【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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第2部 1章 新しい生活の始まりです

1.

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「ハルトライア様、おはようございます」

 愛しい男の声に、朝から頬が緩んだ。彼は僕の執事で恋人。
「おはよう、カシル」
「お体の調子はいかがですか?」
 低くて少し掠れて甘い声が、気持ちいい。十一月も半ばを過ぎ、もう朝は寒いくらいだけれど、この声だけで、全身があったまる気がする。
 頭をそっと両手で包み込まれた。さわさわとなでられる。騎士らしく分厚くて固い掌が、頬と首に滑ってゆく。ああ、あったかい。
「うん、大丈夫。もうほんと、心配性だね、カシルは」
 毎日、同じように問いかけられて、そして、「失礼いたしますね」と布団をめくりあげられた。
 寝間着の上から、カシルの大きな掌が、体に触れてくる。

「んっ」
 首、腕や足、関節とか全部触れて確かめられる。好きな人に触られるのは、やぶさかじゃないけど、でも、恥ずかしい。
「んっ、もう、いいよ、大丈夫」
「だめです。前もそうおっしゃられて、なのにつまづいて怪我をなさったではありませんか」
「……、だって」
 あれは、お前が出先から予定より早く帰ってきたから嬉しくてつい、はしゃいじゃって、走れないのに走ってしまって、結果すっころんだだけで。
 三日前のこと。本家で定期的に行われている執事の集まりから戻ってきたときだ。
「弁解されても、ダメなものはダメです。お体に障ります。どうか、走ることは、今はまだお控えくださいませ」
 小言を言いながらも、触診を辞めないカシル。副騎士団長にまでなった一流騎士だから、筋肉や関節の不具合が触れただけで分かるらしい。いたって真面目に触診する。
 けれど、それでも。
「う、ん、ぁ……ひゃ、わかった、ふあ……んっ」
 恥ずかしい声が出てしまって思わず口を押えた。なんとか我慢して、ようやく。

「お体に具合の悪いところは無いようです。それでは、お召し替えをして頂きまして、お食事にいたしましょう」
「……うん」
「外で、お待ちしておりますね」
 ぽんぽん、と頭を撫でてカシルは出ていった。

 ……毎度のことなんだけど、ほんとにほんとに! 恥ずかしいんだけど!!

 僕の心は雄叫おたけびを上げている。
 おかしい、僕らはちゃんとお互い気持ちを確認し合ったはずだ。
 キ、キ、キ、キスだってしたしっ!!

 なのに、浄化祭からもう一ヶ月たつというのに、カシルは僕にこうやって義務的に触れること以外は頭ぽんぽんしかしないんだ。僕は必要な触診なのに、気持ちよくなってしまってこんな大変だってのにっ!
 好きだって言ってくれたのはホントだと思う。けど……、あ、これっていわゆる【吊り橋効果】とか言うやつ?
 危険なことに遭遇すると子孫残す為にとにかく近くの奴に惚れちゃう的な。
 いや、でもでも、カシルは僕のこと、ずっと好きでいてくれてたって言ってたし。

 ああ、ダメだ、考え出したらきりがない。とにかく着替えよう。今日は魔法研究所に初登所する日なんだ。食後にファリア先生が迎えに来てくれる。
 ごそ、とゆっくり起き上がり、僕は着替えだした。服はカシルが見繕って姿鏡の前の椅子に用意してくれている。
 相変わらず首までびっちりと【つる】がいる。ガリガリの体に縦横無尽に這いずる黒い【つる】。本当にこれをどうにかできるのか。
 考え出すと不安ばかり沸いてくるから、心が痛くなるから、出来るだけ考えないようにしてる。毎日朝見るたびに凹んでるなんて、カシルに知られたくない。それに、今日から遂に研究所に通えるのだから、きっと、なんとかなる。

 着替えたらゆっくり歩いてヨイショと扉を開ける。そこには笑顔の、だけどちょっとほっとした色を滲ませる愛しい執事。白髪の中にキラキラ輝く銀髪が混じってて、それが窓から差し込む朝日にきらめいて、本当に綺麗。
 ああ、好きだ。大好きだ。
 僕のごわごわ赤毛の一億倍美しすぎて、あれ? 本当に僕たち、恋人になっていいのかな? って思っちゃう。
 誰にも渡せないくらい好きだけど、僕がカシルと釣り合ってるなんて、ひとかけらも思えない。
 でも、ちゃんと最後まで、諦めずに、頑張るって決めたから。絶対守るって決めたから。
 釣り合って無かろうが、僕がやることは、お前を守ることなんだ! がんばれ! 僕!

「お待たせ、カシル」
 愛しい執事に笑顔を返した。
 すっと手を差し出される。まるでご令嬢をエスコートするように。様になり過ぎて卒倒しちゃいそう。ああ、なんてイケメンな老執事……っ!
 そっとその手の平の上に小さな手を置いた。
「大丈夫でございますか?」
「うん」
 そうして廊下を歩きだす。ゆっくり、ゆっくり。そして階段もゆっくり、ゆっくり。ピンヒールを初めて履いたご令嬢のように。本当なら、ガシっと掴んでしまいたいのだけれど、そうするとどうしても頼ってしまうから。
 ユアのような獣人の皆さんが使う筋肉模倣を使えば、すぐに歩けるけれど、魔力がなくなってしまったとき困る。だから筋トレは毎日やってる。それでも今は、よちよち歩きの一歳児みたいにしか動けない。

 なんとか階段を降りて、食堂までたどり着いたのは、約十分後。ほんと、まだまだだ。
「おまたせ、ユア」
「おはようございますっ、ハルぼっちゃまっ」
「おはよう」
 元気いっぱいに挨拶してくれる。待たせてごめんねと言おうものならすぐ全否定されるから、もう言わない。そのかわり。
「今日のメニュー何?」
「えっとー、荒挽き麦パンとスクランブルエッグと温サラダとり肉載せです。あ、飲み物なんにします?」
「美味しそう。そーだね、レモン水がいいなぁ」
「はーいっ」
 クルッと身を翻しキッチンへと戻ってゆく。メイド服のスカートがひらりなびいた。
「ハルトライア様、お座りになって下さい」
 うながされ、椅子を引かれた。そっと席に座って、ようやくホッと一息。カシルの手を離す。そして気づく、また、強く握りすぎたなって。
 最初はそおっと置くだけにしてたのに、無意識に握ってしまう。ふらつく度に強くなっちゃう。
 おかげで手がプルプルしてる。
「カシル、ごめん、また強く握り締めちゃった」
「いいえ、ご心配など不要にございます」
 僕の握力なんて、大したことないんだろうけれど、それでも。
「ありがとう、カシル」
「とんでもございません」
 頭を下げたカシルは、すっと下がり、ユアの手伝いを始める。
 いつもの食事、三人で並んで食べる。幸せな時間だ。僕の、大切な家族。
 決めたんだ、必ず、守るって。生きている限り、二人を守る。
 そのために、魔法研究所へ入所するんだ。

「さあ、行こうか」

 食事を終え、ゆっくりと立ち上がった僕は、二人に微笑んだ。
「はい、ハルトライア様」
「はーい、ハル坊ちゃまっ」
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