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晴れやかに恋 1
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「あれ? 篠原、どうした?」
美術準備室の扉を開けた江嶋先生が、何でお前がいるんだ? という顔を見せる。そして、すぐに彼は気付いた、俺が持っているものを。
「……篠原、それ……女子から」
その彼の顔を見た瞬間、俺は叫んでた。
「先生っ、俺、生徒会長、やりますっ!」
「え……? え……あ、ああ、本当か」
いきなりの俺のやります宣言が予想外だったのか、こんどは驚いた顔を見せた。
「はい。先生、俺がんばります。だから先生、俺を見て下さい。先生がびっくりするくらい、イイ生徒会長になって見せますから、絶対……絶対っ、俺のこと見てて下さいっ!」
「……篠原、お前」
「俺、ガキで、ヨコシマで、動機なんて、完全に不純です。でも、でも、それでもイイから、先生が俺を見てくれるなら、俺マジでがんばりますっ」
「お前、ホントに……」
俺の声に、先生は、ものすごくイケメンな顔で笑った。
「約束する、俺はちゃんとお前を見てる。それに、俺はこれまでもお前が気付いてない瞬間だって見てきたつもりだ。だから、安心しろ。お前は誰より立派な生徒会長になるよ」
その瞬間、俺は先生の【信頼】を勝ち取ったんだ、って思った。それは俺が本当に欲しい彼の【好き】っていう感情じゃないけれど、それでも、俺はこの学校で彼に一番信頼されてる生徒なんだって思った。
「じゃあ、会長は決まりな。後は副会長や書記を決めなきゃなんない。お前の友達を選べばいいよ、別にそれは急がないけど」
先生は明るい声で言う。しかも「勝山でもいいぞ。お前、勝山と仲いいだろ?」ととんでもないことをのたまった。
「いや、勝山はっ」
だってあいつ、いっつも暴力振るうし、ちょっと変だし、頭はいいけど。
でも先生が「体育祭や文化祭向けだと思うんだけどなぁ」と呟いたので「ああ、なるほど。確かに」と妙に納得した。
そこで、はた、と気付いた俺。
「え、? 先生? なんで俺が他の生徒会役員を決めなきゃなんないんですか?」
会長ってそんな権限まであるのかよっ、ってちょっとどころじゃなく、びっくりした。
「別にそんな規則はない。でもお前の親しい奴の方が、お前が仕事しやすいだろ? だからうちの学校ではほとんどそうしてるんだよ」
先生の言葉にまた納得してしまった。
「わかりました。誘ってみます、やってくれるかわかんないけど」
「さっそく会長らしい一面を見せるな。篠原、さすがだよ」
先生が、フワフワと笑った。なんか、すっげぇ嬉しそうに。その顔見た瞬間俺は瞬間湯沸かし器見たいにかあっと顔が赤くなってしまった。
ああ、かっこいいイケメンの先生が、あんな優しい笑顔みせてくれる。もうやばい。すげえ綺麗。どうしよう。俺が嬉しすぎてもうやばいっ!
「わっ、し、篠原っ、なに照れてんだっ」
「す、すみませんっ、すみませんっ」
ぺこりぺこりと頭下げて赤い顔を彼の視界から隠す。したら俺、ようやく思い出したんだ。世良さんが用意してくれたチョコを持ってることに。だけどそれ、俺が握りしめすぎて、箱が変な形に変わっちゃってる。
「わぁっ、潰れてるっ」
俺の声に先生はどうした?とハテナ顔。そして彼の視線も俺の手に。そしてああ、と小さな声がした。
「折角もらったのに、残念だったな、でも少し形が崩れたところで味が変わる訳じゃない」
「ちっ、違いますっ」
誰かが俺のこと好きでコレを俺に渡した訳じゃない。だってコレは世良さんが俺の背中押すためにわざわざ持ってきてくれたチョコなんだ。でもそんなこと先生に言えない。日高先生だけじゃなくて世良さんまで俺の気持ち知ってるなんて先生には絶対伝えられない。
違いますの声に「え?」と言った彼を見つめた。でもイイ言葉なんて思いつかない。
どうしよう、どうしたら……と考えに考えて、でも結局俺は。
「……先生、あの、一緒に食べませんか?」
そんな風にしか、言えなかった。
彼を見つめることも出来なくなくなって、俺は俯いてしまう。
そうしたら、先生は何も言わずに俺の手からそれを奪った。そして包みをカサカサと開けていく。
「ほら、大丈夫じゃねぇか、中身」
先生の言うとおり、箱は潰れてたけどチョコレートはきれいなままだった。そこには四角い飾りけのないシンプルなチョコが12個、入っていた。色がかなり黒っぽいから、たぶんビターチョコ。
ハートの形を選ばないでくれた世良さんの心遣いに俺は感謝した。
先生はそのチョコレートを一つ摘み、自分の口にポンとほおり込んだ。もぐもぐとそれを咀嚼しつつ、もう一つを摘んで、俺の口元まで持ってくる。
「うまいよこれ」
動揺で開かない俺の唇を、チョコでむぎゅと押し開いた彼。
俺はまた瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になった。
そして、そのまま美術準備室を飛び出してしまったんだ。
やだっ、マジいやだっ。
超ハズかしいじゃんっ。なんだよあれっ。
俺、恋人のあつかい慣れてますみたいなヤツっ。
今までの彼女にもあんなことしてたのかよっ!
口の中で、甘くて苦い濃い味のチョコレートが溶けていく。それはまるで俺の先生への好きって気持ちの重さそのものみたいに感じてしまった。
俺はそのまま走って鞄の置いてた教室に戻った。誰もいないで欲しかったけど、そこで俺を待ってたのは世良さんだった。イヤ、彼女は俺を待ってたわけじゃなくて彼氏を待ってたんだけど。
「っ……せ、世良さっ」
赤い顔を見られて、もう俺、どんだけ世良さんに対して恥ずかしいとこ見せてるわけよ、って自己嫌悪満タンになった。
「篠原君、お帰り。チョコ持ってないって事は、先生に渡せたんだねっ、よかったぁ」
嬉しそうに話す彼女の顔すら、もう俺はみれなかった。
「ほっといてっ、もうほっといてっ!」
ガシリと鞄を掴んで、次は教室を飛び出した俺。そのまま学校も飛び出した。外は朝と変わらず粉雪が静かに降ってる。空気もひんやりして、冷たかった。でも俺の胸の中はもうバカみたいに熱くて。
もうもう、先生何であんなことしたのさっ。
俺の口にチョコ押し込むとか、ありえないよっ。
口の中の甘い味がまた戻ってきて、俺の顔は再び赤くなった。こんな寒い冬なのに、まるでユデダコみたいになってる俺、超ハズい。
とりあえず今日のことはすっかりきれいに忘れよう。じゃないと俺、明日から先生の顔、まともに見られないよっ。
俺はそう心に決めて、粉雪の舞う中、家へと向かった。
*
それからの毎日は、何事もなく過ぎた。
いつも通り先生のお手伝いして、いつも通り、馬鹿力の勝山をけなして、いつもどおり世良さんとかクラスメイトとかとおしゃべりして。
俺、案外高校生活エンジョイしてるっぽくね? 恋人はいないけどさ。
そして江嶋先生も、全然変わらない。「篠原、ちょっと来い」と呼ぶ声も同じ。
あのチョコ事件から、もう一月たつ。実はあれからチョコ食えなくなっちゃったし、俺。
忘れようとしてるって事は忘れられないって事だけど、出来るだけ俺は自然に過ごすよう、心がけた。生徒会長に立候補するって先生に宣言しちゃった手前、学級委員の仕事も、勉強も、もっとがんばろう、って思ったわけ。だって俺の評価が下がったら、俺を押してくれた先生の評価だって下がっちゃうんじゃないかって。
そんな俺を知ってか知らずか、先生はあのチョコなんて全然気にしてないみたいに、いつも通りで。それに俺はほっとしてた。
あのとき感じた彼の【信頼】のあかしが、このいつも通りの日々だって俺には思えて、だからほっとしてたんだと思う。
そして時間がたつのは早いもので、三学期の期末テストも終わって、ホワイトデーの今日、朝イチのHRで成績表を俺たちは受け取った。
そこに1位の文字を見つけて、俺は安堵した。俺は無事に首席へと返り咲いた俺を先生はどう見てるのかな? 次期生徒会長としてやってけるって、思ってくれたかな?
先生に思いを馳せていると、勝山が「あーっ、負けたっ、また負けたぁっ」と騒いでいるのが見えた。そして「篠原、やっぱお前一番?」と俺の席までやってきた。「次は頑張れよ、勝山」と嫌みを言ってやったら「うわ、いじわるやろうだっ」と勝山に羽交い締めにされた。
「ぐえぇっ、し、死ぬっはなせっ!」
首をぐっと押さえられて、マジ死ぬかと思った。
そんな騒がしい勝山が去った後「篠原君、今日ホワイトデーじゃない、どうなの?」と世良さんに聞かれた。返事に困ります。
慌てて彼女に顔近づけて、小声で訴えた。
「いや、だから、世良さんあのね」
「だって、あげたんでしょ?」
「あげたって言う感じじゃないし」
「でも食べたんでしょ?」
「まあ」
というか奪った感じだったけど。俺の小さな声に、だけど世良さんはなぜか自信満々。
「絶対今日何かあるって」
「何もない方がいいよ」
てゆーか、先生イベント事そんな好きじゃないよ。クリスマスの時の彼を思い出して、はあ、とため息が出た。そんな俺を彼女はたしなめる。
「だめ息なんか出さないの。もうすぐ1年生終わっちゃうじゃん。担任だって替わるし、今日が最後のチャンスかもしんないよ?」
「そんなこと言われても」
「だって、好きなんでしょ?」
「う……うん」
「じゃあ、チャンス逃しちゃだめだよ」
ああ、もう。チャンス逃したらだめってどうやったらいいのさ。とにかく俺は、ふつうに過ごして、生徒としてちゃんと見てもらいたい、って思ってて。この一月はそればっかり考えてたわけ。だってさ、先生の信頼は生徒である俺に対してのものだから。あの人が望む生徒になれたら、また俺は一歩進めるんじゃないか、ってことなんだ。俺は先生の【信頼】を勝ち得た特別な生徒になりたいんだ。
「あ、一限俺生物だしっ、世良さん物理でしょっ、生物室もう行かなきゃっ」
世良さんの追求から逃げるようにさっと席を立ち、教科書を持って廊下に飛び出した。女の子ってどうしてあんなに恋愛ごとに気合い入るのかな。俺がどうなろうと、世良さんには何にも関係ないじゃん。って思った瞬間。
「おお、コバンザメ、おはよう」
って声かけられた。うわ、会いたくない人間その2に会っちゃったよ。あ、その1はもちろん世良さんね。
てか最悪。日高先生なんで今教室から出てくるんだよ。
「お、おはようございます」
ここは挨拶だけでスルーだ。と思ったのにニヤニヤしてるよ、この人。絶対なんかタクラんでる。彼女から視線そらせたら、俺の持ってる教科書をみたのだろう日高先生が聞いてきた。その声すらニヤニヤしてる。
「コバンザメは生物?」
「は、はい」
「じゃあ、途中まで一緒に行こう、私書道準備室行くし、近いじゃん」
「いえ、結構です、一人で行きます」
「なんで、冷たいな」
「だって……」
「まとも返答できないならあきらめなさい」
先生は結局俺の隣を陣取り廊下を進む。はぁ、と小さなため息が出た。今日何度目のため息だよ俺。はあ、とさらに追加で息を吐いて、俺は窓の向こうを眺めた。三月は暦の上ではもう春。確かに寒さは和らいできてるけれど、でも校庭に立つ木々はまだ芽吹いてなくて、見える世界は冬だった。俺のハートだって寒々しいよ、くそ。
「あー、外はまだ冬ですね、早く芽が出たらいいのになぁ」
ぼそり呟いた俺を見て、先生は笑った。
「篠原、三月の別名、知ってるか?」
「え? 弥生ですよね、それくらい知ってますよ」
小学生でも知ってるでしょと言ったら「その意味は?」とさらに追求を受けた。意味? んなの知らないや、と目が泳いでしまう。くく、と笑われた。
美術準備室の扉を開けた江嶋先生が、何でお前がいるんだ? という顔を見せる。そして、すぐに彼は気付いた、俺が持っているものを。
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「え……? え……あ、ああ、本当か」
いきなりの俺のやります宣言が予想外だったのか、こんどは驚いた顔を見せた。
「はい。先生、俺がんばります。だから先生、俺を見て下さい。先生がびっくりするくらい、イイ生徒会長になって見せますから、絶対……絶対っ、俺のこと見てて下さいっ!」
「……篠原、お前」
「俺、ガキで、ヨコシマで、動機なんて、完全に不純です。でも、でも、それでもイイから、先生が俺を見てくれるなら、俺マジでがんばりますっ」
「お前、ホントに……」
俺の声に、先生は、ものすごくイケメンな顔で笑った。
「約束する、俺はちゃんとお前を見てる。それに、俺はこれまでもお前が気付いてない瞬間だって見てきたつもりだ。だから、安心しろ。お前は誰より立派な生徒会長になるよ」
その瞬間、俺は先生の【信頼】を勝ち取ったんだ、って思った。それは俺が本当に欲しい彼の【好き】っていう感情じゃないけれど、それでも、俺はこの学校で彼に一番信頼されてる生徒なんだって思った。
「じゃあ、会長は決まりな。後は副会長や書記を決めなきゃなんない。お前の友達を選べばいいよ、別にそれは急がないけど」
先生は明るい声で言う。しかも「勝山でもいいぞ。お前、勝山と仲いいだろ?」ととんでもないことをのたまった。
「いや、勝山はっ」
だってあいつ、いっつも暴力振るうし、ちょっと変だし、頭はいいけど。
でも先生が「体育祭や文化祭向けだと思うんだけどなぁ」と呟いたので「ああ、なるほど。確かに」と妙に納得した。
そこで、はた、と気付いた俺。
「え、? 先生? なんで俺が他の生徒会役員を決めなきゃなんないんですか?」
会長ってそんな権限まであるのかよっ、ってちょっとどころじゃなく、びっくりした。
「別にそんな規則はない。でもお前の親しい奴の方が、お前が仕事しやすいだろ? だからうちの学校ではほとんどそうしてるんだよ」
先生の言葉にまた納得してしまった。
「わかりました。誘ってみます、やってくれるかわかんないけど」
「さっそく会長らしい一面を見せるな。篠原、さすがだよ」
先生が、フワフワと笑った。なんか、すっげぇ嬉しそうに。その顔見た瞬間俺は瞬間湯沸かし器見たいにかあっと顔が赤くなってしまった。
ああ、かっこいいイケメンの先生が、あんな優しい笑顔みせてくれる。もうやばい。すげえ綺麗。どうしよう。俺が嬉しすぎてもうやばいっ!
「わっ、し、篠原っ、なに照れてんだっ」
「す、すみませんっ、すみませんっ」
ぺこりぺこりと頭下げて赤い顔を彼の視界から隠す。したら俺、ようやく思い出したんだ。世良さんが用意してくれたチョコを持ってることに。だけどそれ、俺が握りしめすぎて、箱が変な形に変わっちゃってる。
「わぁっ、潰れてるっ」
俺の声に先生はどうした?とハテナ顔。そして彼の視線も俺の手に。そしてああ、と小さな声がした。
「折角もらったのに、残念だったな、でも少し形が崩れたところで味が変わる訳じゃない」
「ちっ、違いますっ」
誰かが俺のこと好きでコレを俺に渡した訳じゃない。だってコレは世良さんが俺の背中押すためにわざわざ持ってきてくれたチョコなんだ。でもそんなこと先生に言えない。日高先生だけじゃなくて世良さんまで俺の気持ち知ってるなんて先生には絶対伝えられない。
違いますの声に「え?」と言った彼を見つめた。でもイイ言葉なんて思いつかない。
どうしよう、どうしたら……と考えに考えて、でも結局俺は。
「……先生、あの、一緒に食べませんか?」
そんな風にしか、言えなかった。
彼を見つめることも出来なくなくなって、俺は俯いてしまう。
そうしたら、先生は何も言わずに俺の手からそれを奪った。そして包みをカサカサと開けていく。
「ほら、大丈夫じゃねぇか、中身」
先生の言うとおり、箱は潰れてたけどチョコレートはきれいなままだった。そこには四角い飾りけのないシンプルなチョコが12個、入っていた。色がかなり黒っぽいから、たぶんビターチョコ。
ハートの形を選ばないでくれた世良さんの心遣いに俺は感謝した。
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「うまいよこれ」
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俺はまた瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になった。
そして、そのまま美術準備室を飛び出してしまったんだ。
やだっ、マジいやだっ。
超ハズかしいじゃんっ。なんだよあれっ。
俺、恋人のあつかい慣れてますみたいなヤツっ。
今までの彼女にもあんなことしてたのかよっ!
口の中で、甘くて苦い濃い味のチョコレートが溶けていく。それはまるで俺の先生への好きって気持ちの重さそのものみたいに感じてしまった。
俺はそのまま走って鞄の置いてた教室に戻った。誰もいないで欲しかったけど、そこで俺を待ってたのは世良さんだった。イヤ、彼女は俺を待ってたわけじゃなくて彼氏を待ってたんだけど。
「っ……せ、世良さっ」
赤い顔を見られて、もう俺、どんだけ世良さんに対して恥ずかしいとこ見せてるわけよ、って自己嫌悪満タンになった。
「篠原君、お帰り。チョコ持ってないって事は、先生に渡せたんだねっ、よかったぁ」
嬉しそうに話す彼女の顔すら、もう俺はみれなかった。
「ほっといてっ、もうほっといてっ!」
ガシリと鞄を掴んで、次は教室を飛び出した俺。そのまま学校も飛び出した。外は朝と変わらず粉雪が静かに降ってる。空気もひんやりして、冷たかった。でも俺の胸の中はもうバカみたいに熱くて。
もうもう、先生何であんなことしたのさっ。
俺の口にチョコ押し込むとか、ありえないよっ。
口の中の甘い味がまた戻ってきて、俺の顔は再び赤くなった。こんな寒い冬なのに、まるでユデダコみたいになってる俺、超ハズい。
とりあえず今日のことはすっかりきれいに忘れよう。じゃないと俺、明日から先生の顔、まともに見られないよっ。
俺はそう心に決めて、粉雪の舞う中、家へと向かった。
*
それからの毎日は、何事もなく過ぎた。
いつも通り先生のお手伝いして、いつも通り、馬鹿力の勝山をけなして、いつもどおり世良さんとかクラスメイトとかとおしゃべりして。
俺、案外高校生活エンジョイしてるっぽくね? 恋人はいないけどさ。
そして江嶋先生も、全然変わらない。「篠原、ちょっと来い」と呼ぶ声も同じ。
あのチョコ事件から、もう一月たつ。実はあれからチョコ食えなくなっちゃったし、俺。
忘れようとしてるって事は忘れられないって事だけど、出来るだけ俺は自然に過ごすよう、心がけた。生徒会長に立候補するって先生に宣言しちゃった手前、学級委員の仕事も、勉強も、もっとがんばろう、って思ったわけ。だって俺の評価が下がったら、俺を押してくれた先生の評価だって下がっちゃうんじゃないかって。
そんな俺を知ってか知らずか、先生はあのチョコなんて全然気にしてないみたいに、いつも通りで。それに俺はほっとしてた。
あのとき感じた彼の【信頼】のあかしが、このいつも通りの日々だって俺には思えて、だからほっとしてたんだと思う。
そして時間がたつのは早いもので、三学期の期末テストも終わって、ホワイトデーの今日、朝イチのHRで成績表を俺たちは受け取った。
そこに1位の文字を見つけて、俺は安堵した。俺は無事に首席へと返り咲いた俺を先生はどう見てるのかな? 次期生徒会長としてやってけるって、思ってくれたかな?
先生に思いを馳せていると、勝山が「あーっ、負けたっ、また負けたぁっ」と騒いでいるのが見えた。そして「篠原、やっぱお前一番?」と俺の席までやってきた。「次は頑張れよ、勝山」と嫌みを言ってやったら「うわ、いじわるやろうだっ」と勝山に羽交い締めにされた。
「ぐえぇっ、し、死ぬっはなせっ!」
首をぐっと押さえられて、マジ死ぬかと思った。
そんな騒がしい勝山が去った後「篠原君、今日ホワイトデーじゃない、どうなの?」と世良さんに聞かれた。返事に困ります。
慌てて彼女に顔近づけて、小声で訴えた。
「いや、だから、世良さんあのね」
「だって、あげたんでしょ?」
「あげたって言う感じじゃないし」
「でも食べたんでしょ?」
「まあ」
というか奪った感じだったけど。俺の小さな声に、だけど世良さんはなぜか自信満々。
「絶対今日何かあるって」
「何もない方がいいよ」
てゆーか、先生イベント事そんな好きじゃないよ。クリスマスの時の彼を思い出して、はあ、とため息が出た。そんな俺を彼女はたしなめる。
「だめ息なんか出さないの。もうすぐ1年生終わっちゃうじゃん。担任だって替わるし、今日が最後のチャンスかもしんないよ?」
「そんなこと言われても」
「だって、好きなんでしょ?」
「う……うん」
「じゃあ、チャンス逃しちゃだめだよ」
ああ、もう。チャンス逃したらだめってどうやったらいいのさ。とにかく俺は、ふつうに過ごして、生徒としてちゃんと見てもらいたい、って思ってて。この一月はそればっかり考えてたわけ。だってさ、先生の信頼は生徒である俺に対してのものだから。あの人が望む生徒になれたら、また俺は一歩進めるんじゃないか、ってことなんだ。俺は先生の【信頼】を勝ち得た特別な生徒になりたいんだ。
「あ、一限俺生物だしっ、世良さん物理でしょっ、生物室もう行かなきゃっ」
世良さんの追求から逃げるようにさっと席を立ち、教科書を持って廊下に飛び出した。女の子ってどうしてあんなに恋愛ごとに気合い入るのかな。俺がどうなろうと、世良さんには何にも関係ないじゃん。って思った瞬間。
「おお、コバンザメ、おはよう」
って声かけられた。うわ、会いたくない人間その2に会っちゃったよ。あ、その1はもちろん世良さんね。
てか最悪。日高先生なんで今教室から出てくるんだよ。
「お、おはようございます」
ここは挨拶だけでスルーだ。と思ったのにニヤニヤしてるよ、この人。絶対なんかタクラんでる。彼女から視線そらせたら、俺の持ってる教科書をみたのだろう日高先生が聞いてきた。その声すらニヤニヤしてる。
「コバンザメは生物?」
「は、はい」
「じゃあ、途中まで一緒に行こう、私書道準備室行くし、近いじゃん」
「いえ、結構です、一人で行きます」
「なんで、冷たいな」
「だって……」
「まとも返答できないならあきらめなさい」
先生は結局俺の隣を陣取り廊下を進む。はぁ、と小さなため息が出た。今日何度目のため息だよ俺。はあ、とさらに追加で息を吐いて、俺は窓の向こうを眺めた。三月は暦の上ではもう春。確かに寒さは和らいできてるけれど、でも校庭に立つ木々はまだ芽吹いてなくて、見える世界は冬だった。俺のハートだって寒々しいよ、くそ。
「あー、外はまだ冬ですね、早く芽が出たらいいのになぁ」
ぼそり呟いた俺を見て、先生は笑った。
「篠原、三月の別名、知ってるか?」
「え? 弥生ですよね、それくらい知ってますよ」
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