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降り積もる雪 2
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ファミレスでピザやら定食やら各々色々注文して、もちろんドリンクバーも頼んで、わいわい騒いでたら、なんだかんだと凄く楽しくて、学校で凹んでた気持ちも気にせず過ごせた。来て良かったかも。そして夜の8時も過ぎてもうそろそろお開きの時間になり、ファミレスから外へ出れば、雪がちらついていて、女の子はキレイキレイと大喜びだった。
そして夜道は危ないから男子が各自女子1人ずつ送るっていう事で俺は世良さん担当。ああなるほど、こゆ手もあるのね。とそのときようやく気付いた。俺は恋人持ちの世良さんに誘われたから確実に頭数要員だけど、他の人は多分帰りのペアのどちらががどちらかの意中の人な訳です。
冬の夜道はとても寒くて、でもクリスマス仕様のイルミネーションと雪がきれいで歩くのに退屈はしなかった。世良さんを送るついでにたまたま渡った橋もライトで装飾されてる。橋を彩る電球は、ゆっくりと点滅しながら色を変えて、その光が川の水面にも映ってて凄くきれいで、つい足止めて見とれてた。恋人とじゃなくても、きれいなものはやっぱきれいだもん。
そしてその橋をしばし堪能して渡った後、彼女が、
「篠原くん、今日はありがとう」
お礼を言ってくれた。詰まるところ俺はやっぱり送り番犬みたいなもの。いや、全然良いですよ。俺だって世良さんにヨコシマな気持ち無いから。
「すげぇ楽しかったし、こっちこそ誘ってくれて感謝だよ。てかこの中から出来ちゃう人達いるのかな?」
「ふふ、それは年明けまでのお楽しみだね。でもごめんね、私が帰りの相手で。そーだ、篠原くん好きな人いないの? もしよかったら次は篠原くんのお相手呼ぶけど?」
「あ、いや、俺はいいよ」
「え、てことは、いることはいるんだ。でも今日の予定無いって事は片思い?」
「あ、あの……まあ、そゆことだけど。だからっ、お、俺のことはイイからっ」
しまった、女の子はこゆ手の話大好きだから、困っちゃうよ。つーか先生が好きとか絶対言えるわけないじゃんっ。
「篠原くん奥手そうだしさ。もし困ったことがあったら言ってね、手助けするからっ。送ってくれてありがとう、あたしんちココなの。じゃ、おやすみっ、メリークリスマスっ」
みんなと別れたファミレスから約15分の夜のデート後、世良さんは笑顔で手を振ってマンションの前で俺とさわやかに別れた。
彼女の姿が見えなくなったとたん、俺の口からはぁ、って深い溜め息が出た。それは雪の夜だからか昼間よりぐっと冷え込んだ外気であっという間に白く色づいて、なんか余計に寒さを感じさせる。俺は黒いダッフルコートのポケットに両手を詰め、さっさと家帰ろ、と帰路を急いだ。
1人歩く夜道はとても寒いし舞い散る雪が傘持ってきてない俺のコートに少しずつ積もってきた。そしてその雪を照らすイルミネーションの綺麗さが、今度は俺を苦しめる。1人だっていう寂しさと切なさ。
ああ、今頃江嶋先生はファミレスとは全然違うおしゃれなレストランで彼女とご飯食べてるのかな? そしてその後はホテルなんて取ってたりして……
なんか余計悲しくなってきて、俺はポケットから左手取り出して腕時計を見た。時刻はもう8時45分だった。確かちょうど9時に俺の乗る電車がある。ココからなら目の前にある橋を渡って急ぎ足なら10分くらいで駅着くからと、先生から気持ち切り替えて駅を目指して歩き始めたとき、なんと、その橋のたもとにいたんだ。雪降る中、あの江嶋先生が。
しかも向こうも俺に気がついて、手を振った。俺は彼を無視するわけにも行かず、先生の前で立ち止まったんだ。
「せ、先生。こんな、ところであ、会うなんて……」
先生は学校のスーツとは全然違うラフな服装。薄い色目の洗い加工したジーンズに濃いめのスモーキーグリーンのローゲージニットのジップアップパーカを羽織ってる。なんか凄い新鮮で、しかもニットパーカとかすげぇすげぇ可愛くて、なのにあのカッコいい江嶋先生なんだって、そんなこと思ったら、俺やっぱどもっちゃった。もう、どんだけ先生のこと好きなんだよ俺。
「よぉ、お前まだウロウロしてんのか? 早く帰らないと、子供はもう寝る時間だぞ」
でもそのラフな格好の先生もやっぱり、いつもの先生でした。
「今、帰るところです。先生は彼女と待ち合わせ?」
「ああ」
素っ気ない返事だって先生らしくて、なんか俺は好きなんだ。でもさ、そんな男友達と出歩くみたいな格好でデートとか、どんだけナチュラルなの。
「彼女とご飯行くのにその格好なんですか? 先生どこ行くの? まさか、ファミレスとか言わないでくださいよ」
「クリスマスはスーツ着なきゃ行けないトコで食事しないとダメとか俺ヤだからな。疲れるだけじゃん。でも女ってすぐそういう事言うからめんどくせぇよな」
ドライなお言葉を吐いた彼。でももうそのくらい彼女とは自然な関係なんだ、って思ったら余計悔しくなった。俺が見るのは仕事着のスーツで、素の先生なんて知りもしない。でも彼女はそゆ先生をいっぱいいっぱい知ってるんだ。
だから俺、つい嫉妬心からついケナすようなこと言ってしまった。
「そんなじゃ彼女に嫌われますよ。記念日とか女性は大切にしたもんですし」
「それで俺のこと嫌いになるなら、それまでの関係って事だろ?」
「先生って、結構冷たいんですね」
でも先生は、どこ吹く風で「ははは、そうかもな」と笑うだけ。そんな先生は本当に飄々としてる。だから俺、昼間に日高先生が『あいつは必死になった事なんてないんだよ。今付き合ってる恋人私は知ってるけど、彼は全然必死じゃない』って言ったことを思い出したんだ。
江嶋先生は、彼女に必死にならないのかな? 好きな人を見つめてどきどきしたり、振り向いてもらいたいって思ったり、そんな気持ちにならないのかな?
学校の授業だっていつも淡々としてて、もちろん的確にきっちり教えてくれるんだけど、その根底にあるのは1+1=2みたいな揺るがない理論であって、風に揺らいで熱を変化させながらも燃え続けるロウソクの火みたいな柔らかさがない。
それは数学教師だから、なんだろうか。
「……先生って、いっつもどっか冷めてるって言うか、冷静って言うか。なんか……だから、必死になってる俺は、実はバカじゃないかって感じます」
ぼそ、と俺の呟いた言葉に、先生の笑顔が消えた。
ああ、言っちゃいけないことを俺は言ってしまったのかもしれない。先生が冷たいって、先生が嫌いだって言ってしまったようなものだ。
ほんとは、ほんとは、先生のことが好きなのに……
先生はそのまま沈黙して俺をじっと見てたけど、俺はその目を避けるように雪の中きらめく橋のイルミネーションに視線を流して居心地悪くなってしまったその空気を無視したんだ。
そしてしばらく黙ってた先生が、「なあ、篠原」と声を出した。
「は、はい……」
俺、怒られるんじゃないか、って思ってやっぱり先生の顔見れなくて、一応顔だけは橋から先生のほう向けたけど、結局足下に視線を落としてしまった。
だけど、先生の声はとっても優しかったんだ。
「こんな担任でほんとに悪かったと思ってる。俺は他の先生みたいに情熱的に授業なんて出来ないし、どうしても事務的になっちまって。俺は教師なのに、お前等を上手に励ましたり叱ったりすることすら出来ないんだ。……でもさ、頑張ってる奴は一生懸命応援したくなるよ、お前みたいな。だから、それで勘弁してくれたら、うれしいな」
「せ、せん、せい……」
その言葉に顔を上げて先生を見たら、困ったみたいな顔してて、でも、少し恥ずかしそうで。
その時俺、気付いたんだ。先生はいつでも俺らをバカにしたりしなかったって。自分の日焼けをバカにされても笑ってごまかして、なのに、俺らのバカなメイドカフェ企画にだって嫌な顔もしないで女装までして一緒に参加してくれた。俺が先生の絵見たいって遠い4月に言ってた事だってちゃんと覚えてくれてて、わざわざ美術室まで案内してくれて。
だから、先生は、先生が冷めてるんじゃなくて、ただの不器用ってだけなんだって、ほんとはっほんとは……っ
「せんせ……すみ、すみませんでしたっ」
俺、大声で謝って思い切り頭を下げたんだ。先生の優しさなんて何も気付きもしないで嫉妬から先生を責めた自分が情けなくて、なのに先生はそんな俺に優しい言葉かけてくれて……
そしたら、なんか目頭が熱くなってきて、ポタ、って涙が出た。や、やばい……っ。
だけど出てきてしまったそれはもう言うこと聞かなくて止まんなくて、俺、顔が上げられなくなった。
そしたら先生が「しのはら?」ってしゃがんで俺をのぞき込んで、
「わっ、泣くこたねぇだろっ、俺怒ってないし」
って、抱きしめてくれたんだ。
ぐって首に腕回された勢いで、俺は地面にひざ着いた。先生は俺の頭よしよしって撫でてくれる。頭に降り積もった雪を優しく落とすように。
「ご、ごめんなさっ……っ」
しゃがんだままの先生に俺もしがみついて、その肩に顔埋めたけど、やっぱり涙が止まらない。いつもの先生の甘くてイイ匂いが俺を包んでくれて、
「お前なんも悪い事してねぇから、謝るなよ。大丈夫だ。俺、おまえがいつも一生懸命なの知ってるし、そゆとこ尊敬してるよ」
と、優しくささやいてくれる。
俺の涙でパーカが濡れてくことも、地面に降り落ちて溶けた雪でジーンズが汚れることも気にしないで、俺を抱きしめてくれる先生。
先生は、優しくて、生徒思いで、凄くすてきな先生です
先生、先生……俺、俺……っ
「好き……っ、先生が、っ、好きです……っ」
俺、言っちゃったんだ。もう、もう我慢が出来なくて……でも先生は、穏やかな声で答えてくれた。
「ありがとう。俺も頑張ってる篠原のこと、好きだから」
分かってる。先生は俺のこと、生徒として好きでいてくれてるんだって。
先生には彼女がいて、これから彼女とデートで。
わかってる。分かってるけどっ。
「せんせっが、すっ、、好きになって、ごめんな……っ」
「篠原、そんな何度も言わなくていいよ」
答えてくれる先生から少しだけ体離して彼を見たら、やっぱり恥ずかしそうな困った顔してた。その顔は不器用な先生が俺にだけ彼の本質を見せてくれた気がして。
『お前の恋はお前のモノだ。好きな自分を認めて大事にしろ』とあなたが俺に言った言葉。大事になんてどうやっていいか分かんない。でも言わなきゃ、伝えなきゃ、その先の未来なんて最初から無いんだ。
「先生が……っ彼女いるの、分かってる、けど……っ大好きなんです……もうずっと前から……俺、男なのに、っ……っごめんなさいっ」
そして俺の好きって言葉の意味を理解したみたいで、先生は目を見開いた。
「……っ? し、しの、」
「すみませんっ」
そして俺は緩んだ彼の腕から抜け出て、もう顔も見ずにクリスマスの夜に光り輝く橋を全力で渡って走ったんだ。
息が上がって、足をようやく止めて振り返ったら、暗闇に彼の姿は溶けてそこには雪の中煌めくイルミネーションだけしか見えなかった。足下を見ればハラハラ降り続ける雪が少し積もり初めて白くなったアスファルトが街の明かりを柔らかく反射している。
彼はとても困るだろう。生徒に、しかも男子に告白されるなんてそんな事普通ありえない。何より彼女いるってのに、今からデートだってのに。
でももう戻れない。伝えてしまったんだから。それは俺が選んだこと。あなたが苦しむ事を分かっていながら、自分本位なあなたへの恋情を優先した結果だ。
「先生……好きです」
俺のつぶやきと同時に出た白い息は、降りしきる雪の中でふわりと消えた。でも俺の告白はもう消せない。この想いは雪みたいに溶けたりしないんだ。
これから、どうしよう……
あなたを好きだという気持ちと、不安が入り交じり、胸の中で降り積もって大きくなるのをどうしようもなく感じながら、俺は雪の中、気分とともに重く鈍くなる足を引きずって駅へと歩いた。
そして夜道は危ないから男子が各自女子1人ずつ送るっていう事で俺は世良さん担当。ああなるほど、こゆ手もあるのね。とそのときようやく気付いた。俺は恋人持ちの世良さんに誘われたから確実に頭数要員だけど、他の人は多分帰りのペアのどちらががどちらかの意中の人な訳です。
冬の夜道はとても寒くて、でもクリスマス仕様のイルミネーションと雪がきれいで歩くのに退屈はしなかった。世良さんを送るついでにたまたま渡った橋もライトで装飾されてる。橋を彩る電球は、ゆっくりと点滅しながら色を変えて、その光が川の水面にも映ってて凄くきれいで、つい足止めて見とれてた。恋人とじゃなくても、きれいなものはやっぱきれいだもん。
そしてその橋をしばし堪能して渡った後、彼女が、
「篠原くん、今日はありがとう」
お礼を言ってくれた。詰まるところ俺はやっぱり送り番犬みたいなもの。いや、全然良いですよ。俺だって世良さんにヨコシマな気持ち無いから。
「すげぇ楽しかったし、こっちこそ誘ってくれて感謝だよ。てかこの中から出来ちゃう人達いるのかな?」
「ふふ、それは年明けまでのお楽しみだね。でもごめんね、私が帰りの相手で。そーだ、篠原くん好きな人いないの? もしよかったら次は篠原くんのお相手呼ぶけど?」
「あ、いや、俺はいいよ」
「え、てことは、いることはいるんだ。でも今日の予定無いって事は片思い?」
「あ、あの……まあ、そゆことだけど。だからっ、お、俺のことはイイからっ」
しまった、女の子はこゆ手の話大好きだから、困っちゃうよ。つーか先生が好きとか絶対言えるわけないじゃんっ。
「篠原くん奥手そうだしさ。もし困ったことがあったら言ってね、手助けするからっ。送ってくれてありがとう、あたしんちココなの。じゃ、おやすみっ、メリークリスマスっ」
みんなと別れたファミレスから約15分の夜のデート後、世良さんは笑顔で手を振ってマンションの前で俺とさわやかに別れた。
彼女の姿が見えなくなったとたん、俺の口からはぁ、って深い溜め息が出た。それは雪の夜だからか昼間よりぐっと冷え込んだ外気であっという間に白く色づいて、なんか余計に寒さを感じさせる。俺は黒いダッフルコートのポケットに両手を詰め、さっさと家帰ろ、と帰路を急いだ。
1人歩く夜道はとても寒いし舞い散る雪が傘持ってきてない俺のコートに少しずつ積もってきた。そしてその雪を照らすイルミネーションの綺麗さが、今度は俺を苦しめる。1人だっていう寂しさと切なさ。
ああ、今頃江嶋先生はファミレスとは全然違うおしゃれなレストランで彼女とご飯食べてるのかな? そしてその後はホテルなんて取ってたりして……
なんか余計悲しくなってきて、俺はポケットから左手取り出して腕時計を見た。時刻はもう8時45分だった。確かちょうど9時に俺の乗る電車がある。ココからなら目の前にある橋を渡って急ぎ足なら10分くらいで駅着くからと、先生から気持ち切り替えて駅を目指して歩き始めたとき、なんと、その橋のたもとにいたんだ。雪降る中、あの江嶋先生が。
しかも向こうも俺に気がついて、手を振った。俺は彼を無視するわけにも行かず、先生の前で立ち止まったんだ。
「せ、先生。こんな、ところであ、会うなんて……」
先生は学校のスーツとは全然違うラフな服装。薄い色目の洗い加工したジーンズに濃いめのスモーキーグリーンのローゲージニットのジップアップパーカを羽織ってる。なんか凄い新鮮で、しかもニットパーカとかすげぇすげぇ可愛くて、なのにあのカッコいい江嶋先生なんだって、そんなこと思ったら、俺やっぱどもっちゃった。もう、どんだけ先生のこと好きなんだよ俺。
「よぉ、お前まだウロウロしてんのか? 早く帰らないと、子供はもう寝る時間だぞ」
でもそのラフな格好の先生もやっぱり、いつもの先生でした。
「今、帰るところです。先生は彼女と待ち合わせ?」
「ああ」
素っ気ない返事だって先生らしくて、なんか俺は好きなんだ。でもさ、そんな男友達と出歩くみたいな格好でデートとか、どんだけナチュラルなの。
「彼女とご飯行くのにその格好なんですか? 先生どこ行くの? まさか、ファミレスとか言わないでくださいよ」
「クリスマスはスーツ着なきゃ行けないトコで食事しないとダメとか俺ヤだからな。疲れるだけじゃん。でも女ってすぐそういう事言うからめんどくせぇよな」
ドライなお言葉を吐いた彼。でももうそのくらい彼女とは自然な関係なんだ、って思ったら余計悔しくなった。俺が見るのは仕事着のスーツで、素の先生なんて知りもしない。でも彼女はそゆ先生をいっぱいいっぱい知ってるんだ。
だから俺、つい嫉妬心からついケナすようなこと言ってしまった。
「そんなじゃ彼女に嫌われますよ。記念日とか女性は大切にしたもんですし」
「それで俺のこと嫌いになるなら、それまでの関係って事だろ?」
「先生って、結構冷たいんですね」
でも先生は、どこ吹く風で「ははは、そうかもな」と笑うだけ。そんな先生は本当に飄々としてる。だから俺、昼間に日高先生が『あいつは必死になった事なんてないんだよ。今付き合ってる恋人私は知ってるけど、彼は全然必死じゃない』って言ったことを思い出したんだ。
江嶋先生は、彼女に必死にならないのかな? 好きな人を見つめてどきどきしたり、振り向いてもらいたいって思ったり、そんな気持ちにならないのかな?
学校の授業だっていつも淡々としてて、もちろん的確にきっちり教えてくれるんだけど、その根底にあるのは1+1=2みたいな揺るがない理論であって、風に揺らいで熱を変化させながらも燃え続けるロウソクの火みたいな柔らかさがない。
それは数学教師だから、なんだろうか。
「……先生って、いっつもどっか冷めてるって言うか、冷静って言うか。なんか……だから、必死になってる俺は、実はバカじゃないかって感じます」
ぼそ、と俺の呟いた言葉に、先生の笑顔が消えた。
ああ、言っちゃいけないことを俺は言ってしまったのかもしれない。先生が冷たいって、先生が嫌いだって言ってしまったようなものだ。
ほんとは、ほんとは、先生のことが好きなのに……
先生はそのまま沈黙して俺をじっと見てたけど、俺はその目を避けるように雪の中きらめく橋のイルミネーションに視線を流して居心地悪くなってしまったその空気を無視したんだ。
そしてしばらく黙ってた先生が、「なあ、篠原」と声を出した。
「は、はい……」
俺、怒られるんじゃないか、って思ってやっぱり先生の顔見れなくて、一応顔だけは橋から先生のほう向けたけど、結局足下に視線を落としてしまった。
だけど、先生の声はとっても優しかったんだ。
「こんな担任でほんとに悪かったと思ってる。俺は他の先生みたいに情熱的に授業なんて出来ないし、どうしても事務的になっちまって。俺は教師なのに、お前等を上手に励ましたり叱ったりすることすら出来ないんだ。……でもさ、頑張ってる奴は一生懸命応援したくなるよ、お前みたいな。だから、それで勘弁してくれたら、うれしいな」
「せ、せん、せい……」
その言葉に顔を上げて先生を見たら、困ったみたいな顔してて、でも、少し恥ずかしそうで。
その時俺、気付いたんだ。先生はいつでも俺らをバカにしたりしなかったって。自分の日焼けをバカにされても笑ってごまかして、なのに、俺らのバカなメイドカフェ企画にだって嫌な顔もしないで女装までして一緒に参加してくれた。俺が先生の絵見たいって遠い4月に言ってた事だってちゃんと覚えてくれてて、わざわざ美術室まで案内してくれて。
だから、先生は、先生が冷めてるんじゃなくて、ただの不器用ってだけなんだって、ほんとはっほんとは……っ
「せんせ……すみ、すみませんでしたっ」
俺、大声で謝って思い切り頭を下げたんだ。先生の優しさなんて何も気付きもしないで嫉妬から先生を責めた自分が情けなくて、なのに先生はそんな俺に優しい言葉かけてくれて……
そしたら、なんか目頭が熱くなってきて、ポタ、って涙が出た。や、やばい……っ。
だけど出てきてしまったそれはもう言うこと聞かなくて止まんなくて、俺、顔が上げられなくなった。
そしたら先生が「しのはら?」ってしゃがんで俺をのぞき込んで、
「わっ、泣くこたねぇだろっ、俺怒ってないし」
って、抱きしめてくれたんだ。
ぐって首に腕回された勢いで、俺は地面にひざ着いた。先生は俺の頭よしよしって撫でてくれる。頭に降り積もった雪を優しく落とすように。
「ご、ごめんなさっ……っ」
しゃがんだままの先生に俺もしがみついて、その肩に顔埋めたけど、やっぱり涙が止まらない。いつもの先生の甘くてイイ匂いが俺を包んでくれて、
「お前なんも悪い事してねぇから、謝るなよ。大丈夫だ。俺、おまえがいつも一生懸命なの知ってるし、そゆとこ尊敬してるよ」
と、優しくささやいてくれる。
俺の涙でパーカが濡れてくことも、地面に降り落ちて溶けた雪でジーンズが汚れることも気にしないで、俺を抱きしめてくれる先生。
先生は、優しくて、生徒思いで、凄くすてきな先生です
先生、先生……俺、俺……っ
「好き……っ、先生が、っ、好きです……っ」
俺、言っちゃったんだ。もう、もう我慢が出来なくて……でも先生は、穏やかな声で答えてくれた。
「ありがとう。俺も頑張ってる篠原のこと、好きだから」
分かってる。先生は俺のこと、生徒として好きでいてくれてるんだって。
先生には彼女がいて、これから彼女とデートで。
わかってる。分かってるけどっ。
「せんせっが、すっ、、好きになって、ごめんな……っ」
「篠原、そんな何度も言わなくていいよ」
答えてくれる先生から少しだけ体離して彼を見たら、やっぱり恥ずかしそうな困った顔してた。その顔は不器用な先生が俺にだけ彼の本質を見せてくれた気がして。
『お前の恋はお前のモノだ。好きな自分を認めて大事にしろ』とあなたが俺に言った言葉。大事になんてどうやっていいか分かんない。でも言わなきゃ、伝えなきゃ、その先の未来なんて最初から無いんだ。
「先生が……っ彼女いるの、分かってる、けど……っ大好きなんです……もうずっと前から……俺、男なのに、っ……っごめんなさいっ」
そして俺の好きって言葉の意味を理解したみたいで、先生は目を見開いた。
「……っ? し、しの、」
「すみませんっ」
そして俺は緩んだ彼の腕から抜け出て、もう顔も見ずにクリスマスの夜に光り輝く橋を全力で渡って走ったんだ。
息が上がって、足をようやく止めて振り返ったら、暗闇に彼の姿は溶けてそこには雪の中煌めくイルミネーションだけしか見えなかった。足下を見ればハラハラ降り続ける雪が少し積もり初めて白くなったアスファルトが街の明かりを柔らかく反射している。
彼はとても困るだろう。生徒に、しかも男子に告白されるなんてそんな事普通ありえない。何より彼女いるってのに、今からデートだってのに。
でももう戻れない。伝えてしまったんだから。それは俺が選んだこと。あなたが苦しむ事を分かっていながら、自分本位なあなたへの恋情を優先した結果だ。
「先生……好きです」
俺のつぶやきと同時に出た白い息は、降りしきる雪の中でふわりと消えた。でも俺の告白はもう消せない。この想いは雪みたいに溶けたりしないんだ。
これから、どうしよう……
あなたを好きだという気持ちと、不安が入り交じり、胸の中で降り積もって大きくなるのをどうしようもなく感じながら、俺は雪の中、気分とともに重く鈍くなる足を引きずって駅へと歩いた。
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