、李浩然を見てようやくその意味が分かった。美男子はしっとりと濡れるとより格好よさが増すのだ。
「そんなことない! こうなったらもう、タオルで拭くしかねぇな……」
そこはかとなく漂う色気に直視ができず、彼は幼馴染から目を逸らしたまま乾けば元に戻るだろうかと考えを巡らせる。体はすっかり温まり、むしろ熱いくらいだ。ちょっとくらい脱衣所に行っても構わないだろう。
呉宇軒が湯船から出ようとしていると、体が温まって湯船から出た呂子星が騒ぎを聞きつけてやって来る。
「何騒いでんだ? そろそろ露天風呂に行くぞ」
「待って、浩然をこのまま行かせられないから! こんな美男子が現れたら、女子たちがメロメロになっちゃうよ」
「なに興奮してんだよ。とっとと冷水でも浴びてこい!」
呂子星はうんざりして冷たく言い放ったが、彼の言うことを否定はしなかった。つまり、今の状態の李浩然はやっぱり格好いいのだ。
どうしたものかと悩んでいる呉宇軒の元に、伸び伸び泳いでいた王茗が音もなくスーッと近づいてくる。彼は李浩然を見て目をキラキラさせると、甘えた声で言った。
「軒兄ちゃん、俺も然兄ちゃんみたいに格好よくなれる?」
「なれるぞ。ちょうど髪が濡れてるから、こうやって前髪上げてみな」
目の前で実践していると、二人の話を聞いていた他の仲間たちがわらわらと集まってきた。
「どう? 格好よくなった?」
髪が濡れているお陰で、前髪を上げた王茗は普段の癖毛が爆発した頭からは程遠く、かなりきちっとして見える。それに額が出たことでぐっと大人びて見え、いつもののほほんとした雰囲気が半減した。
「いいですね、格好よくなりましたよ」
謝桑陽が褒めると、彼はへへへ、と嬉しそうに笑う。そんな風に笑うとさすがに幼くなり、いつもの王茗らしくなる。
「前髪って結構重要なんだよ。俺も本気で落としたい子がいる時と、撮影の時は前髪上げてるんだ」
呉宇軒が説明していると、イーサンが馬鹿にしたように鼻で笑う。
「お前のダサい前髪はそういう理由だったんだな」
「ダサいって言うなよ! いつものも、それはそれで需要があるんだぞ? 女子はギャップに弱いからな。なかなか落ちない相手には前髪上げていくだけで、普段の髪型でも充分落とせるし!」
そう言うと、呉宇軒は髪が乾き始めていつもの髪型に戻りつつある幼馴染に向き直った。
「浩然、お前も手強い相手には前髪を上げて挑んでみろよ。ちゃんと本命相手にやるんだぞ?」
最近ずっと振り回されてばかりだったが、久々にちゃんとした恋愛指南をした気がする。彼の言葉を真剣に聞いて、李浩然は力強く頷いた。
「分かった」
そう言うなり、彼は濡れた手でさっと前髪を掻き上げ、たちまち水も滴るいい男に逆戻りする。呉宇軒は目のやり場に困り、顔を逸らして怒った。
「今じゃない! ここぞという時にやるんだってば!」
「分かってる」
「全っっ然分かってないだろ! こんな所でやってどうすんだよ……」
女子の目があるならまだしも、男子しか居ないのに意味がない。李浩然は幼馴染の反応を面白がっているのか、一向にやめる気配がなかったので、呉宇軒は木を隠すなら森の中だと閃いた。
「おいお前ら、全員で前髪上げて女子を驚かしてやろうぜ!」
そう提案すると、真っ先にイーサンが賛同した。彼はブロンドの髪を掻き上げ、自信満々に笑みを浮かべる。
「しょうがないから、お前の戯言に付き合ってやろう。まあ、一番似合うのはこの僕だろうがな」
さすが現役のモデルなだけあって、前髪を全て上げても格好よさは少しも衰えず、よく似合っている。
彼に続き、面白がった仲間たちが一人、また一人と前髪を上げ始めた。ノリの悪い呂子星もちょっとしたイメチェンならばと反対はせず、あっという間にオールバック軍団の完成だ。
普段前髪を下ろしているメンバーは特に変化が大きく、可愛い寄りの謝桑陽や王茗はいつもよりも勇ましく見える。早速女子たちに披露しようと、彼らは意気揚々と露天風呂へ向かった。
外へ向かう扉を開けると、冷たい夜の空気が肌を撫でる。明かりの少ない古北水鎮は夜景も美しく、空には満点の星空が広がっていた。
淡い照明の光が照らす道を進んで行くと、大きな露天風呂が見えてくる。女子たちはすでにお湯に浸かっていて、何やら男二人に絡まれている様子だ。
「へぇ、君たち清香大なんだ。頭いいんだね」
軽薄に話しかけている男の声を聞いて、呉宇軒はん?と首を傾げる。どうにもその声には聞き覚えがあるような気がしたのだ。二人はこちらに背を向けているが、よく見ると薄茶色の髪をした男の後ろ姿はなんとなく見覚えがある。
彼は足を忍ばせて後ろまで来ると、助けが来たとほっとした女子たちに静かに、とジェスチャーする。そしてまだ後ろに人が居ると気付いていない男の目を両手でパッと塞いだ。
「だーれだっ?」
急に視界を塞がれ、茶髪の男がビクッとする。彼は体を強張らせて息を呑んだが、しばらくすると恐る恐る口を開いた。
「……宇軒?」
「正解! 宇静兄、こんな所で何やってるんだ?」
手を離して横から顔を覗き込むと、整った顔立ちの青年と目が合う。タレ目でいかにも遊んでいそうな顔をした彼は、呉宇軒の事務所の先輩だ。こんな所で会うと思わなかったのか、突然現れた弟分に驚いた顔をしている。
「お前こそ、ここで何やってるんだよ」
「友だちと遊びに来てて。あ、その子たち俺の連れね」
見知らぬ青年が友人の知り合いと分かり、女子たちはほんの少し警戒の解けた顔で愛想笑いしながら手を振った。
彼女たちは伝統衣装風のデザインの水着を着て、髪をアップにしたお揃いの髪型だ。その姿は水浴びをしにきた見目麗しい仙女のようで、こんな美人が三人も揃っていたら思わず声をかけたくなるのも頷ける。
「お前の連れかよ……通りで全くなびかねぇ訳だ。今日は撮影があってな」
一緒に居ると毎回呉宇軒に女子の視線を独り占めされている宇静は、そういうことかと納得の表情を浮かべ、連れの青年に「こいつ俺の後輩」と紹介する。彼の連れは黒髪短髪の好青年で、まだモデルを初めて日が浅いのか初めて会う相手だった。
先輩が二人に増えて緊張している彼に挨拶していると、宇静が思い出したように話し始めた。
「そういや、夕方広場で凄いショーやってたぞ。『華侠仙神伝』の二人が戦ってて、マジ格好良かったんだけど、お前見た?」
それはまさしく幼馴染二人が息を合わせて行った剣劇ショーだ。
まさかあの場に彼らも居たとは、と呉宇軒はパッと顔を輝かせる。観客が大勢居たので気付かなかった。彼は宇静の隣に腰を下ろすと、意味ありげな笑みを浮かべて頷いた。
「玄薄が剣を空中キャッチしてたやつだろ? 特等席で見てたよ」
話に乗ると、彼は目の前に居るのがその『木春』だということに全く気付いていない様子で、そのショーがいかに素晴らしかったかを熱く語り始める。身振り手振りを交えて興奮気味に話す先輩に、呉宇軒は笑いを堪えるのに必死だ。
「そうそう、まさに達人の動きだったよ。そういや、あの木春、なんかお前に……」
言っている途中でようやく気付いたらしく、彼はハッとして呉宇軒を見た。
「……あれお前か!?」
「ご名答! それより、あの超格好いい玄薄の正体知りたくないか?」
やっと気付いてくれたと身を乗り出し、呉宇軒は彼に尋ねた。もちろん、大技を見事に決めた最高に格好いい幼馴染を紹介するためだ。
「浩然、浩然、ちょっとこっち来て!」
幼馴染が知らない人と話しているため、人見知りな李浩然は少し離れて温泉に浸かっていた。呉宇軒が女子やアンチに絡んでいると邪魔をしに来るのに、普通の知り合いが相手だと急に人見知りが発動するのだ。何度も名前を呼ぶと、彼は渋々腰を上げてやって来た。
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