担任に一目ぼれしちゃったのでコバンザメとして頑張ります。

ちくわぱん

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熟れゆく果実 2

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「あ、す、すみませんっ。でも、でもっ、すげえって俺思ってますっ。絵の才能はないけど、こんな俺でも、も、もう、もうれつにっ、か、か、感動してますっ」

「アハハ、大丈夫。お前の絵の酷さはもう美術の時間で十分わかってるから大丈夫だ。つーかどもり過ぎだよ、篠原」

 なんて俺の絵をサラッと酷評して笑った先生。別に図星だから気にしてないけど。
 でも、先生、少し顔が赤いです。

「先生、恥ずかしいって、ほんとなの?」
「ああ……この女装よりハズイ気がするよ。なんかお前が、必死に見てくれてるからさ、余計かな?」

 って笑った先生。

 照れてる先生、ものすごく綺麗で可愛いっ、女装してるからじゃなくてっ。
 先生の絵も最高にすてきだし、俺、また先生に惚れ直しちゃったよ。

 ああ、こんな先生なら、もう、もう、俺……
「先生、好きです」
 って言ってしまってもいいんじゃねぇの?

 って思った瞬間。

「は? ……し、篠原?」

 先生の顔にハテナマークが大量発生した。

 や、やべぇっ! 今俺、好きとか言っちゃったんじゃないの?
 嘘、嘘っ嘘嘘っ! 何血迷ってんだ俺っ!

「先生の絵が、すごい好きですっ俺。これ家に飾りたいくらいっ」

 慌てて言い直した俺に、「あ、ハハハ、ありがとな」って照れ顔を更に赤くして笑った先生。

 その時、ドアの向こうから声がした。

「江嶋センセーこんなとこいたの? 探したんだから」

 それは国語教師の日高先生だった。うわ、俺、変な告白シーン見られてたんじゃね?!
 俺、めっちゃ焦ったけど「私との約束忘れないでよね、江嶋センセー」という声はいつものテンション。どうやらバレてないみたい。

「ああ、悪かった。お前と写真撮る約束してたのに、探させちまって」

 そして俺のあり得ない告白に、気付きもしてない江嶋先生。内心超安堵した俺は、告白の動揺を隠すべく作り笑いを顔に張り付けた顔で日高先生を見た。

「すごいですよ。江嶋先生の絵」

 すたすたと美術室に入ってきた彼女は、銀縁めがねの位置を手で直しつつ江嶋先生の絵を見つめた。

「へー、相変わらず上手いね。窓の外は秋なのに、ここだけ春爛漫じゃないか」
「ありがとな」
「どっかの展示会に出したら、賞取れそうだねぇ。夏休みの大作とやらもせっかくだから飾れば良かったんじゃない?」
「アレはまだ出来てねぇの」
 
 だけど俺とは違い、あまり感動しないで絵を誉めた彼女。でもそれはなんだかとても親しげに見えて。いや、同じ教師だからそりゃ親しいだろうけど、俺には『夏休みの大作』って言うのが気になってしょうがなかった。
 それは確実に嫉妬って言うモノだった。
 俺は「あの、夏休みの大作って、なんですか?」と二人の会話の間に入ってしまった。
 だけど、俺の嫉妬とは裏腹に、
「ああ、夏休み中に海岸で海の絵描いてたんだよ」
 と、江嶋先生は、別に大したことじゃないみたいにすんなり教えてくれた。
「そーそー、レンガ並に日焼けしたのも絵描き過ぎっていう情けない理由なんだよね。夏休み明けのあの日焼けっぷりに日サロでも行ったのかと思ったもん」
 ケタケタ笑った日高先生。どうやら二人はほんとに仲良しの先生って言うだけみたいだ。恋人だったら海の絵描いてることを夏休み明けまで知らなかったなんて事はないだろうから。俺、またホッとした。

 そしたら「あ、そーだ、コバンザメ、写真撮ってよ」と日高先生が思い出したかのようにスラっと俺をコバンザメ呼ばわりした。そして笑顔でスマホを俺に手渡す。
 日高先生、やっぱりヒドいですあなた。

 それに、ククッと笑った江嶋先生と、じゃあこの絵の前でと、二人とも俺を振り返った。そして両手を前に出して「イエーイ」って言う先生。完全にギャルでした。つーか、日高先生まで一緒にそのポーズ。「はいチーズ」と言う俺の呆れ声は言うまでもありません。

「そうそう、今お前を捜してるホストがいたよ。教室帰った方がいいんじゃないの?」

 スマホを日高先生に返す際、言われた言葉に、え、うそ、なんかあったのかな? 俺一応学級委員だし、と思ったところで、トイレ休憩の予定で長くサボってることに気付いた俺。

「やばっ、教室戻りますっ。江嶋先生また後で」
 先生にペコリと頭下げた時、ブーン、と微かな振動音が聞こえた。それは江嶋先生からで、彼は胸ポケットからスマホを取り出しつつ、
「ああ、じゃあな」
 あっさりと別れの返事をした。そしてその電話にでたんだ。ほんのり微笑んで。
「どうした? ああ……文化祭中だよ。……いいよ……そうか」
 その声はなんか聞いたこと無いくらい優しくて甘くて、ああ、きっと彼女だって、分かってしまった。
 江嶋先生はそのまま美術準備室のドアの向こうへ消えてしまい、俺は彼に『また後で』と言ったはずなのにそこから動けなかった。「篠原、教室戻らないのかい?」と日高先生に言われるまで。
「あ、はい」
 我に返り、慌てて返事をした俺に、
「写真撮る目的は達成したし私も教室戻るよ、一緒に行こうかコバンザメ」
 と笑った日高先生。俺の呼び方がもう。
「いい加減コバンザメってのやめてくれませんか?」
 ギロ、って日高先生をにらんだ俺。
 そしてギャルな江嶋先生とは全然違う、銀縁メガネの似合うデキる女な日高先生と一緒に美術室から廊下へ出た。
 あの電話、今日デートしたいって言う連絡だったのかなぁ、って頭の中は隣の日高先生そっちのけで江嶋先生のことばかり考えてしまう。あんな優しい顔して……先生、いつもどんな風に彼女と過ごしてるんだろう。『好きだよ』とかちゃんと言うのかな……俺にはクールで厳しい数学教師なのに、あんな甘い顔見せてくれたこと無いのに……。
 それはプライベートと職場の学校じゃ大違いなんだってことなんだろうけど、厳しい現実を見せつけられた気がして、俺の心は沈む一方だった。
 すると、日高先生はふふんと鼻で笑った。

「なあ、篠原。私は合理主義全開の数学好きな江嶋先生のコトなんて興味ないけど、これでも一応国語教師だし、今のお前の今の心境なら手に取るように分かるよ」
「な、何のことですかっ?」

 いきなりの意味深な言葉に動揺した俺に彼女は言った。

「白々しいこと言ってんなって。丸分かりだから。そんなお前にはこれだ。参議等さんぎひとしの和歌。【浅茅生あさじうの 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき】が一番似合う」

 ……それって……

 俺は、その和歌を聞いた瞬間、顔が真っ赤になってしまった。

「ほら、図星だろ? ちょうど篠原って言葉も入ってるし、私の選歌、悪くないだろ?」
「先生、なんで……」
 
 思わず歩みを止めて彼女の顔を凝視してしまった。

 だってそれは現代語訳すると【篠竹シノチク(細い竹)の茂る原っぱに、まばらに生えているチガヤ(ススキみたいな背の高い草)みたく隠しまくってる俺の君への思いなんだけどさ、 どうしよう。もうマジ隠すの限界なんですけど】って言う和歌だったから。

「まあ、当のあいつは気付いてないから安心しろ。ま、浅茅と篠竹まみれの、寂れて荒廃した景色になぞらえてしまうくらい見込みは皆無だろうし、諦めろと助言したいところだが、見てるのおもしろいから頑張れよっ」

 結局日高先生は俺をオモチャにすることしか考えていないらしい。ぜんぜん応援になっていません。

「先生、ほんっと黙っててくださいっ。つーか、いつから気付いてたんですか」
「人の感情をおいそれと誰かに伝えるほど私は下世話じゃないよ。そんで気付いたのは9月頃かな? お前顔に出過ぎ」
「現時点ですでにだいぶ下世話です先生」

 2学期始まってすぐにバレてたんだ。マジですか……

 あまりの衝撃に止まった足がなかなか動かなかった。たけど「急がないとクラスメイトが待ってるぞ」の声にそれを無理矢理動かして教室へ向かう俺を、やっぱり日高先生はからかうだけ。

「バレバレのお前が悪い。つーか、さっき告ってたろ? あいつは気付いてなかったけど」
「あっ、や、やっぱり見てたんですかっ」
「別にみたくて見たわけじゃないよ。それに私しか見てないから大丈夫だ」
「大丈夫って何が大丈夫なんですか、見られただけで大問題ですよっ」
「だから言いふらさないってコト。まぁ、荒れ果てた地でも心込めて耕せば実りも期待できる。コバンザメはまだ若いんだから、いろいろ頑張ってみろよ。奇跡もあるかもしれないしな。でも気を付けないとあっという間にほかの奴にバレるよ」

 バシンと背中を軽くたたいて俺を励まし(いや、明らかに楽しんでた)、先生は自分の教室へ入っていった。
 
「篠原、おせぇよ。お前仕事さぼって無いでちゃんとやれよ」
「ん? なんか、落ち込んでんな。もしかして女子に振られたか? 偽ホスト」
「振られたなら働け働けっ」

 そして教室に戻った俺はそんな風にクラスメイトから少しばかり責められた。
 俺、トイレに抜けただけだったのに、ちゃっかり美術室まで行って、なんか勢いで先生に告っちゃったっていう、そんなことを説明する訳にもいかず、その責めを「悪い悪い」とヘラヘラ笑って流す。

 まさか日高先生に気付かれてたなんてもう、どうしたらいいのって頭の中真っ白で、その後の接客がどんなだったかまるで覚えがない。多分適当にやっちゃったんだろうな。愛想なんてものすら無かったかもしれないけど。来てくれたお客さん、ごめんなさい。

 そして、カフェの担当時間を終えて、スーツから制服に着替えた頃に「おつかれー。そろそろ片づけを始める時間だぞ」って教室に入ってきた江嶋先生。彼はもう化粧も落としてフツーにスーツないつもの先生だった。

「えーっ、先生もうギャルやめちゃったの?」
「明日もあのままで授業しなよ」
「色黒だけどかなり美人だったのにっ」

 生徒がガッカリな空気を醸し出して騒ぐ中、俺はいつもの先生の姿に、ホッとした。あの女装も凄くすてきだったけど、先生は先生な方がよく似合う。あなたの教師姿、本当にカッコいいんだ。いつも俺たちにあなたが厳しく教えてくれる理路整然とした美しい数学の公式なんかより、何倍もカッコいい。
 
 そしたら俺の傍にあるいてきた先生が言った。
「お前も着替えたのか。今のお前にはその制服が一番に合うよ」

 その言葉に、ぐっと胸が詰まってしまう。
 分かってる。やっぱり先生にとって俺は生徒で、その傍に対等に立てる大人じゃないんだ。

「先生こそ、女装より今の方がカッコいいですよ」
「お? 珍しく素直だな」
「俺はいつでも素直です」

 あなたについ告ってしまうくらいに素直すぎて、そして日高先生にバレてしまうくらいに顔に出てしまう。

 それくらい、あなたが好きなんだ。

 そんな今の俺の心境を和歌にすれば、きっとこれだ。

【しのぶれど 色にいでにけり わが恋は 物や思ふと 人のとふまで】(平兼盛たいらのかねもり

 訳 【好きだって気持ちを隠してきたはずだったのに、なんかもう、隠し通せなくなってきた。「どした? 最近なんか変じゃね?」って人にきかれちゃうし。俺、顔に出てるっぽい。超やばい】


 熟れたイチョウの実じゃないけど、大きく実るのは俺の「片思い」ばかりで、結局先生と二人で実る「両思い」だなんて、はっきり言ってあり得ないってのは、もう分かってるつもりだ。
 なのにこの片思いは、秋に色づいて存在を見せつける木の葉たちのように、どこまでも鮮やかに膨らんで存在を主張し、必死に隠そうとする俺の理性を押しつぶしていくんだ。

 もう、押さえつけるのも隠すのも無理だよ。あなたが好きで、どうしようもないんだ。
 だから、いつか伝えたい。『先生が、好きです』と。

 それはあまりにも夢のまた夢で、現実にはかなうことはない。彼には彼女がいるだろうから。それに俺の気持ちだって、熟れすぎた実が誰にも食べられずに腐れ落ちて土に戻るように、伝えなければ、このまま消えていくはずなんだ。

 それでも……頑張ってみたい。

 見てるだけで、こんなに甘くて苦しい片思いなんだから、もしあなたと両思いになることが出来たなら、きっと俺にとってそれは『極上』と言う名を持つ魅惑の果実。

「先生、いつかあの絵、俺にくださいね」
「まあ、考えとくよ」

 ふふっと笑った先生は教室を出て、色鮮やかな秋に負けずにぎわう生徒たちの中に消えていった。
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