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第三章 夢いっぱいの入学式
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しおりを挟むLunaが去っていくと同時に、停滞していた人々の流れが戻ってくる。部外者として見守っていた猫奴は、感極まった顔で立ち尽くしていた謝桑陽の背中を強めに叩くと、尊敬の眼差しを向けた。
「お前、あの女王様から一目置かれるなんて凄いじゃねぇか!」
「そ、そんな……僕は何も……」
見物人たちからも注目を浴び、謝桑陽はオドオドして言った。謙遜する彼に、呉宇軒も目をキラキラと輝かせて声をかける。
「そんなことねぇよ! 俺、Luna姉があんな風になってるの初めて見た」
先輩後輩の仲なので、呉宇軒は彼女がありとあらゆる勝ち組男性からお誘いを受けている現場をよく目撃していた。中には富豪や絶世の美男子も居たが、Lunaは今まで誰一人として相手にせず、時には鼻で笑ってあしらう程だった。そんな勝ち気な女王様がまるで初々しい乙女のようになってしまったのだ。凄いとしか言いようがない。
「それで、この後どうする?お前らは見たいサークル無いのか?」
すっかり目的を果たした呉宇軒が尋ねると、猫奴と謝桑陽は揃って首を横に振った。二人ともすでに入るサークルを決めてしまっているらしい。
「俺はアニマル写真サークルから、講師として直々に招待されてんだわ」
実は猫奴は愛猫美娘の写真をSNSで公開して長く、大量のフォロワーを抱えていた。愛猫をいかに美しく見せるかにこだわり抜いた結果、プロ顔負けの写真はポスターやカレンダーにまでなっている。その腕を見込まれて連絡が来たのだと鼻高々だ。
「講師だなんて凄いですね! 僕は高進に誘われて衣装作りのサークルに入ったんです。ドール愛好サークルと掛け持ちですけど」
「高進? あいつ、もしかして服飾科か?」
衣装作りと聞いてピンと来た呉宇軒が尋ねると、謝桑陽はそうなんですよ!と嬉しそうに頷いた。どうやって仲良くなったのか不思議に思っていたが、共通点があったお陰で親しくなれたようだ。
「じゃあ高進も呼ぼうぜ。そろそろあいつと腹を割って話し合いたいと思ってた所だし」
初対面で冷たく袖にされてから、もう六日も口を聞いていない。いい加減連絡先の一つも聞きたい頃合いだった。
彼に避けられている呉宇軒は断られるのを覚悟でそう言ったのだが、意外なことに高進の方も話をしたがっていたようで、謝桑陽は快く承諾して連絡を入れてくれた。
「高進もやり過ぎだったって気にしてて、仲直りしたいって言ってましたよ。それと、然兄にも許してほしいそうです」
「浩然? お前また威嚇してたのか」
謝桑陽の言葉に、やっと避けられていた謎が解ける。生真面目な李浩然は理不尽な暴力を許さない。特にそれが幼馴染に向けられたものだと容赦がなかった。
大方、近くで睨みを効かせて寄りつかないようにしていたのだろう。背が高いので、厳しい顔をしていると威圧感が凄く、大抵の人は彼に睨まれると怖くて近付けない。
呉宇軒は咎めるように幼馴染を睨んだが、彼はばつが悪い顔をしてサッと目を逸らした。
「然然! いつも言ってるだろ? 俺が許してるんだから怒るなって」
呉宇軒は幼馴染の両頬を摘んで子どもにするように叱ったが、彼はまだ諦めていなかった。納得がいかないといった風にムッとして口を開く。
「彼と仲良くなる必要はないと思う」
「こら! 俺はみんなと仲良くしたいの!」
聞き分けのない幼馴染にどうしたものかと頭を悩ませた呉宇軒は、しばらく考えても名案が浮かばず、仕方なく奥の手を使うことにした。
「分かった。俺の言うこと聞いてくれたら、俺も一個だけお前の言うことを聞いてやる」
今までもこの言葉は効果覿面だった。案の定、頑なだった幼馴染の牙城は呉宇軒の提案でグラグラと揺れ出す。彼は思慮深く考え込むような素振りを見せたが、険しさの和らいだ顔を見ると答えはもう分かったようなものだった。
「……なんでもか?」
「そうだよ! お前の好きにしやがれっ!」
やけっぱちになってそう言うと、李浩然はやっと納得してくれた。まるで重要な会議の決断を下したとでも言うように重々しく頷き、もう何も言わないと約束する。
彼は一度約束したことはきちんと守るので、これで安心して高進と話ができる。手の掛かる幼馴染に、呉宇軒はやれやれとため息を吐いた。
高進の到着を待っている間に、王茗の彼女の鮑翠がやって来てルームメイトの王清玲と合流した。夕飯を一緒に食べる約束をしているので、呉宇軒は彼女たちも一緒に行動しようと誘った。バラバラに動くより、ある程度まとまっていた方が詳細を決めやすいからだ。
李浩然は待ち時間を有効に使って叔父に連絡を取り、しっかりと会食場所を確保してくれた。西館のすぐ隣にある会議室の使用許可が降りたので、ついでに前から李浩然と約束していた氷粉の店へみんなを連れて行くことに決める。女子たちは甘いデザートが食べられると大喜びだ。
「あっ、来ました! おーい!」
謝桑陽が手を振る方を見ると、不安そうな顔をした高進が歩いてくるのが見える。彼は李浩然を見るなり一瞬怯んだものの、小走りに駆け寄って来た。
「へぇ、お前が高進か。先生を怒らせるなんて、一体何をやらかしたんだ?」
呉宇軒のアンチ活動に勤しむ猫奴が新入りをジロジロ眺めながら尋ねる。高進は彼の言う『先生』がなんの事か分からなかったらしく、怪訝そうに眉を顰めた。
「俺のアンチは浩然のことを『先生』って呼んでるんだよ」
呉宇軒がそっと助け舟を出し、詳しくは桑陽に聞いて、と丸投げする。そして新たなアンチ仲間かと興味津々の猫奴を高進から引き離して、彼の勘違いを訂正した。
「喜んでるとこ悪いけど、高進は俺のアンチじゃねぇぞ」
「はぁっ!? どういうことだ? 先生の恨みを買ったのにか?」
「浩然、お前も初めから分かってたんだろ?」
呉宇軒が尋ねると、彼はきまり悪く顔を逸らした。反省中の子どものように大人しくしている幼馴染にふっと笑みを漏らすと、呉宇軒は高進に向き直った。
「お前、アンチ掲示板で相談してたろ?」
ズバリそう言うと、彼は不安げに目を泳がせながら辿々しく口を開いた。
「あ、ああ……その件は本当、申し訳なかったって言うか、その……怪我とかなかったか?」
「全然。もっと強めでも大丈夫だよ」
打たれ慣れてるし、と言うと、高進は引き攣った微妙な笑顔を浮かべた。冗談を言って和ませようと思ったが、彼はそれどころではないらしい。
話を聞いて何やら考え込んでいた猫奴があっと声を上げた。
「お前もしかして『服兄』か?」
軍事訓練初日のアンチ掲示板に、『軒軒と同室になったけど、どうしたらいいか分からない』という書き込みがあったのだ。質の悪いことに、彼らは悩める相談者に一発かましてやれと嗾けた。彼が呉宇軒からしつこく追い回される様を肴にでもしようとしたのだろう。
「それ俺っす……有名人と一緒の部屋になって、どうしていいか分かんなくて……」
あがり症だという高進は、軽く押すつもりが力加減を誤ってしまったのだと改めて謝罪する。
「別にいいって。それに、俺と仲良くなりたいなら間違ってはないな」
「お前ドMだもんな」
すかさず猫奴がニヤリと笑って言い、呉宇軒は顔を顰めて彼を蹴り飛ばした。
「とにかくもう大丈夫だから、これからは普通に接してくれよ? 浩然にもきつく言っておいたから心配すんな。だろ?」
李浩然はまだ不満そうではあったが、呉宇軒は二人の手を取り、無理矢理仲直りの握手をさせた。
「あ、話終わった? デザート食べに行くわよ!」
男たちのいざこざには全く興味がなかった女子たちが、早く早くと急き立てる。来たばかりで事情が飲み込めていない高進の肩をポンと叩き、呉宇軒は笑顔で言った。
「とりあえずさ、みんなで氷粉食べに行こうよ」
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