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第四章 波乱の軍事訓練後半戦
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しおりを挟むタクシーに乗って運動場へ行くと、そこはたくさんの生徒たちでごった返していた。
それもそのはず、今日から軍事訓練の後半組が合流して来たので、集まった生徒の数は初日の倍近い。広い運動場が迷彩服の学生で溢れる様は圧巻としか言いようがなかった。
「あいつらどこに居るかな? 見える?」
ルームメイトを探してキョロキョロしながら李浩然に尋ねると、彼は集団の中に目を凝らし、ふとあることに気付いた。
「多分左だ」
「なんで分かった?」
「一緒に訓練していた生徒が左に寄っている」
彼の言葉に集まっている生徒の顔をよく見ると、確かに見知った顔はほとんどが左に居る。知り合い同士で固まった結果、前半組と後半組は左右に分かれてしまったようだ。呉宇軒が前半組の居る左の方へ歩いて行くと、ルームメイトたちはすぐに見つかった。
相変わらず立ったまま寝ようとしている王茗に、怒り心頭の呂子星が説教をしている。呉宇軒は彼の後ろにこっそりと忍び寄り、指先を呂子星の頭の上からひょっこり覗かせた。王茗側から見たら、ちょうど二本の角が生えているように見えるはずだ。
怒れるルームメイトの説教を寝ぼけ眼で聞いていた王茗は、突如頭上に現れたその指に気付いて不思議そうな顔をすると、あれは何だ?と目を擦る。笑いを堪えて悪戯していた呉宇軒は、異変に気付いた呂子星が振り返る前にサッと手を引っ込めた。
「お前、今なんかやってただろ!」
「なんかってなんだよ。俺は何もしてないけど?」
お説教の怒りがそのまま自分に向けられ、呉宇軒は涼しい顔でしれっと言い返した。証拠がないのでそれ以上追求できず、呂子星はぐぬぬと悔しそうな顔をする。そんな彼の横からすっかり目覚めた王茗がひょっこり顔を出し、嬉しそうな笑顔で朝の挨拶をしてきた。相変わらず面白いほど寝癖が爆発している。
「軒軒、然兄ちゃんおはよ! 工学部の肝試し、あれから凄いことになってるって知ってた?」
「凄いこと?」
帰ってすぐ寝てしまった呉宇軒は、昨日のことなどさっぱり忘れていた。そういえばちょっとした騒ぎになっていたな、とネットを見ると、書き込みの数がとんでもない量になっている。
「俺が寝ている間に一体何があったんだ?」
掲示板にざっと目を通してみると、どうやら最後に見た『這う女』以外にも幽霊が出たという噂が増えていた。その中には工学部が作った幽霊の仕掛けも含まれていて、もはや何が正しくて何が間違っているのか分からなくなっている。
「今日の肝試しは人が殺到し過ぎて抽選だって言ってたぞ。それから、お前たち二人の記録はまだ破られてない」
呂子星の言葉に最速クリアしたことを思い出した呉宇軒は、携帯からぱっと顔を上げた。
「マジで? それどこで見れんの?」
「大学SNSの工学部のページにリンク貼ってある」
言われてすぐに工学部のページを開くと、確かに肝試しの宣伝リンクがあった。参加の時に学生IDを提示していたので、上位十名の名前が表示されている。呉宇軒と李浩然の幼馴染コンビは他をぶっちぎって一位になっていた。猫奴とイーサンのでこぼこコンビも三位と大健闘だ。
「イーサン・チャンとあの猫狂い一緒だったのか」
ランキングを覗き見た呂子星が意外そうに声を出す。会った当初、二人の仲は険悪だったので無理もない。
「イーサン猫好きらしいから猫同盟組んだんだろ。あと利害が一致したから」
二人は呉宇軒のアンチとライバルなので、協力しても何らおかしくはない。呂子星の方もその事実に気付いたようで納得していたが、急に顔色を変えてどこか怯えたような表情を浮かべる。
「ん? 急にどうした?」
「どうしたじゃないわよ。整列の時間よ!」
よく知った声が背後から聞こえてきて、呉宇軒は反射的にぴんと背筋を伸ばす。後ろを確認する勇気が出ず、動悸が止まらない。
「……Luna姉?」
恐る恐る振り返ると、学生たちと同じ迷彩服に身を包んだ女王様が仁王立ちしているのが目に入った。スラリとした手足に美しい顔立ちも相まって、同じ迷彩服のはずなのにそこだけファッションショーの会場のようになっている。どうりで呂子星が顔色を変えるわけだ。
「な、なんでLuna姉がここに?」
「先輩に頼まれたのよ」
軍事訓練では教官の他に在学生が一緒に指導することもあるとは聞いていたが、今まで居なかったので無いものと思っていた。新学期が始まったので、今日から在学生も参加してくるらしい。前の方には教官と並んで明らかに生徒らしき人たちが混じっている。
Lunaはツンと澄ました表情のまま呉宇軒の額を指で思い切り弾くと、声だけで並びなさいと凄んだ。女王様に絶対服従の呉宇軒はそれだけで口を閉ざし、黙って列に並んだ。周囲の生徒たちもトップモデルの存在に気付いてザワザワしたものの、彼女の凛とした眼差しに慌てて姿勢を正して列になった。
歩き去る彼女の姿は教官たちにも引けを取らず、堂々として威厳がある。そんなLunaのしゃんとした背中を見送った呉宇軒は天を仰いで嘆きたい気持ちでいっぱいになった。よりによってLunaが参加するとはついてない。
強面の教官から参加する二年生の紹介があり、Lunaの番が来ると生徒どころか若い教官たちまでどよめいた。
荷物の少ない前半組はそのままランニングに出発し、後半組の女子たちは初日のように手荷物を預けに並んでいる。てっきりLunaもその列に並ぶのだと思っていたが、普段からストイックな彼女は着替えの入った鞄を持ったままランニングに参加してきた。
「謝桑陽! 桑陽はどこだっ!?」
Lunaは絶対に自分のことを見張りに来ると危機感を抱いた呉宇軒は、大慌てで謝桑陽を探す。彼の前ではLunaは恋する乙女も同然になるので、これ以上ない防波堤だ。
名前を呼びながら探していると、少し前に高進と走る謝桑陽が見えた。彼は名前を呼ばれているのに気付き、並走している高進に声をかけてから速度を落とした。
「軒兄、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇ! 軍事訓練中はずっと一緒に居てくれ!」
逃がさないよう手首をがっしりと掴んで頼み込むと、謝桑陽はあまりの剣幕に物怖じしながらも頷いてくれた。
「あっ、Luna先輩が一緒なんてびっくりだよね」
「びっくりなんてもんじゃねぇよ。お先真っ暗!」
そう言うと、後ろからぐいっと襟首を引っ張られて首が締まる。李浩然なら絶対にしない乱暴な力加減に、呉宇軒はたちまち肝が冷えた。
「何がお先真っ暗よ! 失礼ねっ」
「Luna先輩、おはようございます!」
謝桑陽が挨拶すると、怒ったLunaの顔はあっという間に乙女の表情に変わる。ちょうど人の影になっていて、敬愛する綿花先生が居ることに気付いていなかったらしい。先ほどまでの堂々とした立ち振る舞いはどこへ行ったのか、襟首からぱっと手を離すと恥ずかしそうに頬を染め、急に女の子らしくなった。
呉宇軒は彼女を謝桑陽になすりつけ、近くを走っていた李浩然の元へ逃げ込んだ。
「然然、俺を匿って!」
小声でそう言うと、Lunaの視界から隠れるように隣に立つ。彼は呉宇軒よりも少しだけ背が高いので、並んで走るといい感じに隠れられるのだ。
「大丈夫か?」
「桑陽のお陰でなんとかな。訓練中はあいつから目を離さないようにしないと」
なんとか難を逃れたものの、全速力で走った時みたいに心臓がバクバクしている。いつ彼女から襲撃されてもいいように、常に謝桑陽の居場所を確認しておく必要があった。
噂の二人の方を窺うと、こっちの気も知らず並んで仲良く走っている。彼女の目にはもう綿花先生しか映っていないのだろう。呉宇軒が消えたことに全く気付いていない。
ほっと胸を撫で下ろし、呉宇軒は幼馴染にぴったりと寄り添った。
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