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早すぎる再会
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しおりを挟む三問目の質問は初恋はいつ?だった。恋愛事について一切話したことがない李浩然には、そもそも初恋自体が存在しているか怪しい。
スケッチブックを表にすると、二人はまた同じ答えを書いていた。
「七歳の時って俺と一緒じゃん!」
呉宇軒の初恋は店の常連だった二十歳ほど歳上のお姉さんだった。店に来る度にいつも遊んでくれるので、呉宇軒は民姉ちゃんと呼んで懐いていた。
ある日彼女から遠い所へ行くことになったと告げられた呉宇軒は、常連たちが見守る中思い切ってプロポーズをした。その時側で聞いていた李浩然は、大好きな幼馴染が遠くに行ってしまうと思って泣き出してしまったのだ。
昔から幼馴染の涙に弱かった呉宇軒は大慌てで『じゃあ三人で結婚しよう』と言い直し、周りに居た大人たちから盛大に笑われてしまった。しかも、それを聞いた李浩然は泣き止むどころかますます泣いて酷い有様だった。
民姉ちゃんが遠くへ行くのは結婚のためだったので、かなりの赤っ恥エピソードだ。思い出すのも恥ずかしい。
当時の事を振り返って、呉宇軒はふと一つの可能性に行き当たった。
「浩然、もしかしてお前……」
ハッとして幼馴染を見ると、目が合った李浩然はどこか緊張した様子で息を呑む。珍しく狼狽えている幼馴染に、予感は確信に変わった。
「お前も民姉ちゃんが好きだったのか! 俺たち初恋の相手も一緒だったんだな」
そうだとすればあの涙も全て説明が付く。呉宇軒のプロポーズで泣いたのは先を越されたからで、三人でという言葉により一層泣き方が酷くなったのも大好きなお姉ちゃんを独占したかったからだ。
今まで堅物な李浩然が誰かに恋をしていたなんて考えたこともなかった。とんだ勘違いをしていたと思ったのも束の間で、幼馴染は苛立たしげに低く唸るような声を出した。
「違う」
「照れるなって、民姉ちゃん美人だったから気持ちは分かるよ。俺だってプロポーズしたんだし」
「彼女ではない」
からかう言葉に李浩然はより一層不機嫌になる。その様子が照れ隠しにしか見えずニヤニヤしていると、ついに幼馴染が本気で怒り始めてしまった。救いようのないものを見るような冷ややかな目を向けられ、呉宇軒はなんとか笑みを堪える。
「分かった分かった。もう言わないから」
李浩然はまだ何か言いたげな顔をしていたが、片手で遮り次の質問へ行ってもらう。趣味や好きな食べ物など、女子が知りたがりそうな質問が続いた。李浩然が辛党だと知って、辛いものが苦手な王茗は尊敬の眼差しで彼を見る。
二十問目の質問が終わる頃には、窓の外はすっかり夕焼けに染まっていた。鮮やかな朱色の向こうから夜がやってくるのが見える。
ちょうどキリも良いので質問を打ち切り、王茗は満足げにスケッチブックを回収した。早速インタビューの内容をまとめて先輩に提出するらしい。採用されれば、入学式のすぐ後に発行される雑誌に掲載してもらえるようだ。
帰り支度をして部屋を出ようとする幼馴染の袖を掴み、呉宇軒は甘えた声で引き留めた。
「本当に帰っちゃうの? 軒軒寂しいよう」
行かないでと言われれば素直に足を止める李浩然に絡んでいると、後頭部にぽこんっと何かが当たる。足元に転がったそれを拾い上げると丸まったティッシュだった。
「面倒臭い彼女かお前は! 困ってるだろ。さっさと解放してやれ」
不満げな顔をすると呂子星が二つ目のティッシュを投げようとしてきたので、呉宇軒は幼馴染の後ろにサッと隠れて盾にした。
「そんな事して、コイツがどうなっても良いのか!?」
「そいつがどうにかなって困るのはお前だろ! 明日からの準備は済んでるんだろうな? 王茗! お前にも言ってるんだぞ!」
巻き込まれた王茗がびっくりして危うく携帯を取り落としそうになる。全く準備していなかったのか怒れる呂子星に恐れをなし、慌てて鞄に着替えを詰め始めた。
叱られた呉宇軒は幼馴染の耳元にそっと顔を寄せ、あいつ母ちゃんみたいだな、と小さな声で耳打ちした。悪戯めいた囁きに李浩然は目を細めて優しい眼差しを返し、声には出さずに同意する。
呉宇軒は実家に居る間に軍事訓練用の荷造りを済ませていたので、今は何もする事がなく暇だった。
「とっくに終わらせてある! 下まで送りに行くから鍵閉めんなよ?」
早く行け!と二つ目のティッシュが飛んでくる。呉宇軒は白い塊を手で弾き返すと、幼馴染の背中を押して急いで部屋から飛び出した。
夕方になって人が帰ってきたのか、どの扉の向こうからも楽しそうな話し声が聞こえてくる。すれ違う生徒が顔面偏差値の高い二人組がいるとチラチラ二度見するので、呉宇軒は道中ずっとくすくす笑いを止められなかった。
「明日は大変だぞ? 俺たちが一緒に居るだけできっと騒ぎになる」
笑みを堪えてそう言うと、李浩然は言葉の割にどう見ても状況を面白がっている幼馴染をちらりと見て口を開いた。
「女子が騒ぐのは君にだけだろう?」
「またそんな事言って! 謙遜も行きすぎると嫌味にしかならないぞ?」
髪型や服装こそ地味ではあるものの、彼は呉宇軒より五センチも背が高く顔も整っている。どう考えても女子が放って置かない。
「お前さ、女の子といる時はもうちょっと笑って愛想良くしろよな。せっかくの男前が台無しだぞ?」
微笑むだけで思わず見惚れてしまうほど顔が良いのに、李浩然は今までちっともその魅力を発揮した試しがなかった。特に女子が一緒の時は仏頂面かほとんど表情がないかのどちらかだ。
呉宇軒は事ある毎にその件を持ち出して注意してるのに、幼馴染にはいつも適当に聞き流されてしまう。大学に入って少しは改善されるかと思ったが、本人は相変わらずやる気が無さそうだ。
玄関口から外に出ると、僅かながら蒸し暑さが落ち着いてきていた。建物の窓に夕陽が反射して、眩しさに目を細める。
「今日は手伝ってくれてありがと。また明日な」
一晩寝ればすぐ会えるのに、呉宇軒はしばしの別れを少しだけ寂しく思う。きっと新しい環境にまだ慣れていないせいだ。
「うん。くれぐれも問題は起こさないように」
別れ際に釘を刺され、呉宇軒は口を尖らせた。
「誰かさんにアカウント乗っ取られたから何もできねぇよ」
毎度恒例の『お仕置き』のせいで、未だにパスワードが分からず自分のアカウントに入れないでいる。李浩然はいじける呉宇軒の頬をきゅっと摘むと、あの思わず見惚れてしまう優しげな微笑みを浮かべてまた明日と返した。
呉宇軒は幼馴染の涙に滅法弱いが、同じくらい笑いかけられるのにも弱かった。ムッとして引き結んだ唇が我慢できずに弧を描く。
示し合わせた訳でもないのに二人は出入り口の前でぐずぐずしていたが、やがて李浩然は叔父の家がある方に向かって歩き出した。見送る背中がどんどん小さくなっていき、それに比例して寂しい気持ちが膨らんでいく。
先ほど冗談で言った『寂しい』が冗談では済まなくなってきた。名残惜しむ気持ちを振り切るように、呉宇軒は寮の中へ駆け戻った。
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