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第一章 早すぎる再会
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しおりを挟む李浩然の姿が完全に視界から消えたのを確認し、呉宇軒は愚痴っぽくぼやいた。
「あいつ、俺が女の子と戯れてると必ず邪魔しに来るんだよな」
思えば幼少期から既にそうだった。一つ違うのは、幼少期のそれはなんとも可愛らしい幼い独占欲からくるもので、悪戯を咎められるのとは別物だったということだ。
先程図書館で女子とのやり取りを遠くから見守っていた呂子星は、呉宇軒の言葉に眉を顰めて難色を示した。
「あれが戯れてたってレベルか? そりゃ止めに入るだろ」
しつこくまとわりつく姿は、俗に言うウザ絡みだとかダル絡みの類いだった。迷惑行為以外の何者でもない。
批難めいた視線を向けられた呉宇軒は、悪びれもせず得意気な笑みを返した。
「分かってないな。俺みたいな男前がやれば女の子は喜ぶんだよ」
「よく言うぜ」
馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばしたものの、呂子星はふと思う。李浩然と一緒だったとはいえ、本当に嫌ならすんなり連絡先を教えたりしないのではないか。
考えを巡らせていた呂子星がふと視線を感じて顔を向けると、心の内を見透かしたように呉宇軒がにやりと笑う。呂子星は調子に乗るなと睨み付け、細やかな仕返しにその額を指で弾いた。
思いの外良い音がして、呉宇軒は額を抑えて痛みに呻き声を漏らした。その姿にようやく溜飲を下げた呂子星は、壁に掛けられた時計をチラリと見てから二人に行くぞと目で合図を送った。
談笑する生徒たちの中を連れ立って歩いていると、これ見よがしに額をさすっていた呉宇軒が不意に口を開く。
「俺、決めたわ」
「何をだ?」
不思議そうに見てくるルームメイト二人に、呉宇軒はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑みで宣言した。
「あいつに彼女を作ってやる! そうすりゃ、もう恋路を邪魔される心配はないだろ?」
同じ大学に来てしまった以上、中高時代の二の舞になるのは目に見えている。いっそのこと向こうに彼女ができてしまえば、呉宇軒の彼女が目移りする心配もなくなるだろうと考えたのだ。
おお!と二人から感嘆の声が漏れる。
我ながら妙案だと、呉宇軒は自身のひらめきを自画自賛した。彼女が幼馴染に心変わりする問題の、この上なく最高の解決方法だ。
李浩然は真面目で誠実なため、浮気も二股も絶対にしないだろう。それに、きっと恋人を何よりも大切にするはずだ。
考えれば考えるほど妙案だと思うも、その計画には一つ大きな問題点があった。
「ただなぁ……浩然の女の子の好みがさっぱり分からないんだ。他のことならなんでも分かるのに」
「逆になんで他は分かるんだよ……」
不審な目を向けてくる呂子星に、呉宇軒は当然だろうと胸を張って答える。
「そりゃあ、赤ん坊の頃からずーっと一緒だったからな。何が好きで何が嫌いか、一緒に生活してたら嫌でも覚えるだろ?」
好き嫌いの傾向は大体が幼少期に決まるので、李浩然の好みは熟知している。そして、それは向こうも同じだった。
「あっちだって、俺のことならなんでも分かるはずだぜ? それこそ、好きになる女の子のタイプまで」
呉宇軒の性格は分かりやすく隠し事もしない質なので、当然誰かを好きになるとすぐ周りに話してしまう。そんな訳で、いつも話を聞かされていた李浩然は、彼が淡い恋心を抱いただけでも分かってしまうようになったらしい。あの子良いな、などと思う度に、いつもぴたりと言い当てられていた。
「本人に聞いたことはないのか?」
「もちろんあるよ! でもあいつ、恥ずかしいのか毎回黙秘しやがって」
長い付き合いなので、尋ねる機会は何度もあった。呉宇軒は他愛のない世間話に見せかけてそれとなく探りを入れていたが、いつも沈黙を返されるのだ。
「黙ったまま俺の顔をじーっと見つめてきてさ。無理に聞き出すのも可哀想だから、問い詰めたりはしなかったけど」
真っ直ぐに見据えてくる瞳は突き刺すように鋭く、思わずたじろいでしまうような圧があった。端正な顔立ちの李浩然からそんな風に見つめられると、なんとなく落ち着かない気分になる。気まずい沈黙に耐えきれず、その度に呉宇軒は話題を切り上げてきた。
呉宇軒は幼馴染が考えていることなら大体察せられるが、それはどう受け答えしているか長年間近で見ていたからこそだ。指標となるものが無ければ判断は難しい。
それに、と当時のことを思い出して複雑な表情を浮かべる。あのなんとも言えない微妙な空気は、言葉では到底言い表せない。
「浩然のやつ、恋愛の話題苦手なんだよ」
「そいつは困ったな」
一応真面目に聞いてくれていたらしく、呂子星が気難しく眉根を寄せる。
なるようになるだろうと楽観視している呉宇軒は、隣を歩きながら呑気に言った。
「できれば育ちが良さそうなお淑やかな子が良いよな」
「それ、お前の好みじゃねぇの?」
白けた視線を向けてくる呂子星に、呉宇軒は根拠もなく言い張った。
「あいつだってきっと好きなはずだ! あっ、あと胸より尻派らしい」
「そこは答えてくれたんだ!?」
黙って聞き役に徹していた王茗が、思わず驚きの声を上げる。呉宇軒はその意見に全力で同意すると、不思議そうに首を傾げた。
「それな! よく分かんねぇんだよ、あいつの答える基準」
図書館の扉から外へ出ると、一気に湿気を孕んだ蒸し暑い空気が肌を撫でる。
まだ昼前だと言うのに日差しは既に強く、クーラーの効いた屋内から出たせいもあり、外の空気はより一層暑く感じられた。
「うへぇ……食欲無くしそう」
じりじりとした日差しの下、王茗がさっそく泣き言を言い始めた。人一倍暑さに弱いのか、早くも死にそうな顔をしている。
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