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第二章 波乱の軍事訓練前半戦
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しおりを挟む大急ぎで洗面所へ行った王茗が先行していた李浩然に追いつき、二人は一緒に帰ってきた。王茗の持ってきたティッシュは、慌てて水を着けたせいでべちゃべちゃになっている。
「お前それどうする気だ? ちゃんと乾かして使えよ」
厳しい目をしてそう言い残すと、呂子星が奥へ向かって歩き出した。途中まで足音を立てないよう慎重に進んでいたが、廊下の中程まで来ると急に早足になる。彼の背中が消えたのを見て、呉宇軒は緊張して順番を待つ謝桑陽に尋ねた。
「桑陽もそろそろ行くか?」
「いえ……その、大丈夫です!」
やる気に満ち溢れた目でそう答え、挑むように目の前の暗闇を見つめる。そこには初めて会った頃の気弱な青年の姿はなかった。
足早に帰ってきた呂子星と交代で謝桑陽が歩いて行く。彼はビクビクと怯えながらもしっかりとした足取りでどんどん奥へ進んで行った。明かりの漏れる窓側で待機していた王茗は、それを見て感心したように言った。
「あいつ、結構根性あるな」
洗面所の入り口で少し怯んだものの、謝桑陽は勇気を出して一歩踏み出した。
見事に度胸試しを成功させたて帰ってきた彼を、仲間たちは音のない拍手で暖かく迎える。今日一番株を上げたのは、間違いなく漢気を見せた謝桑陽だ。
「お前で最後だぞ。行ってこい大将」
そう言った呂子星に背中を押され、呉宇軒は歩き出した。
人気のない廊下はしんと静まり返り、一人分の足音だけが響く。奥へ行くほど色濃くなる闇の中を、呉宇軒は散歩でもするようにのんびりとした足取りで進んで行った。
頼りなげな携帯の明かりが小さくなったのを見計らって、呂子星は声を潜めて仲間たちに言った。
「おい、お前らあいつに一泡吹かせたくないか?」
「何する気?」
昼間に散々脅かされた王茗がいの一番に食い付く。その言葉に呂子星は意地悪くニヤリと笑い、部屋の中に隠れて帰ったふりをしようと提案した。
一同は足を忍ばせつつも素早く移動し、呉宇軒が戻ってくる前に真ん中あたりにある部屋の中へそっと入り込んだ。そして気配を消して待っていると、ゆったりとした足音が近付いてくる。
その足音はルームメイトたちが潜んでいる部屋の前を通り過ぎ、しばらく行ってからぴたりと止まった。
「あれ? 浩然、子星? おーい! どこ行ったんだ?」
扉越しに困惑した声が聞こえてくる。まんまと策中にはまった呉宇軒に、王茗が思わず笑いそうになる。声を出せば間違いなく見つかって文句を言われるので、呂子星は慌ててその口を塞いだ。
「しー! 静かにしろ。見つかるだろ」
小声で注意する間にも呉宇軒が彼らを探す声が聞こえる。いつネタばらしをしてやろうか笑いを堪えてタイミングを測っていると、ごほんと咳払いが聞こえた。
「小然、どこ行っちゃったの? 俺を一人にしないでよぉ!」
わざとらしく悲しそうな声を出して幼馴染を呼び、呂子星は不味いと危機感を抱いた。嫌な予感は的中して、李浩然は慌てたように部屋を飛び出す。
「阿軒!」
幼馴染を呼ぶ悲痛な声と共にパタパタと駆ける足音が遠ざかっていく。幸い暗さと距離が味方して、ルームメイトたちがどこに潜んでいるかは気付かれていないようだ。
まんまと幼馴染を一本釣りした呉宇軒は、拗ねたように李浩然を詰った。
「何で俺のこと置き去りにするんだよ! すごく寂しかったんだからな!」
「すまない」
「もう二度と俺を一人にしないでくれよ?」
「うん。もう離れたりしない」
扉越しに聞こえる会話に、呂子星は何故か抱き合う二人の姿が脳裏に浮かんだ。あの二人ならやりかねないとゾッとする。
幼馴染の返事に満足したのか、呉宇軒は上機嫌に尋ねた。
「それで、他の奴らはどこに隠れてるんだ?」
「……知らない」
さすがに不味い状況だと理解しているようで、李浩然はしらを切った。大好きな幼馴染の頼みでも仲間は売らないあたり、彼の真面目さがよく分かる。
「然然、お前は一体どこから出てきたんだ? あいつらも一緒だったんだろう?」
諭すように問い詰められるも、李浩然は否定の言葉を繰り返して頑なに仲間の居場所を教えようとしない。まだ驚かすチャンスはあると部屋に残った三人は息を殺して待っていたが、どうしたことか足音がどんどん近付いてくる。
「小然、知らないってことはもうここには居ないのか?」
「そうかもしれない」
呉宇軒はふうん、と意味ありげに頷き、三人の居る部屋の近くで足を止めた。
「そういうことなら、俺たちは今二人っきりだな」
何かを企むような声音に、呂子星はまた嫌な予感がした。
普段はふざけた言動を繰り返しているが、呉宇軒は思ったより策士だ。また何か位置を特定するために仕掛けてくるに違いない。
耳をそば立てていると、ドンっと壁に何かがぶつかる音がした。
「阿軒……これは、一体……」
どこか緊張した李浩然の声がして、その後に呉宇軒の悪戯めいた笑い声が続く。
「分かってるくせに」
静かなせいで甘ったるく囁くような声がはっきりと聞こえてくる。いかがわしい響きに、王茗がソワソワし始めた。
「あの二人、何してるんだろ」
小声で尋ねてきた王茗に二人は眉を顰めて首を傾げる。
外の様子が気になりだした王茗は扉にめり込まんばかりに耳を付けて様子を伺うが、それっきり音が聞こえなくなった。
急に静かになった向こうの状況を探るため、三人は耳をぴたりと着けて扉に寄りかかる。するとその時、ガチャリと音がして急に扉が動いた。
雪崩のように体勢を崩し、三人は重なるように廊下に放り出される。明るい光に顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた呉宇軒が立っていた。
「みーつけた」
ニコニコと楽しそうな笑顔が逆に恐ろしい。呉宇軒は仁王立ちして三人を見下ろし、片眉を跳ね上げた。
「さて、お前らをどう料理してやろうか」
報復を恐れた王茗が呂子星にしがみつく。絶体絶命になった三人は何とか許してもらおうと口を開いたが、謝罪の言葉を打ち消すようにギィ……と扉の開く音が聞こえてきた。
呉宇軒が音のした方へ携帯のライトを向けると、半開きになった二つ隣の扉が暗闇にぼんやりと浮かび上がる。倒れていた三人は押し合い圧し合いしながら起き上がり、扉を照らす呉宇軒の後ろにサッと隠れた。
「おい、何で開いたんだ? お前何かしたのか?」
呂子星が小声で尋ねると、呉宇軒は疑いの眼差しで幼馴染を見た。
「お前、あの部屋から出てきたのか?」
「然兄は僕らと一緒に隠れてましたよ!」
囁くような謝桑陽の言葉に、一気に鳥肌が立つ。だったらあの扉はどうして開いたんだという疑問は、怖くて誰も口に出せない。
弱々しい明かりに照らされた扉の、ぼんやりとした輪郭が一層不気味さを掻き立てている。
「先輩から聞いた事を思い出したんだが」
突如静寂を破った呂子星に、みんなの視線が一斉に集まる。どう考えても、このタイミングで出てくる話はろくなものではない。
「それ後じゃダメ?」
怖すぎて泣きそうになっている王茗がそう言うも、呂子星は首を振って答えた。
「あの扉が四◯九号室じゃないことを祈る」
「四◯九だったら何かあるのか?」
心なしか尋ねる声は震えていた。
呉宇軒はさっと隣に目を向けて部屋の番号を確認した。すると、そこには四◯七と数字が振ってある。二つ隣のあの部屋は彼の言う四◯九だ。
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