真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第三章 夢いっぱいの入学式

18 じゃじゃ馬

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 部屋には二人が余裕で眠れるほど広いベッドがあった。枕も二つ並んでいて、呉宇軒ウーユーシュェンは寝心地の良さそうなふかふかのベッドに居ても立っても居られず飛び込んだ。

「めっちゃいいベッド! うちの寮にも欲しいな」

 思った通り寝心地が良くて熟睡できそうだ。ゴロゴロしながら堪能している呉宇軒ウーユーシュェンを見て、李浩然リーハオランは穏やかに微笑むと、着替えの入った鞄を部屋の隅に置いてから声をかけた。

阿軒アーシュェン若汐ルオシーに会いに行かないか?」

「行く!」

 手を引いて起こしてもらい、呉宇軒ウーユーシュェンはワクワクしながら部屋を出る。十年近く会っていないので、どう成長しているか楽しみだった。
 コンコンと何度かノックをするも返事はなく、二人はどうする?と顔を見合わせた。勉強中なら、イヤホンをしていて気付いていない可能性がある。
 李浩然リーハオランが携帯を鳴らそうとしたので、呉宇軒ウーユーシュェンは片手で幼馴染を止めると、音を立てないようそっと扉を開けた。
 扉の隙間から、可愛らしい薄ピンクのベッドに猫のぬいぐるみが置いてあるのが見える。彼女は部屋の奥の机に座り、教科書を開いて勉強中だった。肩までの短い髪はほんのりと茶色く、ふんわりとパーマがかかっている。案の定その耳にはイヤホンが付いていて、英語の音声が外に漏れ聞こえていた。
 そろりと足を忍ばせて真後ろに立つと、呉宇軒ウーユーシュェンはイヤホンを素早く外し、彼女の両目を手で塞いだ。

「だーれだっ?」

 李若汐リールオシーはひゃっと驚きの声を上げて立ち上がり、肘鉄を喰らわせようとしてきた。なんとなくやられそうな予感がしていたので、呉宇軒ウーユーシュェンは後ろに引いて難なくその攻撃をかわす。彼女は相変わらずお転婆だ。

シュェン兄!」

 少しタレ目気味の目元がアンおばさんによく似て可愛らしい。李若汐リールオシーは後ろに居たのが呉宇軒ウーユーシュェンだと分かるなり目を細め、ニヤリと笑った。

「だと思った! こんな馬鹿なことするのシュェン兄だけだもん」

「失礼なやつだな! 高考ガオカオで満点取ったこの俺が馬鹿だって?」

「自慢しないでよ!」

 ドヤ顔でそう言うと、可愛らしい拳が呉宇軒ウーユーシュェンの胸をドンと叩く。見た目に反して結構な威力があり、叩かれた場所がジンジンする。身長がぐっと伸びて大人らしくなったものの、中身は昔のじゃじゃ馬若汐ルオシーのままだ。
 呉宇軒ウーユーシュェンは感動の再会に両手を広げてハグを求めたが、彼女は腕を組んでふんとそっぽを向いた。

「私もう大人なんですけど?」

 そう言うと、気取った仕草で髪を払う。呉宇軒ウーユーシュェンは思春期の女の子らしく生意気になった李若汐リールオシーに飛びかかると、腕の中に捕まえて全力で脇腹をくすぐった。

「生意気な奴め! こうしてやる!」

「ちょっとやだ! やだって……あははははっ」

 昔からくすぐったがりの李若汐リールオシーは、堪らずじたばたと暴れ回る。くすぐり攻撃は彼女が涙目で降参と言うまで続いた。

「もう! シュェン兄全然変わってないじゃん。あーあ、今のでせっかく覚えた英単語三つくらい吹き飛んじゃった」

「三つくらいなら俺が頭にねじ込んでやるよ」

「ねじ込むってなによ! そこは叩き込むでしょうが」

 そう言いながらも、李若汐リールオシーは嬉しそうにニコニコ笑う。そして急に改まった態度になり、伺うように口を開いた。

「私、シュェン兄にお願いがあって……」

「お? いいよ。俺にできることならなんでも言いな」

Lunaルナのサインが欲しいの!」

 女王Lunaの名前が出た途端、呉宇軒ウーユーシュェンは笑顔のまま固まった。確かに李若汐リールオシーくらいの年頃の女子たちからは、Lunaは大人気だ。
 恐ろしい女王様の顔を思い浮かべながらたっぷり間を開けて、呉宇軒ウーユーシュェンは可愛こぶって首を傾げて言った。

「……俺のサインじゃダメ?」

シュェン兄のは要らない。Lunaと仲が良いんでしょ? なんでもって言ったじゃん!」

 一緒の撮影やSNSでのやり取りから仲が良いと勘違いする者が後を絶たないが、実際は女王様と僕だ。とはいえ本当のことを言ったとLunaに知られると血祭りに上げられかねないので、呉宇軒ウーユーシュェンは顔を引き攣らせて言葉を濁すしかなかった。

「仲が良いわけじゃねぇよ。うちの学校行けば会えるぞ? 呼んでやるから貰ってこいよ」

 大学の敷地内に住んでいるのだから会うチャンスはいくらでもある。ところが李若汐リールオシーは恥ずかしそうにもじもじすると、いいから貰ってきて!とせびった。直接会うのは緊張するので嫌らしい。
 旧友の頼みを断れず呉宇軒ウーユーシュェンは渋々頷いたが、腹いせに彼女のノートに大きく落書きした。ページ一枚を丸々使って綺麗な字で『軒軒シュェンシュェン大好き!』と書くと、李若汐リールオシーは慌ててノートを取り上げる。

「ああっ! ちょっとやめてよ恥ずかしい! ラン兄も見てないで止めてよぉ」

「残念でしたー。浩然ハオランは俺の味方ですぅー」

 成り行きを見守っていた李浩然リーハオランに腕を絡めてそう言うと、彼女は本当に全然変わってない、と文句を言いつつも楽しそうに笑った。
 一丁前に小生意気な態度を取る李若汐リールオシーに、呉宇軒ウーユーシュェンはわざとらしくため息を吐いた。シュェン兄、シュェン兄と呼びながら後をついてまわっていた姿が懐かしい。

「昔は浩然ハオランと二人で俺の取り合いしてたってのに、すっかり可愛げが無くなっちまったな」

 小学生の頃、彼女と李浩然リーハオランはよく呉宇軒ウーユーシュェンを取り合って喧嘩をしていた。みんなで仲良く遊べばいいものを、何故かいつもどちらが呉宇軒ウーユーシュェンと一緒に遊ぶかで揉めてしまうのだ。
 昔のことを持ち出され、彼女は照れくさそうに顔をしかめた。

「確かに取り合ってたけど……シュェン兄っていっつもラン兄選んでたじゃん」

 ニヤニヤとからかわれ、やり返された呉宇軒ウーユーシュェンは決まり悪く苦笑いを浮かべる。
 生まれた頃からずっと一緒に居る幼馴染の絆は強く、呉宇軒ウーユーシュェンは毎回李浩然リーハオランの方へ行ってしまい、選ばれなかった彼女はよく泣いていた。そして、女の子を泣かせるのはさすがに不味いと慌てた二人が彼女の元へ行き、仲直りをするのが常だった。

「今も変わらず仲良しみたいね」

「俺たちの絆は永久不滅だからな!」

 同意を求めて顔を向けると、李浩然リーハオランは優しく目を細めた。相変わらず仲のいい二人を見て、李若汐リールオシーは呆れたような顔でやれやれとため息を吐く。

「はいはい、勉強の邪魔だから出てってね。二人が居ると気が散っちゃう」

 ぐいぐいと背中を押して部屋から追い出そうとしてきたので、呉宇軒ウーユーシュェンは慌てて彼女を止めた。

「せっかくだし写真撮ろうぜ。お前も両手に花で嬉しいだろ?」

 李浩然リーハオランの兄が不在のため全員集合とはならなかったが、懐かしの三人組が揃ったのだ。これからしばらく忙しくなることを考えると、今が記念撮影のいい機会だ。

「いいけど、変顔だけは絶っ対やめてよね!」

 李若汐リールオシーは疑うような眼差しで呉宇軒ウーユーシュェンを見ると、ぐさりと釘を刺した。子どもの頃、一緒に写真を撮る時によくやっていたのを未だに覚えていたようだ。
 呉宇軒ウーユーシュェンは心外だと大袈裟に嘆いたが、彼女は一切信じなかった。

「だってシュェン兄全然変わってないんだもん。最近もやったでしょ?」

「やってた」

 呉宇軒ウーユーシュェンが否定するよりも早く、李浩然リーハオランが答える。幼馴染の突然の裏切りに呉宇軒ウーユーシュェンはムスッとしたが、カメラを向けられるとつい癖でキメ顔を作ってしまう。
 李若汐リールオシーは相変わらず無表情な李浩然リーハオランと三人で撮った写真を満足げに見ると、にっこりと笑って二人を部屋から追い出した。

「あっ、Lunaのサイン忘れないでよ! それじゃあおやすみ」

 それだけ言うと、返事を待たずにバタンっと扉が閉まる。廊下に放り出された呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染と顔を見合わせ、彼女の暴虐無人ぶりに笑った。

「元気そうで良かったよ。反抗期って聞いてたけど、大したことないな」

 自分の反抗期の頃を思うと、彼女はかなりマシな方だ。当時を知っている李浩然リーハオランは、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

「明日も早い。寝る準備をしよう」

 李浩然リーハオランに促され、呉宇軒ウーユーシュェンはふかふかベッドの待つ寝室へ戻った。
 二階にも洗面台があったので、下へ降りることもなく準備を済ませてベッドに入る。隅の方へ移動すると、後を追って入ってきた李浩然リーハオランに抱き寄せられた。

「俺は抱き枕じゃないんだけど?」

「そうだったのか? 気付かなかった」

 冗談で誤魔化して離そうとはしない幼馴染に、呉宇軒ウーユーシュェンは小さく笑みを漏らす。彼といい李若汐リールオシーといい、昔とほとんど変わっていない。
 暖かな温もりと柔らかいベッドのお陰で、呉宇軒ウーユーシュェンはあっという間に眠りに就いた。
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