担任に一目ぼれしちゃったのでコバンザメとして頑張ります。

ちくわぱん

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握った決意 1

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 ああ、なんて事だろう。もうだるくってだるくって動く気も起こらない。でも窓の外は昨日からの寒波襲来で粉雪がこれでもかって舞ってて、今日学校行かなくってマジ良かった、なんてちょっと思った。
 俺は今、絶賛インフルエンザ中。熱が39度を行ったりきたり。母が朝出勤する前に代えてくれたアイスノンがたった2時間でもう温くなってるってのに、冷蔵庫にある新しいものと交換しに行く気力すらない俺。でも昨日は会社休んで看病してくれた。申し訳ないし、もう俺だって高校生だし、ひとりで大丈夫だよとちょっと強気になっちゃった。そして朝は37度まで熱が下がってたってのもあって、母は俺を残し仕事に行ってしまった。なのに、また熱がぶり返してヒーヒーなって母が恋しいとか思う俺ははっきり言ってまだまだお子さまな訳です。
 とりあえず病院でもらった解熱薬を飲んだから後は寝るに限ると、意識を熱すぎる体の奥に溶けさすべく目を閉じたんだ。


 俺がインフルになった一昨日のことを話すと、その朝、母さんが寝坊してお弁当作れなかったから売店でパン買ってと金を渡された。パンだって嫌いじゃないんだけど、売店めっちゃ込んでるからちょっとイヤだった、争奪戦なのよ、パンがね。腹減ってんのに手に入れるまで時間もかかるしさ。
 そのおかげでせっかくの昼休みがめっちゃ短くなっちゃって、江嶋先生のいる美術準備室に行けなかったんだ。しかも人混みにもまれて疲れたのか、なんか食べる気があまり起こんなくて、4つ買ったパンのうち3つも勝山に取られた。てめぇ、後で金返せよっ。
 しかも五時限目は体育だし、よけい時間ねぇ。って悔しかった。そんで始まった体育の授業。まず準備運動だとか言う体育教師のせいで校庭を走らされる。そのランニング中、俺は進路指導室をちら見してしまった。そしたら昨日江嶋先生に生徒会長立候補を打診された事を思い出した。
 ああ、どうしよう。ホント困る。俺なんて生徒会長の器じゃねぇよ。
 ハアハアと荒い息を吐きながら、もつれそうになる足を何とか動かす。気付いたら俺、みんなよりだいぶ遅れてるし。したら後ろから足の速い勝山が、『篠原っ、一周遅れだなっ』と俺の背中をドンっと叩いた。その瞬間、もつれそうだったものがついにもつれてしまい、俺はその場で倒れた。
『うわっ、篠原っ、わるいっ、ごめんっ、大丈夫っ?』
 慌てた勝山の声が聞こえる。だけど俺、動けなかった。
 こけただけじゃないのか?
 俺を抱き起こした勝山が『うわ、篠原、お前すっげぇあついっ』っつって、その後、保健室直行だったわけ。
 その間に頭から始まって体のあちこちに痛みが出てきた。ああ、こりゃ完全に病気です。
 なのに、力加減バカ男が、
『篠原もしかしてインフルエンザ? 俺にも移せよ、授業さぼりたいっ』
ってばしこんと俺のデコを弾く。こちとら頭痛と筋肉痛と関節痛で死にそうだってのに、お前なんだよっ! そう怒鳴りたかったけどそれすら出来なくて、結局勝山は保健の先生に『騒がしいので出て行って下さい』って怒られてた。あいつ、保健委員じゃないほうが絶対いいと思う。コレばっかりは保健の先生だって同意してくれるはず!
『篠原、案外病気に弱いんだなぁ。俺がしっかり看病てやるよ。俺、小児科医志望だから大丈夫だ、お下のお世話なんて朝飯前よっ』
『俺は新生児じゃねぇっ! トイレの世話もいらねぇしっ、お前とっとと教室戻れっ!』
 ぜぇぜぇ言いながら叫んだが小声だった俺。そんな俺に『篠原君、病人は静かにしましょう』とカーテン越しに保健の先生の冷たい言葉が振ってきた。
 帰れよと口パクで勝山に何度も伝えてたけど、結局あいつはチャイムなるまで俺の横にいた。要するに体育サボったんだよ。さすがに六限目はサボれなかったみたいだけどな。
『勝山くん、あなたが心配なんですねぇ。では篠原くん、しばらく寝ておいて下さい。何かあったら声かけて下さい』
 保健の先生は穏やかにそう言うと、あいつが開きっぱなしにしたままのカーテンを丁寧に閉めてくれた。

 それから俺はあっという間に寝てたらしく、ハッと気付いたのはもう5時をすぎていた。扉が開いた音で目が覚めたんだ。ベッドを仕切るカーテンの向こうから話し声が聞こえる。
『篠原の容態はどうですか? 彼の母親から電話がありました。あと30分ほどで迎えに来るそうです』
 それは江嶋先生の声だった。
『分かりました。彼はインフルエンザの可能性が高いです。早めに病院に連れて行くべきでしょうね』
『そうですか……篠原、しんどいでしょうね』
 江嶋先生の妙に憂う声に、ああ、あなたの顔がみたい、と思ってしまった。でもそれはかなわなくて。
『すみません、本当は俺がここにいるべきなのでしょうが、どうしてもはずせない会議がありまして、彼の母親が来たらよろしくお伝え下さい』
『はい、お任せください』
 ああ、先生、今日は美術準備室にも行けなかったのに……もうやだ、やだよ先生。このカーテン開けてよ。そんなこと思って、だけどハッと気付いたら目の前には見慣れた母親の顔。
『あ、起きた? とりあえず、がんばって歩こうか、車まで』
 結局俺は江嶋先生の声を聞いてる最中にまた、眠りこけてたみたいです。
 まあ、そういった経緯で今日も家で寝て、うなってるわけ。

 

 そうして、どれくらい寝てたのか、熱くて熱くて、汗かいて俺は目が覚めた。
 寝過ぎてぼーっとした頭で思ったこと。
 江嶋先生、今頃授業してるんだろうな。あの綺麗な手でチョーク握って、きれいな字で何の公式書いてんのかな。あの綺麗な手で絵筆握って、俺が張るの手伝ったキャンバスに何の絵描いてるんだろう。ああ、美術準備室、行きたい、先生の横顔みたい。
 眠りから目覚めた瞬間、頭にわいたのは江嶋先生のことで。俺、雪がひどいから学校行かなくて良かったとか思ってたくせに、やっぱり、行きたかったんじゃん。って我ながら笑えた。

 ああ、熱い。汗だく。てか熱下がったかな。
 布団からよいしょと起き上がり、俺は汗でぐっしょりな寝間着を脱いだ。そして、新しいのに着替えると脱いだやつ持って脱衣カゴまで運んだ。そんで喉乾いたな、スポーツドリンクでも飲むか、と冷蔵庫に寄った。冷蔵庫を開ければ、中にはプリンやらヨーグルトやらなんか喉ごしの良いものばかり置いてあった。
 そういえば、お腹すいたら食べなさい、って母さん言ってた気がするな。つーか、うん、腹減った。お腹すいたってことは俺、ちょっと元気になってことじゃね? と浮かれてヨーグルトを開けた。スプーンで冷えたヨーグルトをすくって口に運ぶ、超うまいっ。
 あっという間にヨーグルト平らげて、そんで500ミリのペットボトルに入ったスポーツドリンクを一気飲みした俺は、ほう、と一息をついた。

 そのとき、プルルルル、プルルルル、と電話が鳴った。母さんもいないし仕方ない、出るか、と受話器を取れば『○○高校1年A組の担任、江嶋と申しますが、史彰(ふみあき)くんの具合はいかがですか?』と名乗られた。
 俺、熱下がったはずだったのに一瞬で身体中3度は上昇した気がした。だってだって、先生の声が、俺の耳元で……っ!
 つーか、ふみあきくんって、ふみあきくんってっ! 先生俺のこといつも『篠原』って呼び捨てにしてるのにっ、マジですかっ。うわーーー、ど、ど、どうしよう。すっげえ恥ずかしいっ。
 ぎゅう、と受話器を握りしめて、俺は固まった。
『……もしもし?』
 ハッ、しまったっ、沈黙してしまったっ!
「あ、あの……俺です」
 おどおどしながら、名乗る俺。すると先生は、ほっとした声を出した。
『ああ、篠原。良かったお前か。どうだ、具合は。電話出られるってことは熱下がったのか?』
「あ、はい。今は下がってます」
『そうか。しんどくないか? よく休めよ』
 先生、やっぱり不器用。いたわりの言葉がめっちゃ少ないです。でも、これでも精一杯してくれてるんだと思う。だって時計見たら午後四時過ぎ、HR終わってすぐに俺に電話かけてくれたんだよ。もう、それだけで嬉しい。

「ありがとうございます。復活したらまた、ちゃんと学級委員としてお手伝いしますから、それまで、少し待っててください」
『ばーか、なに偉そうにしてんだ』
 クスクス笑った先生。ああ、幸せです俺。
「いいじゃないですか。大変でしょ、ひとりでプリント運ぶの」
『今は勝山を筆頭にほかの奴らが手伝ってくれてるよ。でもうるさいな、アイツ』
「はははっ」
 ケラケラ笑ったら、
『元気そうで良かった。……待ってるから』
と静かな声。
 俺の体温、今度は5度くらい上昇したんじゃないか、って思った。先生、反則ですその声、その言葉。『待ってる』とかもう俺、このまま昇天しちゃいそう。
「……はい」
 何とか返事して、受話器を置いた。
 ああ、今すぐ先生に会いたいっ、ってバカな俺は思ったけれど、結局俺の熱は翌朝もぶり返し、ラストに土日も挟んで計10日も学校を休んでしまった。

 しかも俺が復活してすぐに3学期の中間試験が始まった。学生の本分、勉強がこの10日間全く出来なかったってのに。


   *

 病み上がりで受けた中間試験は、ぶっちゃけ散々で、俺、ついに首席脱落確定な点を取った。
 そして今日2月13日、成績結果が一人一人に配られて、
「篠原、やったぜっ、俺1番だったっ」
と嬉しげな声を上げた勝山が俺に成績表をひらひら見せた。すげームカつく。ていうか、首席脱落より江嶋先生の数学が70点だったことが、俺の中では一番痛かった。
「篠原、おまえ何位だった?」
 ニコニコ顔の勝山に聞かれて、俺の落ち込みは加速する。
「るせ、お前になんて言わねぇよっ」
「ケチだなぁ。もういいよ、勝手に推理するから。俺の情報によると、2番が池本なんだ、そして3番が世良さん。ってことはお前は4か5じゃないかな? まさか10位以下ってことはないと思うんだけど」
 はい図星です。俺、5位でした。
 国語95点。英語90点。生物85点。日本史90点。そして数学が70点。これが俺の成績。勝山は生物が100点で、数学も97点だったらしい。さすが小児科医目指してるだけある。あの江嶋先生のテストで97ってかなりだよ。

 休み時間のざわつきの中、勝山のたいして推理らしくもない推理を聞いてたら、先生が教室に入ってきた。6限が終わった今、今日最後のHRが始まる。先生はちょっとだけプリント持ってきてた。それ見て、さっき先生に呼ばれなかったな。と残念な気持ちになる。俺やっぱり完璧にコバンザメなのかな。
「ほら、みんな席に着け」
 クラスメイトたちが各々の席に着き、静かになったのを確認した先生が、話し始めた。
「明日は皆が知ってるとおりバレンタインデーだ」
 その瞬間、折角静かになった教室が一瞬で騒音まみれになった。

「誰か俺にチョコを恵んでくれっ」
「おまえ、どーせ彼女にもらうんだろっ」
「あんたなんかにあげないわよっ」
「こーなったら、俺が作って告るっ」
「せんせーも彼女にもらうの? いいなーいいなー」
「やだ、あたし先生に作っちゃうからっ」
「もらってせんせーっ」


「うるせぇよお前等、俺の話を最後まで聞け。明日のことで浮かれてる奴も悔しがる奴も、チョコあげたくてウズウズする奴もいるかと思うけど、渡すのも受け取るもの必ず放課後にしろ。授業中に見つけたら取り上げるからな、ちゃんと隠しとけよ」
「はぁーい」
 ざわめきの中で生徒たちが適当な生返事を返したのに、苦笑した先生だったけど「じゃ、あとコレ、親に渡しておけよ」とプリントを配ってHRは終了した。

 ああ、明日はバレンタインかぁ。すっかりそんなこと忘れてたよ。つーか、俺がチョコあげたいのはもちろん江嶋先生で。だけど、女の子のイベントじゃんコレ。そんなの出来る訳ないし。
 先生、どうするのかな。彼女と別れた、って言ってたけど、今はどうなんだろう。もう次の人見つけたんだろうか。
 俺、先生が大人の女性からチョコレート受け取って、嬉しそうに笑ってる姿を脳味噌に描いてしまって、ぐっと胸の奥が苦しくなった。ああ、俺はやっぱりまだまだ、先生のことが好きなんだ。苦しい胸をかきむしりたくなった。

「……はらっ、しーのーはぁーらぁーっ!」

 勝手に妄想して自分で自分苦しめてたバカな俺は、目の前で勝山が俺の名前連呼してることに気付いてなかった。慌てて顔上げてこいつを見る。

「え、え? なに?」
「だから、先生が呼んでるって。世良さんが言ってる、職員室来いって」
 勝山の顔が廊下を向く。ソコには世良さんが俺を手招きしてた。
「ありがと、勝山」
「どーいたしまして」
 けらりと笑った勝山と別れ、俺は世良さんの隣を歩く。
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