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高校最後の夏
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しおりを挟む恋人から大事な話があると呼び出された呉宇軒は、高台にあるお洒落なカフェでもう二時間も彼女が話し始めるのを待っている。
用件を尋ねても、彼女は暗い顔をして俯いたまま言葉を濁すばかりだ。何を言ってもなしの礫で、すっかりお手上げだった。あまりにもだんまりを続けられ、高校三年生の大事な時期に一体何をやっているんだろうと虚しくなる。
街を一望できる窓際の席は見晴らしがいいが、同じ景色ばかり見続けていい加減飽きてくるもので退屈凌ぎにもならない。彼はこっそりとあくびを噛み殺し、ガラス越しにチラリと後ろを窺い見た。まだ居るのかと迷惑そうにこちらを見る店員の視線が痛い。
暇を持て余した呉宇軒はガラスに映った自分の身だしなみをチェックして時間を潰していた。最近髪の内側を染め直したばかりで、鮮やかな赤色が窓に反射している。いつもなら緩く口角が上がっている唇が、今は退屈すぎてへの字になっていた。
時間が経ちすぎて冷めてしまったお茶を飲んでいると、思い切った表情で彼女がようやく口を開いた。
「あのね……他に、好きな人ができたの……」
衝撃的な告白を聞いた呉宇軒が真っ先に思ったのは『そんなことだろうと思った』だった。申し訳なさそうにする彼女の手前神妙な顔をしていたが、正直言ってまたかよという感想しかない。
彼女の言葉を聞いてもさして驚かなかったのは、誰かと付き合うたびに全く同じ別れ話をされてきたからだ。大事な話があると聞いた時点でなんとなく予想はついていた。
「好きな人って浩然か? あいつ格好いいもんな」
付き合っている恋人が幼馴染に惚れるのは何度目だろうか。
思い返せば最近の彼女は明らかに様子が可笑しかった。恋人が隣に居るにも関わらず、彼女が李浩然を見る目はうっとりとしてまるで恋する乙女のようだった。
気にしていない風を装って明るく返すと、悲劇のヒロインみたいに悲しげな顔をしていた彼女が、恥ずかしそうに頬を染めて頷く。嫌な答え合わせに正解した呉宇軒は、テーブルの上に突っ伏してしまいたい衝動をなんとか抑えて笑顔を作った。
俺のことは気にしないで、と心にも無い言葉が口から溢れ出る。いつ何時も笑顔でいなければならないモデルの経験がこんなところで生きるとは、皮肉にも程があった。親が死んでも笑え、とは今をときめくトップモデルLuna先輩の言葉だ。女王様と呼ばれて恐れられている彼女のスパルタ指導によって、半人前だった呉宇軒も今ではすっかり作り笑顔が上手くなった。
地獄の特訓をした日々を思い出してしまい、呉宇軒はますます気持ちが塞ぐ。
「本当にごめんね……」
申し訳なさげにそう言うと、彼女は大粒の涙をぽろぽろと零して泣き出してしまった。別れ話で揉めたわけでもないのに、側から見ると自分が泣かせた犯人にしか見えない。
泣きたいのはこっちだと怒る気にもなれず、呉宇軒は内心呆れながらも彼女を落ち着かせようと背中を摩ってやった。
恋人との交際期間は最長で半年、そして最短記録はたった今更新した三ヶ月だ。口説き落とすまでは順調なのに、どうしてこうも続かないのか。
しゃくり上げる彼女を慰めながら、呉宇軒はこっそりため息を吐いた。
しばらくそうしていると、泣いて気持ちがすっきりしたのか彼女が落ち着きを取り戻す。まだぐずぐずと鼻を啜る彼女を家まで送り届け、呉宇軒はようやく家へ帰れるとほっとした。家路に着く足取りは重く、初夏のじっとりと湿った空気も相待って最悪の気分だ。
そもそも高台のカフェにわざわざ行く意味はあったのだろうか。別れ話くらい自宅の近くでしても良いだろうに、女子のすることはよく分からない。
少しずつ茜色に染まり始めた空を見上げ、呉宇軒は呆然として呟いた。
「この土地呪われてんのかな」
中学の三年間だけでなく、高校三年までずっと同じ理由で振られ続けてきた。これはもう誰が悪いとかではなく土地のせいではないか。
我ながら馬鹿馬鹿しい考えだと苦笑いする。そんな呪いがあったら、今頃自分以外にも犠牲者がいるはずだ。
幼馴染の李浩然は男の自分から見ても魅力的で、女の子が心変わりしてしまうのも頷ける。運動神経抜群で頭がよく、おまけに美形で背も高い。
しかし、それは呉宇軒も同じなはずだ。性格こそ正反対だが、女子曰くアイドル顔の呉宇軒とイケメン俳優顔の李浩然は同じくらい人気があった。
「やっぱ金かな……」
呉宇軒は憂鬱な気分で深いため息を吐いた。父が残した借金を返済するためにあくせく働く自分は、お金持ちで余裕のある李浩然と比べると確かに見劣りする。
デートに行く時間すらない彼氏など要らんと言われてしまえばぐうの音も出ないが、心変わりを打ち明けるという事は彼に告白でもするのだろう。
多分上手くはいかないだろうな、と彼女を少し不憫に思う。
李浩然は昔から色恋沙汰には一切興味を示さず、僧侶かと思うほど欲がない。呉宇軒が携帯でアダルト動画を見ようものなら、没収してチャイルドロックをかける始末だ。自分の携帯なのに自力でロックの解除ができず、二度と卑猥な動画は見ないと誓ってようやく外してもらえた。
それに、大人になるまでふしだらな行為は禁止だと口酸っぱく言われていたせいで、呉宇軒は彼女と落ち落ちキスもできなかった。そんな恋愛事を徹底して遠ざけていた李浩然が誰かと恋人になっている姿なんて想像もできない。
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