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早すぎる再会
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しおりを挟む「終わった……」
力の抜けた手の中から携帯が滑り落ちる。まだ誰のものとも決まっていない机に突っ伏し、呉宇軒は頭を抱えた。
彼の浮かべる表情は新生活を迎える学生のそれとは程遠く、どんよりとした雨の日の空よりも曇っている。その落ち込みようは、狭苦しい部屋に射し込む夏の日差しを押し返してしまいそうなほどだ。
携帯の画面に映った大学のSNSには、『慧星グループの御曹司、清香大学に入学』の文字が踊る。慧星グループと言えば国内有数の一大企業で、幼馴染の父親が経営している。
「何が終わりだって?」
ただ事ではなさそうな声音に、部屋で寛いでいたルームメイトの呂子星は小難しい法律の本から顔を上げた。
読書には飽き飽きしていたのか本をテーブルの上に放ると、ガラガラとやかましい音をさせながらキャスター付きの椅子を滑らせて呉宇軒の側までやって来る。そして机の上に置かれた携帯を手に取ると、勝手にトップの記事を開いて首を傾げた。
「李浩然? なんだ、お前の知り合いか?」
尋ねられ、呉宇軒は不満げに唇を尖らせた。眉間にきゅっとしわを寄せ、それはもう大層ご不満な顔だ。
「幼馴染だよ! ずーっっっと腐れ縁で繋がってる」
近所に住む李浩然とは小中高と同じ学校に通っていた。もっと言うと、母親同士が親友なので、おむつをしている頃からの仲だ。
『ずっと』の部分をこれでもかと強調して言えば、荷物整理をしていたもう一人のルームメイト、王茗が興味津々な色を滲ませ、呂子星にならって椅子を滑らせてやって来た。焦茶色の癖っ毛が風もないのにふわりと揺れる。
どうやら、二人とも立って歩く手間さえ惜しいらしい。
「あの御曹司と幼馴染だって? さすが現役モデルだな!」
「もう現役じゃねぇしモデルは関係ねぇだろ」
高校時代にやっていたファッション誌のモデルの仕事が思わぬ反響を呼んだ結果、同世代の間で呉宇軒はちょっとした有名人だった。現に李浩然の記事のすぐ下には『あの人気モデルが清香大学に入学!』と見出しが出ている。
王茗もそんなファンの一人だったらしく、自己紹介を終えてから一時間ほど質問攻めに遭い、ついさっき長話から解放されたばかりだ。
「まさか大学まで一緒になるなんてな……」
わざわざ実家から遠い大学を選んでようやく離れられると思ったのに、一体どんな因果があって行く大学まで被るのか。気が合うどころの騒ぎではない。
現実を受け入れられずうんうん唸っている呉宇軒に、ルームメイト二人は顔を見合わせた。訳ありな雰囲気を察して口を閉ざすと、お前が聞けと視線を交わし、互いに肘で小突き合う。
ややあって呂子星が咳払いを一つ、腫れ物に触るように恐る恐る声を掛けてきた。
「幼馴染なのに仲が悪いのか?」
「別に、そんなんじゃねぇけど……」
李浩然のことを思い出すと、どうにも歯切れが悪くなってしまう。言葉を濁した呉宇軒に、二人はもう一度顔を見合わせて反芻した。
「別に?」
「そんなんじゃねぇけど?」
「おいやめろ! 囲むな囲むなっ!」
明らかに楽しんでいるような表情で二人がじりじりと距離を詰めてくる。
呉宇軒は慌てて席を立つも、王茗に襟首を掴まれて一瞬で椅子に戻された。どこから出したのか荷造り紐を呉宇軒の体にぐるりと回し、立ち上がって完全確保の構えだ。
「隠し事の匂いがぷんぷんしますねぇ、呂刑事」
「うむ。王茗、絞り上げろ!」
まだ会って二、三時間しか経っていないのに、二人はすっかり意気投合している。犯人を捕まえた警官よろしくやり取りすると、王茗が後ろから首に腕を回してきた。
「別に大したことじゃねぇって! ちょ、待って!」
王茗がヘッドロックで絞り上げようとしたまさにその時、タイミングの悪いことに部屋の扉がガチャリと開いた。
いかにも気の弱そうな青年がそろりと部屋の中を覗き込んできて、今にも締め上げられそうになっていた呉宇軒と目が合う。四人部屋の最後の一人だ。
彼は捕まっている呉宇軒とそれを取り囲む二人の間でゆっくりと視線をさ迷わせ、状況を察してたちまち顔色を変えた。震える手から荷物がぽとりと落ちる。
バタンッと勢いよく扉が閉まり、残された三人は呆然として固まった。数秒後はっと我に反り、慌てで悪ふざけを止める。
呉宇軒は荷造り紐を乱暴に振りほどくと、ついさっき閉まったばかりの扉に飛び付いた。
「待った待った! 誤解だって!」
急いで後を追ったというのに、逃げていく姿は随分遠くに見える。人の行き交う廊下をあの速さで駆け抜けるとは只者ではない。
追いかけるのを早々に諦めた呉宇軒は、荷物を置いたまま駆けていく青年の背中に向かって呼び掛けたが、とりつく島もなかった。あの表情、絶対にあらぬ誤解をしている。
「ちょっとふざけてただけだよぉーっ!」
呉宇軒の真横に並び、王茗も大声で叫んだ。
叫んだせいで騒ぎを聞きつけた他の部屋の生徒達が何事かと顔を出し始める。説明するのも面倒なので、呉宇軒は周りには目もくれず、やれやれと肩を竦めるに留めた。
いくらなんでも逃げ足が速すぎるだろう。しかも、散々呼び掛けたのに振り返りすらしないとは。
気弱なルームメイトの姿は、あっという間に人の影に隠れて見えなくなった。主に置いて行かれたキャリーケースや鞄が、なんとなく物悲しく見える。
怒涛の勢いで逃げていったルームメイトを唖然と見ていた王茗が、残された荷物を見てぽつりと呟いた。
「これ、どうする?」
「とりあえず中に入れといてやろう。そのうち帰ってくるだろ」
ルームメイトなんだから他に行きようもないだろ、という呂子星のもっともな意見に、三人は放置された荷物をいそいそと中に入れた。
まだ誰がどのベッドを使うか決めていないため、部屋の隅に適当に並べて置く。二段ベッドの下部分に机が収まってはいるが、四人分の荷物があると寮の部屋は随分狭く感じられた。
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