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震える体 2
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「もう見込みないってわかってるのに、まだ好きなの?」
「はい……大好き、なんです。その人のこと」
「そっか、わかったわ」
彼女は、なんか晴れ晴れした顔で、俺を見た。彼女の顔に胸が痛んだ。
「ご、ごめんなさい」
震える声で謝ってペコリと頭を下げた俺に、北川さんは笑う。
「もう、なんで? 振られたのあたしなのに、何で篠原くんが泣きそうな顔してるの? やめてよもう」
唇をかみしめて、震えるのを何とか押さえたけど、彼女に返事はできなかった。
胸が痛んだ理由、それはわかってる。彼女は断った俺に、ちゃんと諦めた顔見せてくれた。なのに俺は、まだ諦めきれず先生が好きで、そんな理由で彼女を振った。
そして扉を開けた北川さんは「いつか踏ん切りついたら、またあたしのこと思い出してみてね。あたし地元の大学受けるから、案外近くにいるよっ」と言い、美術準備室から出ていった。
「しのはら……」
先生の声が聞こえる。でも、俺先生のほう振り向けなかった。また言っちゃったから。先生が好きだって言うつもりなんて無かったのに。
でも、他の人に好きって言われても、俺にはそれに答えられる余裕なんてないって気付いてしまった。
今もまだ、好きなんだ。あなたが……
「篠原、すまない」
「あ、あや、っ謝んないでくださいっ」
かみしめてた唇を何とか開いてそれだけ言ったら、高ぶりすぎた感情ををどうにも出来ずに目からポロポロ涙がこぼれてきた。
北川先輩。ごめんなさい……でも俺、俺、
先生が、好きです。こんなに、こんなに、好きなんです……っ
「ひ……っ」
肩を震わせて泣く俺を先生がぎゅって後ろから抱きしめてくれて、何度も謝る。
「ごめん、っごめん……っ」
「う、……ぁっ」
ごめんの言葉の後ろには、多分、好きになってやれなくてごめんな、とか、断ってごめんなとか、俺はお前をそういう対象でみれないよ、とか、そんな言葉が見え隠れしてるってわかってる。だからどうしようもないんだってわかってる。
でも、それでも
「すみま、せ、俺、まだ、好き、です……せんせ、が、」
「うん、わかってる、わかってるから」
手の届かない人だと知ってるのに、どうしてなくならないんだろう。この人が俺のこと好きになってくれる事なんてあり得ないのに、どうして、どうして。
キーンコーンカーンコーンって昼休みが終わる予鈴が鳴り響いた。
「俺、迷惑、かけませんから、っ教室かえりますっ」
ぐっと涙を拭って、先生の腕振り払って、俺は美術準備室を飛び出した。せっかくこの一週間昼休みは先生のそばにいられたのに、こんな泣いてしまったらまたいられなくなっちゃうじゃん。好きだなんて言ってまた困らせて。
日高先生、俺、頑張れそうにないよ。先生を振り向かせるとか、どうやったらいいの?
傍にいるだけで嬉しいけど、でも、泣いてしまう。
好きなんだって、俺だけが好きなんだってわかる度に、涙が出る。俺、こんな泣き虫野郎だったけ? 信じられない。すげぇ悔しい。俺ばっかり好きで、俺ばっかり辛いとか。
*
HRも終わった放課後、なんか泣いちゃって目が重たいし早く帰って今日は寝よう、て思って鞄をよいしょと持ち上げたとき、
「篠原、ちょっと来い」
って声がした。それはもう職員室に戻ってたはずの江嶋先生。
「は、はい」
いったいなんだろう。またキャンバス張り? それとも、もう美術準備室来るなって言いたいのかな?
先生の後ついて廊下に出れば、そこは大寒で寒くて冷え冷えしてたけど、俺の心は妙にドキドキしてて、寒さをあまり感じなかった。たった2週間程度で二回も告ってしまって二回も泣いてしまった訳だし、寒くないのも仕方ないか。なんて思いつつ、先生の後ついていったんだ。
案内された場所は、進路指導室。進路って俺まだ1年だし早くね?
そこには、江嶋先生だけじゃなくて、日高先生もいた。
日高先生は俺が江嶋先生に告白したこと知ってるし、江嶋先生だって、俺に告られたこと日高先生にバレれてるの知ってるし、どう言うこと?
あ……俺、今日泣いちゃって、また好きとか言っちゃったんじゃんっ。だからもうそゆ事言うのやめてくれないかって事を俺に伝えるために二人がここにいるってことじゃない?
そう感じたらドキドキが急に変化して、不安でしょうがなくなった。
だって今、もう好きになるなとか言われても、俺、無理だもん。先生が好きなんだ。まだ、すげえ好きなんだ。
「あ、あの……なんでしょうか」
二人の顔を交互に見て、おそるおそる声だした俺。そしたら、江嶋先生が言った言葉。
「篠原、来年度の生徒会長、立候補してくれないか」
「え、え……せ、生徒っ、?」
想像してたことと余りに違いすぎて、俺、めっちゃびっくりした。生徒会長って、そんな大役!?
「い、いきなりっ、な、なにをっ」
「いきなりじゃねぇよ、もう1月も終わるじゃねぇか。事前に声かけてるんだよ。5月に選挙があるから、それまでにある程度決めとかないといけないからさ」
戸惑ってどもる俺に江嶋先生は考えてほしいと頭を下げたけど、その隣の日高先生は、ニヤニヤしてる。
「コバンザメ、あんた第一候補者だよ。あんたが会長オッケーしたら、後の役員なんて芋ズル式にすぐ決まるから。誰も生徒会長なんてやりたくないじゃん。お前江嶋先生が言えば絶対イエスだろ?」
え、それって、俺なら拒否しないって言う低レベルな理由?
唖然として日高先生を見たら、彼の隣にいた江嶋先生から、めっちゃ低い声がした。
「……おい、日高先生、それおかしいじゃねぇか」
なんか、ドス聞いてて、超怖いんですけど……もしかしてじゃなく、先生、お、お、怒ってる?
でも日高先生は飄々としてる。
「だってコバンザメはアンタに惚れてるから、アンタの言うこと何でもきくだろ?」
「好き嫌いで生徒会長決めるとかオカシイだろ。コイツはいつもちゃんと学級委員の仕事して、すごく信頼できる奴なんだ。俺んこと好きなのを利用してるわけじゃねぇ。俺はコイツの日々の努力とか働きに、俺は生徒会を任せられる人材だって確信してるから職員会議で篠原を推薦したんだよ」
「そんな息巻いて反論しなくてもいいじゃないですか、江嶋先生。実際篠原はアンタんこと好きなんだから、それは事実でしょ」
「篠原をバカにしてんじゃねぇよ。俺は人の気持ちを揚げ足取るように利用する輩は大っ嫌いだ」
「ははっ、アンタの好き嫌いとか感情云々なんてどうでもいいんですよ。私にしたら、さっさと生徒会長候補決まればいいだけだし、何でも利用するから」
「お前……最低だな」
日高先生を睨む視線と一緒にさらに低い声で吐き捨てた江嶋先生は、今度は俺に向き直った。
「篠原、コイツの言うことなんて聞かなくていいから、どうするか考えて結果を後で俺に言え。2月半ばくらいまでに決めてほしい。それから、俺はお前に生徒会長の素質が十分あるって確信してるからな」
江嶋先生は、イライラした、でもしっかりした声でそう言うと、進路指導室を出ていった。
俺、驚いちゃってただ呆然として二人のやりとり見てるだけしかできなくて。結局日高先生に、「悪いことしたね、篠原」と謝られてようやく喋れた。
「いえ、俺が江嶋先生のこと好きなのは事実ですし別に謝る必要はありません」
「ふふ、お前の方が大人だな、あいつより」
江嶋先生がいなくなったとたん、さっき意地悪だった日高先生が、いつもの雰囲気に戻った気がする。
ていうか、今の喧嘩……
「日高先生、なんであんなに江嶋先生が怒るようなこと、言ったんですか? あれ、わざとじゃ……」
「さすが、篠原。やっぱお前江嶋先生より大人だよ。あいつが怒るなんて、生徒のこと以外じゃ皆無だろうから。じゃあお前だったらどんだけ怒るか実験したくなったってわけ」
ハハハ、ってひと笑いした彼女は、「ごめんなさい」ともう一度俺に頭下げて謝って真面目な顔に早変わりした。
「あいつさ、いっつも自己完結じゃん。迷っても人に頼ることなく、自分で落とし前つけるタイプ。それってかっこよく見えるよね、ぱっと見。で、逆にお前はわからなかったら私とかに頼むじゃん。私からしたら、お前みたいにちゃんと人に頼れて、質問して、疑問を解消しようとする気持ちがすごい大切だと思うんだ。でもあいつ、そういうことしてこなかったから、一人で何でも決めちゃう。だから、恋愛下手なんだよね」
「それって、江嶋先生のこと振った元彼女さんのこと、言ってるんですか?」
日高先生はうなずいた。
「何で別れたか知らないって前に言ったけど、あれ実は半分くらい嘘。私はあいつらがまだ付き合ってた頃に、友達から何度か相談受けてたんだ。そして自己完結ばっかするあいつのこと、友達がついに『もう疲れた』って言ったとき、ああ、江嶋先生に言っとけば良かった、って思った。ちゃんと気持ち伝えて恋人頼りなさいって。ホント不器用じゃない? あの恋愛音痴バカ。喧嘩すら無かったらしいから。誰だって恋人の本心見えないって結構辛いもんじゃん?」
「不器用なの、知ってます。あの人の優しさは、すげぇ分かりにくいって。でも、江嶋先生、本質は間違ってないと思うから」
「はぁ。篠原、ほんとだいぶ重症だね。言っとくけど、あいつは恋人に向かないと思うよ? お前にまず相談なんてしないし、自分で決めたら基本ゆずらないから。これは同僚として感じてることだけど、決めた事についてはよりレベル高い理論で打破しないと、納得しない。超めんどくさい男」
彼女の言ってくれたことは、俺にはもう十分すぎるほど。
「わかってます。でも……好きなんです」
どうしようもないって気付いたんだ。俺は先生のこと、どうしようもないほど好きだって。
「恋は盲目、ってことか。ふふ。しかし、あいつ予想よりかなり怒ってたな。なかなかイイ顔だったな」
日高先生は、真面目な顔からいつもの俺を小馬鹿にしたような笑みを見せて、「頑張れよ、コバンザメ」と手を振って進路指導室を出ていった。
そして一人残された俺は、さっき教室で考えてた事とは全然違う悩みで頭がいっぱいになってしまった。
生徒会なんて考えてもいなかった。ていうか、俺が一生懸命学級委員してたのだって、江嶋先生と一緒にいたいって言うヨコシマな気持ちが原動力だったわけで。
俺は自分に都合がいいからって今学期も学級委員になったんだよ。江嶋先生、俺のこと、過大評価してるだけじゃん。
彼への感情の行方すら、まだ定かになってないってのに。
「うわ、どうしよう……生徒会なんて」
急に沸いてきた責任という恐怖に鳥肌が立ち、体が勝手に身震いした。
悩みながらもここにいるわけにいかない、とりあえず帰ろうと扉を開けたら、厳寒な冷気がまるで俺の俗物な感情をあざ笑うかのように肌をなでて、俺の体はまた震えた。
「はい……大好き、なんです。その人のこと」
「そっか、わかったわ」
彼女は、なんか晴れ晴れした顔で、俺を見た。彼女の顔に胸が痛んだ。
「ご、ごめんなさい」
震える声で謝ってペコリと頭を下げた俺に、北川さんは笑う。
「もう、なんで? 振られたのあたしなのに、何で篠原くんが泣きそうな顔してるの? やめてよもう」
唇をかみしめて、震えるのを何とか押さえたけど、彼女に返事はできなかった。
胸が痛んだ理由、それはわかってる。彼女は断った俺に、ちゃんと諦めた顔見せてくれた。なのに俺は、まだ諦めきれず先生が好きで、そんな理由で彼女を振った。
そして扉を開けた北川さんは「いつか踏ん切りついたら、またあたしのこと思い出してみてね。あたし地元の大学受けるから、案外近くにいるよっ」と言い、美術準備室から出ていった。
「しのはら……」
先生の声が聞こえる。でも、俺先生のほう振り向けなかった。また言っちゃったから。先生が好きだって言うつもりなんて無かったのに。
でも、他の人に好きって言われても、俺にはそれに答えられる余裕なんてないって気付いてしまった。
今もまだ、好きなんだ。あなたが……
「篠原、すまない」
「あ、あや、っ謝んないでくださいっ」
かみしめてた唇を何とか開いてそれだけ言ったら、高ぶりすぎた感情ををどうにも出来ずに目からポロポロ涙がこぼれてきた。
北川先輩。ごめんなさい……でも俺、俺、
先生が、好きです。こんなに、こんなに、好きなんです……っ
「ひ……っ」
肩を震わせて泣く俺を先生がぎゅって後ろから抱きしめてくれて、何度も謝る。
「ごめん、っごめん……っ」
「う、……ぁっ」
ごめんの言葉の後ろには、多分、好きになってやれなくてごめんな、とか、断ってごめんなとか、俺はお前をそういう対象でみれないよ、とか、そんな言葉が見え隠れしてるってわかってる。だからどうしようもないんだってわかってる。
でも、それでも
「すみま、せ、俺、まだ、好き、です……せんせ、が、」
「うん、わかってる、わかってるから」
手の届かない人だと知ってるのに、どうしてなくならないんだろう。この人が俺のこと好きになってくれる事なんてあり得ないのに、どうして、どうして。
キーンコーンカーンコーンって昼休みが終わる予鈴が鳴り響いた。
「俺、迷惑、かけませんから、っ教室かえりますっ」
ぐっと涙を拭って、先生の腕振り払って、俺は美術準備室を飛び出した。せっかくこの一週間昼休みは先生のそばにいられたのに、こんな泣いてしまったらまたいられなくなっちゃうじゃん。好きだなんて言ってまた困らせて。
日高先生、俺、頑張れそうにないよ。先生を振り向かせるとか、どうやったらいいの?
傍にいるだけで嬉しいけど、でも、泣いてしまう。
好きなんだって、俺だけが好きなんだってわかる度に、涙が出る。俺、こんな泣き虫野郎だったけ? 信じられない。すげぇ悔しい。俺ばっかり好きで、俺ばっかり辛いとか。
*
HRも終わった放課後、なんか泣いちゃって目が重たいし早く帰って今日は寝よう、て思って鞄をよいしょと持ち上げたとき、
「篠原、ちょっと来い」
って声がした。それはもう職員室に戻ってたはずの江嶋先生。
「は、はい」
いったいなんだろう。またキャンバス張り? それとも、もう美術準備室来るなって言いたいのかな?
先生の後ついて廊下に出れば、そこは大寒で寒くて冷え冷えしてたけど、俺の心は妙にドキドキしてて、寒さをあまり感じなかった。たった2週間程度で二回も告ってしまって二回も泣いてしまった訳だし、寒くないのも仕方ないか。なんて思いつつ、先生の後ついていったんだ。
案内された場所は、進路指導室。進路って俺まだ1年だし早くね?
そこには、江嶋先生だけじゃなくて、日高先生もいた。
日高先生は俺が江嶋先生に告白したこと知ってるし、江嶋先生だって、俺に告られたこと日高先生にバレれてるの知ってるし、どう言うこと?
あ……俺、今日泣いちゃって、また好きとか言っちゃったんじゃんっ。だからもうそゆ事言うのやめてくれないかって事を俺に伝えるために二人がここにいるってことじゃない?
そう感じたらドキドキが急に変化して、不安でしょうがなくなった。
だって今、もう好きになるなとか言われても、俺、無理だもん。先生が好きなんだ。まだ、すげえ好きなんだ。
「あ、あの……なんでしょうか」
二人の顔を交互に見て、おそるおそる声だした俺。そしたら、江嶋先生が言った言葉。
「篠原、来年度の生徒会長、立候補してくれないか」
「え、え……せ、生徒っ、?」
想像してたことと余りに違いすぎて、俺、めっちゃびっくりした。生徒会長って、そんな大役!?
「い、いきなりっ、な、なにをっ」
「いきなりじゃねぇよ、もう1月も終わるじゃねぇか。事前に声かけてるんだよ。5月に選挙があるから、それまでにある程度決めとかないといけないからさ」
戸惑ってどもる俺に江嶋先生は考えてほしいと頭を下げたけど、その隣の日高先生は、ニヤニヤしてる。
「コバンザメ、あんた第一候補者だよ。あんたが会長オッケーしたら、後の役員なんて芋ズル式にすぐ決まるから。誰も生徒会長なんてやりたくないじゃん。お前江嶋先生が言えば絶対イエスだろ?」
え、それって、俺なら拒否しないって言う低レベルな理由?
唖然として日高先生を見たら、彼の隣にいた江嶋先生から、めっちゃ低い声がした。
「……おい、日高先生、それおかしいじゃねぇか」
なんか、ドス聞いてて、超怖いんですけど……もしかしてじゃなく、先生、お、お、怒ってる?
でも日高先生は飄々としてる。
「だってコバンザメはアンタに惚れてるから、アンタの言うこと何でもきくだろ?」
「好き嫌いで生徒会長決めるとかオカシイだろ。コイツはいつもちゃんと学級委員の仕事して、すごく信頼できる奴なんだ。俺んこと好きなのを利用してるわけじゃねぇ。俺はコイツの日々の努力とか働きに、俺は生徒会を任せられる人材だって確信してるから職員会議で篠原を推薦したんだよ」
「そんな息巻いて反論しなくてもいいじゃないですか、江嶋先生。実際篠原はアンタんこと好きなんだから、それは事実でしょ」
「篠原をバカにしてんじゃねぇよ。俺は人の気持ちを揚げ足取るように利用する輩は大っ嫌いだ」
「ははっ、アンタの好き嫌いとか感情云々なんてどうでもいいんですよ。私にしたら、さっさと生徒会長候補決まればいいだけだし、何でも利用するから」
「お前……最低だな」
日高先生を睨む視線と一緒にさらに低い声で吐き捨てた江嶋先生は、今度は俺に向き直った。
「篠原、コイツの言うことなんて聞かなくていいから、どうするか考えて結果を後で俺に言え。2月半ばくらいまでに決めてほしい。それから、俺はお前に生徒会長の素質が十分あるって確信してるからな」
江嶋先生は、イライラした、でもしっかりした声でそう言うと、進路指導室を出ていった。
俺、驚いちゃってただ呆然として二人のやりとり見てるだけしかできなくて。結局日高先生に、「悪いことしたね、篠原」と謝られてようやく喋れた。
「いえ、俺が江嶋先生のこと好きなのは事実ですし別に謝る必要はありません」
「ふふ、お前の方が大人だな、あいつより」
江嶋先生がいなくなったとたん、さっき意地悪だった日高先生が、いつもの雰囲気に戻った気がする。
ていうか、今の喧嘩……
「日高先生、なんであんなに江嶋先生が怒るようなこと、言ったんですか? あれ、わざとじゃ……」
「さすが、篠原。やっぱお前江嶋先生より大人だよ。あいつが怒るなんて、生徒のこと以外じゃ皆無だろうから。じゃあお前だったらどんだけ怒るか実験したくなったってわけ」
ハハハ、ってひと笑いした彼女は、「ごめんなさい」ともう一度俺に頭下げて謝って真面目な顔に早変わりした。
「あいつさ、いっつも自己完結じゃん。迷っても人に頼ることなく、自分で落とし前つけるタイプ。それってかっこよく見えるよね、ぱっと見。で、逆にお前はわからなかったら私とかに頼むじゃん。私からしたら、お前みたいにちゃんと人に頼れて、質問して、疑問を解消しようとする気持ちがすごい大切だと思うんだ。でもあいつ、そういうことしてこなかったから、一人で何でも決めちゃう。だから、恋愛下手なんだよね」
「それって、江嶋先生のこと振った元彼女さんのこと、言ってるんですか?」
日高先生はうなずいた。
「何で別れたか知らないって前に言ったけど、あれ実は半分くらい嘘。私はあいつらがまだ付き合ってた頃に、友達から何度か相談受けてたんだ。そして自己完結ばっかするあいつのこと、友達がついに『もう疲れた』って言ったとき、ああ、江嶋先生に言っとけば良かった、って思った。ちゃんと気持ち伝えて恋人頼りなさいって。ホント不器用じゃない? あの恋愛音痴バカ。喧嘩すら無かったらしいから。誰だって恋人の本心見えないって結構辛いもんじゃん?」
「不器用なの、知ってます。あの人の優しさは、すげぇ分かりにくいって。でも、江嶋先生、本質は間違ってないと思うから」
「はぁ。篠原、ほんとだいぶ重症だね。言っとくけど、あいつは恋人に向かないと思うよ? お前にまず相談なんてしないし、自分で決めたら基本ゆずらないから。これは同僚として感じてることだけど、決めた事についてはよりレベル高い理論で打破しないと、納得しない。超めんどくさい男」
彼女の言ってくれたことは、俺にはもう十分すぎるほど。
「わかってます。でも……好きなんです」
どうしようもないって気付いたんだ。俺は先生のこと、どうしようもないほど好きだって。
「恋は盲目、ってことか。ふふ。しかし、あいつ予想よりかなり怒ってたな。なかなかイイ顔だったな」
日高先生は、真面目な顔からいつもの俺を小馬鹿にしたような笑みを見せて、「頑張れよ、コバンザメ」と手を振って進路指導室を出ていった。
そして一人残された俺は、さっき教室で考えてた事とは全然違う悩みで頭がいっぱいになってしまった。
生徒会なんて考えてもいなかった。ていうか、俺が一生懸命学級委員してたのだって、江嶋先生と一緒にいたいって言うヨコシマな気持ちが原動力だったわけで。
俺は自分に都合がいいからって今学期も学級委員になったんだよ。江嶋先生、俺のこと、過大評価してるだけじゃん。
彼への感情の行方すら、まだ定かになってないってのに。
「うわ、どうしよう……生徒会なんて」
急に沸いてきた責任という恐怖に鳥肌が立ち、体が勝手に身震いした。
悩みながらもここにいるわけにいかない、とりあえず帰ろうと扉を開けたら、厳寒な冷気がまるで俺の俗物な感情をあざ笑うかのように肌をなでて、俺の体はまた震えた。
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