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波乱の軍事訓練前半戦
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しおりを挟むもう遅いからと女子たちが帰って行き、侵略者の消えた部屋の中はようやく広くなる。とっくに寝る準備を済ませていたルームメイトたちは、早くもベッドでゴロゴロし始めていた。
「俺たちも寝る準備しよっか。高……」
歯磨きのために廊下の奥にある洗面所へ行こうとした呉宇軒は、背中を向けて我関せずの態度を貫く高進に声をかけようとした。ところが、言いかけた途端、幼馴染に口を塞がれてしまった。
「彼のことは放っておきなさい」
話しかけるくらい良いじゃんと口答えしようとすると、ぎゅっと顎を掴まれる。冷徹な眼差しで見つめられ、呉宇軒は仕方なく引き下がった。こうなった李浩然には逆らえない。
寝る準備がまだなら向こうで会えるかもと淡い期待を抱いていたが、結局高進は呉宇軒たちと入れ替わりで洗面所へ行ってしまった。
見回りの若い男性教官が、まだ廊下を彷徨く生徒たちへ注意を促す声が聞こえてくる。消灯時間になると電気が一切使えなくなるので、呑気に遊んでいた学生たちはバタバタと忙しなく移動し始めた。
外の騒ぎが収まった頃、呉宇軒はルームメイトたちを部屋の中央に集結させた。
高進以外の全員が揃った所で消灯時間が来て、部屋の明かりがパッと消える。呉宇軒は携帯のライトを点けると、自分の顔を下から照らしながら淡々と言った。
「これから肝試しを行おうと思います」
どこへ行くかの説明をする前に、呂子星が口を挟んでくる。
「無理だろ。階段側の扉は施錠されてるはずだぞ」
階段と廊下を隔てる扉には、確かに鍵が付いていて消灯後は内側から開けられなくなる。一応階ごとにスペアキーを持っている人が居るらしいが、そんなことをしては教官に知られてしまう。
呉宇軒はヘアピンをみんなに見せながら得意げに笑った。
「あんな鍵、俺の開錠技術があればチョロいぜ」
帰ってきた時に下調べして、あの鍵がかなり古いタイプのものであると確認済みだ。建物自体が少々古いから鍵もそのままなのだろう。最新式では歯が立たないが、古いものだとヘアピン二本でどうにかなる。
呂子星は呆れてものも言えないといった顔をしたが、呉宇軒は突き刺さる冷めた視線には構わず話を続けた。
「そういう訳だから、教官が出て行ったら無人の四階へ度胸試しに行くぞ」
縁起が悪い数字なので四階には生徒が泊まっていない。そして誰もいないから当然施錠もされていないので、肝試しの会場にぴったりだ。
緊張した面持ちのルームメイトたちに、呉宇軒は度胸試しの内容を発表した。
携帯の明かりを頼りに廊下の奥にある洗面所まで行き、到着した証拠に水道でティッシュを濡らして戻ってくる。当然一人ずつだ。説明を聞いただけで怖がりな王茗は縮み上がった。
「怖いなら残ってても良いんだぞ」
からかうようにそう言うと、王茗は悔しそうにムッとして押し黙ったが、意を決して叫んだ。
「うぅ……俺だってやれるもん!」
「決まりだな!」
あとは悪さを許さない真面目ちゃんをどうやって丸め込もうかと李浩然を見ると、彼は珍しくなんの異議も唱えなかった。
「……もしかして、お前も参加してくれるの?」
どういう心境の変化か、彼は表情を一切変えないままこくりと頷く。思ってもみない状況に、呉宇軒は目を見開いて驚いた。
今まで散々こういった悪事を止められてきたので、幼馴染が自分から参加を申し出た事実に歓喜した。大学生になって勉強から解放され、やっと悪い遊びに興味が出たのかもしれない。
「お前とこういうことができる日がくるなんて……酒買ってくれば良かったな」
呉宇軒は嬉しさのあまりちょっと涙目になった。あの真面目な優等生が自ら禁を破るなんて祝杯を上げたい気分だ。
何故か置いてあったくじを引いて順番を決めることにして、次々に紙を引いていく。度胸試し初参加の李浩然が一番目の紙を引いた。
「このくじどうしたんだ?」
妙に丁寧に切られた紙に番号が振ってあり、不思議に思った呉宇軒はルームメイトに尋ねた。
「さっき女子とゲームしてて……うわっ、俺二番目じゃん」
そう言ってくじを開いた#王茗__ワンミン__は、自分の番号を見るなり絶望の表情を浮かべた。彼の後には呂子星と謝桑陽が続き、発案者の呉宇軒は一番最後になった。
「一番最後じゃなくて良かっただろ。それにしても女子とゲームねぇ……」
仲間外れにされたことを根に持っていた呉宇軒は、人のいない所で楽しみやがって、と責めるように王茗を見る。睨まれた王茗は額に汗を滲ませてさっと顔を逸らした。
音を立てないよう静かに扉を開けると、消灯後の廊下は足元の非常灯が薄ぼんやりと光っている以外に光源が無く、辺りは闇に包まれていた。扉の向こうからはまだ話し声が聞こえてくるので、この時間でも起きている生徒は結構いるようだ。
携帯の明かりを頼りに進んで行くと、階段側の扉についた窓から月明かりが漏れていた。そこだけ薄墨を撒いたように仄かに明るくなっている。
手元を照らしてもらいながら鍵穴にヘアピンを挿し込み、音を頼りに位置を調整して捻ると、鍵穴の中でガチャリと音がした。
「泥棒みたいだな」
容易く鍵を開けたのを見て呂子星が呆れたように言う。呉宇軒は用済みになったヘアピンをポケットにしまうと、彼に笑って返した。
「結構簡単だぞ? 鍵を忘れた時なんか、取りに帰る必要ないし」
「めんどくせぇな。そんなことするなら鍵屋呼ぶわ」
この鍵開け技術は正しく鍵屋から伝授されたものだったので、呉宇軒は店の常連客だった鍵師のおじさんを思い出して少しだけ懐かしい気持ちになった。物覚えの良さを気に入って、子ども相手にも関わらず結構本格的な鍵開け指導をしてくれたのだ。
足を忍ばせて階段を二つ上がると、誰もいない四階はやけに静かで気味が悪い。階段側の扉をゆっくり押すと金属の軋む耳障りな音が響き、ますます不気味だ。
奥へ行くほど暗くなる廊下に、王茗は早くも挫けそうな顔をして呂子星の腕にしがみついた。
「だ、大丈夫なんでしょうか……」
同じく雰囲気に飲まれた謝桑陽が心配そうに言う。呉宇軒は幼馴染にティッシュを一枚手渡すと、促すように背中を押した。
「一番手、行ってらっしゃい」
李浩然は小さく頷き、怯むことなく奥へ向かって歩き出した。怖がる様子もなければ途中で振り返りすらしない。
それもそのはず、彼は怪談話の類を一切信じていないのだ。どんなに周りが怖がっていようと顔色ひとつ変えず、まるで普段と変わらない。幼馴染としてずっと一緒に居るが、怖がっている姿は今まで一度も見たことがなかった。
李浩然の姿が洗面所へ消えて行ったのを確認すると、呉宇軒は怖がる王茗を前へ出した。
「お前は怖がりだから、特別に今からでいいよ。浩然が途中で待っててくれるだろうから行ってきな」
「あっ! 狡いぞお前!」
「やったぁ! 宇軒兄ちゃんありがと!」
呂子星が文句を言うも、寛大な処置に王茗は大喜びで飛び跳ね、呉宇軒をきつく抱き締めてからスタートした。怖がってはいるものの、人がすぐ側にいるお陰かぐんぐん進んでいく。
呉宇軒が思った通り、優しい幼馴染は少しゆっくり歩いて王茗が追いつけるようにしてくれていた。
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