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波乱の軍事訓練
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しおりを挟む呉宇軒は自分の分も同じように味を調整すると、最後に少しだけ酢を回しかけた。そしてぼんやりしている幼馴染に椅子を寄せ、周りに聞こえないよう小声で尋ねた。
「悩み事か?」
「今朝のことを考えていて……」
朝の会話を思い出した呉宇軒はああ、と頷く。軍事訓練が終わったら恋愛指南と称したデートをする約束をしているのだ。ただし、それは早くても二週間後の話だった。
「俺とのデート練習か。まだ軍訓始まったばっかだろ? 本当、真面目ちゃんだなお前は」
そんな事でお粥の味が分からなくなるほど悩んでいたとは。ただの練習なのに随分と気合が入っている。
呉宇軒はいくらなんでも気が早すぎると苦笑して、李浩然を肘で軽く小突いた。
「そんなに気負わなくていいって。デートを成功させるコツは相手を楽しませることだよ。俺のことを知り尽くしてるお前なら楽勝だろ?」
そう励まして笑いかけると、少しは気が楽になったようで李浩然の顔に笑みが戻る。幼馴染の笑顔に満足した呉宇軒は、早く食べようと促した。
ふと視線を感じて前を見ると、王茗がじっと幼馴染二人のやり取りを見ていた。さすがの王茗も不味い粥は嫌だろうと思い、呉宇軒は粥の器を指差して声を掛けた。
「王茗、軒軒特製粥はいらないのか?」
呼び掛けると、王茗はまだ許してないぞと膨れっ面をしてつんとそっぽを向く。そんな風にいじけている王茗代わりに呂子星が答えた。
「俺はいるぞ。この粥、なんで味がしねぇんだ?」
薄味にも程があるだろ!と愚痴りながら器を押し出すのを、王茗はムッとした顔をしつつ羨ましそうに横目で見る。先ほど怖がらせた事を怒っているので、自分もとは言い出せないらしい。
呂子星の分を味付けしていると、謝桑陽も声を掛けてきた。
「あっ、僕もいいですか?」
「いいよ。でも、辛めにするか酸っぱめにするかは自分で調整するんだぞ」
ルームメイトが次々に器を差し出すので、一人仲間外れになった王茗は動揺を隠せずソワソワし始めた。そして目の前を行き来する器を見て何か言いたげに呉宇軒の方へ視線を向けたが、目が合うとふいと逸らしてしまう。
怒りと食欲の狭間で揺れ動く様子を見て、呉宇軒は忍び笑った。ギリギリで耐えているが、あとひと押しするだけで陥落しそうだ。
謝桑陽の粥を手早く調えて返すと、呉宇軒の隣に誰かが腰を下ろす。見るとランニング中に別れたきりだった猫奴が座っていた。
延々と続く猫語りを思い出し、呂子星は嫌な顔をした。そしてまた被害に遭っては堪らないと俯きがちで粥を食べ、全力で気配を消して気付かれないようにする。
猫奴の方は先ほど呂子星に嫌というほど愛猫の可愛さを披露して満足したらしい。晴々とした表情を浮かべて上機嫌だ。
「俺のも頼む」
「猫奴! どこに行ってたんだよ。俺が居なくて寂しくなったのか?」
粥を寄越した猫奴に喜んで抱きつこうとすると、頬擦りを嫌がる猫のように全力で突っぱねられた。触んじゃねぇ!と威嚇する姿まで猫っぽい。
「味付けが済んだら向こうに行くに決まってんだろ! おい、あのモジャ頭はどうしたんだ?」
ムスッと不機嫌な顔で様子を窺っている王茗を不思議に思い、猫奴は声を潜めて尋ねた。呉宇軒は顔を寄せ、向こうに聞こえないように小声で耳打ちする。
「苛めすぎて拗ねちゃったんだよ」
「嫌われてんじゃねぇか! ザマーミロ」
困った顔をする呉宇軒に猫奴はぷっと吹き出すと、鬼の首を取ったように喜んだ。アンチらしく人の不幸で生き生きしている。
「別に嫌われてねぇし!」
呉宇軒は顔を顰めて馬鹿にしてくる猫奴をどつき、チラチラと様子を窺う王茗に優しく話しかけた。
「さっきはごめんな。ちょっとやり過ぎちゃった。お詫びに美味しいお粥をご馳走するから、兄ちゃんに貸してごらん?」
二人の仲違いを心配した謝桑陽がハラハラしながら成り行きを見守っているが、真横に居る呂子星は全く興味が無いようで黙々と食べていた。
王茗はしばらく恨めしげに呉宇軒を睨んでいたものの、美味しい食事の誘惑には勝てなかったようで、手をプルプル振るわせながら断腸の思いでゆっくり器を差し出した。そして心底悔しそうな顔で口を開く。
「……美味しかったら、許す」
王茗にとっては苦渋の決断だった。呉宇軒は笑いが込み上げてくるのをなんとか耐えたが、隣の呂子星は耐えられずお粥で咽せた。ゲホゲホと大惨事になりかけている呂子星に、謝桑陽が慌ててお茶を渡す。
あっさり仲直りしそうな雰囲気に、野次馬する気満々だった猫奴はもっと粘れよと野次る。煩いアンチを押しやると、呉宇軒は王茗の粥に調味料を足して返してやった。
「美味いか?」
一口食べた王茗は、たちまち笑顔になり答えた。
「美味しい! さすが軒軒!」
さっきまでの不機嫌さはどこへやらで、ニコニコと幸せそうにお粥を口に運ぶ。ご機嫌になった王茗のあまりの変わりように、猫奴はつまらない展開になったと眉を顰めた。
「あいつ、いくらなんでもチョロ過ぎないか? 大丈夫かよ……」
「王茗はあれで良いんだよ。お前もちょっとは可愛い所見せてくれよな」
できたぞ、と器を返してやると、猫奴は挨拶もそこそこに別のテーブルへ移ってしまった。撤退の速さは愛猫譲りだ。
真面目そうな眼鏡の集団が帰ってきた彼に話しかけ、呉宇軒に笑顔で手を振って挨拶してくる。
ルームメイトか同じ学科の友人なのだろう。呉宇軒に向かって中指を立てる猫奴を叩いて辞めさせ、ごめんねとジェスチャーしている。和気藹々としている集団に、呉宇軒も笑顔で手を振り返した。
「ご飯終わったら何するんだっけ?」
「講堂で講義って言ってただろ。後でテストもあるんだから寝るなよ?」
すっかり機嫌が直った王茗が聞くと、呂子星が心配そうな顔で答える。お腹がいっぱいになった王茗がまた居眠りしないか心配なのだ。
心配性なルームメイトのために、呉宇軒は人肌脱いでやろうと可愛い問題児に話しかけた。
「王茗、お前知ってるか? 講堂で居眠りした学生は幽霊に足を引っ張られるんだってよ」
もちろんそんな話は今作ったでっち上げだが、怖がりな王茗には効果抜群だった。口に運びかけていた匙をポロリと器に落とし、見る見るうちに怯えた顔になる。そして助けを求めて呂子星にしがみついた。もはやお約束の流れだ。
「星兄ちゃぁん! 宇軒がまた意地悪するぅぅ!!」
急に聞こえてきた大きな声に、食堂に居る他の学生たちが何事かと見やる。一躍注目の的になった王茗は、周りから笑われるのも構わず呂子星に泣きついていた。
「居眠りしなきゃいいだけの話だろ。ずっと起きてろよ」
怯える王茗を冷たくあしらいつつ、呂子星は呉宇軒に向かって良くやったとこっそり手で合図する。これで一安心だ。
その後王茗は食後の眠くなる時間帯の講義で寝ることはなかったが、代わりに時間いっぱい呂子星の腕をずっと掴んでいた。
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