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第三章 夢いっぱいの入学式
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しおりを挟むお札があちこちに貼られたおどろおどろしい中継地点で待っていると、係の人から先行組がリタイヤになったからどうぞ、と勧められる。離脱者の多さに、呉宇軒は慌てて幼馴染の手を掴んだ。
いってらっしゃいと見送られて扉を潜ると、先ほどの真っ暗な廊下とは打って変わって廊下に電気が点いていた。
ただし、肝試しというだけあって普通の明かりではなく、写真の現像をする暗室のような赤い色だ。それは廊下へ踏み出した途端にチカチカと不規則に点滅し、真っ暗になったりうっすらと明るくなったりして不気味さを一層際立たせていた。
「ガチじゃんこれ……」
大学のイベントだからと余裕ぶっていたが、思いの外本格的に怖さを追求してきている。どこかから女の啜り泣く声が聞こえてきて、呉宇軒は思わず幼馴染の体にしがみついた。
「く、来るなら来てみやがれっ! 俺の然然が相手になるぞ!」
その言葉に啜り泣きがぴたりと止み、廊下に静寂が戻ってくる。これで終わりかと安心したのも束の間で、何度目かの点滅の後、真っ赤に染まった廊下の一番奥に白いワンピースの女が突然現れた。
彼女は長い髪をだらりと前に垂らし、ゆらゆらと揺れている。それだけでも不気味だというのに、廊下の明かりが消えた一瞬でその姿は消えて無くなった。
「えっ? 今の何!? マジなやつ?」
幼馴染の腰をぎゅうっと抱きしめたまま大パニックだ。李浩然はこんな時も冷静で、怯える呉宇軒の背中にそっと手を回して宥める。
「もう少し待ってみよう」
「待つって何を!?」
李浩然が真っ直ぐに廊下の先を見続けているので、呉宇軒も釣られて視線を向ける。すると、例の女はまたしても点滅の後に現れた。しかも先ほどよりも近付いている。
点滅の度に、女は少しずつこちらに近付いて来ているようだった。その事実に気付いた呉宇軒は、心臓が縮み上がる思いで幼馴染を強く抱きしめる。彼の腕の中でなければ、今頃情けない声で絶叫していただろう。
李浩然が逃げないのでどうにか踏みとどまっていたが、女はついに目の前までやって来た。間近に見る青ざめた肌とワンピースには血が滲み、生々しい傷跡までもがはっきりと分かる。彼女は不気味な呻き声を上げると、俯いたままこちらにゆっくりと手を伸ばしてきた。
震え上がった呉宇軒を庇うようにして体を動かすと、李浩然はいつもと変わらない口調で口を開いた。
「スタンプお願いします」
腕の中の呉宇軒と幽霊女が同時にえっ?と声を上げる。彼はお札に見立てたスタンプラリーの黄色い紙を彼女に差し出すと、もう一度お願いしますと繰り返した。
「君、全然怖がんないね」
急に可愛らしい声が聞こえてくる。彼女が顔を上げると、長い髪の間から幽霊らしからぬ血色のいい肌が現れた。女の子らしくメイクまでバッチリ決めている。
彼女の言うように、李浩然は怖がる素振りもない。むしろいつになく楽しそうな顔をして、幼馴染をしっかりと抱きとめている。
彼女はワンピースのポケットをゴソゴソすると、スタンプを取り出して押してくれた。そして幼馴染に抱きついたままの呉宇軒を見てくすりと笑った。
「そっちの君は良い反応」
「怖がってるふりですけど!?」
強がってそう言ったものの、抱きついた格好のままでは説得力もない。呉宇軒は気恥ずかしさを誤魔化すように咳払いして李浩然から体を離したが、手は繋いだままにした。
幽霊役の先輩が持ち場に戻って行ったので、呉宇軒はやれやれと息を吐き、懐っこく幼馴染に肩をぶつけた。
「心臓止まるかと思ったよ。お前がいなきゃ今のはクリアできなかったな。それにしても、やっと一つ目のスタンプか」
「いや、もう三つ目だ」
そう言って李浩然が紙を見せてきた。確かにスタンプが三つ分押されている。いつ押されたのかさっぱり記憶がない。
「えぇっ!? いつの間に二つも押してたんだ?」
「君が驚いて抱きついてきた時」
一つ目を押してくれたのはオルゴールの側に潜んでいた幽霊役で、もう一つは廊下から顔を出した幽霊役に押してもらったらしい。呉宇軒は驚く度に彼に抱きついていたので、ちょうど死角でやり取りしていたようだ。
「君が怖がるといけないから黙っていた」
「別にいいよ! そこまで怖くないし」
真後ろでガタンっと音がして、驚いた呉宇軒は慌てて幼馴染に飛びついた。舌の根も乾かないうちに飛び込んできた彼に、李浩然は笑いを堪えきれず吹き出す。
「そこまで怖くない?」
「もう! さっさとクリアするぞ!」
からかう声に慌てて体を離し、どしどしと足音を立てて先へ行く。案内の矢印に従って教室に入ると、開けた部屋の中に古びたブラウン管のテレビがぽつんと置かれていた。いかにも何かありますといった雰囲気だ。
恐れを知らない李浩然が電源を押すと、画面にはしばらく砂嵐が流れていたが、急に赤子の鳴き声が聞こえてきた。
モノクロの画面が薄暗い廃墟を映し出す。続いて運動場らしき地面に棒立ちの人の影、無人で揺れているブランコなど、次々と場面が切り替わっていく。
嫌な予感がして、呉宇軒は幼馴染の背中にサッと隠れた。
「なんか呪いのビデオみたいじゃないか?」
その映像は小さな頃に見た、日本のホラー映画に出てくる呪いのビデオによく似ていた。父が知り合いからもらってきた物で、幼い呉宇軒はそれを見てからひと月の間恐ろしさに震え上がり、幼馴染から片時も離れられなかったいわく付きの代物だ。
「君は見なくてもいい」
幼馴染を気遣った李浩然が手をかざして目を塞ごうとしてきたので、呉宇軒は慌ててそれを振り払った。この恐怖を彼一人に背負わせるわけにはいかない。
「どうせヒントがあるんだろ? 一緒に見るよ」
大丈夫だし、と強がってみせたが、ビデオの作りは本家をよくオマージュしていてかなり不気味だった。画面の所々に小さな文字が現れ、それがヒントになっているらしい。
金偏の漢字ばかりが写り、呉宇軒はすぐにピンときた。これは元素記号だ。部屋の中には案の定、元素記号の一覧表と記号が書かれたピースが置いてあった。一覧表には数字が振ってあり、動画に出てきた順番でピースを並べるとパスワードが分かる。
「やった! 次の部屋に行こう!」
謎を解き終わってホッとしたのも束の間、背後でびたんっと何かが床に落ちる音がした。振り返るとモノクロのテレビの中に見覚えのある井戸が映っている。そして、床を這うようにして倒れていた髪の長い女がゆっくりと立ち上がった。白いワンピースが動きに合わせてゆらりと揺れる。
「例の井戸じゃん! 例の井戸じゃん!!」
オマージュどころか本物が出た。トラウマ級の思い出が蘇った呉宇軒は動転して腰を抜かしそうになったが、李浩然は全くものともせず、近付いてきた幽霊にそっと紙を差し出す。まるで普通のスタンプラリーに参加しているかのように冷静で、幽霊の方がびっくりする始末だ。
思い返すと、例のホラー映画を一緒に観た時も彼は平然としていて、むしろどこか嬉しそうにしていた。呉宇軒はあまりの恐ろしさに泣きそうになり、彼にしがみついて動けなかったというのに。あの頃から子どもとは思えない落ち着きっぷりだった。
「お前に怖いものとかあんの?」
「……君が急にいなくなることとか?」
「そういうんじゃなくて、心霊系のやつ」
「ない」
李浩然は迷うことなく即答する。
なんとも頼もしい答えに、思わず笑みが浮かぶ。頼もしい彼と一緒なら、この先恐れるものは何もない。
「頼りにしてるぜ、相棒」
そう言って一度は離れたものの、髪の長いワンピースの女とテレビに映る井戸はやっぱり怖い。視界の端に映る恐ろしい組み合わせに、呉宇軒は再び幼馴染にくっついた。
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