83 / 83
2章 違いを知りました
4.
しおりを挟む
「宝石と組み合わせてみるとかは、どうですか?」
「そういうのも文献にあったよ。例えば、魔晶石と一緒にダイヤモンドを用いると十倍の魔力を保持できる、とかね」
「凄いですね」
「でも、まずダイヤが希少だしね。俺はもっと手軽に、汎用できる安い宝石で、効果を狙いたいんだよ」
確かにそうだ。高ければ結局庶民の手に届かない。一部の金持ちにだけ恩恵があっても、それでは“ない”のと同じ。
「グレーの民を救うべく、頑張るよ。ハルトライアくんは瞳が俺とお揃いだからわかってくれて嬉しい」
僕の瞳は幻影魔法なんだけど、とは言えなかった。でも。
「応援しています。カイナドくんならきっと出来ます。僕に手伝えることがあれば何でも言ってくださいね」
にっこり笑えば、褒められたせいか頬が色付いた。二十歳なのに可愛いなぁ、とちょっと和んだ。
「あー! いたいた! トラくん探したよぉ~っ」
バンっ、と扉を開ける音と同時に、賑やかな声。ファリア先生だ。
「おや? イナくんもいるじゃないか」
「副所長、相変わらずお元気ですね」
「好きなことしてるからね、元気いっぱいだよっ」
うふふと笑って手にはなにやら木箱を持っている。
「じゃぁ、俺は部屋に戻るね、またね、ハルトライアくん」
「はい、カイナドくん、ごきげんよう」
ペコと頭を下げて彼を見送った。
「先生。どうされましたか?」
「へへへ、いいもの作ったからトラ君にあげようと思って!」
もう既に先生にはムチも扇子ももらっているというのに、これ以上なにを?
「えっと……ここで、拝見しても?」
「ウンウン! 開けてーっ、つけてーっ」
開けばイヤーカフが二つ。シンプルな造りだがエメラルドが埋め込まれていてすごくきれい。まるで、カシルとファリア先生の瞳みたいだ。
「わぁ、……これは?」
「へへへ、コレはね、私のコレの代わりでもある! そしてっ」
バッと箱から掴み取り、それを素早く僕の耳につける。ヒヤリ冷たい感触。
その瞬間、視界が変化した。
「……え?」
僕の眼の前に、見えたもの。それは先生では無かった。僕と同じくらいの身長の、木製人形。メイド服を着ている。
「な……」
「ほら、あの時、浄化祭の朝、神殿地下で鼠に魔法かけて、トラ君に呼びかけたの覚えてる? あれと同じさ。今回はこのマリオネットに魔法をかけて操作しているんだ。幻覚魔法もかけたから私に見えてた。そしてそのイヤーカフは、私のモノクルと同じさ」
のっぺらのマリオネットはモノクルがさもあるかのような仕草をする。
「イヤーカフに細かく陣を刻んでいるんだ。ついでに瞳の色を灰色に見える幻覚魔法も組んでいるよ。イヤーカフに挟まれた空間、直径三十センチ、球状に効果ある。それ以上は無理だけど顔さえ守れればいいだろうから」
「ファリア先生、ほんと凄いですっ」
ユアの偽装術は弱い。すぐに切れてしまう。僕は都度、目薬を差してごまかしているがそれが出来ない時だって大いにある。常時発動する魔法があるのは本当にありがたい。この紫の瞳は他人に恐怖しか与えないから。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいのか」
「いやぁ、すごい楽しいから。ほんと、何でも言ってくれよ、トラ君。私はね、やっぱり魔法を、特に魔法陣を刻むのが好きなのさ。それぞれの魔法の違いを知って、効果のあるように組み合わせていくってのがね、楽しくて仕方なくてねぇ。魔法はいいよぉ。全てを解き放つ、そして自由になれるんだ」
顔のないマリオネットだが、声で分かる。彼女はニコニコと笑っているのだろう。
この世界は、魔法の世界。
僕も、それを忘れてはならないんだ。
―ゴゴゴゴゴゴゴゴ
そのとき。地震のような揺れが来た。
思わず辺りを見渡す。しかし、窓の外は特段変化がない。
「すごい、揺れでしたね」
「ああ、ジャイくんだろうね。屋上の実験室は、魔法の影響を防ぐのは得意でも、物理攻撃はちょっと苦手なんだ。彼女、ものすごい怪力だから、どうしても振動が来ちゃう。もう少し防げるように、あのシールドも変えないとねぇ」
ジャイくん、とは、ファーレンハイトからの留学生。豹の獣人、ジャイラ=ケゥレルのことだ。まだお会いしたことは無いが、猫の獣人であるユアよりもっとすごい力を持っているのだろう。
「また後々、紹介するよ。じゃ、ルゥによろしくねっ」
先生の姿をしたマリオネットが元気よく手を振り、図書室から出て行く。
「ありがとうございました」
深く頭を下げ、見送った。
さて、今日はまだ始まったばかりと言うのに、とんでもないことが分かってしまった。僕の前世の知識は、あって無いのと同じ、ということだ。特に科学的知識は、今後口にするのも危険。
歴史を学ぶだけではだめだ。この世界の成り立ちを、魔法的視点から理解し、そして科学との相違点を知る必要がある。でなければ、僕の使う言葉にこの世界の形を歪めてしまうものがきっとある。僕の前世は科学の世界だったのだから。
この世界が、前世のインドの世界観、蛇の上に亀、亀の上に象がいて、人の住む半球を支える世界であったとしてもそれは真実なのだ。
ゼロエンで魔王として死ぬ運命を変えたいと思っているからこそ、世界を、正しく知らねばならない。
僕は、この世界の異物。
それでも、生きたい。
諦めてはだめだ。
即、運命に飲み込まれてしまうのだから。
顔を上げた僕は魔法の古文書を並べた棚に向けて、車イスをゆっくりと進め始めた。
「そういうのも文献にあったよ。例えば、魔晶石と一緒にダイヤモンドを用いると十倍の魔力を保持できる、とかね」
「凄いですね」
「でも、まずダイヤが希少だしね。俺はもっと手軽に、汎用できる安い宝石で、効果を狙いたいんだよ」
確かにそうだ。高ければ結局庶民の手に届かない。一部の金持ちにだけ恩恵があっても、それでは“ない”のと同じ。
「グレーの民を救うべく、頑張るよ。ハルトライアくんは瞳が俺とお揃いだからわかってくれて嬉しい」
僕の瞳は幻影魔法なんだけど、とは言えなかった。でも。
「応援しています。カイナドくんならきっと出来ます。僕に手伝えることがあれば何でも言ってくださいね」
にっこり笑えば、褒められたせいか頬が色付いた。二十歳なのに可愛いなぁ、とちょっと和んだ。
「あー! いたいた! トラくん探したよぉ~っ」
バンっ、と扉を開ける音と同時に、賑やかな声。ファリア先生だ。
「おや? イナくんもいるじゃないか」
「副所長、相変わらずお元気ですね」
「好きなことしてるからね、元気いっぱいだよっ」
うふふと笑って手にはなにやら木箱を持っている。
「じゃぁ、俺は部屋に戻るね、またね、ハルトライアくん」
「はい、カイナドくん、ごきげんよう」
ペコと頭を下げて彼を見送った。
「先生。どうされましたか?」
「へへへ、いいもの作ったからトラ君にあげようと思って!」
もう既に先生にはムチも扇子ももらっているというのに、これ以上なにを?
「えっと……ここで、拝見しても?」
「ウンウン! 開けてーっ、つけてーっ」
開けばイヤーカフが二つ。シンプルな造りだがエメラルドが埋め込まれていてすごくきれい。まるで、カシルとファリア先生の瞳みたいだ。
「わぁ、……これは?」
「へへへ、コレはね、私のコレの代わりでもある! そしてっ」
バッと箱から掴み取り、それを素早く僕の耳につける。ヒヤリ冷たい感触。
その瞬間、視界が変化した。
「……え?」
僕の眼の前に、見えたもの。それは先生では無かった。僕と同じくらいの身長の、木製人形。メイド服を着ている。
「な……」
「ほら、あの時、浄化祭の朝、神殿地下で鼠に魔法かけて、トラ君に呼びかけたの覚えてる? あれと同じさ。今回はこのマリオネットに魔法をかけて操作しているんだ。幻覚魔法もかけたから私に見えてた。そしてそのイヤーカフは、私のモノクルと同じさ」
のっぺらのマリオネットはモノクルがさもあるかのような仕草をする。
「イヤーカフに細かく陣を刻んでいるんだ。ついでに瞳の色を灰色に見える幻覚魔法も組んでいるよ。イヤーカフに挟まれた空間、直径三十センチ、球状に効果ある。それ以上は無理だけど顔さえ守れればいいだろうから」
「ファリア先生、ほんと凄いですっ」
ユアの偽装術は弱い。すぐに切れてしまう。僕は都度、目薬を差してごまかしているがそれが出来ない時だって大いにある。常時発動する魔法があるのは本当にありがたい。この紫の瞳は他人に恐怖しか与えないから。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいのか」
「いやぁ、すごい楽しいから。ほんと、何でも言ってくれよ、トラ君。私はね、やっぱり魔法を、特に魔法陣を刻むのが好きなのさ。それぞれの魔法の違いを知って、効果のあるように組み合わせていくってのがね、楽しくて仕方なくてねぇ。魔法はいいよぉ。全てを解き放つ、そして自由になれるんだ」
顔のないマリオネットだが、声で分かる。彼女はニコニコと笑っているのだろう。
この世界は、魔法の世界。
僕も、それを忘れてはならないんだ。
―ゴゴゴゴゴゴゴゴ
そのとき。地震のような揺れが来た。
思わず辺りを見渡す。しかし、窓の外は特段変化がない。
「すごい、揺れでしたね」
「ああ、ジャイくんだろうね。屋上の実験室は、魔法の影響を防ぐのは得意でも、物理攻撃はちょっと苦手なんだ。彼女、ものすごい怪力だから、どうしても振動が来ちゃう。もう少し防げるように、あのシールドも変えないとねぇ」
ジャイくん、とは、ファーレンハイトからの留学生。豹の獣人、ジャイラ=ケゥレルのことだ。まだお会いしたことは無いが、猫の獣人であるユアよりもっとすごい力を持っているのだろう。
「また後々、紹介するよ。じゃ、ルゥによろしくねっ」
先生の姿をしたマリオネットが元気よく手を振り、図書室から出て行く。
「ありがとうございました」
深く頭を下げ、見送った。
さて、今日はまだ始まったばかりと言うのに、とんでもないことが分かってしまった。僕の前世の知識は、あって無いのと同じ、ということだ。特に科学的知識は、今後口にするのも危険。
歴史を学ぶだけではだめだ。この世界の成り立ちを、魔法的視点から理解し、そして科学との相違点を知る必要がある。でなければ、僕の使う言葉にこの世界の形を歪めてしまうものがきっとある。僕の前世は科学の世界だったのだから。
この世界が、前世のインドの世界観、蛇の上に亀、亀の上に象がいて、人の住む半球を支える世界であったとしてもそれは真実なのだ。
ゼロエンで魔王として死ぬ運命を変えたいと思っているからこそ、世界を、正しく知らねばならない。
僕は、この世界の異物。
それでも、生きたい。
諦めてはだめだ。
即、運命に飲み込まれてしまうのだから。
顔を上げた僕は魔法の古文書を並べた棚に向けて、車イスをゆっくりと進め始めた。
25
お気に入りに追加
336
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(6件)
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい
だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___
1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。
※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!
異世界転生して病んじゃったコの話
るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。
これからどうしよう…
あれ、僕嫌われてる…?
あ、れ…?
もう、わかんないや。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
異世界転生して、病んじゃったコの話
嫌われ→総愛され
性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました
十夜 篁
BL
初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。
そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。
「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!?
しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」
ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意!
「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」
まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…?
「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」
「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」
健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!?
そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。
《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
待ってました!
2人の今後 楽しみです🎶
ありがとうございます! 更新少しゆっくり目になりそうですが、お付き合いいただけると嬉しいです〜!
第2部が待ち遠しいです。
ありがとうございます!がんばります!
とても面白かった! 早く続きが読みたいです♪
ありがとうございます!!!嬉しい〜!!続き頑張ります!