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早すぎる再会
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しおりを挟む呂子星が携帯のナビを片手に先へ行ってしまったので、呉宇軒は山ほどあった言いたいことをぐっと堪えて後に続いた。二人乗りをしているせいでペダルが重くなったが、普段から体を鍛えていたのでものともせずに進んでいく。
軽快に自転車を漕ぎながら、呂子星が二人に尋ねた。
「そういえばお前ら、よく彼女作れたよな。学校から何か言われなかったのか?」
「俺は学校ではあんまり彼女と喋んなかったなぁ。バレたら別れさせられるし。代わりに家で一緒に勉強してたんだ」
他の生徒に見つからないようにこっそりお互いの家を行き来していたのだと、王茗は昔を懐かしみながら答えた。親から特に反対されることもなく、暖かく見守られていたようだ。
湖の向こうにある美しい庭園を眺めていた呉宇軒は、なんとも甘酸っぱい青春を過ごした王茗を羨ましく思いながら、忙しい日々を過ごした高校時代に思いを馳せた。
「俺んとこはそこまで厳しくなかったな」
男女交際を厳しく禁止している学校は多いが、住んでいる地域のせいなのかたまたまなのか、幸いなことに呉宇軒の通う学校では成績が下がらない限り黙認されていた。あまり締め付けすぎてもかえって反発を招くので良くないとの考えもあったようだ。
勉学が学生の本分ということもあって大っぴらに交際している者は少なかったが、少なくとも呉宇軒の周りでは無理矢理別れさせられたカップルはいなかった。
「俺の場合はむしろ、先生方から交際を推奨されてたんだよ」
「何でだ?」
不思議そうに目を向けてきた呂子星に、呉宇軒は俺もよく分かんないけど、と前置きしてから答えた。
「なんか、俺と付き合った子は成績がめちゃくちゃ上がるらしい。勉強教えてあげてたからかな」
「へぇ……さすがは軒軒、恋愛以外の指導も上手いんだ。俺の成績が落ちたら助けてくれよな」
「学部が違うんだからあんまり当てにすんなよ?」
ちゃっかり頼ろうとする王茗に釘を刺す。教科書を読めば大体のことは理解できるが、いくら理解できても実際に授業を受けるのとでは大違いだ。
彼女に限らず、昔から教え方が上手いとはよく言われていた。そして付き合った子は成績が急に上がるせいで、呉宇軒が誰と交際しているかは常に教師陣に筒抜けだった。
そんな事が何度も続いた結果、ついには先生方から成績の芳しくない生徒をお勧めされるという可笑しな状況になってしまったのだ。先生の呼び出しに怒られると思っていた呉宇軒は、自分の知らないところで妙な噂が立っていたことに驚いた。
「高三の時なんて酷かったぜ? 女の子だけじゃなく野郎も押し寄せてきて……あと親御さんに泣きつかれたり」
教師の間で留まっていた噂が、うっかり漏れて全校生徒に広まってしまったのだ。
女子に囲まれるだけならまだ良かったが、押し寄せる男子生徒の群れにはさすがに恐怖を覚えた。そして泣きながら我が子の成績を上げてくれと拝み倒す親たちに囲まれたのは、もっと恐ろしかった。
「俺は受験の神様じゃねぇってのに。みんな追い込まれすぎて可笑しくなってたんだろうな」
「気持ちは分からなくもないな」
試験勉強の日々を思い出したのか、渋い顔をしながら呂子星が言った。大抵の学生がそうであるように、睡眠時間を削ってまで勉学に励んだ高校三年生の追い込み時期は苦い思い出が多い。王茗のように彼女と仲良く勉強する余裕のある生徒は少数派だ。
どの大学へ行けるかで将来の明暗が別れる学歴社会において、成績を上げることは最重要課題だった。付き合えば必ず成績が上がるとなれば必死にもなるだろう。
向かいから同じように自転車に乗った学生集団が来たので、二人は一列になって道を開けた。近くに運動場でもあるのか、ジャージを着た集団の何人かが後ろに乗ってご満悦の王茗に気付いて笑みを漏らす。彼らが通り過ぎたのを見計らって呂子星は速度を落とし、隣に戻ってきた。
「それでどうしたんだ? 野郎とも付き合ったのか?」
「な訳ねぇだろ! しょうがねぇから全員集めて勉強会だよ。浩然とあいつの兄ちゃんが助っ人で来てくれて何とかなったんだ」
さすがに人数が多すぎて呉宇軒一人では手に負えなかった。そんな時に救いの手を差し伸べてくれたのが幼馴染の李浩然だ。ちょうど大型連休で大学から一時帰省していた彼の兄も快く協力を申し出てくれたお陰で、連休中にどうにか全員の成績を上げることに成功した。
「二人とも凄く優しくてさ、人に教えるのもいい勉強になるから大丈夫だよって二つ返事で助けに来てくれたんだ」
李浩然の三つ上の兄は、それまで勉強を見てくれていた叔父がいなくなった後にずっと代わりを務めてくれていた。面倒見がよく、呉宇軒にとっても実の兄のような存在だ。兄弟らしく二人の顔立ちは良く似ているものの、兄の方は人見知りのきらいがある李浩然とは違って社交的で、どちらかと言うと呉宇軒に性格が近い。
クラスの垣根なく集まって勉強会を開いたので、中には常に成績トップの呉宇軒とは一度も話したことがない生徒も混じっていた。普段交流を持てない人とも知り合えたので、ある意味いい機会だった。
「学生だけで勉強会なんて、ちょっと楽しそうだな」
王茗の言葉に、呉宇軒は当時のことを思い出してふっと笑みを漏らす。
「結構楽しいもんだったよ。彼女と二人で勉強するのには負けるけどな」
教室の使用許可を取り、大勢が集まって先生抜きの特別授業をするのは一大イベントのようでわくわくしたのを覚えている。その当時、他校の生徒が受験のプレッシャーで自殺未遂をしたというニュースが流れていたせいもあり、学校側も何か対策をしなければと思っていたのだろう。教室の使用許可はあっさりと取れた。
自分たちが居るとやり辛いだろうからと、先生方がそっと見守るに留めてくれたのも良かったのかもしれない。中には教師の目が無いからとお菓子を持ち寄る生徒もいて、回を重ねる毎に切羽詰まった空気は徐々に和らいでいった。
初めは面倒に思っていた呉宇軒も、この世の終わりのような顔をしていた同級生たちが少しずつ笑顔を取り戻していくのを見ているうちに、いつしか終わりを惜しむほど楽しくなっていた。
「またやりたいとは思わないけど、やって良かったと思うよ。勉強会に出た奴らは全員志望してた大学に受かったんだぜ」
合格発表の日、呉宇軒の携帯は同級生からの合格報告で通知が鳴りっぱなしになり、一人の漏れもなく合格したと分かった時の喜びはひとしおだった。
あの時の戦友たちとは、高校最後の日に実家の店で合格祝いの打ち上げをした後は連絡を取っていないが、勉強会のグループLINEはまだ残っている。いつかまたみんなで集まるのも楽しいだろうと、消さずにそのままにしているのだ。
「俺もお前んとこの高校に行きたかったな……うちの学校本当に大変だったんだぞ? 先生の圧が強すぎて。授業中に突然窓開けて雪山に飛び込んだ奴とか居たし」
自殺者が出なかっただけましだけどな、と呂子星が自嘲気味に笑う。
胃に穴が開くなんてのはまだ可愛い方で、極限まで追い込まれた学生が可笑しな行動に走ることはままあった。思ったように勉強が進まず病んでしまうのだ。呂子星の通っていた学校では、教師陣からも親からもプレッシャーが凄かったらしい。
「お前が死ななくて良かったよ」
「本当それな」
二人が揃って同情の眼差しを向けると、呂子星は顰めっ面で睨み返してきた。
「お前らだけ青春しやがって! 少しは俺にも分けやがれっ!」
「青春したいなら、早いとこ彼女を作らないとなぁ」
一人だけ彼女持ちの王茗が勝ち誇った顔をする。
またしても流れ弾を喰らった呉宇軒は、呂子星と同じく顰めっ面をして苦情を言った。
「それ、俺にも刺さるからやめてくれない?」
「お前はどうせすぐ女ができるだろ」
呂子星が自転車を足蹴にしてきたので、呉宇軒はバランスを取るために大きく迂回するはめになった。
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