真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

文字の大きさ
上 下
47 / 142
第三章 夢いっぱいの入学式

4

しおりを挟む

 Lunaルナが去っていくと同時に、停滞していた人々の流れが戻ってくる。部外者として見守っていた猫奴マオヌーは、感極まった顔で立ち尽くしていた謝桑陽シエサンヤンの背中を強めに叩くと、尊敬の眼差しを向けた。

「お前、あの女王様から一目置かれるなんて凄いじゃねぇか!」

「そ、そんな……僕は何も……」

 見物人たちからも注目を浴び、謝桑陽シエサンヤンはオドオドして言った。謙遜する彼に、呉宇軒ウーユーシュェンも目をキラキラと輝かせて声をかける。

「そんなことねぇよ! 俺、Luna姉があんな風になってるの初めて見た」

 先輩後輩の仲なので、呉宇軒ウーユーシュェンは彼女がありとあらゆる勝ち組男性からお誘いを受けている現場をよく目撃していた。中には富豪や絶世の美男子も居たが、Lunaは今まで誰一人として相手にせず、時には鼻で笑ってあしらう程だった。そんな勝ち気な女王様がまるで初々しい乙女のようになってしまったのだ。凄いとしか言いようがない。

「それで、この後どうする?お前らは見たいサークル無いのか?」

 すっかり目的を果たした呉宇軒ウーユーシュェンが尋ねると、猫奴マオヌー謝桑陽シエサンヤンは揃って首を横に振った。二人ともすでに入るサークルを決めてしまっているらしい。

「俺はアニマル写真サークルから、講師として直々に招待されてんだわ」

 実は猫奴マオヌーは愛猫美娘メイニャンの写真をSNSで公開して長く、大量のフォロワーを抱えていた。愛猫をいかに美しく見せるかにこだわり抜いた結果、プロ顔負けの写真はポスターやカレンダーにまでなっている。その腕を見込まれて連絡が来たのだと鼻高々だ。

「講師だなんて凄いですね! 僕は高進ガオジンに誘われて衣装作りのサークルに入ったんです。ドール愛好サークルと掛け持ちですけど」

高進ガオジン? あいつ、もしかして服飾科か?」

 衣装作りと聞いてピンと来た呉宇軒ウーユーシュェンが尋ねると、謝桑陽シエサンヤンはそうなんですよ!と嬉しそうに頷いた。どうやって仲良くなったのか不思議に思っていたが、共通点があったお陰で親しくなれたようだ。

「じゃあ高進ガオジンも呼ぼうぜ。そろそろあいつと腹を割って話し合いたいと思ってた所だし」

 初対面で冷たく袖にされてから、もう六日も口を聞いていない。いい加減連絡先の一つも聞きたい頃合いだった。
 彼に避けられている呉宇軒ウーユーシュェンは断られるのを覚悟でそう言ったのだが、意外なことに高進ガオジンの方も話をしたがっていたようで、謝桑陽シエサンヤンは快く承諾して連絡を入れてくれた。

高進ガオジンもやり過ぎだったって気にしてて、仲直りしたいって言ってましたよ。それと、ラン兄にも許してほしいそうです」

浩然ハオラン? お前また威嚇してたのか」

 謝桑陽シエサンヤンの言葉に、やっと避けられていた謎が解ける。生真面目な李浩然リーハオランは理不尽な暴力を許さない。特にそれが幼馴染に向けられたものだと容赦がなかった。
 大方、近くで睨みを効かせて寄りつかないようにしていたのだろう。背が高いので、厳しい顔をしていると威圧感が凄く、大抵の人は彼に睨まれると怖くて近付けない。
 呉宇軒ウーユーシュェンは咎めるように幼馴染を睨んだが、彼はばつが悪い顔をしてサッと目を逸らした。

然然ランラン! いつも言ってるだろ? 俺が許してるんだから怒るなって」

 呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の両頬を摘んで子どもにするように叱ったが、彼はまだ諦めていなかった。納得がいかないといった風にムッとして口を開く。

「彼と仲良くなる必要はないと思う」

「こら! 俺はみんなと仲良くしたいの!」

 聞き分けのない幼馴染にどうしたものかと頭を悩ませた呉宇軒ウーユーシュェンは、しばらく考えても名案が浮かばず、仕方なく奥の手を使うことにした。

「分かった。俺の言うこと聞いてくれたら、俺も一個だけお前の言うことを聞いてやる」

 今までもこの言葉は効果覿面てきめんだった。案の定、頑なだった幼馴染の牙城は呉宇軒ウーユーシュェンの提案でグラグラと揺れ出す。彼は思慮深く考え込むような素振りを見せたが、険しさの和らいだ顔を見ると答えはもう分かったようなものだった。

「……なんでもか?」

「そうだよ! お前の好きにしやがれっ!」

 やけっぱちになってそう言うと、李浩然リーハオランはやっと納得してくれた。まるで重要な会議の決断を下したとでも言うように重々しく頷き、もう何も言わないと約束する。
 彼は一度約束したことはきちんと守るので、これで安心して高進ガオジンと話ができる。手の掛かる幼馴染に、呉宇軒ウーユーシュェンはやれやれとため息を吐いた。


 高進ガオジンの到着を待っている間に、王茗ワンミンの彼女の鮑翠バオツェイがやって来てルームメイトの王清玲ワンチンリンと合流した。夕飯を一緒に食べる約束をしているので、呉宇軒ウーユーシュェンは彼女たちも一緒に行動しようと誘った。バラバラに動くより、ある程度まとまっていた方が詳細を決めやすいからだ。
 李浩然リーハオランは待ち時間を有効に使って叔父に連絡を取り、しっかりと会食場所を確保してくれた。西館のすぐ隣にある会議室の使用許可が降りたので、ついでに前から李浩然リーハオランと約束していた氷粉ビンフェンの店へみんなを連れて行くことに決める。女子たちは甘いデザートが食べられると大喜びだ。

「あっ、来ました! おーい!」

 謝桑陽シエサンヤンが手を振る方を見ると、不安そうな顔をした高進ガオジンが歩いてくるのが見える。彼は李浩然リーハオランを見るなり一瞬怯んだものの、小走りに駆け寄って来た。

「へぇ、お前が高進ガオジンか。先生を怒らせるなんて、一体何をやらかしたんだ?」

 呉宇軒ウーユーシュェンのアンチ活動に勤しむ猫奴マオヌーが新入りをジロジロ眺めながら尋ねる。高進ガオジンは彼の言う『先生』がなんの事か分からなかったらしく、怪訝そうに眉をひそめた。

「俺のアンチは浩然ハオランのことを『先生』って呼んでるんだよ」

 呉宇軒ウーユーシュェンがそっと助け舟を出し、詳しくは桑陽サンヤンに聞いて、と丸投げする。そして新たなアンチ仲間かと興味津々の猫奴マオヌー高進ガオジンから引き離して、彼の勘違いを訂正した。

「喜んでるとこ悪いけど、高進ガオジンは俺のアンチじゃねぇぞ」

「はぁっ!? どういうことだ? 先生の恨みを買ったのにか?」

浩然ハオラン、お前も初めから分かってたんだろ?」

 呉宇軒ウーユーシュェンが尋ねると、彼はきまり悪く顔を逸らした。反省中の子どものように大人しくしている幼馴染にふっと笑みを漏らすと、呉宇軒ウーユーシュェン高進ガオジンに向き直った。

「お前、アンチ掲示板で相談してたろ?」

 ズバリそう言うと、彼は不安げに目を泳がせながら辿々しく口を開いた。

「あ、ああ……その件は本当、申し訳なかったって言うか、その……怪我とかなかったか?」

「全然。もっと強めでも大丈夫だよ」

 打たれ慣れてるし、と言うと、高進ガオジンは引き攣った微妙な笑顔を浮かべた。冗談を言って和ませようと思ったが、彼はそれどころではないらしい。
 話を聞いて何やら考え込んでいた猫奴マオヌーがあっと声を上げた。

「お前もしかして『服兄』か?」

 軍事訓練初日のアンチ掲示板に、『軒軒シュェンシュェンと同室になったけど、どうしたらいいか分からない』という書き込みがあったのだ。質の悪いことに、彼らは悩める相談者に一発かましてやれとけしかけた。彼が呉宇軒ウーユーシュェンからしつこく追い回される様をさかなにでもしようとしたのだろう。

「それ俺っす……有名人と一緒の部屋になって、どうしていいか分かんなくて……」

 あがり症だという高進ガオジンは、軽く押すつもりが力加減を誤ってしまったのだと改めて謝罪する。

「別にいいって。それに、俺と仲良くなりたいなら間違ってはないな」

「お前ドMだもんな」

 すかさず猫奴マオヌーがニヤリと笑って言い、呉宇軒ウーユーシュェンは顔をしかめて彼を蹴り飛ばした。

「とにかくもう大丈夫だから、これからは普通に接してくれよ? 浩然ハオランにもきつく言っておいたから心配すんな。だろ?」

 李浩然リーハオランはまだ不満そうではあったが、呉宇軒ウーユーシュェンは二人の手を取り、無理矢理仲直りの握手をさせた。

「あ、話終わった? デザート食べに行くわよ!」

 男たちのいざこざには全く興味がなかった女子たちが、早く早くと急き立てる。来たばかりで事情が飲み込めていない高進ガオジンの肩をポンと叩き、呉宇軒ウーユーシュェンは笑顔で言った。

「とりあえずさ、みんなで氷粉ビンフェン食べに行こうよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

嫁さんのいる俺はハイスペ男とヤレるジムに通うけど恋愛対象は女です

ルシーアンナ
BL
会員制ハッテンバ スポーツジムでハイスペ攻め漁りする既婚受けの話。 DD×リーマン リーマン×リーマン

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

処理中です...