担任に一目ぼれしちゃったのでコバンザメとして頑張ります。

ちくわぱん

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熟れゆく果実 1

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 高校の運動会は、思ったよりあっさり終わった。土曜日を使ったちょっとした体育イベント、っていう感じで。はっきり言って中学校の時の方が運動会に気合いを入れてたと思う。応援団長の怒鳴り声とか、手作りの『のぼり』とか『応援パネル』の絵とか凄く印象に残ってるんだ。
 それに俺、体育祭中も学級委員の仕事で東奔西走してて、あまり競技を見られなかったから余計かも。だけとそんな俺にも一つだけ、鮮明に記憶された競技がある。それは午後の部一番に行われた教師による障害物競走だ。
 体育教師の独壇場になりそうなこの競技、だけどそこで繰り広げられたのは江嶋先生の、あまりにも華麗な走りだった。ネットくぐりや平行棒など障害物の無駄のない攻略、そして最後の、お決まりなラストのパン喰いシーン……。

 彼の身長より高い位置にあるパンを、華麗なるジャンプでその口にゲットした先生。

 ああ、あのパンがうらやましいっ!

 そんなムラムラした感情が喉を締め付けた。

 俺は声すら出せなくて、息が苦しくて、両手で口を押さえて先生を凝視してしまってたんだ。
 そして一位でゴールした時のクラスメイトたちの甲高い声援に包まれた先生、眩しすぎた。

 もう、超絶カッコいい。
 蝶が舞うように走り切ったって言っても言い過ぎじゃないと思う。

 いくらダンス部副顧問だからってさ、余りにも綺麗すぎだと思う。あの軽やかな彼の姿、思い出すだけで、ため息。

 そういえば、国語の授業で体育祭の感想文を書いてたとき、ついそれ思い出してにやけたら、日高先生にバレてバシっと頭たたかれた記憶もある。
 日高先生、何かにつけて俺を足蹴にしてるんだ。その時だって『おい篠原、何にやけてんだ。女子の体操服姿でも思い出してたのか?』て言ったし。いえ、俺は江嶋先生のこと考えてたんです、なんて事実を言えばもっと変態呼ばわりされるから、黙ってたけどさ。

 俺は文系だから国語はけっこう得意なんだ。だけどなぜか日高先生は俺をいつもからかう。昨日の古文の時間の和歌作りだって、俺の和歌を読み上げたんだよ。超恥ずかしかった。名前伏せてくれたのは救いだったけど。

 先生が言うには『この歌は情景を歌ってそこから感情をリンクさせて表現する事が出来ていると思う。あと季節感を感じる言葉を選べばもっとイイ』らしい。一応誉められたんだろうか? もう、それすら分からない。

 ちなみに、俺が考えた和歌は【風の中 走る姿に 君の影 ぴたりより添う 疼く我が胸】。
 先生のこと歌ったんだけどね。走ってる影は先生といつも離れない。そんな影に嫉妬したって言う。

 俺の和歌を引き合いに出した日高先生は、
『簡単だけど「風の中」を「秋風と」なんかに変えるだけでもだいぶ変わる。和歌は風景描写を短い言葉で示すことがとても重要。そうだな、例えばこれをアレンジして……【駆ける君 秋陽(アキヒ)のもとに 影沿いて 届かぬ想い 陰に隠した】。秋の陽を浴びて走る君の影はいつも傍にいるのに、自分の思いは伝えられず陰に隠すしかない。そんな恋の苦しみってとこかな? まあ、季節感が無い名句も沢山あるから、一概にはいえないけど、初心者は季節をまず感じてみよう』
 って言ってた。
 
 俺は、日高先生が即興で作った和歌にいたく感激した。だって、俺の感情を如実に示していたから。
 春も夏も過ぎて、もう秋も深くなったのに、俺は相変わらず先生が好きなんだから。もちろん伝えられず隠すしかないこの感情。……切ない。

 でも、俺の切なさとは対照的に、教室の窓の外は秋の晴天に映える赤や黄色といった鮮やかな木々の葉色で凄い賑やか。さらに今日は文化祭で学校そのものがものすごく活気にあふれて、それに比べてすさんだ俺の恋心なんて、なんかゴミみたいな感じする。

 いかんいかん。こんなかなわぬ恋に想いを馳せるより、思いっきり文化祭楽しまなくちゃな。

 文化祭の俺らのクラスの出し物はカフェなんだ。まあよくあるメイドとホストって言うパターン。だけど、そのままじゃつまんないってコトで、クラスのうち男女それぞれ2人だけ性別入れ替えって言うことした。つまり男がメイドの格好。女がホストの格好っていうやつ。
 それ、クジで決めたわけだけど、なんとさ、メイドの格好のクジ引いたのが先生だった。つーか先生までクジに参加させた文化祭担当の神経の太さに拍手だけど。

 俺は当たらなかったからちゃんとホストの格好。クジ運の良さにホッとしました。まぁ、一年間学級委員って言うクジ運の悪さを露呈してしまってる俺だから、さすがに今回くらいは逃れたい訳でして。

 で、クラスの女子が先生に似合うカツラやら制服やらめっちゃがんばって、そんでもちろん化粧だってかなり気合い入れて。そしたら出来上がった先生が、これまたびっくりするぐらいのギャルで(笑)

 蜂蜜色の緩い巻き毛(胸の辺りまである)が焼けた肌によく似合ってた。ツケマをメッチャ盛ってて、しかも黒目がでかくなるコンタクトまで入れさせられて(用意した女子がすごすぎる)。先生は黒いメイド服の似合わない日焼け顔だったから、彼(彼女?)だけ茶系のメイド服で目立ってて、そして黙ってれば、女にしか見えなかった。もちろん高校女子には見えないけど大人の女性って感じの、ほんとに鮮やかな変身っぷり。

「オメーら、おっさんを飾りたててどーすんだ」つって笑ってた先生。

 もう少し声色変えてくれりゃいいのにさ。結局先生は地声のままで接客してた。そんで先生を女だと思ってた客が声聞いて唖然とすんの見て、俺ら生徒は爆笑しまくった。

 隣のクラスの日高先生までギャルな江嶋先生に大爆笑で『こりゃ貴重だね』なんて言って後で写メ撮ろうよと約束取り付けてたりして。

 先生と同じく運悪く当たりクジ引いたのは保健委員の勝山。老け顔の勝山はどうやってもメイドというか女にすらに見えなくて、ただ気持ち悪いの一点だった。しかも身長がありすぎて似合うメイド服がなかった。ウエストのファスナーが締まんなくて仕方なく腰のエプロンを変な位置にずらしてあきっぱなしのファスナー隠してたけど、接客中にエプロンが動いちゃって結局そこ丸見え。でも見えるのは男物のトランクスだから、お客から大ブーイングの嵐。
「お前、ちゃんと下着も着替えろよ!」
「汚いだけだろ!」
 でも完全なる汚点な女装勝山が「アタシの顔とココ見ながらコーヒー飲んでネ」とオネエ言葉を放つ。そのエセメイドっぷりに吐き気すらする事も、このカフェの醍醐味ってことで結構人気だったみたい。
 そして午前中が接客担当だった先生は、午後からは他のクラスの出し物とかいろいろ見て回ってた。しかもギャルのままで。

 俺は午後担当だから、ただ今接客中。男が黒いスーツ着てるだけで、別に笑いとかなんもない。誰にもいじられること無いから、楽っちゃあ楽。それより男装ホストが思ったよりかなりのイケメンで、お客の女性たちがそっちにキャーキャー言ってた。
 実はその陰で、俺たち男の立場って何? と密かに落ち込むホストが大量発生してたんだけどね。

 まあ、そんな微妙な接客の合間、ちょっとトイレと教室を抜け出した俺。用足ししてトイレ出たところで、ギャルメイドの江嶋先生にバッタリあった。そしたら、先生は俺の姿見て、しばらく『目が点』な顔してて、そのあと、にこりと笑った。

「お前、将来は商社マンか公務員ってとこか?」

 誉め方超微妙です先生。それになんでサラリーマン系なの? 一応ホストって設定で黒いスーツ着てるのに、実はまったくダメって事だよね……

「先生、俺……イケてないってこと?」
 
 それに吹きだした先生。

「あははっ。だって、どう見ても高校生なのに粋がって大人のスーツ来てんだから、笑うしかねぇだろっ」

 図星でした……。
 わかってたけどさ。俺と先生じゃ15も年違う。先生は大人で俺はまだガキ。でもスーツ着たらちょっとは先生と釣り合う俺になれんじゃない? って少しは期待してたんだけど、全然ってことなんだよね。ああ、外だけ飾りたてたって意味ないんだよ、つまり。

 俺は悔しい気持ちで先生に言い返す。

「先生こそギャル仕様のオカマのくせになんなんですかっ」
「俺は結構可愛いじゃねぇか」
「それは女子の化粧レベルがハンパないからです」
「元がイイからダロ?」
「先生それって、俺イケメンって言ってるわけ?」
 
 確かに先生は綺麗な顔してるしマジでイケメンだけど、自分で言うなんてダメだよっ。

「だってお前、たまに俺に見とれてんじゃん。先生カッコいいってお前の目が言ってるよ」
「っ先生っ、っう、うぬぼれすぎっ」

 まさかのさらなる図星発言に、内心メッチャ動揺した俺。だけど先生はケラケラ笑うだけ。

「あはは、冗談だよ。でもお前、授業中俺の話いつも真剣に聞いてるし、しかも寝たり内職したりしねぇし、生徒の鏡だと思ってるから俺」
 
 ああ、そゆことか。
 バレてなくて良かった。俺が先生をヨコシマな視線で見てるから眠気なんて来ないし、てかその理由気付かれたら、これからどうしたらいいか分かんないや。

 ほっと一息ついたところで。

「あ、そうだ篠原。今から俺とデートしねぇ? 今から美術室行くんだけど、お前、俺の絵見たいって言ってただろ?」

 まさかのデートお誘いに、更に動揺しちゃいました!

「え、せんせ……ま、ま、マジですか?」
「何どもってんだよ。まあキモいギャルな俺だってのを目つぶってくれりゃ、案内するよ。運動会も文化祭もお前、学級委員としてがんばって準備してくれたからな。そのお礼」
「は……はいっ」

 ぜんぜんキモくないです。すげえ可愛いし。
 てか、マジで超うれしんですけど、デートのお誘い。
 
 俺は、先生(ギャル仕様)の隣に立って美術室まで歩く。ああ、まるで恋人みたいじゃない? ここで手繋いだりしたら、もう、もう、完全に……。ってそんなことやっぱり出来る訳ないしっ。
 心臓がバクバクな中、チラと横目で先生を見れば、焼けた肌に茶色いウイッグとそして茶系の制服が本当によく似合ってる。しかも季節は秋、窓の外に見えるイチョウの黄色やエンジ色をした桜の葉っぱが華を添えてるみたいで、すごく綺麗だった。

 先生が女だったら俺絶対、もう告ってただろうな、なんて思いながら目指す美術室。そこは校舎の一階の端にある。ちょうどそのすぐそばの校庭には、大きなイチョウの木があって、その木は今実りの秋真っ盛り。緑から綺麗に黄色へと変貌した葉だけでなく、熟した実がいっぱいに校庭に舞い落ちていた。辺りはギンナンの少し癖のあるにおいが漂って。でもその匂いも秋らしくて俺は結構好きなんだ。

「先生、ギンナン、拾います?」

 美術室に入る直前、そんなことを聞いた俺に、「あ? いや、俺はしねぇよ。料理そんな得意じゃねぇからな」とサラっと答えた先生。この季節、色鮮やかに装う広葉樹のように綺麗に女性へと変貌した先生だったけど、中身はどこまでもいつもの江嶋先生で、なんか、それに安心した。
 やっぱ、俺はいつもの先生方がいいや。
 そんなことを思ったところで、俺はどうやら女じゃなくて完全に男の江嶋先生に惚れてんだな、って再確認しまって、なんか胸が苦しくなった。


 だけど、到着した美術室で先生の絵を見たら、俺の胸の苦しさなんて一瞬で無くなっちゃったんだ。

「うそ、先生……これ、先生が描いたの?」

 そこには、春の桜とそして新緑の風景が広がっていたんだ。
 それは俺が初めて先生に会って一目惚れしちゃった鮮やかに桜舞う景色と、芽生えたばかりの新緑が柔らかい甘い雨に喜んでる春雨の世界が一つになったみたいで。
 
 幻想的な、だけどリアルな風景画。
 吸い込まれそう……

「時季ハズレだけどな。でも俺描くスピードが遅ぇから、春に書き始めたのに、ようやくこないだ完成したところ。まあ途中別の絵も描いてたってのもあるけど」
 はにかんでそんな風に謙遜する先生だったけど、絵のあまりの美しさに、俺、どうしようもなくそれに見入ってしまった。

「……なんか、そんなに見られると、恥ずかしいな」

 って先生の声が聞こえるまで。
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