担任に一目ぼれしちゃったのでコバンザメとして頑張ります。

ちくわぱん

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震える体 1

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 それからの俺は、ずいぶんと先生に熱心になった。昼休み、時間があれば先生のいる美術準備室へ向かう。なにする、ってわけじゃないけど、先生に会いたくて。先生が何をしてるのか知りたくて。もちろんあの人は絵を描いてるだけだってわかってるけどさ。

 今日もさっさと昼飯を終えて、時計を見ればまだ20分ほど時間があったから、俺は勝山にちょっと用事、と言って教室を出た。
 教室はエアコンが効いて暖かいんだけど、ドア開けたとたん、猛烈な冷気に体がびっくりしてブルって体が震えた。
「篠原~ちゃんとドア締めろよ~」
 と後ろから勝山の声が聞こえる。そんなの言われなくてもわかってるから。
「お前こそ、思い切り閉めすぎてドア壊すんじゃねぇよ」
 と仕返しの一言を残して、俺はきっちりとドアを閉めて廊下を歩いた。
 1月も終わりかけのこの頃から2月4日の立春までの期間は大寒と呼ばれて、一年の中でも最も寒いといわれている時期だ。江戸時代に書かれた『暦便覧』では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説明されてるほどだから、昔もさぞ寒かったんだろうなぁ。今だって廊下の窓の外は粉雪が強い北風で煽られて舞い上がってる。
「はぁー、見てるだけで寒い~」

 足早に向かった美術準備室は、俺が先生に振られた場所。わかってるけど、ドア開ける前にどうしても一瞬躊躇してしまう。二週間ほど前のこと思い出して、体が固くなっちゃうんだ。だから俺、一回深く深呼吸して、そして心の中で「よしっ」って気合い入れてからノックして、ドア開ける。
 開けた先は外と比べるとほんのり暖かい、教室よりは寒いけど。それは先生が4限目終わってすぐ美術準備室に来て、暖房をつけてるって言う証拠。その押しつけがましくない穏やかな温もりは、なんか先生の優しさみたいな気がするのは、俺の欲目だろうか。
 先生はそんな俺の気合いとか感想なんて知りもしないから「お? どうした篠原」って軽く声を掛けてくれる。そして俺が「用は、さし当たってないんですけど」と言えば、「そっか。まあ、適当に座ってくつろいでくれたらいいよ」って笑うんだ。
 その瞬間、振られた怯えを隠すべく入れた俺の気合いはいつもフワって立ち消えて、残るのはこの優しい温もりだけになるんだ。俺が来たことを別に気にしないで、理由を詮索することなく、俺を受け入れてくれる先生。
 この人のこう言うところ、凄いって思う。ふつう告白された相手にまた近寄られたら嫌がるよね?
 俺は進められるままドア近くにあるイスに腰を下ろした。それは先生の優しさに甘えてる行為だってわかってる。
 でも、めっちゃ助かってるってのが本音。俺の告白(振られたけど)の噂が広まってから、うちのクラスにたくさんの人がやってくるようになったんだ。
 先生の男前っぷりに彼の女子人気はうなぎ登りで、噂の教師を見ようと遠く離れたJ組の女子とか上級生までクラスに来てる。先生を見た後、ついでに振られた俺の顔も眺めて帰る、みたいな、へんなツアーが組まれてるらしい。
 この騒がれように最初は逆に心が少し軽くなったりもしたんだ。知らない女子に「篠原くん、元気だしてね」なんてすれ違いざまに声かけられたりもするし。
 でも、だんだん度を超してきた。俺が教室にいたら「篠原君、先生呼んでよ」って俺を先生と会うダシに使おうとしてる子がくるようになって。
 先生はイケメンだけど口調は乱暴だし、授業も超厳しいから生徒人気はこれまでそんな高くない人だった。でも今回のことで一気に人気爆発で。だから始めは嬉しかった励ましの声かけも、なんかつらくなってきたんだ。先生にものすごく被害があるから。先生が女子に囲まれて、すげえ困ってるとこ、何度も遭遇してさ。
『江嶋センセっ、篠原君にかけたジャケットって今日着てるやつなの?』
『私にもかけてっ』
『卒業式は先生のボタンほしいから、予約させてよ先生』
 アイドルの追っかけのように、際限なくはじけた女子のパワーはとてつもなくて、先生は本当に大変そうだった。

 俺がここに来るのも、俺を使って先生の事追っかけて何とか取り入ろうとする女子生徒から逃げてるって言う理由も実はある。
「俺のせいで、すみませんでした」
 ぼそ、と俺が呟いた言葉に、先生はキャンバスに筆を進めながら笑った。
「お前が謝ることはねぇだろ。そのうちほとぼりも冷めるから」
 先生は、俺が謝った理由をすぐに理解して、そんな風に優しく声をかけてくれる。今週はほぼずっと俺昼休みここに来てるのにさ。

「それに、ここにいたら誰も入ってこないだろ?」
「それは、先生が」
「ま、そだけどな」
 そのとき、コンコンとノックがなった。
「はい」と先生の声が聞こえた後、すーっと扉が開いて、女子生徒が顔をのぞかす。さらさらのストレートが印象的な、結構可愛い子だった。
「あの、江嶋先生、お邪魔してもいいですか?」
 しかしそれに先生は「急用じゃないなら帰ってくれないか」とさらりと言った。
「え、で、でもっ、篠原君はここにいるじゃないですかっ」
「篠原には絵のデッサンモデルになってもらってるから必要なんだ。悪いな、邪魔しないでほしい」
「す、すみませんでした」
 キツい口調で言われ、びくびくしながらドアを閉めた女子生徒がパタバタと廊下を足早に去っていく音が聞こえる。そうなんだ、誰も入ってこない理由は、こうやって先生はいつも女子生徒を追い払うから。教室から逃げても、女子の情報ネットワークってのはなかなかのもので、ここに俺と江嶋先生がいるって知ってる子もちらほらいる。さっきの女の子みたいに。
「先生、うまいこと言いますよね」
 と俺は苦笑した。
「うそは言ってない、彼女がいたら邪魔だろ?」
「俺デッサンモデルになった覚えはないんですけど」
「じゃあ、今すぐボーズとれよ。出来れば逆立ちとかお願いしたいけどな、描いた事ねぇから」
「無理難題言わないでください」
 そして、ふふ、と笑った先生は、すぐに真剣な顔になってキャンバスに向かう。その顔は、ここに通うようになってから知った新たな彼の一面。絵を描いてるときの眼差しはとてもきれいで、誰も近づけないようなオーラがある。入り口のドアにほど近いイスに座る俺からは、描いてる絵は見えないけど、先生の右の横顔が見えるんだ。鼻筋通った綺麗な横顔に目が超真剣で、すげぇ男前。
 そして先生は俺の視線に気付きもせず、キャンバスとパレットの上を筆と一緒に視線が行き来してて、たまに焦点の合わない視線のまま止まってたり目をつぶってたりしてる。それはきっと自分の脳裏に描く図案と対話してるんだろう。

 そんな顔を見ていると、欲望ばっかで出くる。キャンバスに向かう真剣な顔も、授業中の厳しい顔も、さっき俺に笑いかけてくれた顔も、どれもすごいカッコ良くて、綺麗で、優しくて、そんでそんな先生全部、俺のものにしたいって。

(先生、俺のモノになってよ。大好きだから。俺のこと見て、そんで俺のこと好きになってよ。)

 欲望ばかりわき出てきて、それを何とかしようと、「江嶋先生」と、声に出さずに口だけ動かして彼を呼んだ。
 そしたら先生は俺の方見てくれたんだ。俺、ちょっとびっくりした。聞こえてないのにどうしてだろう。だけど先生は「ん? 篠原呼んだか?」と、ふわ、って笑ってくれた。
「いえ……お、俺、お邪魔じゃないですか?」
 呼んでないのに気付かれたってまるでテレパシーみたいと思ったら、なんかすげぇ恥ずかしくって慌てて取り繕った俺。したら先生は、「いいや全然。それよりお前こそ退屈じゃねえか?」って苦笑した。
 その笑顔が、なんかすごく優しくって。
「いえ、退屈じゃないです。ここ静かだし、先生もいるし、俺……幸せです。すみ、ません……」
 ぽろ、って思わず本音がこぼれてしまって、俺、そのままうつむいて、膝の上に置いてた自分の手を眺めてしまう。先生の顔、見られない……。

「そっか。……ありがとう。泣かして悪かったよ」
 
 もう、どうしていいかわからない。ありがとうとか俺が言う台詞じゃんっ。すぐに顔上げて先生を見たら、なんか恥ずかしそうに笑ってた。

「ありがと。でも俺にしたら羨ましいよ。泣けるくらい好きって、どんな感じだろうな。俺、ついこの間彼女と別れたんだけど、別に涙も出なかった。失ってさみしいな、とは感じたけどさ。あまり好きじゃなかったのかもなぁ」
 そして「ならないだろうけど、お前は俺みたいに冷めた大人になるなよ」と言って、またぺたぺた筆を動かす。

 ああ、先生になんて言ったらいいんだろう。先生は全然冷めてないよ。彼は不器用なだけで、ちゃんと彼女の思いを受け止めて、そんでそれを認めたんだって俺にはわかる。先生は言わないけど、辛かったはずだ。先生なりに彼女を愛してたんだから。キャンパス張りの時、彼女と約束あるって教えてくれた先生がその後ニヤって笑ったのは照れ隠しだって今ならわかる。そして雪のちらつくの橋の下で、約束の時間に遅れず彼女を待ってた先生。
 きっと先生は人の感情を受け止めるだけ受け止めて、優しく覆ってしまうんだ。自分の気持ちを表現する事は不器用なくせに。
 先生、彼女と別れたこと、誰かに言った? ちゃんと泣いた? 悲しかったんじゃないの? 先生が大切にしなきゃいけないのは、何よりも先生の気持ちなんじゃないの? 

「せんせ、」
 先生は冷めてないよって、言おうと思ったとき、また再度ドアがノックされた。そして、すーっと開けられて、「失礼します」と言う女子生徒の声。
 頭を上げたのは見たことなかったけど、目がくりくりしてて、顔もちっちゃくてすげえ可愛い女子だった。髪の毛後ろに束ねただけだけど、それもまた似合ってて。
 この子も先生の追っかけか? と思ったけど「おお、久ししぶり」と言った先生。どうも知り合いらしい。
「北川、受験生のお前がどうした? 共テ終わった今は二次の勉強に忙しい時期だろ? わかんねぇ問題でもあったのか?」
 先生の言葉からすると、この北川さんって人は3年生らしい。
「いいえ、大丈夫です。私の苦手科目は国語なのでわからないところは日高先生に聞きますから」
「そうだな、お前いっつも数学満点だしな」
 うわ、マジですかっ。超頭イイじゃんこの3年女子っ。俺、数学満点なんて取ったことないのにっ。
「で、北川、なんの用だ?」
 俺の驚きをよそに、先生は淡々と北川さんに声をかけた。
「今日は、江嶋先生じゃなく、篠原君に用があってきたんです。篠原君、少しイイかな?」
 先生から視線を俺に移した北川先輩は、小さく頭を下げた。
「え、お、俺? いや、別に構わないですけど」
 何だろ? と思いつつイスから立ち上がって彼女の方に歩もうとしたとき「外寒いし、ここでイイから、聞いてね」と彼女は笑った。
 そして、美術準備室の扉を静かに閉めた北川さんが、俺に向き直って言った台詞。
「篠原くん、あたし、あなたのこと好きなの」
 俺は、耳を疑った。
「え、え、マジ、? マ……?」
 彼女、あまりにもサラって言ったもんだから、その言葉を理解するのに時間かかってしまった。て言うか、俺の事、好きとか、ちょっとあり得ないんだけどっ!
 うわ、どうしよう、って視線をあっちこっちにやってしまった俺は、先生の方をつい見ちゃって、したら先生もびっくりした顔で北川さんを見てた。
「う、そ……じゃ、ない、んです、か?」
「嘘ついてどうするのよ。もうあたし3月には卒業だし、言ってすっきりしたかったの。入学式の時、あんなに挨拶どもっちゃう新入生初めて見て、すごく気になったの。あたし年下好みだから。それからずっと篠原君のこと、見てた。江嶋先生の隣でいつも一生懸命学級委員務めてる姿とか廊下で見てたら、キュンキュンしちゃって。でね、あなたが誰かに振られたって聞いたから、チャンスかなぁ? ってずうずうしくも思ったわけ。いきなりごめんね」
 少し早口で、でも少し顔も赤い北川さんはそんなことを俺に伝えてくれる。俺のこと、4月から見てくれてたなんて、4月から江嶋先生のことずっと見てた俺と同じじゃん、ってすごく親近感が沸いた。
「気持ちは、めっちゃうれしいです。俺のこと、好きになってくれるなんて」
「じゃあ」
 ぱあ、と顔が明るくなった彼女。でも俺は言ったんだ。
「ごめんなさい。俺、北川先輩とはつき合えません」
「え、そ、そうなの?」
 その顔が、一瞬で曇る。でも俺は……
「振られたけど、まだその人のこと、好きなんです。かなわなくてもいいから、今はまだその人を見ていたい。だから、ごめんなさい」
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