真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

文字の大きさ
上 下
20 / 35
早すぎる再会

17

しおりを挟む

 今までの呉宇軒ウーユーシュェンならヘラヘラ笑って口説いていそうなものなのに、美人相手に随分な有様だ。幼馴染にしがみついて震える情けない姿を見て、呂子星リューズーシンは意外に思う。

「お前が女相手にそんな風になるなんて何があったんだ?」

「あれは女じゃねぇ! なんか別の生き物だっ!」

 そう言ってしまった後に呉宇軒ウーユーシュェンは酷く後悔した。この事が万が一本人に伝わったら説教どころでは済まない。絶対に締め殺される。
 ここには居ないはずなのに聞かれているような気がして、呉宇軒ウーユーシュェンはぶるりと身震いした。

「い、今のは聞かなかったことにしてくれ……」

「相当だな」

「女王様と下僕みたいなもんだよ。口答えしたら関節技決められるし、着替え中にも構わず入ってくるし……」

 ある日の撮影前、呉宇軒ウーユーシュェンがまだ着替えている最中なのに更衣室の電気が点かないと言って突然入ってきたのだ。今まさにズボンを履こうとしていた呉宇軒ウーユーシュェンは、引っ張り上げるポーズのままびっくりして固まっていたが、Lunaルナはお構いなしに自分の着替えを済ませてさっさと出て行ってしまった。
 あっという間の出来事に、一瞬何が起こったのか分からなかった。思春期の男子に対する配慮が無さすぎる。
 うんざりした様子でLunaの恐ろしさを話すと、それを聞いた呂子星リューズーシンは露骨に顔をしかめた。

「マジかよ……うちの姉ちゃんみたいだ」

シン兄お姉ちゃんいんの? 可愛い?」

 興味津々に割って入ってきた王茗ワンミンに、呂子星リューズーシンは物凄く嫌な顔をして返す。

「可愛いわけないだろ! あんなん猛獣だぞ? 父さんが名前に虎の字なんて入れるから凶暴になったんだ。野生の虎よりおっかねぇ」

 五つ上の呂子星の姉は呂虎麟リューフーリンという名前らしい。虎に麒麟キリン、かなり雄々しい名前だ。聞けば男の子が欲しかった父親が名付けたのだという。

「暴君だよな。電話は五秒以内に出ろとか」

「返事は『はい』以外認めないとか」

 呉宇軒ウーユーシュェンが言うと、呂子星リューズーシンもすかさず返す。
 思わぬ所で意気投合した二人は立ち上がると、友よ!と叫んで強く抱き合った。虐げられ同盟結成の瞬間だ。
 しばらく興奮を分かち合っていたが、そのうち呉宇軒ウーユーシュェンは優しい兄しか知らず話に入っていけないでいた李浩然リーハオランに引っ張り戻された。椅子に座り直したものの、興奮気味に身を乗り出して口を開く。

「まさかお前も犠牲者だったとはな」

 愚痴の止まらなくなった呂子星リューズーシンの話す理不尽な姉エピソードに、呉宇軒ウーユーシュェンは全力で分かる!と同意した。彼女たちは自分より下と見做みなした相手は男として見ない。

「でも、Lunaさんは凄い人ですよね!」

 謝桑陽シエサンヤンに尋ねられ、呉宇軒ウーユーシュェンは力強く頷いた。

「そりゃあトップモデルだからな! 撮影始まったら現場の空気が一瞬で変わるんだぜ。さすがプロだよ」

 彼女の圧倒的な存在感は空気どころか世界すら変えてしまう。散々こき使われはしたが、そんな彼女を間近で見てかなり学ばせてもらった。

「それに俺、モデルになってすぐLuna姉の下に付いたから変な仕事回されずに済んだんだ」

 立場の弱い新人を狙ったセクハラ紛いの案件は、何も女性モデルだけの話ではない。Lunaは呉宇軒ウーユーシュェンが長くこの業界に居る気がないと分かった時点で、被害に遭わないように手を打ってくれたのだ。彼女の後ろ盾のお陰で今まで危険な目には遭っていない。

「なんだ、優しいお姉ちゃんじゃん」

「優しくはねぇけどいい人ではあるな。世話になってるから余計に頭が上がらねぇんだ」

 王茗ワンミンの言葉をやんわり否定すると、呉宇軒ウーユーシュェンは複雑な表情を浮かべた。
 舎弟扱いを羨ましく思った他のモデルから嫌がらせをされることもあったが、実態を知った後は大抵手のひらを返して同情してくる。代わってくれと頼んでも逃げていく有様だ。

「じ、実は僕……前にLunaさんの人形を作ったんです」

「人形?」

 謝桑陽シエサンヤンは辿々しく携帯を出すと、画面が皆に見えるようにテーブルの上に置いた。キリリとした目に長いまつ毛の綺麗な顔立ちをした人形が映っている。猫のような目の形も薄い唇も、Lunaの特徴をよく捉えていた。

「すっげぇ! 桑陽サンヤンドール職人なのか?」

 王茗ワンミンが画像を拡大してじっくり見ながら尋ねる。注目を浴び慣れていないのか、謝桑陽シエサンヤンは恥ずかしそうに俯きがちになって頷いた。

「えっと……職人と言うほどではないのですが、人形と服を作ってます」

 Luna人形はチャコールグレーとワインレッドの二色を使ったタイトなスーツを着ている。いかにもLunaが好きそうな格好いい大人なデザインで、小さなボタンまで再現された手作りとは思えない精巧さだ。
 人形にあまり興味がない呂子星リューズーシンは見事な出来栄えに感心して眺めた後、王茗ワンミンが持ってきたサークル発行の雑誌を読み始めた。表紙のLunaと携帯画面のLuna人形が並ぶと、上手に似せていることがよく分かる。

「お前器用だな。現物は持ってきてないのか? ちょっと見たいんだけど」

 呉宇軒ウーユーシュェンの言葉に、謝桑陽シエサンヤンは慌てて立ち上がって机の方へ向かう。戸棚を開けて何やら探していたかと思うと、戻ってきた手の中には画像と同じLuna人形があった。
 大きさは手のひらに収まるサイズで、可動式なのかちょこんと座っているように見える。
 王茗ワンミンは可愛いと喜んだが、小さな人形に睨まれている気がして、呉宇軒ウーユーシュェンは恐ろしさに思わず幼馴染の腕をぎゅっと掴んだ。

「こっわ……マジでそっくり。そういや、お前の母ちゃんこういうの好きだったよな」

 李浩然リーハオランの母はお嬢様育ちなため、自宅にもこの手の可愛らしい人形が飾ってある。謝桑陽シエサンヤンの作ったものは細部までこだわり抜かれているので、売り物と変わらないほど精巧に作られていた。
 美しく繊細な人形を見て呉宇軒ウーユーシュェンは良い事を思い付いた。

「これって、オーダーメイドで作ってもらえたりするの?」

「あっ、はい! もちろんご希望があれば……」

 謝桑陽シエサンヤンが頷く。呉宇軒ウーユーシュェンは思い付いた名案に顔を輝かせて幼馴染を返り見た。

「なあ浩然ハオラン、俺たちの人形作ってもらって実家に送りつけようぜ。おばさん喜ぶかも」

「言い値で払おう」

 突然の提案にも関わらず、李浩然リーハオランは迷う素振りもなく即答した。随分と乗り気だ。
 とんとん拍子に話がまとまり、謝桑陽シエサンヤンは驚いて腰を抜かしそうになる。

「えぇっ!? い、良いんですか?」

「良いよ良いよ。こいつ金持ちだし、いっぱい上乗せしてやれ」

 冗談混じりにそう言うと、冗談が苦手な謝桑陽シエサンヤンは困惑の表情を浮かべた。

「それはちょっと……僕、依頼してもらえたの初めてなので……が、頑張ります!」

 真剣な目で頷いた謝桑陽シエサンヤンは職人の顔をしていた。その眼差しだけで、彼が人形作りに本気で取り組んでいることがよく分かる。

「SNSで宣伝しても良い? 問い合わせ殺到したら大変だろうから名前は伏せるけど、もし嫌だったら言ってね」

 呉宇軒ウーユーシュェンがそう言った途端、さっきまで職人らしく真面目な顔をしていた謝桑陽シエサンヤンは一変、うるうると瞳を潤ませて感激する。

「嬉しいです! ありがとうございます!!」

「せっかく良いものなんだからもっと広めていかないとな。宣伝用にLuna姉人形ちょっと借りるね」

 彼の頑張りは人形が身に着けている服の細部へのこだわりにもよく現れていた。
 ツンと澄ました雰囲気が本人そのものに見えて、呉宇軒ウーユーシュェンはこの上なく丁重に扱って人形を手のひらに乗せる。うっかり落っことしでもしたら本人に祟られそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ペット彼氏のエチエチ調教劇場🖤

天災
BL
 とにかくエロいです。

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

処理中です...