担任に一目ぼれしちゃったのでコバンザメとして頑張ります。

ちくわぱん

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握った決意 2

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 2月の廊下は超寒い。節分を過ぎたらもう立春で、テレビじゃ梅が咲いたとか言ってるけどさ、やっぱ寒い。俺、制服のポケットに両手慌てて突っ込んだ。でもよく考えたら、女の子ってこんな時にも生足だ。世良さんだって膝上のスカートの足下は紺ソしか履いてない。寒くないのかな。でもさすがに聞くのは失礼かと思い直し、全然違う話をする。
「世良さんも職員室に用なの?」
「そう、ちょっと日高先生に質問」
「はー、勉強熱心だね」
「て言うか篠原君の方がインフルエンザだったくせに5位ってすごいと思うんだけど」
 何で俺の順位知ってんのよ、世良さん。さては勝山が推理を披露しやがったな。あの野郎っ。1番とったと喜んでた勝山の顔を思い出してちょっとムカついた俺。

「イヤ、俺数学70点だった。答案返すとき江嶋先生苦笑いしてた」
「あはは。前回篠原君90点だったものね」
「そりゃ好き、……いや、担任だしね、がんばろうかなって思ってさ」
 やばいやばい、危うく好きな先生とか言うとこでした。もうホント、女の子ってどうしてこんな誘導尋問みたいな事してくんのかな。やめて欲しい。
 その後世良さんは女の子らしく明日のバレンタインの話を始めた。
「明日、彼氏にチョコ渡す予定なの。篠原君はあれからどうなの? ひと騒動もだいぶ落ち着いてきたじゃない?」
「いや、俺は予定なんて全然ないんだけど」
 だから男だから。まずチョコあげるが間違ってるし、相手も男なわけで。とか言えないし。
「ふーん、そっかぁ。じゃあ、今フリーなの?」
「フリー、といえばフリーですが」
「ふふ、じゃ、明日楽しみだねっ。篠原君、あれから超有名人だしっ。誰かからもらえるかもっ」
 イヤ、そういうのいらないし。俺、有名人じゃねぇし。つーか有名なのは男前な江嶋先生でしょ。返答に困って俺はちょっと顔をゆがめてあははと笑った。
「でも、実はまだ、振られた相手のこと思ってたりするの?」
 やっぱり女の子怖いっ。なんで言い当てるのよ。
「はは、もうその事は言わないでよ。ありがと。じゃあ、俺先生のとこ行くし」
 ちょうど職員室の前で彼女に手を振り、彼女は日高先生のところに、俺は江嶋先生のところに歩く。先生は何か書類を書いているのか小柄な背中をさらに丸くして、机にかじり付いていた。ああ、可愛い。とか思った俺。やっぱりどうしようもないバカです。

「江嶋先生」
 その背中に呼びかけると、先生は手を止めて俺を振り返った。
「悪いな来てもらって」
 相変わらず大きな黒い瞳。冬なのに、夏の名残のある焼けた肌。でも俺はそんな彼も好きなんだ。ああ、俺やばい、恋する目になってるかも。パシパシ瞬きして俺はあわてて生徒の目に戻った。そして彼に問いかける。
「先生、俺に用って?」
 すると先生は、小さな声で言った。
「前、進路指導室で言ったこと、覚えてるか? そろそろ返事をもらいたいんだ」
 その言葉聞いた瞬間、俺、全身が緊張した。だって、マジで完全に忘れてたんだもん。

「あ、あ、あ、……あの。その……」
 どどどどどどどうしようっ。焦ってパニックになり、まともな返答すら出来なかった俺を、先生は、寂しそうにみる。
「……だめか?」
「あ、あの、す、すみませんっ。考える時間がとれませんでしたっ」
 手に汗に握る、ってこのことだよ。俺は拳をきつく握りしめて腹くくって事実をいい、頭を下げた。そうしたら先生の寂しそうな顔は消えた。
「中間テストもあったし。なによりお前、インフルエンザだったしな。悪い。急かした俺がだめだった」
「もう少しだけ、時間ください」
「ああ、頼む。だけど、前も言ったように、俺はお前、向いてるって思ってるよ」
 先生はあのときと同じように、自信満々でそう言ってくれる。でも俺、ホントにヨコシマな気持ちしかないんだ。
「先生……おれを買い被りすぎです。俺そんな崇高な奴じゃないし」
 俺の呟きに先生は、ふふと笑った。
「ばかだなお前、高校生が崇高でどうする。ガキなんて見栄っ張りで自己アピールばっかで十分だよ。100点とってモテたいって思うのが当たり前なんだから」
 その声はとっても優しくて、笑ったおかげで垂れた目尻と眉毛が超可愛くて。ああ、先生その顔反則。俺の頬は一瞬で赤くなってしまった。俺のヨコシマな気持ちがバカみたいに膨らむ。

 すると先生、俺から視線逸らしちゃった。
「……コホっ、……篠原、もう帰れ。お前、まだ熱ありそうだぞ」
 ああ、もう俺の大バカ野郎。こんな職員室で先生の顔見て照れるとかどうかしてる。先生にまで恥かかせる気かよ。そのとき、俺の目の端に世良さんと彼女の質問に答える日高先生の姿が映った。やべぇっ、こんなとこ日高先生に直視されたら絶対また後でからかわれるっ。日高先生がこっち背中向けてて良かったよ。
「す、すみません。ちゃんと考えますからっ」
 ぺこりと頭を下げて、俺は慌ててそこから退出した。

 ああ、どうしよう。考えなきゃ。俺、マジで忘れてた。先生が俺を自信持って生徒会長に推薦してくれたってのに。動揺で握りしめすぎた手のひらの汗が、ハンパない。俺、どんだけバカだよ。
 でも先生が言うようにモテたい理由でいいのなら、先生に見てもらうために生徒会長やってもいいかも。とか思ってしまう。学級委員より大変なのは分かってるけどさ。
「はぁーー」
 盛大なため息をついた俺。
 俺ホントに、先生のことしか考えてない。どうやったら先生が俺のこと振り向いてくれんのかな?って、そればっかり。

 結局俺は家に帰ってもその結論を出せず、翌朝を迎えた。


      *


 バレンタインの朝は、雪景色だった。真っ白な粉雪が空から後から後から降ってきて、それはパウダーシュガーみたいに優しく降り積もる。
 女の子の勇気を応援してるのかもな、とホッコリした俺。
 そして、その日の放課後、美術準備室に足を向けた。その場所に行くのはテストやら何やらで、全然時間とれなくって、実はすごく久し振り。ま、呼ばれた理由はどうせまたキャンパス張りだろう。学級委員関係なんて教室や職員室で事足りるし。
 先生、何の絵描いてるんだろう、俺が冬休みに手伝ったキャンパスに描いてた絵は完成したのかな、と思いつつ、ノックをして扉を開けた。
 すると予想外の人がいたんだ。なんと世良さん。しかも江嶋先生いないし。
 なんで? なんで?
 戸惑いだらけで世良さんを見た俺に、クスクスと彼女が笑った。
「篠原君そんな驚いて、まるで蛇に睨まれたカエル。取って食べたりしないから大丈夫」
 先生が美術準備室で待ってるって言ったのは今目の前にいる世良さん当人だ。俺、それ信じてここに来たんだよ、昨日職員室に呼ばれたのと同じように。でも、違ったって事?

「あの、あの……」
「心配しないで、篠原くん。江嶋先生は数学教師同士で教科会議中」
 イヤ、そう言う問題じゃなくて。
「篠原君、コレあげる」
 彼女が俺に見せたもの。手のひらサイズの、それはどう見ても、チョコ。落ち着いたエンジとブラウンのチェックの包装紙で包まれたものだった。
 世良さんっ、彼氏と別れたのっ? 
 今度はチョコと世良さんの顔を行ったり来たりする俺の視線にやはり世良さんはまたクスクス笑った。
「違うよ、それは篠原君にあげるんじゃないの。篠原君がそれを江嶋先生に渡すの。篠原君、江嶋先生のこと好きなんでしょ?」
「……な、なんで、なんで……っ」
 まさかの指摘。俺の頭は完全パニック。どう言うことだよっ。

「だって、篠原君、先生のことすっごいすっごい見てるし、しかも先生に対しての、照れたり笑ったりした顔がね、もう恋してますって、感じなの。で、それ見て考えたわけ。篠原君が振られた相手が江嶋先生だったら、って。するとね、つじつまが全部合っちゃってさ」 
 すっごい楽しそうに彼女は言った。
 お、女の子って、マジでマジで恐ろしい……!
 そのとき俺は心底思ったんだ。
「昨日、職員室で江嶋先生に照れてたでしょ、篠原君」
「世良さん、お願いっ、誰にも言わないで!」
 もう俺はそれ以外彼女に言えなくて、素早く頭を下げた。昨日の俺まで見てたとかもう、どうしようもない。だけど、世良さんは続ける。
「あたしは篠原君にがんばって欲しいの。前にも言ったよね、好きな人とのこと、応援するよって。それにね、江嶋先生、あなたがインフルエンザで休んでるとき、すごく寂しそうだったんだ。で、篠原君が復活してからの先生、嬉しそうだもん」
 その言葉に、俺は下げてた頭を上げた。
「……うそ」
「だから、応援してるの。そのチョコあげるから、もし使えそうならなら使ってね、私は彼氏にちゃんと用意してるし。あ、それもちろんお店で買ったやつ、手作りじゃないから安心して」
 ふふ、と笑って彼女は俺の手のひらにそのチョコを押しつけ、美術準備室から出ていった。
 呆然としたまま、彼女を見送った俺。
 マ、ジ、ですか。
 
 ふと、思い出したのは日高先生の言葉。
『でも気を付けないとあっという間にほかの奴にバレるよ』
 日高先生、本当にばれちゃいました。しかも、女の子に。イヤ、女の子だから、かもしれない。勝山は気付いてないんだから。
 
 はあ、とため息をついて、手の中にいるチョコを見た。それは俺でも知ってるメジャーな製菓メーカーのもの。本当にわざわざ俺のために買ってくれたんだ、って思ったら、世良さんに申し訳なくなった。
 彼女が昨日俺に『篠原君はあれからどうなの?』って聞いたのは、俺が先生のこと好きかどうかを確認するためだったんだ、って今頃気付いた。

 世良さん、俺ね、まだ先生のこと大好きだよ。
 だってさ、今だって目をつぶれば、インフルエンザの時に耳元で聞こえた彼の声を鮮明に思い出してしまう。
『ふみあきくん』
『よく休めよ』
『ばーか、なに偉そうにしてんだ』
『……待ってるから』

 低くて、優しくて、そして俺のためだけに囁いてくれた、あの声。

 ああ、もう一回インフルエンザにかかりたい、なんてやっぱり俺はどんだけバカなんだ。

 だめだ、俺、もうどこまでもヨコシマだよ。
 先生、俺、生徒会長やるからさ、俺をもっと見てよ。だって先生、がんばってる俺が好きなんでしょ?
 俺、がんばるから。めっちゃがんばるから。

 先生。
 だから俺のこと、生徒じゃなくて、マジで好きになってよ、お願いだから。


 チョコを両手で握り、その決意を託すように胸に抱きしめたとき、ガラリと美術準備室の扉が開いた。
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