担任に一目ぼれしちゃったのでコバンザメとして頑張ります。

ちくわぱん

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痛い日差し

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 あっという間に一学期が終わって、夏休みもびっくりするほど早く過ぎてしまった。そして秋になり始まった二学期。だけど学校に集まった生徒たちはみんな、夏休みの名残をそこかしこに引きずってる。
 髪の毛を茶髪にしてた奴があわてて黒くして頭が変にマダラになってたり、女の子の爪が異様に装飾されてたり。
 そんな中、とびきり夏を引きずってる、っていう人がいる。
 誰でもない。江嶋先生だ。

 2週間前の9月1日、新学期初日の朝、HRに入ってきた先生を見たときの生徒のリアクションは、それはほんとハンパなかった。
 ザワツいていた教室が一瞬にして静まりかえり、その直後、大爆笑の渦が巻き起こる。でも渦の中心の先生はケロッとした顔で「みんな楽しんだかぁ? 夏休み」なんて言った。

『せんせーが一番楽しんだんじゃんっ』
『あははっ、せんせー焼けすぎっ』
『もう小麦色通り越してレンガ色だよっ』

 みんな先生をとことん笑った。俺は衝撃過ぎて笑うどころじゃなかったんだけど。人間って、あんなに黒くなれるんだね。って思った。
 痛くないのかな? それにせっかくの綺麗な肌が、日焼けのせいでなんか荒れてるしもったいない。
 先生はそれくらい、黒くなってた。

『どこ行ってたんだよ先生~』
『彼女と沖縄~? ハワイ~?』

 なんて声も聞こえて、俺の心臓、別の意味でドキンと動いた。
 そうだ、あんな綺麗でも先生は30歳。恋人の一人や二人いたって可笑しくないんだ。うわ……どうしよう。先生の彼女だなんて、考えただけで、俺、憎らしいよ……
 と考えて、あわてて頭を振った。

 だから先生は男なんだって! 好きとか嫌いとか以前に男なんだってっ!

 バカな感情に振り回される俺とは対称的に、先生は生徒たちの質問にさらっと答えた。

『大人の付き合いに口を挟むな。お前等に報告するようなプライベートはない。くだらないこと言ってないで、とっとと夏休み気分を忘れろ。ほら、宿題持ってこい』
 そんだけ黒い顔を見たら、夏休み気分忘れようにも忘れられませんけど。と心の中で呟いたら
『せんせーが白くなった頃に、忘れるよ』って俺の気持ちを代弁するかのように誰が言った。
『じゃあ、目ぇつむってろ』と笑う先生。

 色々間違ってます、その答え。

 そんなこんなで始まった俺の二学期。相変わらず俺は学級委員をしてる。普通は学期ごとに委員会変わるのが当たり前だと思ってたんだけど、先生が言ったんだ。

『変えるのめんどくせぇだろ? 別に支障がないなら2学期はこのままで行くが、それでかまわない奴は手ぇあげろ』

 そしたら、クラスのほとんどが手を挙げて。そりゃそうだ。一番大変な学級委員やらなくてすむんだから。そんなこんなで、俺は今も先生の小間使いな訳だ。


 9月の学校は、毎日の授業プラス運動会の練習というめんどくさい事情もあって、残暑の暑苦しさが充満してる。そんな中、俺はまた先生に呼び出しくらって仕方なく昼休みでざわつく教室から外に足を向けた。

 教室を出る直前、バシィッ!と強烈な音がなった。そしてすぐ後に、
「お、学級委員っ、お仕事おつかれさまっ」
 という軽ーい声が耳に届く。でも強烈な音の元は俺の背中なわけで。
 つーかマジで超痛ぇ!

「いってーーっ! このバカ勝山っ、お前も二学期早々手あげて俺に学級委員押しつけたくせにたたくなよっ。お前みたいな馬鹿力やろうが保健委員だなんてこの世も末だっ」

 クラスメイトの勝山(異常な老け顔な奴)から、平手打ちという強烈に痛いエールを背中に受けた俺。睨んだがヘラ、っと笑ったこいつ。力の加減ってのを知らないんだ。いつも冗談といえないほどつっこみが痛すぎる。うちのクラスの多くが被害を受けてるこの馬鹿力。保健委員が負傷者出してどうする。
 頭はいいくせに(俺の次に)どうして加減が分かんないんだ?
 あ-ムカつく。

 いらいらしながら教室を出たら、隣のクラス担任の日高保奈美先生がちょうど教室から出てくるところだった。
 日高先生は国語教師。年は30くらいで身長も江嶋先生と同じくらいだと思う。ショートカットなさらさらヘアで銀縁の眼鏡がよく似合う美人な先生だ。まさにデキる女。

 だけど俺に気付いた日高先生が、言った言葉。

「お、金魚のフン、今日もお仕事かい?」

 悲しすぎる。

「日高先生、それは無いんじゃないですか?」

 しかめ顔で抗議をしたものの、「え、じゃあ、コバンザメとか?」とぜんぜん代わり映えしない返答が来た。

「俺、好き好んで学級委員やってるわけじゃないし、江嶋先生からもらうものなんて雑用ばっかで美味しいオコボレなんてありませんよ」
 ブチブチ反論した俺だが涼しい顔な日高先生。

「江嶋先生、生徒遣い昔から荒いからね。今からまた美味しい雑務もらいに職員室行くんだ? あははっ、頑張れよっ、ひっつき虫くんっ」
 結局比喩はやめずに笑って俺をけなしながらも形だけは励まして、渡り廊下前の階段で書道準備室の方へ去ってく。美人な先生だけど、口調がとても男勝りな日高先生。
 はあ、とため息で文句を消して、渡り廊下に進んだ俺は、9月のまだ熱くて痛い日差しを足早に避け、一人で職員室へ向かった。
 
 職員室に入って、先生のそばまで近づくと、ふわんといつもの彼の香水のにおいがする。何の銘柄かは知らないけど、ホントにいい匂い。この匂い、ずっと嗅いでたい。と思ってしまった。
 江嶋先生は歩み寄ってきた俺に気付いて机の上にある書類の束を指さした。てか、量がハンパない。何コレ?

「運動会の案内その他もろもろだ、教室まで運べ」

 この量を?

「先生、あの、こんなに沢山一人じゃ持ってけないし」
「分かってるよ、んなこた」

 先生、相変わらず言葉遣い汚いし冷たい。
 でもカタンと小さな音を発ててイスから立ち上がった先生はガシっと書類の束を3分の2以上持って「残りお前な」と笑った。

 ああ先生、男前です。
    って先生は男なんだから男前で当然じゃないかっ。

 あっという間にスタスタ歩いて職員室を出ていこうとする先生の後ろに残りの書類をつかんだ俺は慌てて付いていく。
 そしたら、ドア出たところで日高先生とすれ違った。
「お、コバンザメっ」

 その一言に、またもがっくり。確かにコレじゃその通りだけど。
 もう言い返すことはせず、ちょっとだけ睨んで彼女のそばを通り過ぎた俺。

「くくくっ、言われたな」
 はあ、俺をコバンザメ扱いしてる人がここにもいたよ。
 俺の目の前を歩く江嶋先生も睨んでしまった。

「先生のせいですよ、1学期からずっと学級委員してるなんて、この学校に俺以外誰もいませんよ」
「したらダメだというルールはないだろ?」
「無いですけど……もういいですよ、3学期も俺なんでしょ」
「それは俺が決める事じゃない。学期初めのクラスの意見だ」
「決定じゃないですか」

 前を歩く先生は歩みを止めずにあっという間に渡り廊下へ進む。半袖でむき出しの腕に当たる太陽光が痛いけど、書類のせいで早く進めないのが悔しい。

「別に困ってないだろ? お前はそんなにイヤなのか?」
 そう言われると、返答に困るんだよな。イヤって言うか。
「喜んでとは言いませんが、やる時はちゃんとやりますよ」
「ならいい」

 分かってる。イヤじゃないんだ。先生と一緒に二人だけでしゃべれるし、漂ってくる甘い匂いだって今嗅いでるの俺だけだし。
 はっきり言ってすげぇうれしいんだ。本心じゃ。

 でも、この胸の苦しさに、慣れない。

 先生? もし俺が『好きです』って言ったらどうする?
 生徒だし、足蹴には出来ないよね。

 てゆーか、その前に、俺男だし先生も男だし、根本的に何もかもが間違っててどうしようもないじゃん。
 告白なんて出来ないし。
 俺、やばくね? 30のおっさんが好きだなんてどうして。

 日に焼け付く腕の痛みより、胸の苦しさの方が強くなってしまって、俺は足を止めた。

 先生の背中から目をそらし、中庭を見れば、早秋の日差しにほんのり黄みを帯びてきた広葉樹が照らされて、少しくすんだ緑がきらめいていた。それは、なんだか夏にさよならを言うのが辛そうに見えて、余計に胸が痛くなった。

 叶う事なんて無い。
 伝える事なんて出来ない。
 夏の終わりが分かって寂しい木々みたいに、終わりが見えてる恋なんて、したくない。
 なのに俺は……
 彼が好きなんだ。

 無限ループみたいな感情を抱えたまま、止まっていた足をまた動かして渡り廊下を進めば、先生が立ち止まってた俺に気付いて待っててくれてた。

「どした篠原、何か心配事でもあるのか?」
 彼は先生面して俺を心配そうに見上げる。

「そりゃ、コバンザメの俺にも心はありますから、この書類風にとばしたら綺麗だろーなーとか思ったりして」
 おどけて言った俺だったけど。

「ふざけられるなら、大丈夫か? 困ったら誰かに言えよ。親に言えなけりゃ俺でもいいし。伝えるのは本当に大変だが、一番大切なことなんだぞ? それをクリアできれば、問題の解決策はほぼある」

 俺から目を離さない先生の大きな瞳の奥が、本当に真剣で。

 その顔は日焼けで黒いのに、先生らしからぬ茶色い髪の毛が似合ってすごく綺麗でかっこよくて、俺の心臓がまたぎゅうと痛くなった。

 こんなこと、言えるわけ無いのに

「ありがとうございます。困ったら先生に言いますよ」
「でも学級委員辞めるなんて相談はやめてくれよ?」
「なんでですか?」
「お前、クラスの中で一番ちゃんとやってくれるからな」
「それって、俺を買ってるって事?」
「そうだぞ。だから仕事しろ」
「俺を持ち上げて自分楽しようなんて思ってるだけじゃないんですか?」
「ばーか。まあ、そんなこと置いといて、あまり人に言えないような話を俺にしたいなら、美術準備室に来いよ。昼休みはいつもそこで昼飯食いながら絵描いてるから」

 先生の声はとっても穏やかで、俺は彼にとって『生徒』だって奥底から言ってる気がする。

 あなたにとって俺は『ただの生徒』のひとり。
 俺にとってあなたは『ただの先生』じゃないのに。

「わかりました。じゃあそこで、先生の絵ながめて癒されますよ」
 と笑った俺。
 そしたら、先生がその焼けて黒い顔を俺に近づけて囁いた。

「そうそう、秘密にしとけよ? 昼休みに絵描いてるなんてお前以外に言ってないから」

 甘い匂いが急に濃くなったのと、耳に届いたその言葉とに、顔がまるでさっき日に焼けた腕みたいに一気に熱くなった。

「は……はい」

 なんとか返事をして、刻々とうなずいた俺。

『秘密』という蠱惑な響きに、いつかあなたの『特別な生徒』になれるんじゃないかって、一瞬でも夢見てしまった。
 
 そんなことが、もし、出来るなら
 あなたの『特別』になれるのなら
 
 出来るならあなたの『恋人』になりたいんだ 


 ぶわ、と胸にわいた願望をあわてて頭を振った。
 
 コレは夏の名残と同じ。
 日差しが痛いほどの暑い日があっても、広葉樹の葉は秋に必ず枯れ落ちるんだ。
 俺のこの思いだって終わりが明確に見えてるのに、なにを今更。

 残暑の日差しより、胸が痛い。

 俺は、早鐘を打つ心臓に「静まれ」と何度も唱えて、教室に入る直前まで熱くて赤い顔を隠すのに必死になった。
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